もしアナスタシアが第一部からカルデアに居たら   作:生野の猫梅酒

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本編の過去編にして未来編なおまけ集です。


おまけ
絆レベル0──人間不信の皇女様


「近づかないでください」

 

 凍てつかんばかりの声音で釘を刺すかのようにハッキリと言われてしまい、()()と握手しようとしていた藤丸立香はつんのめる様に足を止めた。顔にははっきりと『マジですか?』と書かれているが、銀髪の少女は全く訂正も謝罪もしようとしない。どうやら冗談でも口が滑ったわけでもなく、本気で近づかないでもらいたいと考えているらしい。

 

 藤丸立香、十七歳。自称平凡な女子高生だがコミュ力にだけは自信がある。どんな相手とでも打ち解けられるのが密かな自慢であり、カルデアというよく分からない職場でも頑張れる自信があったのだが。さすがにこうまで拒絶されてはコミュ力というやつも形無しだった。

 チラッと銀髪の少女を垣間見る。肌のほとんどを隠す豪奢な衣装に、雪の妖精のごとき美貌。年の頃は立香と同じくらいだろうか。とても英霊とは思えぬ可憐な容姿だが、ガードの固さを物語るように人形? らしき物を胸の前でしっかりと抱きすくめていた。

 とんでもない強敵を前に冷や汗が浮かんでは流れていく。けれど下手な接触は逆効果だというのを感覚で理解し、取り敢えずは口出しせずに頭を下げるだけに留めておいた。

 

 これが立香と銀髪の少女──皇女アナスタシアの最初のやり取りである。

 

 ◇

 

 熱い。あらゆる全てを差し置いてひたすらに熱い。

 

 渦巻く大火と怨嗟と呪いに塗れた日本の地方都市に足を踏み入れた立香は、端的に言って極限状態におかれていた。

 ここは彼女の出身国である日本の一地方都市とされる冬木市、のはずなのだが、生憎と燃え盛る炎に囲まれ土地も人も荒廃の限りを尽くしている。生存者は一人として見当たらず、我が物顔で闊歩するのは骸骨兵にシャドウサーヴァントたち。この世の地獄もかくやと言わんばかりの惨状だ。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 立香を気遣ってくれる頼もしい後輩の言葉に、彼女は大丈夫だよとだけ返した。心情的にはいっぱいいっぱいではあるが、こんなところで弱音を吐く訳にもいかない。

 カルデアにおける四十八人目のマスターとして呼ばれたは良いものの、魔術もサーヴァントもレイシフトも何一つ分からないのだ。そんな中でなし崩し的にカルデア爆破という大事に巻き込まれてしまい、この地獄(ふゆき)に突き落とされたのだから、主犯には一言もの申してやらなければ気が済まない。

 

 ──まあその為にはまず、生きてカルデアに戻らなければならないのだが。

 

「所長、召喚サークルの設置完了しました」

「よろしい。これで戦力となるサーヴァントを召喚できることでしょう。そこの素人マスターに応えてくれるかは分かりませんがね」

「へぇ、こいつがカルデアの召喚陣なのかい。随分とまあ聖杯戦争とは違うもんだねぇ」

 

 マシュの真面目な報告、オルガマリーの割と辛辣な評価、そしてこの冬木で仮契約を結んだキャスターのサーヴァントの呑気な感想で立香は己が役割を思い出した。

 現状は地獄の釜の底、こうなった原因を突き止め排除しなければならないのだ。その為の解決手段として英霊たるサーヴァントを呼び出し、力を以って解決に導く。実に分かりやすい構図だろう。

 

「召喚の口上は覚えてる? ……知らない!? 呆れた、そんなんだから素人なのよ! いいわ、特別に教えてあげるから一度で暗記なさい!」

「おーおー、どんどんヒートアップしてんじゃねぇか。ま、怒んのは良いがもうちょい場所を考えてくれや」

 

 襟首を掴まれながら強制的に召喚の呪文を覚えさせられる立香をよそに、キャスターは既に燃え盛る炎の先を見ていた。揺れる炎、陽炎の奥は見通しが悪く──けれど、カラカラと骨の擦れる音はよく響く。オルガマリーの大声に惹かれたのか、骸骨兵達がワラワラと現れたのである。

 

「そら、敵さんのお出ましだ。こんくらいなら守ってやれるが、戦力は大いに越したことはねぇ。さっさと終わらせてくれるとありがたいぜ」

「先輩、お願いします!」

 

 キャスターとマシュに促され立香は前に出た。シールダーとしての盾を用いた召喚サークル、誰が呼ばれるかははっきり言って運次第である。とにかく自らの助けになってくれる英霊が望ましい。

 頭に叩きこまれた召喚の呪文を唱えながら、頭の片隅ではどんなサーヴァントが良いのか考えてしまう。まず漠然とだが、過去の英雄など言われても実感が湧かないしやり辛そうだ。そう考えると同年代くらいの相手か、せめて女性が望ましい。後は何だろう、この熱気と恐怖ばかりが支配する土地において、清涼な空気を運んでくれれば言う事なしであり──

