もしアナスタシアが第一部からカルデアに居たら 作:生野の猫梅酒
色褪せぬ思い出
燃やされた人理を取り戻すための最後の砦である、人理継続保障機関フィニス・カルデア。
数多の特異点を巡り、特異点を修復していく彼らに安寧は少ない。司令部はいつも灯りが点いて人がいるし、最後のマスターたる少女はその足で特異点という死地を踏破する役目を背負わされた。ほんの少人数で世界を救うために、誰もが必死になって人理焼却という理不尽な所業に立ち向かっているのだ。
──カリカリと、紙に鉛筆を走らせる音が室内に響いた。
白く清潔な印象を与える簡素なマイルーム、それが唯一のマスターである藤丸立香という少女に宛がわれた部屋だった。物も少なく生活感が乏しいが、それでも彼女にとってはプライベートな空間に他ならない。
そんな自室でわざわざ机に向かって書いているのは、有り体に言えば日記である。別に、彼女の趣味が日記を付けることという訳ではない。むしろそういうのは三日坊主で終わるのが常だった。なのにどうして書き始めたのかと言えば、やはりいつ死ぬか分からない状況に置かれてしまったからなのだろう。
──紙と鉛筆の音が擦れる音が少し止まり、立香は少々内容に悩む素振りを見せてから、また緩やかに鉛筆を走らせる。
現在カルデアは第三特異点までの修復を完了し、概ね順調に人理修復を目指して進んでいる。頼りになるサーヴァントやロマンを筆頭としたカルデアの職員たち、それに隣でいつも支えてくれるマシュが居たからこそ成し遂げられた成果だ。
それでも、これから訪れる特異点であっさり立香が死んでしまう可能性もゼロではない。どころかむしろ死の危険性は大いに付きまとう事だろう。現代日本ではただの女子高生をやっていた彼女に命のやり取りは重すぎるし、もしそうなった時のために『自分が生きていた証』を目に見える形で残しておきたかったのだ。
──今度こそ鉛筆の音は鳴りやみ、立香は苦笑を浮かべながら日記帳をパタンと閉じた。
内容を誰かに見せるつもりは無い。中には最後のマスターらしからぬ弱音や本音が山ほど綴られ、飾り気のない素直な感情が吐き出されているのだから。こんなものをマシュやロマンが見てしまえば、きっと彼女らは気に病んでしまうだろう。それは本意ではなかった。
日記が誰にも読まれないよう机の引き出しに厳重に仕舞いながら、ふと立香の頭を疑問がよぎる。せっかく日記を残しているというのに、いざ死んだとき誰も見つけてくれなければ書いた意味がないのではなかろうか? それでは意味がない。かといって無防備にした挙句いつの間にか読まれていても面倒だし女々しいし──
「マスター、緊急事態よ。すぐに出てきてちょうだい」
自分のうっかり具合に悶々としていたら、扉の向こうから透き通るような少女の声が聞こえてきた。すぐに日記のことは頭の片隅に追いやり、慌てた表情を浮かべて扉を開ける。このカルデアではどんな事態が起きても不思議ではないのだ。
扉の先の廊下で待っていたのは長い銀髪に青い瞳を持った白皙の美少女だ。豪奢な白いドレスを着こなす様は”高貴”という言葉がこれ以上なく似合っていて、同時にどこか氷のような冷たい印象をも抱かせる。
彼女こそは燃え盛る冬木の地で最初に召喚したキャスターのサーヴァント、その真名をアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァという。氷のような佇まいを持ち、氷と精霊を自在に操る魔術師だが、彼女は歴とした
そして同時に、意外とお転婆娘な気質も持ったサーヴァントだった。
どうしたの──と勢い込んで立香が訊ねる前に、パシャリとシャッターを切る音が。フラッシュは焚かれていない。何事かと驚きながら音のした方へと首を向ければ、ちょうど扉の真横、立香の死角にもう一人のサーヴァントが立っていた。手慣れた手つきでカメラを構えている彼は、写真撮影にハマった守護聖人と名高いゲオルギウスである。
「ふふっ、今のあなたとっても面白い顔をしてたわ。どうでしょう聖ゲオルギー、ばっちり撮れたかしら?」
「それは勿論ですとも。ほら、このように」
「まあ、マスターの驚いた顔がくっきり映ってる! 現代のカメラというのはこんなにも綺麗に撮れるものなのね!
