もしアナスタシアが第一部からカルデアに居たら   作:生野の猫梅酒

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絆レベル2~3──壁越し会話な皇女様

「まぁ……壁越しに喋るくらいなら、構いませんが……」

 

 つい十数分ほど前、自室に籠もるアナスタシアから突き付けられた無慈悲な言葉がそれだった。

 オルレアンで焚火越しに会話したり上着まで貸してくれたじゃない!? あれは王族系特有の気紛れだったの!? ──などと茶化したくなってしまった立香であるが、さすがにそんな冗談は通じないと弁えている。

 

 オルレアンの特異点修復は無事に完了し、立香達は無事にカルデアへと帰還することが叶った。さらには特異点における縁も増えたおかげで新たなサーヴァント達も召喚に応じてくれ、人気(ひとけ)の少なかったはずのカルデアは徐々に賑やかになってきているのだ。

 新たに加わったのはジャンヌ・ダルクにゲオルギウスといった聖人を筆頭とし、他にもフランスで関係を築いた者たちばかりだ。これだけでも頼もしいばかりであるし、誰もが人理修復に挑む立香を好意的に考えてくれているのはありがたい限りなのだが、それだけにアナスタシアに関する根は深い。

 

 カルデアの清潔感溢れる廊下を歩きながら、立香ははぁと溜息を吐いてしまった。どうにもまだアナスタシアと仲良くなれていない。結局話すのは良くても近づくのは駄目、少なくとも部屋に入ってのんびりお話とはいかないようだ。現に今みたく入口で門前払いを喰らってしまった訳だし、敷居を跨ぐことすらできなかった。

 こう言っては何だが、誰かと仲良くなるのは得意だという自負があった立香にとって、彼女は予想以上に難敵と言えた。それでも諦めないのはもはや意地の成せる業なのか。良心や打算だとか、面倒見が良いなどと言いかえることは勿論できる。だが結局のところ、こうまで頑なな相手に対して天邪鬼な心があるのは否定できないだろう。

 

 さて、それにしてもどうするか。サーヴァント達は空き部屋をそれぞれ自由に使っているのだが、アナスタシアは自室から中々出てこない。だから壁越しとなると扉を挟んでの会話になる訳だが……流石にそれは色々と悲しい絵面だ。せめて電話か何かでもあればよかったのだが生憎とカルデアに通信機の予備は用意されていなかった。

 このままでは一向に距離は縮まない。早く他の英霊達らしく馴染みすぎなくらいカルデアに馴染んで欲しいのは山々だが、チャンスすら出来ない現状はきつすぎた。

 

 このまま時間をかけるだけでは一生関係の進展は無いだろう。ならどういった取っ掛かりを作るのか? 無難な話題はこの前やったから、出来ればもっと楽しい話題を提供して笑い合えれば最高なのだが。娯楽の少ないカルデアでは遊びを探すにも一苦労だ。

 思考はまとまらず、惰性に任せて足を進めてみれば、いつの間にかカルデア備え付けのレクリエーションルームにまでやって来ていた。レクリエーションと言ってもなんてことはない、たくさんの丸テーブルとそれを囲むように設置された椅子ばかりのカフェ染みた部屋である。他にも雑誌や自販機が置いてあったり、今は何も映らないテレビが鎮座していたりする休憩部屋だ。

 

 かつてはカルデア職員たちの憩いの場だったのだろうが、現在ではもっぱらサーヴァント達の溜まり場にもなっている。土地や時代を越えた英霊たちが談笑したりやや気まずい空気になったりする一方で、スタッフたちもそんな彼らと混じって休憩しているのが常だ。

 

「あら、いらっしゃいマスター。随分と浮かない顔をしているのね」

 

 取り敢えず空いている席に腰かけた立香に声を掛けてきたのは、すぐ近くのテーブルに居たマリー・アントワネットだ。白百合の姫とも称される彼女は今日も見る者を魅了する笑みを湛えている。だが立香の顔に何かを感じ取ったのか、「こっちへおいで」と言わんばかりの手招きを行っていた。

 彼女の優雅な手招きに誘われ、すぐに立香は腰を上げるとマリーのテーブルへと移動した。先客はマリーともう一人、珍しくアマデウスやデオンの姿はそこに無い。普段ならマリーと共に居るはずの彼らの代わりに座っていたのは、なんというか予想外な人物だ。

 

「これはこれはマスター、どうしたんですかぁ? まるで投資に失敗して有り金溶かしたような顔してますけど~?」

 

 間延びした特徴的な喋り方、人にはないケモ耳と尻尾を持った褐色の肌、美人なのにどこか残念な雰囲気を漂わせている彼女は、古くより伝承の中にだけ確認されているシバの女王その人に他ならなかった。

 端的に言って、この女王はかなりお金に目が無い。今のイヤに具体的で心に刺さる例えからもうかがい知れるというものだ。そんな彼女が天真爛漫にして天然の入ったお姫様であるマリーと共に居るのは、どうにも理解しがたい事だった。

