IS 苦難の中の力   作:魔女っ子アルト姫

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第84話

「即断即決ってレベルじゃねぇだろあの馬鹿」

「織斑君、飛び出して行ったわね…」

 

ピット内でドリンクを飲みながら休憩をしているカミツレとナタルは額に汗を浮かべながら、先程まで其処に居た一夏に溜息を吐いた。相談を受け、彼自身が箒に恋心を抱いている事を自覚させる事に成功したカミツレであった。あの朴念仁が一歩前進したという事は喜ばしい事だが一夏はそれに酷く動揺していた、それでこの気持ちが本当なのか試す為に今から箒とあって少し話してくる!と駆け出して行ってしまった。ある意味健全な男子らしい反応……かもしれないが即断即決過ぎる。

 

「あの超鈍感で一発殴られるのがデフォで、付き合ってくれと言われて買い物だよなと解釈する奴がな……」

「筋金入りね……」

「千冬さんは昔からそうだって言ってたから聞いたら気絶するんじゃねえか……?」

 

尚、既に大騒ぎして学園長にISの緊急展開許可を取り付けに行こうとしたレベルでうろたえていた事を彼は知らない。そんな時、ピットの扉が再び開いた。遂に問題児が帰ってきたのかとカミツレは視線を上げる。

 

「よぉ唐変木、帰って来たか」

「失礼しま~す、あの此方に織斑君がいると聞いて……あっ」

「……」

 

普通に一夏だと思って顔を向けたカミツレだったが、其処に居たのは彼ではなくあの不法侵入者であった楯無であった。思わず硬直してしまった双方、楯無は思わず愛想よく浮かべていた表情が凍り付いた。ヒクヒクと痙攣するかのように動く口角に一筋の気まずさを感じる。そしてその表情は更に痙攣を加速させているのは向けられているカミツレの表情が、徐々に冷徹な無表情へと変わっていく様であった。自らが壊した物がそうさせていると自覚させていく。

 

「あらっ確か生徒会長の……」

「え、ええ。生徒会長の更識 楯無と申します」

「ああっ見覚えがあると思ったら貴方ロシアの国家代表さんじゃない」

「はっはい務めさせてもらってます…」

 

凄まじい気まずさの中で動かなくなっていく口を必死に動かして意志を伝える、遂に顔を背けたカミツレに薄れる気まずさと共に沸き上がってくる罪悪感が胸を貫いていく。

 

「え、えっと織斑君が居ると聞いたんですけど……」

「あいつならどっか行ったぞ」

「青春よねぇ♪」

「えっ?えっ?」

「痴女には分からなくていい事だ」

 

理解できないのか疑問を浮かべて楯無だが、そんな一言が再び胸を貫いた。あの日からずっとカミツレの中で楯無の評価は最底辺を付き抜けてマイナスへとなっている。しかしそんな時、楯無は自分から誠意を示した。

 

「杉山君、本当に有難うございましたっ……!!」

「えっ更識さん、貴方何をっ……?」

「……何の真似ですかね、生徒会長」

 

楯無はカミツレに対して土下座をしたのであった。此処にはナタルもいる、そんな中で額を床に擦りつけるほどに深くまで頭を下げていた。此処では生徒会長という立場だろうが、公儀的に見れば彼女はロシアの国家代表であり大きな知名度を博している実力者。そんな彼女が一人の男に対して頭を下げているという事実はナタルを大きく驚かせていた。

 

「私の妹に、簪ちゃんに手を貸してくれて、有難うございました……!!」

「……」

「私も、簪ちゃんの専用機の事は何とかしてあげたかった…日本政府に仕える者が聞いて呆れるわよね……でも何度打診しても、無視されるばかりだったの……」

 

楯無も簪の専用機開発が中止になった事は許せる事ではなかった、だがしかし政府に仕える者として意見を打診しても受け入れられる事はなかった。政府は今、一夏から得られているデータの分析と解析、それらを応用して他の男性でもISを使えるように出来ないかと言う研究に没頭してしまっている。政府としては意味と価値が大きいものに肩入れするのは当然だとは思うが、それでもケアも無しというのは酷すぎると何度訴えても返って来る答えは「前向きに検討する」の一点張りだった。

 

