もしアナスタシアが第一部からカルデアに居たら   作:生野の猫梅酒

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絆レベル1──やや人間不信の皇女様

「申し訳ないですが、話す時は距離を取ってもらえると嬉しいです」

 

 アナスタシアのつっけんどんな言葉に、立香は『ぐぬぬぬ……』と内心で漏らしながら引き下がった。さりげなく距離を詰めようとした途端にこれとは、やはり一筋縄ではいかぬ相手だ。

 現在第一特異点オルレアンを攻略中のカルデアは、ひとまず鬱蒼とした十五世紀の森の中で休息を取っていた。聖杯を持つもう一人のジャンヌ・ダルクに対抗するためフランス中を駆けまわっている関係上、マスターの疲労も中々に溜まってしまう。パチパチと爆ぜる焚火を眺めながらの休憩は立香にとってもありがたかった。

 

 この特異点で出会ったジャンヌを筆頭としたはぐれサーヴァントや、カルデアから共にやって来たマシュ達は現在周辺の見回りということで別行動を取っている。ではマスターは一人無防備に座っているのかと言えばそうではない。護衛として例の寡黙で冷たい皇女様ことアナスタシアが一緒だった。

 

 しかし、それにしても会話が無い。夜の森で女二人、何も話さずに焚火を囲むなど気まずいにも程がある。そこで”さりげないスキンシップ”と銘打ってアナスタシアの近くまで寄ろうとしたら先ほどの言葉が飛んできた訳だ。なので物理的に距離を縮めるのはいったん諦め、精神的な方から糸口を探ってみることにする。

 こういう時にどうすれば良いか立香はよく知っていた。まずは当り障りのない会話から徐々に話題を広げていき、会話の主導権自体は自分が握るのだ。その際、自分の方がおどけ役となって相手を立てればよりスムーズに話は弾む。段々と相手も気安い口調になり始め、自分から話題を振ってくれればもうこっちのものである。

 

 だが気を付けねばならないのは、相手がサーヴァントである点だろう。見た目は同年代だろうと辿って来た人生は一介の女子高生など比較にならないものがある。うっかり地雷に触れれば二度と仲良くなる機会など訪れない。

 その観点でいえば最初に比べれて望みは見えてきている。冬木で召喚した時は「近づかないでください」と一蹴されてしまった訳だが、先の言葉は多少なりともこちらを気遣ってくれるものだった。微細であろうと立香を意識してくれている証拠だ。

 

 これから先絶対に仲良くなれない、なんてことは絶対に無いはず。確信にも似た感情だった。

 

 ──だが敢えて言うのなら、別段アナスタシアと仲良くなることに特別なメリットがあるかと問われれば、おそらくは『無い』と断言できよう。

 

 カルデアには頼れる後輩なマシュの他にも、立香の召喚に応じてくれたサーヴァント──冬木で共に戦ったクー・フーリンや敵として対峙したアーサー王にエミヤなど──が居るから戦力には特段困らないわけで。彼ら彼女らは態度はどうあれ立香とコミュニケーションをしっかり取ってくれるし、戦力的にも申し分ない一流と呼んで差し支えない。

 だから極論を言ってしまえば、アナスタシア一人とこうまで仲良くなろうとする必要は無いはずなのだ。本人が他者を避けているのだし、そこに立香が積極的に絡みにいく必要は何処にもない。”適切な距離感を保って最低限の意思疎通さえできればそれで良い”と考えるのが、きっと一番効率的だろう。

 

 それでも何とかして仲良くなろうとしているのは、やはりそういう性分だからだろうか。『同年代の少女だから気安い関係になれれば楽しいだろう』という下心があるのは否定しない。けれどやはり、ほとんど誰とも話さずに居る存在を放っておくのは寝覚めが悪いにも程があったのだ。

 

「ロシアは寒かったか、ですか……?」

 

 まずは軽いジャブから。本当に当り障りのない事すぎるが、変に穿って相手が答えられない方がもっとマズい。代わりにアナスタシアからは間抜けを見るような視線を向けられるが、これは笑って受け流す。ちょっとくらいアホをやっている方が相手も馴染み易いものだ。現にアナスタシアも無視することなく答えてくれた。

 

「不思議な事を訊いてくるのね、あなたは。寒かったかなんて、そんなの当然に決まっているでしょう。こうして夜に外出していること自体、しっかり防寒を整えなければ大変なことなのよ」

 

 それは大変そうだ、と軽く頷いた。立香の頭の中ではロシア=寒いという方程式が立っていたのだが、どうやら間違いではないらしい。日本育ちの立香には厳しそうな土地である。今も焚火に当たっていなければそれなりに寒く感じるが、アナスタシアは少しも堪えた様子はない。

 でも代わりに夏も涼しくて過ごしやすそうだと言ってみれば、これには意外にも否定を返されてしまった。

 

「確かに冬は寒いですが、夏は案外マシになるものよ。涼しすぎず暑すぎず、ちょうど良い気温になるの。そういう時は積極的に外に出て遊んだりもしたわね」

 