「そうでしょうそうでしょう、私の時代からすればもっと考えられない技術です。手軽に旅の思い出や、日常の何気ない一場面を切り取って保存できるのですから。いやはや、この時代に呼ばれてカメラと出会えたのは僥倖でしたよ」
呆然とする立香を横目に、いかに現代のカメラが素晴らしいか、不意打ちの顔を取られた立香の顔が面白いかでアナスタシアとゲオルギウスが盛り上がっている。彼女にはとてもついていけそうにない談義である。
ともあれ状況がよく分からないので、立香はコホンと軽く咳払い。カメラの画面を眺めて会話に花を咲かせていた両者もすぐに立香へと意識を戻した。ゲオルギウスはすまなさそうな、アナスタシアはしてやったりな表情が印象的だ。
「申し訳ない、マスターに無礼を働くつもりは無かったのですが、そちらの方の口車に乗ってしまいまして……マスターの面白い顔を撮ってみたいというものですから、つい」
「あら、かの守護聖人様が他人に責任転嫁してしまうなんて。これは意外な一面を見つけてしまいました」
「ああいえ、そういうつもりは無くてですね……」
「冗談です、あまりお気になさらないでください。あなたも、緊急事態なんてこれっぽっちも無いので大丈夫ですよ」
クスクスと笑うアナスタシアにゲオルギウスは困り顔だ。彼女が
彼女、アナスタシアとは気安い仲だ。しばらく前はお茶会に誘われたかと思えば凍り付いた紅茶を出されたこともあったし、いつだったかは木登り勝負を挑まれたことすらある。皇女らしからぬ行動力と悪戯心の化身なアナスタシアの言動は、同じ年頃の立香としても親しみを持ちやすい間柄となっていた。
だから今回の行動もそんな戯れの一環なのだろう。召喚直後の頃の人間不信な様子は既になく、立香という同年代の
それにしても、ただ悪戯の為だけに呼び出されたのだろうか? 別に構わないが少しばかり腑に落ちない。そんな立香の様子が伝わったのか、アナスタシアが微笑を浮かべて手の中の物を差し出した。ゲオルギウスの持つカメラとはまた違うタイプのカメラがそこにはある。
「聖ゲオルギーから聞いたのですが、何でも現代には”自撮り”や”料理を食べる前に写真を撮る”文化があるらしいとか。そこで
「私もそれなりに写真を撮ってはいますが、やはり現代を生きるマスターの方がこういった最新の文化には詳しい所があると思いまして。よければ一つ、私も一緒にご教授願えないかと」
そういえば、とふと思い出す。アナスタシアの生前の逸話には鏡に自身を映して写真を撮るという、いわば自撮りに近い行いもやっていたらしい。しかも変顔で。こんな銀髪青目の美少女が変顔自撮りなんて想像もつかないが、とにかくカメラを愛用していたのは確かだという。
加えてゲオルギウスといえばモスクワの守護聖人なんだとか。だからアナスタシアは彼のことを聖ゲオルギーと呼んでいるのだろう。立香は宗教に明るくないが、有名な偉人が同じ趣味を持っているならそれはもう話したくなる気持ちは分かる。
まあどうにせよ、立香もカルデアに来る前は花の女子高生だったのだ。自撮りやインスタグラムへ写真をアップするくらいやったことはあるし、サーヴァント達に比べれば詳しいのも間違いない。彼女たちの提案に不満は無かった。
「それじゃあ決まりね。早速行きましょう」
「今回は特異点に赴くつもりはないのでご安心を。あくまでもこのカルデア内に限定して、色んな風景を写真に収めようという魂胆ですので。ひとまず歩きながら、彼女にカメラの使い方を教えてあげてくださればと」
無表情でグイグイと背中を押してくる皇女様に根負けして、ひとまず立香は彼女たちの思惑に付き合うことにした。写真を撮るだけなら悪い事にはならないだろうし、何よりも──形として残る想い出に立香も興味があったのである。
◇
カルデアの召喚は良く言えば多様性があり、悪く言えばガバガバである。ある程度の縁が有れば英霊も反英雄も等しく召喚できるし、かと思えば全く縁のない相手が唐突に召喚されることもままある。
