IS 苦難の中の力   作:魔女っ子アルト姫

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第55話

ヨランドとの電話後、カミツレは千冬の部屋を訪れていた。今日は食事を作りに行く約束であったので野菜などを持って部屋へと向かい千冬に挨拶をしてから調理を始める、千冬は今日を楽しみにしていてくれたのかニコやかに笑いながら美味しいと食べる姿を見て何処か安心感を覚えてしまっているカミツレ。食器を洗っているそんな彼に千冬は声を掛ける。

 

「先日は大変だったな。あの更識のアホが接触して来たらしいな」

「ええまあ……カチドキが生体反応があるって前もって教えてくれてましたので、ハニトラを警戒出来たお陰で普通に対処出来ました」

「そうかそうか、私の耐性作りも役に立ったか」

「ええまあ。それにスタイルとか色気は千冬さんの方がありますし」

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか、んんっ?何これからも続けていくぞ、これからが大変だからな」

「ええ、解りました」

 

軽く、後ろから抱き付きながら強く胸を押し付ける千冬に顔を赤くしながらも手を動かし続ける。やや慣れてきているが矢張りこの感触だけはそう簡単には慣れない、しかしその時千冬がやや表情を硬くした。そっと離れながら座りこんだ。

 

「……カミツレ、お前何かあったのか」

「いきなり、なんですか?何も、ありませんよ」

「私の事は気にするな素直に言え。最近は安定して来ている、だから今度はお前の番だ」

 

千冬はカミツレが何かを隠そうとしているのを感じ取った。普段から気兼ねなく接し合う関係であるからこそ互いの素を理解している、がしかし今のカミツレは必死に普段通りの自分を演じようとしている。間違いなく何かあったと確信が出来る。

 

「……」

「本当の事を言っていいんだぞ、私とお前の仲だ。遠慮などするな」

 

口を閉ざしたカミツレ、静寂の中で水道の流れる音だけが木霊する中で最後の皿を洗い終わるとゆっくりと振り向きながら辛そうに笑いながらバレてましたかと、漏らした。悲痛そうな表情に千冬の心が痛む。

 

「俺、最近可笑しいんですよ……今まで、平気だった筈なのに……学園が辛くなってるんですよ…。最初なんて、思いもしなかったのに……周りが女子だらけでも、大丈夫だったのに……ISスーツを着てる女子だらけでも、大丈夫だった筈なのに今は、凄いきついんです…」

「カミツレ…」

「でも、でも……セシリアとか真耶先生に、千冬さんといた時は何も思わなかった、さっきヨランドさんと電話で話した時もそうでした。凄い、安心したっていうか今までの感覚があった……」

 

震える手を見つめる、理由も分からぬ変化に一番戸惑っているのは本人。何故このような感じを味わうのかも分からない、ただただ苦しさが増していくだけの時間の流れに困惑するしかない。だが一人になると、感じなかった筈の不安が押し寄せてくる。周りが敵に見えてくる、何なのか分からなくなってくる。震えているカミツレを千冬は腕を引っ張って胸に招いて、そのまま深く抱きしめた。

 

「千冬、さん……?」

「……辛かったな、お前は…学園に来てずっと感じていたんだな……苦しいと、それを今まで誰にも言えずに抱え込んでいたんだな……」

 

カミツレの苦しさの正体、それはずっと抱き続けていた不安やストレスだと千冬は見抜いた。それが何故今になって重く圧し掛かってきたのか、それは余裕が出来てしまったからである。最近になってカミツレはイギリスからの専用機開発を受け入れた、それによって実質的にイギリスの代表候補生となった。それはカミツレがずっと求めていた後ろ盾になり得る存在の入手だった。家族の安全保障などに加えて一番なのは、自分を理解してくれる存在、恋人が出来た事だった。それがカミツレに絶対的な心の余裕を生み出し、彼は精神的に余裕が出来た…筈だった。それが、逆に彼が追い詰められる原因にもなってしまった。

 

今までの努力は研究所になどに送られて堪るか、自分は生きるんだという意志の元で周りなど気にする暇がないほどだった。それが周囲の環境や状況を詳しく認識出来ず、自分に必要な物以外は自然と流すようにしていた。が、心に生まれた余裕は周囲の環境を改めて認識させてしまった。今までは無意識の内に感じなかったストレスや不安を改めて実感してしまった。そして、更識の行動が最悪のタイミングで発生してしまい、軽度の人間不信を引き起こしながら心が磨耗して来てしまっている。