 これまた意外だった。普段の彼女の雰囲気や皇女という立場から、外で遊ぶなんて以てのほかだと勝手に考えていたのだ。随分と活発な少女であったらしい。

 驚きの感情が顔に出すぎていたのか、アナスタシアもまた呆れともつかぬ苦笑の声を漏らした。

 

「ふふっ、意外だったかしら? 姉妹で追いかけっこや木登りをしたり、そういうのが好きだったのだけど……全部全部、遠い昔の思い出よ……」

 

 懐かしそうに語るアナスタシアの瞳は、既に遠い所を眺めていた。彼女の来歴を簡単にだが学んだ立香だから、その最期と家族の思い出は切り離せないものだと知っている。これ以上はまだ土足で踏み込んで良い領域でもないだろう。

 でもそれはそれとして、見た目よりも活発だというなら選べる話題もより増えてくる。思いもがけない印象を与える話題と言うのは取っ掛かりになりやすいのだ。

 

「なにかしら……え、木登りには自信がある? あなたが? ……ふぅん、そうなの。だからどうだという訳ではないけれど」

 

 いや、それは嘘だ。立香が木登りについてカミングアウトした途端、アナスタシアの瞳が一瞬だけキラリと光ったのを見逃さなかった。だからニッと笑って『今度どっちが早く登れるか勝負してみよう』と提案してみれば、案の定氷のような態度が少し揺らいだようにも思えた。冷たい皇女の仮面が剥がれ、その下にある少女の地金が微かに顔を覗かせる。

 

「……まあどうしてもと言うのなら、受けて立ってあげても良いわ。でもそんなことより、あなたは人理を救うのでは? その手足はお飾りでは無いのですから、木の節を掴み皮を蹴るよりも先に、まず世界を取り戻すべく努力しなさい」

 

 この指摘にはぐうの音もでない立香であった。いやに具体的な例えが余計に木登りの熟練者を想像させるが、さすがにこれ以上とぼける訳にもいかない。本分を疎かにもできないので、楽しみはまた今度だ。

 さて、ここからどうするべきか。すっかり真面目な話題にシフトチェンジしてしまったが、もうちょっとのんびりとしたお話を続けたい。パチパチと爆ぜる焚火を眺めながら次の話題を必死に考えて──鼻がムズムズしてきた。あ、くしゃみが出る、そう意識した途端にクシュンと抜けるようなくしゃみをしてしまう。

 

 風邪を引いたとか鼻炎とかではなく、単純に夜の寒さが原因なのだろう。気が付けば無意識の内に二の腕辺りを(さす)っている。焚火に当たっている前面は暖かいのだが、側面や背中はちょっと冷えているのだ。

 どうやら中世フランスにおける夜の森を甘く考えていたようだ。これ以上の上着を立香は持っていない。仕方ないので身体を冷やさぬよう焚火への当たり方を変えようとしたところで、アナスタシアがおもむろに立ち上がっていた。

 

「今回だけ、特別ですよ……ヴィイ」

 

 皇女の背後にふわりと黒い影が浮かび上がった。彼女の使役する使い魔、あるいは精霊ともされるヴィイだ。その精霊はアナスタシアが羽織っていた暖かそうな青い上着を受け取ると、音も無く立香に掛けてくれた。

 同性の立香でも軽くドキッとするような良い香りが立ち込める──しかも極北の民の服だけあって非常に暖かい。防寒着としてはこれ以上ない出来である。

 

 ただ、明らかに立香と距離を取っているアナスタシアが上着を貸してくれる理由が見当たらない。白いドレス姿になった彼女に礼を言いつつも戸惑いを隠せなかった。

 

「まぁ……この程度の寒さで震えられてもこちらが困りますので。ちょうど(わたくし)も厚着が煩わしく感じていたところでしたから、押し付けるのに都合が良かっただけです」

 

 ──さすがはロシア生まれのロシア育ち、寒さに対する耐性が違うようで。

 

「世辞はいりません。朝になったらまたヴィイに取りに行かせるので、それまでは使ってもらって構いません。あまり汚さないようにだけ、気を付けてください」

 

 ひとまず頷いておき、しっかりと借りた上着を身体に巻きつけ暖を取る。本当に暖かい。

 まだツンツンした態度は変わらないが、こうして接しているとやはり地の性格は優しいのだと理解できる。だからもうちょっと色んなことを話して、より打ち解けられれば良いのだが。こればかりは時間が必要な工程だろう。

 

 とにかく今晩のところはそれなりに会話も続き、自ら上着まで貸してくれたのだ。間違いなく関係は進んできている。だから今は焦らずゆっくりと信頼してもらえればそれで良い。

 それにしても──なんだかあの手この手で女を落とそうとする悪い男にでもなったような気分だけど、気にしてもしょうがないか。

 

 




まだサーヴァントの数も揃ってないのでぐだ子と一対一に。
次回からはドバーッとサーヴァントとの絡みも増やしたいところです。
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