例えばゲオルギウスは前者であり、第一特異点で出会った縁を元手にカルデアに召喚された。そのしばらく後にカメラについて聞かれ、立香がカルデアの倉庫から使われていないカメラを探し出してきたのは記憶に新しい。聖人が撮影した写真なんて、それだけで聖遺物なのではとたまに考えたりする。
逆にアナスタシアは後者だ。これまでの立香の人生はロシアと何ら関わりが無かったはずだが、マシュを除いて最初に契約したサーヴァントが彼女である。これはもう完全に偶然の産物であり、おそらくは本家の英霊召喚システムに則り召喚者と相性の良いサーヴァントが召喚されたのだろうと結論付けられていた。
つまり、藤丸立香とキャスター・アナスタシアは相性が良いとされている訳だ。そして実際、あんまり間違っていないとも思う。
「へぇ、現代では自撮り棒なんて便利なものが発明されているのね。わざわざ鏡に映さなくても自分の顔が撮れるなんて、とても便利そう。今度見せてちょうだいな。……え、今は持ってない? …………それは残念だわ」
カルデアの廊下を歩きながらカメラの扱い方を一通りレクチャーしていく。取り敢えずはシャッターの切り方とフラッシュの設定、撮影した写真のデータ閲覧のやり方を簡単に教えたところだ。その時点でアナスタシアはいても立ってもいられないらしく、瞳が好奇心でキラキラ輝いているのがよく分かった。
試しに何枚か撮影してみる? と聞いてみれば彼女は迷わず首を縦に振った。まずは彼女の指示に従ってゲオルギウスの隣に立たされ、そこで一枚。そのすぐ後にカメラの向きを変え、微笑んだ自身の顔を枠に収めた自撮りで一枚。合計二枚の撮影を終え、アナスタシアは早速カメラを閲覧モードに切り替えていた。
「本当にすごいのね……こんな小さなカメラで、こんなにもくっきり撮れるなんて。色も鮮やかだし、まるで写ってる人たちが写真の中で生きているみたいです」
「時間を掛けて描いた絵画も美しいですが、こうしてありのままを素直かつ手軽に残せる写真もまた素晴らしいものです。文明の産んだ利器とはまさにこのことでしょう」
「
「それだけ人の営みとは強固だという事でしょう。楽を求めて良いも悪いも様々な進歩を遂げるのが人間ですが、だからこそこうした優しい機器が発明される事実が際立つのですよ」
何やらしんみりとした空気になってしまった──内心で立香は慌ててしまう。片や悲劇の皇女、片や名高い聖人だけあって言葉の重みが立香とは段違いである。どうしてカメラ一つ語るだけでこうも深みが出るのか、立香にはてんで真似できない範疇であった。
「これでカメラの使い方は覚えました。さあ、次は本番ですね。今日の
氷のような無表情ながら興奮した様子のアナスタシアに、『まるで新しい玩具を手に入れた子供みたいだなぁ』と感じてしまう立香である。現代のカメラをお気に召してくれたようで何よりだ。
などと生暖かい視線を送っていたら、ムッとしたように彼女は頬を膨らませた。考えていたことは筒抜けだったらしい。
「む……子供っぽいと思われるのは心外です。あなたはありがたみを理解出来ていないのかもしれませんが、これだけの機械を好きに使って良いと言われてしまえば誰だって
「それにしては随分と目が輝いているようにも見えますがね。なに、恥じる事など一つもありませんとも。時には童心に帰って楽しむのも人の有り様なのですから」
「あなたまでそのような事を──もしや、先ほどの仕返しだったりしますか?」
「おや、バレてしまいましたか」
全く悪びれない様子のゲオルギウスは、カメラを持った手で廊下の先にある扉を示した。そこは食堂の入口であり、昼食時なのか良い匂いが漂ってきている。
「まずはあそこで食べ物の写真でも撮ってみましょうか。マスターがどういう意図で写真を撮るのか、私も興味がありますからね」
◇
