「うにゅ~ん……」
その部屋をおいて、奇妙な部屋は名乗れない。部屋の至る所にはケーブルが張り巡らさせておりそれは大蛇のように時折蠢いている。所々で光るランプの明かりはまるで樹海の中で、獲物を待ち侘びている生物の目を思わせる。機械的で有機的、極めて奇妙な部屋の中の中心で一人の女性は黙々と複数のキーボードを同時に叩きながら投影されているモニターを見つめている。正確に言えば彼女の手に装着されているグローブの指先にある無数のアームが彼女の思考などを反映しながらキーボードを叩いている。一人で軽く数十人分に相当するであろう作業を行い続けている。そんな大蛇の上を駆けていく機械仕掛けのリスは床に転がっている部品などを回収しつつ、カリカリとドングリ宜しく齧ってながら別の物質へと分解、再構成していく。
摩訶不思議な機械の森、その中心部に座す主―――篠ノ之 束は作業を続けながら近場に置かれている写真立てに目を向ける。そこにはやや困りながらも笑っている愛しい愛しい旦那様になるべき存在である杉山 カミツレと彼に抱き付いて頬擦りをしている自分の姿が映されている。彼には済まないが如何しても欲しかったので超小型マシンのカメラで取った隠し撮り写真。彼女の部屋の一帯はカミツレの写真で埋め尽くされており、最早狂気じみたストーカーの部屋のような惨状になっている。
「♪」
しかし彼女に取って満足以外の何物も無かった。彼女にとってカミツレという男は特別も特別な存在なのだから、この世界で自分以外に真の意味でISの本質を理解し子供と認識してくれた人。束は心から彼の事を愛している、その愛はセシリアや乱にも負けはしない。自分は立場上彼の傍にいられないが、自分とカミツレは確かな物で繋がっている。そうISという特別に強い絆で繋がり続けているのだから。
「んんっ……♪」
思わず彼の身体を抱き締めた時の感触と体温を思い出してしまう、その時の感覚が自分に更なる意欲と力を与えてくる。艶っぽい声を出しつつも指先のアームの速度は倍近くに跳ね上がった、頭が更に活発となり行っていた作業が凄まじい速度で仕上がっていく。既に今日の時点で終わらせようと思っていた物が完成され、それの完成度を高める為の物へとシフトされている。
「んっっっ……♡」
右手をグローブから外し口へと運び甘噛する、あの時の夜とあの日の唇の感覚と甘さを思い出すと興奮して致し方ない。発情一歩手前まで興奮が高まってしまうので必死に抑える、その興奮が更に残ったアームの速度を加速させ開発していた物は完璧に仕上がってしまった。
「はぁはぁはぁはぁ……イケない、束さんってばはしたないなぁ……これもカッ君が魅力に溢れ過ぎるから…もう絶対に責任取ってもらわなきゃ……♡」
彼女の頭には折角完成した物は映らない、頭の中で浮かんでしまった光景への甘さしか感じられなくなっている。その甘さに浸りつつも、今すぐに彼の元へと参上して愛を囁きたいのを必死に抑える。自分が決めた暗黙の了解、それは好きな彼の迷惑に極力ならないと言う事。不定期ではあるが彼の元に参上して食事をご馳走になるがそれも、彼がもう嫌だと言えば直ぐにやめるつもりでいる。
今まで彼女の中にあったのは家族に千冬と一夏でしかなかった、そして自分が作り上げたISこと自分の子供達しかいなかった。しかしそんな世界に束が迎え入れた唯一無二の存在、それがカミツレ。仮にカミツレが何者に誘拐されたのであれば、束は全力上げて彼を捜索、救出し、それを実行した相手を一族を含めて血祭りに上げるだろう。そのぐらいに思い続けている。
「アハッ……♪」
上げられた無邪気だが邪悪な笑いは一体何に向けられた物なのか、それは彼女しか分からない。しかしそんな笑いは直ぐに収められた。目の前のモニターをスライドしてコア・ネットワークに接続するとそこでは自分の子供たちの楽しそうな話声が聞こえてくる。今日の議題は何だろうかと脇にポップコーンとカルピスコーラを置きながら見つめる。
束の日課でもあるコア・ネットワークでの会話観察、自分の子供たちであるISのコアは自分達の自我を持って操縦者たちとの触れ合いや刺激や情報収集を得て成長している。そんな環境下で成長を遂げて行く子供たちが一体どんな話をするのかは束にとっても楽しい事でもある。そんな中でも議題は……どうやら№274ことカミツレの相棒であるカチドキが中心にいる「一番カッコいいライダーキックとは何か」であった。思わず束はズッコケかけたがすぐに大声で笑い出した。
「アッハハハハハハ!!!カッ君ってばやっぱり素敵だなぁ!とっても素敵だなぁ!存外に素敵だなぁ!!」
広義的に見えればISコアは機械だ、そんな機械に宿っている人格達は電子回路の中に仕込まれたプログラムの塊だ。しかし束にとっては愛する子供たちだ、そんな子供たちが此処まで人間的な議題について話しあい自己の趣向を提示しながらそれについて語り広めようとし、それに負けじと自身の好みこそ上だと言い張る。本当に人間のようじゃないか、いや最早コア人格達は人間のそれと全く同じだ、自分達と同じ人間性を獲得している。それを齎してくれたのは愛するカミツレじゃないか、彼と共に成長したカチドキじゃないか。
『スピードロップこそ至高、あの美しい連鎖と燃えるような身体と赤い閃光となるトライドロンこそ一番』
『何を言うですか、矢張り原点。仮面ライダー一号、本郷 猛のライダーキックこそ最高のライダーキック』
『違うわ、あのたっくんのクリムゾンスマッシュが一番カッコいいのよ!!』
『ちがぁう!タトバキックの良さも分からぬとは……!!』
『劇中撃破数0は黙ってろ!ライダードリルキックこそ最高だ!!』
次々とぶつけられていく議論の言葉に乗せられている感情、思い。それは人間が勝ち取り人間が保有し人間が行使してきた物だ、それを自分の子供たちも獲得している……なんて嬉しい事か。
『こうなれば我らがお母様にお聞きしましょう』
「うーん答えてあげたいけど、束さん仮面ライダーってまだ見てないんだよね。何処から見ればいいの?」
その言葉で一気に情報が流れ込んでくる、400以上のコアが一斉に自分が好きな作品を推してくる。だが束はそれを全て聞き分けながらどんな所が素晴らしいのかと語る言葉を記憶して行く、愛する子供の声なのだからそれは当然の事なのだ。束は幸せそうにしながらコアの声に耳を傾け続けるのであった。