 

 サークルを包む光の中から、この場には全く場違いな冷たい風が吹きつけた。

 

 疑問に感じる暇もない。とにかく呪文の詠唱だけを慌てて終えてしまい、後は成すがままに任せた。その間にも吹き付ける冷風はますます激しさを増し、思わず両腕で身体を庇ってしまう程の吹雪にまでなっていた。マシュもオルガマリーも唐突なブリザードに目を見開いて召喚サークルを凝視している。

 

「随分と暖かい……どころか、暑すぎる土地ですねここは」

 

 少女のものと思しき声だが、淡泊を通り越してまるで氷のようだ。いよいよ暴風と化し始めた吹雪に感情全てを吸い取られてしまったかのよう。一つとして温かみを感じない。

 それと同時に光が収まり、地面がピキピキと凍り出した。召喚サークルに現れたのは銀髪青目の少女であり、とてもじゃないが偉大な英霊とは思えぬ姿である。だが、人間とは隔絶した力強さは、素人マスターである立香でも肌で感じ取れたのだ。

 

「キャスターのサーヴァント、アナスタシア。召喚の求めに応じ参上したわ。状況がよく分からないけれど……まずはアレを倒せばいいのかしら?」

 

 アレと言いながら少女、アナスタシアが指さしたのはキャスターが戦っている骸骨兵達だ。既に多くが地に伏せており割と余裕はありそうだが、彼一人で戦わせるのも忍びないので頷いておく。

 

 ──その瞬間、指向性を持った強烈な吹雪が骸骨兵達を一掃した。

 

 凍てつく風に呑まれた骸骨兵達は成す術もなく凍り付いていく。どころか炎に覆われた地面すらも驚異的な速度で氷が張り、霜が降り、辺り一帯の気温が急激に下がっていた。冬という概念が擬人化したかのような途轍もない冷気である。

 一言、すごい。サーヴァントとはこれだけのことがいとも簡単に出来てしまうのかと驚かされるばかりだ。開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。

 とはいえまずは自己紹介、彼女を召喚したマスターとして名乗っておくのが礼儀だろう。なのでアナスタシアと名乗った無表情な──心なしか得意気な顔をしている気もする──少女に自らの名を名乗り、これからよろしくと握手を求めようとしたところで、

 

「近づかないでください」

 

 一気に興奮すら引いてしまうような、容赦の無い一言に襲われた。

 

 ◇

 

 どうにか炎上汚染都市と変貌した冬木を踏破したは良いものの、オルガマリー所長は死んでしまい、カルデアの外の世界は燃え落ち、挙句の果てに世界を救えるのは藤丸立香ただ一人ときた。あらゆる物事が一時に押し寄せてきた中で、気絶したりせずにマイルームまで戻れたのは奇跡のようなものだった。

 目下のところ問題は山積みだ。サーヴァントを召喚してカルデアの戦力も整えなければならないし、歴史上に発生した特異点を解決しに行く必要もある。のしかかる重荷は途方もない総量と化していて、潰れないようにするだけでも一苦労だ。

 

 それにもう一つ、立香としては捨て置けない問題があった。冬木にて召喚したキャスターのサーヴァント、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァのことである。

 彼女は初めて立香が召喚したサーヴァントであり、しかも話を聞く限りでは本当に同年代の少女なのだ。仲間として以上にまず、出来る事なら友達として仲良くしたいと考えるのは人情だろう。

 けれど残念なことに、アナスタシアはどう見ても人間不信としか思えない拒絶ぶりを見せている。今もカルデアに来るなり寡黙と無表情を貫き、サーヴァント用に空けられた部屋に引き篭もってしまった有様だ。話しかけようにもまず難易度が高すぎる。

 

 どうしたものか──ベッドの上で転がりながら重いため息を吐いてしまう。まるで打開策が浮かばない。かといってこのままアナスタシアが誰とも打ち解けず、一人でカルデアの片隅に居るのを見過ごすのも出来そうになかった。

 サーヴァントは歴史上の偉人達とはいうが、立香は過去の偉人についてほとんど知らない。アナスタシアについても精々が『ロシアっぽい人だなー』くらいの感想であり、うっかり地雷を踏んでしまう可能性も考えれば迂闊な行動には出れないのだ。

 

 だがその程度でへこたれるほどやわではないし、コミュニケーション能力に自信があるという自負も伊達ではない。多少は粘ってしつこめに、だが相手が本当に嫌がる線引きを見極めるのは昔から得意分野だ。ある程度手を尽くした上でどうしようもないなら仕方ないが、相手はまだ出会って一日足らず。諦めるには色々と早すぎる。

 

 ひとまずは自分の周りをしっかりと落ち着けてから、彼女と向き合ってみて──

 最初の目標は手始めに、拒否されてしまった握手を彼女と交わせるようにしようではないか。それからゆっくりと、話していけるようになればいいのだから。

 

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