スパイス香る黄色いルーに、白く輝く白米たち。料理上手なサーヴァントたちが作ってくれるカレーというのは簡易料理という概念を越え、もはや一流の味と見た目が保証されたものである。
日本が誇る改造海外食ことカレーは、現代日本人の少ないカルデアでも人気を誇る一品だ。中でも現代に詳しい赤い弓兵ことエミヤと、水辺の凄女こと聖女マルタは料理が上手であり、暇さえあれば立香や職員たちに料理を振舞ってくれる。カルデアという娯楽の少ない施設において、彼らの作る美味しい料理というのは貴重な活力の源だった。
「このカレーという料理、
「食べやすいというのも魅力の一つなのでしょうな。スプーン一つで簡単に、そしてたくさん食べれてしまう。栄養もしっかり摂れるとなれば、人気になるのも頷ける話です」
カレーの良い香りに引き寄せられるように食堂へと向かった三人は、いつものようにシェフを務めていたエミヤから皿を貰うと大人しく席に着いていた。立香とアナスタシアが並んで座り、対面にゲオルギウスが座す形である。
既に皇女様はやる気も露わにカメラを構えているが、まずはお手本を見せるべく立香は懐からスマホを取り出した。電波の通じない現状では九割方の機能が使えない産廃と化しているが、カメラ機能はまだ生きている。インスタ映えするようにカレーの位置を調整してから、これまたパシャリ。カメラロールに保存された写真を二人が見やすいようにテーブルに置いた。
「なるほど、料理写真はこのように撮るものなのですね。自分が写り込んだりはしないの?」
「こういう写真は自分よりも料理を主役に置くということなのですかね。余計なものを入れずに料理だけを撮ることで、写真を見る人が料理の綺麗さに感嘆しつつ味を想像しやすくする。理に適っていると言えましょう」
「そうね、でもどうせなら……」
言った傍からペタリとアナスタシアが机に突っ伏した。驚く立香とゲオルギウスの前で彼女はカレーの皿の隣に顔を並べると、腕を伸ばしてカメラを高く上げた。それから当然のようにシャッターを切り、立香達へと見せてくる。
「やっぱり美味しそうな料理なら、自分も一緒に写ってみたいです。そちらの方がより『自分はこれからこの料理をいただきます』と伝わりそうですから」
なるほど一理ある、と頷いてしまった立香である。ただ顔を入れない理由は単純にネット上のプライバシーに由来するところなのだが……過去の人にその辺りを理解しろというのも難しいだろう。
しかもこの写真、明らかにアナスタシアの方が目立っている。カレーもでっかく写ってはいるのだが、いかんせん横に並ぶ銀髪美少女のインパクトが強すぎるのだ。もしこの写真をSNSにアップしようものなら『カレーとかどうでもいいけどこの美少女誰だよwwww』と言わるのが目に見える。まあジャンクな料理と美少女な構図はギャップ萌え的に悪くないのかもしれないが。
「これで撮った写真は確か、インスタグラム? なるものに投稿するのでしたか。色んな方と目の前の料理の絵を共有できるのは興味深いです」
「ここが良かった、これは駄目だったなどと感想を書いて、見知らぬ他人と意見を語り合う。広い世界の利点を最大限に活かした楽しみ方なのでしょう。世界を取り戻した暁には、何気ない日常の写真で是非とも挑戦してみたいものです」
「
──クールにさらりと言ったけど皇女様、ホントに変顔自撮りなんてしてたんですね。そう言いたいのをグッと堪えつつ立香はカレーを口に運んだ。やはり美味い。この味があるからカルデアで生きていけるようなものである。
それにしても、こうして食べる前に写真を撮っていると少し前の平和な女子高生に戻ったかのようである。友人たちと適当にワイワイ騒ぎながら、お気に入りの喫茶店で頼んだメニューを写真に収める。随分と懐かしくて、遠い記憶になってしまったものだ。
こうなるとさしずめアナスタシアは同年代の友人で、ゲオルギウスは写真仲間のおじ様だろうか。何気ない日常を過ごしていた頃を思い出してしまい、今度は立香がしんみりとしてしまう。