「でもロシアの代表としては動けない…ロシアの代表が日本国内の事に口を出して下手を打てば、外交問題になりかねない……だから、私は私は……」

「下手に動けなかったのね……。確かに政府に仕える責務があるから、下手に力を使えないのね」

「でもそれはただの言い訳でしかない、本当に、簪ちゃんの事を何とかしたかったなら本気でぶつかって行けば良かったのに……私は、政府の力に屈したの…」

「どういう事だ」

「…貴方からすればもう責任逃れの言い訳にしか聞こえないかもしれない、そう取ってもいいから聞いてください」

 

一度、ロシアの国家代表として直接交渉を本気で検討しそれを実行しようとした時政府から命令が来た。それがカミツレを日本に繋ぎ止めろという物であった。しかし、当時楯無の元にはカミツレがイギリスからの専用機の開発を受諾し依頼したという情報を得ていた。既に日本ではなくイギリスと言う国の一員になる準備が行われていた。現段階で行動に出れば外交的な負い目を作る可能性が高いと反論し、命令を拒否しようとしたがそれでも構わないと政府の一部勢力は焦っていた。それは政府がカミツレがフランスの国家代表(ヨランド・ルブラン)とシャルロットと親密な関係にもあるという事を掴んでいた、それを利用すればフランスともいい交渉材料になると判断したからだった。

 

『しかし…余りにも危険すぎます!!』

『君はただ上の命令に従えばいいんだよ』

『ですがっ…!!!』

『君は立場を理解していないようだね、いいかね更識君。君は確かにロシアの国家代表だろうが実際は日本政府の従僕だ、君がやらないというのであれば…君の妹に命令をするだけだ』

『っ!!?簪ちゃんにっ……ふざけないで、あの子から専用機を奪っておいて政府は何を強いろうとしているの!?それだけはさせない!!』

『なら君がやれば良いだけだ、彼とて男だ。身体を使って落とせ、出来なければ……』

『くっ……!!』

 

従うしか、なかった。妹を守る為に。自分が家の責務を継いだのも妹にはしっかりとした安全な生活を送って欲しかったからだった。そんな妹に政府からの命令を実行させる訳には行かない…そしてあの日、カミツレの部屋に入り、盗聴器などを仕掛けて部屋で待っていた。妹を守る為に……。

 

「結果は貴方も知っている通りよ…あの時は本当にごめんなさい、それしか言えないわ……。でもあの時、千冬さんから貴方が篠ノ之博士と繋がっている可能性を指摘されて政府は深入りをやめた。結果として、貴方が簪ちゃんを救ってくれているの……」

「……」

 

複雑な事情、政府に仕える家であるが故の苦悩と姉の妹を守りたいという気持ちがあった。楯無にとって簪はかけがえのない大切な妹、嫌われていたとしても自分は妹を守り続ける。あの子が幸せを掴むまで、幾ら怨まれようと構わない。自分を怨んで幸せを掴めるのであれば十分すぎるのだから、カミツレと出会い彼の伝で専用機が再開発される所まで行った事を知った時、心から嬉しかった……。あの子に笑顔が戻ったのだから。

 

「許してもらえなくても構わない、でもこれだけは知っていて欲しいの。貴方は私のかけがえのない恩人って事を」

「……今の話を聞いても、俺にとっては不法侵入者の痴女だって事は変わらない」

「ええそれでいいの」

「……妹思いのな」

 

カミツレはそう言い残してピットから出て行った。ナタルは素直じゃないわねと笑ってそれを見送った、まだまだ付き合いは短いがカミツレの本質は分かっているつもりでいる。誰かが困っている所を捨てきれないお人よしの優しい人、きっと楯無の話は事実だろうとナタルは直感している。彼女の言葉に嘘がきっとない、政府上層部の一部が焦って先走った結果。それもカミツレは理解している筈、しかし今までの自分の行動などもあって素直になりきれないだけなのかもしれない。

 

それとも、彼の心は彼女を拒絶し続けているのだろうか。命令とはいえ、それで心が傷付いたのは間違いなかったのだからそれで許せなくなっているのだろうか。ピットからどんどん離れていく彼、そんな彼の心中は誰にも分からない。深い雲に覆われた曇天がそれを表すかのように広がっている。


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