「では今日の訓練はこの辺りにしておきましょうか」
「ありがとうございました!!」
大きく頭を下げるカミツレ、その先には師である真耶がいた。漸く時間が取れるようになった真耶は伸び伸びとしながら指導をするように成っていた、今まではヨランドに師匠枠を取られそうになっていたが今は違う。トーナメントが終了した事でヨランドはカミツレとの別れを惜しみながらも帰国し、もう邪魔される事もない。真耶は張り切りながら師として弟子の指導に当たっていた。
「それにしてもカミツレ君、腕前が凄い上がってますねぇ~。後少しで完全に基本と基本応用を修めた事になりますから、代表候補生レベルの訓練に上がりますよ」
「そっか、なんだか長かったような短いような…」
「私から言わせて貰うと短いですね、まだ一学期も終わって無いのに此処まで強くなれるなんて驚きですよ!」
「師匠の教え方がいいですからね」
「いやだぁもう褒めないでくださいよ~♪」
顔を赤くしながらも嬉しそうに照れている師匠にカミツレは久しぶりに感じる安心感を覚える、真耶の弟子になってから思い続けているが真耶の教え方で一番良いのは安心感を相手に与えるという点であると思う。指導の仕方も相手の事を考え、メニューの調整を事細かく行うが一番なのは真耶の気質に起因するのだろう。
「全くもう、師匠をからかうなんて弟子としていけませんよ?」
「別にからかってるつもりはないんですけどすいません」
「本当に悪いと思ってます?」
「思ってますよ」
ジト目で見つめてくる真耶にカミツレはYESと答える、それを聞いて分かればいいんですよと笑った真耶に自分も笑顔を作った。しかし、真耶は何か言いたそうに口を動かしている。そして言い難そうにしながら言う。
「え、えっとそれじゃあ一つ我が侭を聞いてもらっても良いですか?」
「我が侭、ですか?俺に出来る事なら」
「それじゃあ……その、またご飯を作って貰っても良いですか?」
「食事を?ええ勿論」
それを聞いた真耶はぱぁと花を咲かせた様な笑みを浮かべて喜んだ。まさか我が侭というのが料理を作って欲しいというのは予想外であった。些細な願いを我が侭という真耶は本当に善良な人、ならば千冬は一体どうなってしまうのだろうか……と考えそうになったが千冬から一発食らいそうと思ったのか直にやめる。
「つい先日、兄貴から野菜送って貰いましたから美味しいのを作りますよ」
「本当ですか!?いやったぁぁっ!!カミツレ君から頂いた料理本当に美味しくて、毎日少しずつ食べてたんですよぉ!!本当はいっぱい食べたいけど、勿体無いから少しずつ少しずつ……でも三日前に無くなっちゃって……」
「それなら言ってくれれば何時でも作りますよ。千冬さんなんか良くお代わりを頼むって言ってきますから」
「そうなんですか?!そ、それだけ美味しいって言うのは分かるんですけど……先輩、少しは教師としての威厳というか…その辺り大切にしたらいいのに…」
まあカミツレ限定でやっている物なので問題はないとは思うが…今や千冬にとってカミツレは素を出しても問題ない男であり重要な癒しを齎す存在。そんなカミツレだからこそ威厳なんて無しの関係で居たいのだろう。それを理解しているカミツレはあえて何も言わない。
「それじゃあ後でお部屋に伺いますね、アリーナ使用の後始末したら直ぐに行きますから!」
「ええ、それじゃあお待ちしてますね」
一旦別れたカミツレは着替えてから自室へと向かいながら献立を考える。トマトにキャベツ、ジャガイモに大根などなど様々な野菜を送ってくれたからこそメニューの幅も広い。献立の考えがいもあるという物だ、そして部屋へと入ろうとした時にカチドキが文字での言葉を表示してきた。基本的にカチドキの事は機密扱いにしており、事情を話していない人物が近くにいる際はチャットのように意志を伝えてくる。
『室内に生体反応を検知。反応1、侵入者の可能性あり』
「……分かった、警戒してくれ。それと何時でも千冬さんに連絡出来るように準備を』
『了解』
切れ入りそうなほど小さな声でカチドキへと言葉を送りつつ気持ちを整える、自分の立場を考えれば自室に誰かが入ってくる事など想定内。ハニートラップの可能性も考えると警戒するに越した事はない、そして何かあったら直に千冬を呼べるようにしつつ扉へと手を掛けて開ける。そして中に居たのは……
「お帰りなさい♪ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」
スタイル抜群な美女が魅惑的な身体を更に強調するかのようなポーズをとりながら、裸の上にエプロンを付けて此方を誘惑するかのような視線を送ってきていた。流石に面を食らってしまったがハニートラップを想定しつつ、千冬から受けてきたセクハラ紛いのハニトラ耐性訓練のお陰もあってカミツレは顔色一つ、変える事はなかった。というかスタイルや色気で考えたら圧倒的に千冬の方が上だからである。
「……」
「あ、あれ…?まさか無反応…!?男の子にとってこう言う格好って夢じゃないの……!?」
「いや俺は別にそういう趣味ないし、そもそも好きでもない初対面の人間にそんなことされても……興奮するどころか普通に引く。羞恥心とかないの貴方」
そう言われると美女の顔が凍り付いた。仮にこれがセシリアがやっていたとしたら興奮するだろう、セシリアとは交際を決めているし彼女がそんな事をしてくれたのならば興奮するに決まっている。だが…付き合っているどころか、初対面の人間にそんな事されても嬉しくも何ともない。そんな事思ってはセシリアに対して失礼、何より人として引く。
「痴女で恥知らずで不法侵入って救えないなぁ…んで何の用ですか、痴女さん」
「あの、痴女って呼び方だけはやめてくれないかしら……?」
「じゃあ羞恥心0さん」
「……洗面所お借りします……」
そう言って洗面所へと入っていった美女は少しの間の後、制服を纏って出て来た。一応学園の生徒ではあったらしい、こんなに性格面に問題がある生徒がいるとは……教師の方々も大変だなと思っているカミツレの内心を察したのか気まずそうな表情を浮かべている。
「え、えっと自己紹介させてもらうわね。私は2年の更識 楯無、IS学園の生徒会長をさせて貰ってるわ」
「生徒会長がこれかぁ……」
「お願いだからやめて頂戴……今思うと凄い恥ずかしいんだから……」
「じゃあやるなよ」
思わず素でツッコミを入れてしまったカミツレに返す言葉もないのかガックリ来る更識。今更ながらIS学園というのは個性的な女子達が集まる場なのだろうかと真剣に考えてしまう。
「んで何の用ですか」
「まずその冷たい視線をやめてくれないかしら……」
「いやですけど。俺からしたら見たくもない物を見せられた上に不法侵入の被害者なんですけど」
「……すいませんでした」
「謝罪なら俺の師匠の前でしてもらえます?」
「えっ」
その時であった、扉を数回ノックする音が響いてきた。カミツレは笑顔を浮かべながら扉を開ける。
「カミツレく~ん、遅くなりました~」
「や、山田先生……!?」
「待ってましたよ」
「あれ、更識さん?」
「真耶先生、ちょっとお話が」
その時、更識はだらだらと汗を流しながらこれから来るであろう追求にどんな言葉を返した物かと、頭をフル回転させるのであった。