「ほらマスター、そんな顔をしていたらせっかくのお料理も美味しくいただけないわよ。きっと色々な重荷を感じているのでしょうけど、思いつめたら沈んでしまうだけなのです。だからせめて、虚勢でも笑ってなさい。意地を張ることも出来なくなったら時こそ、本当の終わりなのだから」
自分はそんなに暗い顔をしていたのだろうか。自覚などこれっぽっちもなかったが、アナスタシアもゲオルギウスも心配そうに立香の顔を覗き込んでいた。こういう弱音はあまり見せないように振舞っていたのだが、少々ボロが出てしまったらしい。それとも若くして逃れられぬ渦に巻き込まれたという、今の立香と似た経験をしたアナスタシアだからこその言葉なのか。
なんとも気まずい形で空気が固まってしまい、場を誤魔化すように更にカレーを食べる。どんな時に食べてもエミヤ印のカレーは美味いのだが、先ほどよりは味が分からなくなっていた。
ちょうどその時、勢いよく食堂の扉が開いた。軽快な足音と共に「先輩、こちらに居たのですか?」と嬉しそうな声が飛んでくる。見なくても分かる、立香の大事な後輩であるマシュだ。
やって来たのは彼女だけでない。その後ろからは食堂で見るのは珍しい気がするうだつの上がらなそうな青年、ドクター・ロマンの姿がある。さらに彼と共にやって来たのは──
「おやおや、皆さんお揃いのようで~。もしかしてお金の話とか、したりしてますかぁ? だったら是非私も一枚噛ませて欲しいなって」
褐色の肌にスベスベモフモフなケモ耳と尻尾を携えた女性である。交易や金勘定に目が無いそのサーヴァント──シバの女王は、ロマンの呆れ顔も何のそのな調子で立香達に絡んできた。
もちろん女王が好むような話なんてこれっぽっちもしていないが。そうやんわりと告げると彼女は残念そうにしつつ、ごく自然な所作でゲオルギウスの隣に腰を下ろした。食事の不要なサーヴァントらしく食べるつもりはないらしい。むしろこうして共に食べている皇女と聖人が例外だったりするのだが。
「こんにちは、シバの女王陛下。申し訳ないですが、今の私たちは写真について語っていたところでして。残念ながらお金になるような話ではないかと」
「それは残念ですねぇ。あ、でも写真なら写真でサーヴァントの写真集を売り出すとかどうでしょう? 皆さま美男美女が揃っている訳ですし、色んな写真を撮って売り出せば結構な儲けになりそうな予感がしますね~」
「へぇ、面白そうね。もし本当にやるというのなら、是非カメラは
「有益なパトロンゲット~! 皇女のお墨付きとなればより高値で──」
未来の儲けにムフフと目を輝かせている女王の隣に、カレーを持ってきたロマンがやはり呆れ顔のまま腰を下ろした。立香の隣にはマシュが陣取り、やはりカレーを前にワクワクした様子である。
「いやいや、何か話がとんとん拍子に進んでるけどまず売る相手がいないからね!? あと魔術関係を無暗に外にばら撒いたらエライことになるからホントやめてくださいお願いします!」
「分かってますよ~それくらい。だからこうして人理修復にも手を貸してる訳ですしぃ。無事にお金を稼げる世界になったら、上手いこと色んなルートを用いてガッポリ稼いじゃいますので!」
「あ、相変わらずですねこの人は……」
マシュの言葉に全力で頷いた。召喚した当初から今日まで、彼女のスタンスは一ミリたりともズレていないのだから商魂逞しいと言うべきか。
シバの女王を召喚したのはしばらく前のゲオルギウス召喚と同じころ、第一特異点オルレアンを無事に乗り越えた後である。彼女もアナスタシアと同じく立香とは何ら関係が無いはずだったのだが、どういう訳か召喚に応じてくれたのだ。ふらりと召喚を見に来ていたロマンのビックリした顔が今でも印象深い。
「ん、どうしたんだい立香ちゃん? ああ、ボクが食堂に居るのが珍しいって? 確かにそうだね、今日はちょっとシバの女王に近未来観測レンズ・シバの調整を手伝って貰ってたんだけど……終わり際にマシュとばったり出会ってね。一緒に食堂でご飯を食べようって誘われちゃったら、断るのも忍びないだろう?」