 

「あ、そう言われると傷つきますね~。私だってたまには真面目な話くらいしますとも。ええ、王妃の首飾りの価値は如何ほどとか、アマデウスさんに新曲作って貰って売ったら凄そうですねぇとか、その程度ですから」

 

 結局平常運転じゃないか……つい呆れ顔になってしまう立香である。なんだろう、ホントこの残念さは。縁も無いのに力を貸してくれる姿は頼もしい限りだが、こういう所を見てるとガックシきてしまう。

 それにしても、マリーとシバの女王は性格的に相容れるものなのか。仲が悪いという無いだろうが、話が合うかどうか非常に気になるところでもある。

 

「あら、そんなことないのよ? シバの女王のお話はとっても機知に富んでいるし、キラキラした宝石だって嫌いじゃないもの。それにこの耳! とってもモフモフで気持ちいいのよ!」

「あ、あんまり触らないでくれるとありがたいのですがねぇ……敏感ですし。それでマスター、何かお悩みのようですね? どうぞどうぞバーッとぶちまけちゃってくださいな! 悩みを聞いて解決してお代をいただく! これも立派な交易ですから」

 

 何だか軽い流れだが、マリーも頷いているし異存はなかった。簡潔に今の立香の悩みであるアナスタシアとのコミュニケーションの取り方について話してみる。あまり大勢で押しかけるような事をするつもりは無いが、他者の智慧を借りるくらいなら大丈夫だろう。

 

「わたしもあの皇女さんのことは気になっていたのよ。でも中々お話する機会に恵まれなくて……一緒にカルデアを巡ろうと誘っても全然応じてくれないの」

「あまりグイグイ来られて喜ぶ人じゃない、って感じでしょうかねぇ~。私もマリーさんも国の偉いとこに居た女というのは共通なのですが……」

 

 言いながらシバの女王はチラッとマリーの方を盗み見た。そうだ、よく考えてみればマリーもまたその最期は悲劇的に終わってしまったお姫様なのだ。真っ当に考えればアナスタシアのような人間不信になっていそうなものなのに、こうして明るく民を想うままなのが例外と言えよう。

 当の本人もそのこと自体にはすぐに思い至ったらしく、滅多にない難しい表情をして考えこんでいた。似たような境遇の先達として何をしてやれるのか、正面から思案してくれているのだろう。

 

「そう、ね……恨むな、それでも人を信じろ、なんてわたしにも言えません。わたしは決してそのように考えることはありませんが、アナスタシア(かのじょ)は彼女ですもの。無理に心を開かせようとするのはきっと辛いことなんじゃないかしら?」

「でしょうねぇ。けれど、だからといって放置しておくのもどうかと思いますが。敢えてシビアに言いますが、この閉鎖空間で誰とも会話しない方が居るのは当人のみならず、他の方々のストレスにも繋がってしまうものです。お金と人はナマモノなのです、いつまでも密閉されたままでは傷んで駄目になってしまうかと」

「一番実年齢の近いマスターが積極的に声を掛ける、というのは間違ってないと思うの。後はアプローチの方法ね。壁越しになら話して良いというのなら、ホントに壁越しに話をすれば良いのではなくて?」

 

 出来ないことは無いだろうが、それもどうなのだろうか。廊下のドア越しに会話するのは雰囲気的に話も弾まないだろうし、かといって隣の部屋から声を掛けるには防音が整いすぎている。向こうは透視の魔眼を所持しているから困らないのかもしれないが、立香にとっては大きな問題だ。

 どうすればいいかな? と訊いてみる。するとシバの女王はおもむろに紙コップを一つ取り出すと、その隣に普段から持ち歩いている香炉を置いた。何をするつもりなのだろうか?

 

「はいはーい、ここにあるのは何の変哲もない安いコップと、私の大事なジン達が入っている香炉です。この二つが揃った時、いったい何ができるでしょう? ヒントはマスターの悩みを解消できるものです!」

 

 ──取り敢えず、シバの女王が謎掛けを放り投げるのはどうなのだろうか?

 

 ◇

 

 コンコン、と扉を控えめにノックする。数秒待ってから、やはり氷のような声が立香の下へと届いてきた。

 

「何の用でしょうか、マスター。あまり(わたくし)に構っている暇があるのなら、人理を救いに行ってはいかがです?」

 

 アナスタシアの言葉は耳に痛い正論ではある。だが世の中正論だけが全てではない。こうして寄り道をすることが、後で大きく影響したりもするのだから。

 手の中に握り締めた一つのチャチな紙コップを握りしめつつ、立香ははっきりと用件を告げた。

 

「……え、本当に壁越しに話しに来た? 何を言っているのかしら、あなたは……」

 

 戸惑いがちな皇女様の言葉に「まあ見てて」と返しながら、すぐ隣の空き部屋へと入った。そこからアナスタシアの部屋とを隔てる壁に紙コップを押し当て、メガホンの要領でまずは一言「どうもこんにちはー」。それからすぐに紙コップに耳を押し当てた。