 

「私は馬鹿だ、お前の力になると言っておきながらこんな事も分かってやれなかった……教師失格だ」

「そんな事は……だって、だって千冬さんは忙しいから……」

「いいんだ、いいんだカミツレ……」

 

セシリアという恋人を得て生まれた安心と余裕、それが逆に自分を追い詰めていた。それには流石にカミツレも気付けなかった。気付かぬうちに出来ていた二人目の恋人、乱。彼女からも告白を受けつつセシリアから説明を受けた、自分を守る為という事と自分の不甲斐無さを謝罪してくるセシリア。それはしっかりと受け止めつつ、乱とは少しずつ絆を深めて行くのであればという事で了承していたが、それも少なからずストレスになっていたのかもしれない。

 

「ごめんな……ごめんな……」

 

免罪符のように謝罪を繰り返す千冬と何故謝ってくるのか理解出来ずにいるカミツレ。千冬は自分の力になってくれたり、世話を焼いてくれたりもした。カミツレの中には千冬に対する恩が大量にある、セクハラ的な行為も合意の上なので謝罪される事などない筈……なのに、その謝罪が胸に突き刺さり、涙が流れ始めた。

 

「千冬、さん……俺、俺……」

「此処には私しか居ない、防音処置もされている。安心して、全てを吐き出していいんだ……私が受け皿になってやる」

「……俺は、学園にいる事が、苦痛だったって分かったんです」

 

望まぬ形で入学させられた学園、追い求めていた夢を捨てなければいけなかった状況、政府の勝手な思惑で人間として扱われないかもしれない恐怖、周囲が女子だらけという苦痛塗れの環境、彼にとって学園は牢獄か地獄に等しかった。そんな中で出会えた信用出来る人達の存在は、心の支えだった。

 

「でも、辛いです…本当は居たくない。家に帰りたい……兄貴と笑いたい、ゲームしたい、風呂に入りたい、一緒に畑を耕したい、縁側で星を眺めたい…でも全部、諦めなきゃいけなかった…」

「そうだな…私達がそれを強要してしまったんだ……ごめんな…」

「でも、真耶さんっていう師匠が俺に基本を教えてくれた。セシリアは理論を、千冬さんは心を、ヨランドさんは応用を教えてくれた……それで俺は欲しい物を手に入れた。それでね、最近セシリアと恋人にもなったんですよ?」

「そうなのか、良かったな」

「嬉しかった、俺の傍に居てくれるって言ってくれたセシリアが……。でも、ちょっとセシリアに困った事もあるんです」

「何だ、言っていいぞ」

 

カミツレは抱かれている暖かさに溶かされるように口から出来事を次々と喋っていく、それを千冬は一つ一つ聞いて行く。

 

「乱さんも俺の恋人になるって言うんです、俺を守る為に一夫多妻制度を利用するって……俺を好きって言ってくれて、守るって言ってくれたのは本当に嬉しかった……俺は恵まれてるって心から思いました」

「そうか、そうか……」

 

『カミツレさんその、えっと……わ、私と結婚を前提お付き合いをしてください!!!』

『……えっあっそ、その……悪いけど俺にはセシリアが……』

『そ、そのセシリアの了解は取ってあります!!』

『……なんですとぉぉおぉ!!!?』

 

「恵まれてる、のになんでかなぁ……嬉しいのに、なんで、なんで苦しいんだろう……」

「……っ…いいんだ、もう一人で抱え込むな……。お前には恋人がいるんだろう?そいつらと共に苦しさを乗り越えるんだ…今日の所は、私がお前を受け止めてやるから……」

 

その言葉を受けて、カミツレのダムは決壊してしまった。大粒の涙を流しながら大声で泣いた、苦しみによって磨耗し続けた心を初めて露呈させた。千冬はただそれを抱きしめながら優しく、カミツレの頭を撫で続けた。優しく、甘く……出来るだけ、彼の心が救われるように……。そしてどれほどの時間が経っただろうか、彼は眠っていた。そんな彼を優しく撫でながら千冬は彼の恋人に連絡を取り、カミツレを自室まで連れて行った。この後は恋人達がやるべき事だろうと眠るカミツレを撫でる。

 

「一人で抱え込むな、カミツレ」


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