「普段の調子はともかく、ドクターも司令官代理として頑張っていると思いますから。あまり根を詰めすぎないでいただければと思いまして。仕事の邪魔になっていたら申し訳ないですが」
「邪魔だなんてとんでもない! むしろこうして労わってくれるだけでもありがたいよ……」
とほほと言わんばかりの落ち込みようだが、実際ロマンに対するサーヴァント達からの評価は割と散々だったりする。チキンだとか全部コイツが悪いだとか、好き勝手言われ放題だ。実はマシュからも辛辣な評価をいただいているのだから相当である。
「それにしても珍しいメンバーが揃ってますね。しかもカメラまでお持ちになって……」
「あ、ボク分かったかも。それっていわゆる自撮りとかインスタ映えとか、そういう写真撮ってるのかな?」
「あら、知っているのね。てっきりこういうのには疎い根暗系なのかとばかり。ヴィイもそう言っているわよ」
「酷い言い草だね全く! これでもボクだって立香ちゃんと同じ現代っ子だから!」
「でも確かに、あなたがそういう写真を撮っている姿は想像し辛いですねぇ。そういう娯楽よりも、一人でわき目も振らず黙々と目的に突き進んでる方が性に合ってそうと言いますかぁ」
「い、一応褒め言葉として受け取っときますよ……」
別に彼自身が悪い訳ではないのだが、どうしてかこういう展開に行きつくから不思議である。立香としてもこういう流れに慣れてしまった節があるのは否定できない。こう、ドクターは弄られ役で固定されてしまったというか。見てるだけでさっきのしんみりとした感傷も綺麗さっぱり消え、楽しい感情ばかりになってしまう。
立香はこの緩い空気が何より好きだった。
「まあロマニさんのことはひとまず置いておくとしまして。折角ですし、この賑やかな光景を絵に一枚写真を撮らせていただいてもよろしいですかな?」
「あっ、
「良いですねぇそういうの。思い出は買うことが出来ませんし、失えば買い戻すことも叶いません。写真という形で綺麗に残せるというのなら、あるいはお金よりも貴重な品になるのやも」
「先輩、シバの女王が至極マトモで含蓄のあるお言葉をしゃべっています……! 明日はカルデアに雨でも降るのでしょうか!?」
「失敬な、私はそこの彼と違ってオチ担当じゃありませんので!」
──あ、ドクターが胸抑えて倒れた。心にグサリと来たようだ。
それはともかくゲオルギウスが立ち上がりカメラを構えたが、その前にアナスタシアが椅子から立ち上がってちょっと距離を取った。背中を立香達に向け、腕を伸ばしてカメラを自分へと向ける。かつて立香も友人と散々やった、自撮りしつつ皆で写真に入るやり方だ。
本当に懐かしい。だけど今回はしんみりせず、むしろ右手をピースにしながら積極的にカメラの枠へと突撃した。
困惑するマシュの肩に左手を乗せて、しっかりとカメラ目線。顔はとびっきりの笑顔だ。
「では皆さん、シャッターを切りますよ」
「あ、ちょ、ちょっと待ってボクの準備が──」
パシャリ。騒々しくも賑やかなカルデアの一日が、カメラの中に収まった。
◇
結局その後は一日中アナスタシアに連れられてカルデア内を巡り、色んなところで色んな写真を撮り続けた。
真面目に仕事をするムニエル氏の背後からこっそり写真を撮って驚かせたり──
前衛的な芸術を作り上げてご満悦のネロ皇帝に逆に記念写真をせがまれたり──
山ほどの飯を相手に挑みかかるセイバー・オルタの雄姿を撮影したり──
とにかくいっぱい撮り続けた。中には二人して変顔してみた自撮り写真なんてのもあって、撮り終えた後にお互い大笑いしてしまった程だ。今日だけでどれくらいの写真を撮影しただろうか。きっと百枚は下らないのではと思う。
だけど楽しい時間というのはあっという間であり、気が付けばもう夜にまでなっていた。いつレイシフトして特異点に挑むか分からない以上、体調は万全にしておかなければならない。夜更かしは厳禁だった。