 

「急に隣の部屋に移動したから何かと思えば……今の声は、そのコップによるものなの? 突然だから驚いてしまったわ」

 

 すかさず紙コップに向かって「驚いてもらえて何よりです」と笑った。どうやらシバの女王が立案したこの原始的な作戦こと、紙コップ電話大作戦はしっかり成功しているようだ。

 構造は本当に単純で、そこらの紙コップに彼女の使役するジンの一体を憑かせただけだ。後は彼? が媒体となって立香とアナスタシアの声を届けてくれている。詳しい原理は企業秘密として教えて貰えなかったが。

 ともかく、これさえあれば本当に壁越しの会話ができるのだ。単純に話せるだけでも嬉しいが、こうして紙コップを使って壁を挟んでお喋りなんて、まるで童心に帰って秘密基地で遊んでいるかのようなワクワク感もある。

 

「敢えて不便を楽しむのも一興ってことかしら……(わたくし)もその感覚は分かります。でもまさかこのような手に訴えてくるなんて……」

 

 いざとなれば壁を見透かし読唇術で読み取ってしまう事も出来るのだろう。けれど、そこには熱が無い。無機質に言葉だけを読み取るよりも、直接言葉という感情を乗せたコミュニケーションの方が何倍も楽しいものなのだ。きっとそれは、彼女も分かってくれていると思う。

 

 だからこそアナスタシアが胸に抱いた疑問は、立香が待ち望んでいた疑問でもあったのだ。

 

「あなたはどうしてそうまで(わたくし)に構うの? いったいどのようなメリットがあるかしら? 別にこうまでしてくれなくとも、人理を救う手助けを惜しむつもりはありませんが」

 

 ──これだ。面と向かってこれを言える時を待っていた。自分から言ってしまえば押しつけがましく、かといって言わなければ伝わらない本心。彼女が聞いてくれて初めて、立香が何を考えているのか伝えることが出来るのだ。

 彼女への答えなど決まっている。ただ、仲良くなりたかっただけ。放っておけなかっただけなのだ。単純でそれ故に裏の無い、どこまでも真っすぐな言葉を紙コップに向かって言い放った。

 

「仲良くなりたい……(わたくし)と、ですか……? あなたと積極的に言葉を交わすこともせず、他者を避け続けているこの(わたくし)と?」

 

 そうだ、その通りだとも。言ってしまえば単純な理屈だ。自分はアナスタシアと仲良くしたい。

 彼女が案外と活発で、何より優しいというのはこの前のオルレアンだけでもよく分かった。それを放っておくなどできなかったし、元がお転婆ならそれこそ一緒に遊びたいと願うのだ。

 

 果たしてこの心は氷の皇女に届いたのだろうか。しばし無言ばかりが紙コップから帰って来る。ドキドキしながら待っていると──不意に立香の手元から紙コップが消失した。

 えっ、という短い叫び声が出てしまう。紙コップは何処だ、何処へ行ってしまったのか。突然のことにあたふたする立香だがどうしようもない。一つの予兆すらなく忽然と紙コップは消えてしまっていたのだ。

 これは弱った──そう考えた次の瞬間、不意に部屋の扉が開いた。反射的に顔をそちらへと向ければ、そこにはさっきまで立香が持っていた紙コップを持った、アナスタシアが立っていた。しかも得意そうなしてやったりという表情まで浮かべている。

 

「驚いたかしら、マスター。(わたくし)を驚かそうとした罰です、存分に慌てふためきなさい」

 

 ……つまり、アナスタシアの力で紙コップは立香の手元を離れたという事か。そういえば、彼女のスキルにはそういう”ちょっとした悪戯”を可能とするものがあったはず。スキル名は確か、シュヴィブジック(小さな悪魔)だ。

 これはしてやられた。笑いながら頭を抱える立香だが、ここでふと気が付いた。そういえばアナスタシアが部屋から出てきている。しかも壁越しに話していない。これはもしかして、少しは認めてもらえたということなのだろうか?

 

「それにしてもこれ、面白いですね……ただの紙で構成されたコップなのに、よく分からない生き物を入れるだけで糸電話みたくなるなんて。ねぇ、マスター」

 

 急に呼びかけられ、「あ、はい!」と勢いで返事をしてしまう。

 

「この道具も面白いのだけど、壁越しに話すのも面倒だわ。次からは同じ部屋に居ることくらいは許可しますので、努々忘れぬように」

 

 それだけ告げてアナスタシアは自室へと戻って行った。紙コップも一緒にである。

 「あー、あの中のジンはどうなっちゃうんだろう」とか、シバの女王に対価として提案された”ロマノフ王朝のイースターエッグを見せるよう説得する”とか、そういうのどうすれば良いんだろうか。マリーにも相談に乗ってもらったからお礼をしたいところなのだが、取り敢えずだ。

 

 これでまた一歩仲良くなることに成功した。今はその結果を噛み締め喜ぼうではないか。

 


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