IS 苦難の中の力   作:魔女っ子アルト姫

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第38話

「という訳ですので、このわたくしがツェレの指導をする事になりましたわ」

「いや、どういう事ですか。話見えないんですが」

 

翌日、授業が午前中に終わった事を受けて先日出来なかった訓練の遅れを取り戻そうと気合を入れつつアリーナ入りしたカミツレ。しかし彼を待ち受けていたのは師匠である真耶でも代理をした事がある千冬でもなく、現役の国家代表でありシャルロットの護衛として一緒にやってきたヨランドであった。真耶と千冬は目前に迫っている学年別トーナメントの運営準備に忙しく、時間を割く事が出来なかったので、その代理をヨランドが引き受けたという形になる。が仮にも国家代表が一生徒に指導するのは拙いので、第三アリーナは名目上、整備中という事で立ち入り禁止にしているとの事。それでも、一応シャルロットなどの立ち入りは許可しているとの事。

 

「まあそう照れずにツェレ、現役の国家代表にマンツーマンで指導して貰える機会なんて滅多にありませんわよ?」

「まあそりゃ……そうですけど」

 

現役引退しているとはいえ元世界最強の教えを受けていたり、その世界最強から弟子にならないかと誘われてしまっている事は恐らく地雷なので黙っていた方がいいと直感するカミツレであった。因みにシャルロットは本日、女子として転入し直し一夏にフランスでの経過を話してから来るとの事。まあ兎にも角にも、あの千冬も認める実力者に指導をして貰えるのだからこれはまたと無い機会。存分に扱いて貰って、レベルアップするチャンスと言えるのだから満喫するとしよう。

 

「それで、まずミス・真耶からお借りしましたウォーミングアップメニューを始めますわ。そこの動きなどをわたくしが判断した上でメニューの変更などを行いますのでそのつもりで」

「はい!!」

 

まず真耶のメニューを基本的に行う、千冬の時もそうだったが指導する側はされる側の実力を知る必要がある。そのためには実際にそれを垣間見る事で体感する必要がある、ウォーミングアップはそれぞれ個人の癖や長所短所がハッキリと出易い。熟練した操縦士になるとウォーミングアップをみただけで相手の戦力を分析出来るほど。ヨランドはその最たる者、『超術のヨランド』の名は伊達ではないという事だろう。

 

「ハッ!ハッ!ハッ!!」

 

アップを続けるカミツレをジッと見つめるヨランド、彼を見つめる瞳は休む事無く動き続けてカミツレを観察し続ける。四肢の動かし方、空中移動の癖、武器選別の趣向、展開の素早さ。アップから得られる情報だけでもカミツレの実力の全てを把握しきれる程、矢張り初心者と言える部分も多い。だがそれ以上に驚きと嬉しさがこみ上げて来る、これが本当に初心者なのかと。

 

「素晴らしい…素晴らしい逸材ですわ…!!」

 

未熟なところはある、だがそれさえ気にならないほどに素晴らしい部分が多々ある。まず彼の訓練に対する真っ直ぐな姿勢、邪念無く真っ直ぐに励んでいる。気持ちは訓練の錬度に直結してしまう、いい加減な気持ちではいい加減な強さしか物にならない。だがカミツレは真っ直ぐ、必死に訓練をこなして強くなろうとしている。次に発想。簡単な演武、目の前に相手がいると思って動きの確認をするように言った所、自由な発想が目に付く。勝鬨に装備しているシールド、それを蹴り出してブーメランのように攻撃。シールドに格納されているブレードを蹴ってそのまま射出、敢て武器を落とす事で相手の思考の隙間を作ろうとするなどなど。今までISに関わる事が少なかったからこそ産まれた発想に、ヨランドは口角を上げる。

 

「(千冬、貴方ほどの方がお気に入りと言った理由が分かりますわね。この子は…ツェレは…良いですわっ…!)」

「ふぅ……こんなもんで良いんですかね、ヨランドさ~ん」

「ええ、貴方の実力は完璧に把握致しましたわ。そして、貴方が素晴らしい人材なのも把握致しましたわ。―――わたくしの指導は厳しくてよ、付いてくる自信がありまして?」

「無い、と言っても指導する気でしょヨランドさんは。その目は千冬さんと同じですよ」

「よくお分かりで。さあ始めますわよ、気品と美しさのパジェントをっ!!」

「国家代表ってのは似た者同士って事なのか……すげぇ千冬さんと雰囲気似てる」

「ツェレ、お返事は?!」

「はっはい分かりましたヨランドさん!!」

 

 

「カミツレ君、大丈夫でしょうか……」

 