「今日は一日ありがとう、マスター。とても有意義で楽しい時間でした」
立香の部屋の前で、アナスタシアは折り目正しく礼をした。皇女らしい堂に入った振る舞い、立香の方が逆に照れ臭くなってしまった程だ。
「でも、それだけの事をあなたにしてもらったのです。感謝の言葉一つでは言い表せないくらい、
だから、と彼女は続けた。
「またこうして写真をいっぱい撮って、アルバムを作りたいの。あなたの人理修復の旅は決して、辛いだけでは無かったのだと。同じくらい心躍る冒険があって、心温まるやり取りがあったのだと記録しましょう。あの女王の言う通り、全てがお金には変えられない大切な思い出ですから」
それはなんて──なんて素敵な提案なのだろうか。一も二もなく頷いて、立香はただ「ありがとう」と言った。それしか言葉が見つからなかったのだ。
最後にアナスタシアは懐から一枚の写真を取り出すと、立香にそっと渡してきた。そのまま背を向けて「ではおやすみなさい」と言われ、彼女もまたマイルームへと戻る。
部屋のスイッチを入れ、パッと灯りが点いた。机に向かって座り先ほど貰った写真を眺めようとして……先に日記を思い出した。引き出しの奥底から引っ張り出し、机の上に乗せる。半日近く前となんら変わらない装いであるけども、何故だか今は日記自体に興味が持てなかった。
これはいつもの三日坊主なのかな──そんな風に苦笑して、立香は日記を改めて仕舞った。たぶんもう、この日記に何かを書くことはないだろう。
今の立香は既に、百の言葉よりも雄弁な『自分が生きていた証』を手に入れたのだから。
◇
パラパラと、ぶ厚いアルバムのページをめくる。
一枚一枚が大切な思い出ばかりだ。カルデアでの楽しかったこと、特異点で見た雄大な景色、時には馬鹿をやってみた時の黒歴史まで、多くの記録が詰まった大切な一冊だ。
その中でふと、立香はアルバムをめくる手を止めた。そこに収められた一枚の写真を目にして、言葉にならない色んな思いがこみ上げる。
写真の内容はとてもシンプルで、しかも賑やかなものだ。でっかく写ったアナスタシアの顔の後ろに、思い切り笑った立香と戸惑いがちのマシュが居る。その隣にはゲオルギウスがカメラを構えた姿で写り込んでいて、ロマンに至っては慌てた様子をシバの女王に揶揄われているような有様である。
言うなれば集合写真なのだろうか。この後もたくさんの人と山ほどの写真を撮ったけど、あの日の夜に彼女がくれたこの写真は一際特別なものだった。そしてもう、この写真の人たちは自分とマシュを除いて誰も居ない。
──サーヴァント達は座に還り、一人は永久に失われた。このような写真を撮る機会なぞ二度と訪れないことだろう。
それでも、事実を嘆いて現実から目を逸らしたりはしない。立香は現代を生きる人間であるのだから、彼らとの思い出を糧に前を向いて歩かなければならないのだ。そうでなければ立香に様々な物を残してくれたサーヴァント達に失礼だと思うから。
「立香ちゃん、そろそろ査問会が呼び出してくる頃だ。準備をしておいた方が良いぜ」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉に立香はアルバムから目を上げた。パタンと小気味よい音を立ててアルバムが閉じられ、丁重に枕の下に隠される。
カルデアの査問会が始まってから今日で五日──魔術師たちの追及は厳しいけれど、立香の胸の中に宿る思い出たちは、何一つ色褪せてはいなかった。
最後の場面は2017年12月31日なので、異聞帯アナスタシアが攻めてくるまで残り数時間といったところです。汎人類史側で絆を結んだアナスタシアが敵に回るという状況、どういう風に書いても物語として盛り上がりそうです。
誰か代わりに書いてください(小声)
Q.なぜシバの女王を出したの?
A.趣味です、よろしくお願いします。