職員室、忙しく仕事を片付けている真耶が思わず愛弟子の事を呟いた。確り訓練には励んでいる事だろう、彼に限って無意味に休んだりサボったりする事なんてありえない。身体を追い詰めすぎない程度に身体を追い込み切る訓練をする事だろう、だが今回は先輩である千冬が指導をしているわけではない。あの国家代表である『超術のヨランド』が担当している。彼女が学園に来ている事も驚きだったが、カミツレの指導を引き受けると聞いた時はもっと驚いた。

 

「そんなにカミツレの事が心配か真耶」

 

そんな自分にコーヒーを差し出しながら声を掛けた千冬、それを受け取りつつ素直に頷いた。

 

「心配は分かる、何せヨランドだからな……」

 

フランス国家代表IS操縦者、ヨランド・ルブラン。超一流の操縦士としても有名だが、彼女には別の面でも有名な物があった。それは―――『新人潰しの破壊淑女』という物騒な名前であった。ヨランドは経験により磨かれた眼を持つ。それは相手の素質や本質、将来性を見抜く事に長けており彼女が指導すれば大成すると言われている程に凄まじい。加えて新人の指導が好きな彼女の性格が相まって弟子入りの希望や指導希望者は多かった―――が、彼女の指導に耐え切れる者は殆どいない。別段彼女が意図的な悪意を持って潰しを行っている訳ではないのだが…素質と本質に将来性を見抜けてしまうが故にそれを最大限に引き出そうとしまう悪癖がある。訓練を積んだものならいざ知らず、新人にはそれは重く圧し掛かってしまい、耐え切れずに壊れてしまうのである。

 

ヨランドとしては相手が耐え切れると把握した上で相手に信頼を寄せて行うが、当人達は発展途上であり精神も未熟な事も多くそれに耐え切る前に心が折れてしまう。それでも自分の思った通りの素質を持った新人が居る筈だと指導をやめようとしない。そして、潰れてしまった新人の数は膨れ上がっていき、遂に付いてしまったのが『新人潰しの破壊淑女』という二つ名である。

 

「はい、あのヨランドさんなんですよね……」

「しかしお前の弟子だろう、ヨランドの厳しい指導にも耐え切れる筈だろう」

 

千冬は心配そうにコーヒー入りのカップを見つめる真耶の肩を叩いた。きっとカミツレなら大丈夫だと、真耶の指導に加えて自分まで指導に混ざったりもしている。そう簡単に潰れる事なんてありえないし、寧ろこれで彼が何倍もレベルアップする事も期待出来る。師匠ならば弟子の事を信じる事が一番だろうと励ます。しかし真耶は心外そうに千冬をみる。

 

「私は最初からカミツレ君がやりきると信じてます!私の弟子ですよ、例えヨランドさんの訓練でも乗り越えるに決まってるじゃないですか。カミツレ君に失礼じゃないですか!!」

「いやなんで私が怒られてる!?いや、お前だって心配していたじゃないか!?」

「私が心配していたのは、カミツレ君がヨランドさんに取られたりしないかなんです!!!」

 

その返答に思わず千冬はズッコケそうになった、あれだけ不安で心配そうな表情をしていたのは弟子が潰れないかではなく、弟子が奪われたりしないかという心配だったのかと。

 

「だって、カミツレ君はきっと耐え切ります。だったらヨランドさんはきっとカミツレ君に期待して、自分の弟子にしたいって言い出してもっと指導するに決まってるじゃないですか!!カミツレ君の師匠は私であの子は私の弟子なんですよ!!?」

「おい、そっちなのか……?」

 

そんな風に豪語する真耶に若干引いていた千冬だが、そんな時電話がなった。掛けてきているのは噂のヨランドだ。

 

「私だが、如何したヨランド」

『千冬!!ツェレは素晴らしいですわ!!!是非とも彼を私の弟子にいえ、フランスにいえ、わたくしの家に迎えたいのですが!!!』

 

と掛かってきたのはカミツレの力に惚れこんだであろうヨランドのカミツレに対するラブコール、千冬は思わずああっやっぱりこうなったかと内心で呆れた。そして厄介な相手に目を付けられたなとカミツレに同情するのであった。

 

「ヨランド、さん…これで良いですか!!?」

「いいえ違いますわ。もっとスロットルワークを細かく、激しくですわ!!!最低でもスロットルを70に分けるのです!!そしてそれを瞬時に引き出せるようにするのです!!!」

「70って俺に出来るんですかそんなの!?」

「出来るから言っているのです!!」

 

カミツレの未来は一体何処へ向かっているのだろうか、彼の受難と苦難はこれからも続くのだろう。


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