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アルファチームが順調に作戦を進める中、ブラボーチームもまた優位に立っていた。
ブラボーチームの救出対象は廃墟に隠れ潜んでいた数名の陸軍兵と、彼らに守られている重症のウィッチが1名。
2日程前、撤退の最中に撃墜されたウィッチは、たまたま墜落地点の近くにいた分隊である彼らによって拾われ、最低限の応急処置を受けた。
そのままウィッチを担架で運んで後方を目指していた彼らだったが、他の地上部隊と同じくネウロイに先回りされており、やむなく無惨に瓦礫の山と化していた街に逃げ込んだ。
元々が軍事施設だったらしい建物の地下で、息を圧し殺していた彼らだったが、ネウロイによる掃討が始まり、大量のネウロイが彼らのもとへと迫り……爆発音が耳に届いたのだ。
同時に、ウィッチの持つ無線機から聞こえてきた声。
少女を思わせるそれと、壮年であろう男性からの指示に、彼らは空軍がウィッチを連れてやって来たのだと安堵した。
「オーカ・ニエーバより、カールスラント軍へ。繰り返すが、くれぐれも地上へは顔を出さないでくれたまえ。敵は君たちのすぐ近くだからね」
「わかっているさ、とにかく急いでくれ!負傷したウィッチの意識が無い!」
アルファチームと同じく『FFR‐31 シルフィード』に護衛された『FEP‐1 早期警戒管制機』に乗り込んでいる統制班は、建物の地下で寝かされているウィッチや兵たちの体調を正確に把握できており、ウィッチは確かに気を失ってはいるが、兵たちの考えるよりも猶予は残されているのだ。
しかし、わざわざそれを教えたりはしない。
直接ウィッチをみている看護兵が機材や経験の不足などから見抜けていない状態を、遥か頭上から建物の地下を見通して正確に知る事など、本来ならば不可能。
「安心したまえ、先程も説明した通り、戦力は十分さ」
「そういや、女の子の声も聞こえたな、ウィッチも居るんなら頼もしい」
「うむ、それも一人や二人ではないぞ。冷静に、そのウィッチを看てやってくれたまえ」
『聞き慣れない国の軍隊』が『優秀なウィッチを連れて』助けに来た…そう思っている兵たちに、余計な情報は不必要だった。
「さて、オーカ・ニエーバより制圧班、接近中の飛行型を1機発見、方位302、また大型だ、先程のと同じタイプ」
制圧班のうち、飛行型を担当しているのは二人のNPC。
『戦闘妖精少女 たすけてメイヴちゃん』の『シルフィードちゃん』と『ファーンⅠちゃん』を元にしたデザインの『カオリ』と『マイ』で、それぞれモチーフの『FFR‐31 シルフィード』と『FA‐1 ファーン』に乗っている。
「了解、対処するわ」
地上を行くネウロイは他のNPCにまかせているため、二人でまだレーダー上でしか見えていないネウロイへ出力全開で向かう。
かなり距離があるが、音の壁を容易く突破できる2機にとっては、短い。
ちなみに、新たに発見された大型ネウロイ以外の飛行型は既に全て撃墜され、消滅している。
緩やかに上昇する2機のうち、マイのファーンには空対空ミサイルだけでなく、胴体下に2発の無誘導爆弾が搭載されていた。
マイは高速言語を用いてカオリに話しかける。
高速言語を聞き取れない者からすれば、意味無く息を吹き出しているかのよう。
「(カオリ、またお願い。爆撃する)」
「(さっきと同じ型式の相手に、同じ攻撃パターンね。いいけれど、流石に学習されていないかしら)」
「(私達に気付かれない手段で、遠方への情報伝達が行われた可能性?)」
「(可能性はあるでしょう?ネウロイ同士の通信手段は、まだ解明されていないのだから)」
「(なら尚更、同じパターンを試すべきよ。カオリ、あんた、らしくないわ。初陣が『父さん』と一緒じゃないからって、ビビッてんじゃないでしょうね?)」
「(馬鹿なこといわないでちょうだい。なによ、あなたこそ無駄に噛みついて。そんなに『ワンちゃん』呼ばわりされたいのかしら?)」
「ちょっと!」
「ほらワンちゃん、行くわよ!」
煽りながら、カオリのシルフィードが、大型ネウロイへ機首を向けて、降下。
「あんた、覚えてなさい!」
わざと1拍ずらしてから、マイのファーンも続く。
二人の視界にごく小さな点として写り始めた直後、大型ネウロイからのビーム攻撃。
しかし、今までの戦闘で得ている情報と、二人の機体の各種センサーが得た情報によって、ビームの発射タイミングは看破されていた。
予想された弾道を、機械のような精密さでもって回避していくカオリとマイ。
機体をよじってなるべく小さな動きで幾条ものビームをすり抜けながら、カオリは兵装を納めている胴体下の扉を開き、空対空ミサイルを連続して発射する。
事前に仕込まれたプログラムによって、真っ直ぐ突っ込むのでなく頻繁にコースを変え、結果としてビームの間を縫って進むミサイル群は幾つか撃墜されながらも、速度と数によって大型ネウロイの迎撃能力を上回り、次々と着弾。
大型ネウロイの表面を一部吹き飛ばし、針山のように満遍なく発射されていたビームが、狭い範囲ではあるが一時発射不可となる。
そこへ、大型ネウロイに衝突せず回避できるギリギリまで接近したマイが、2発の無誘導爆弾を投下。機体の速度がのったそれは、頑強な表面構造を突き破って大型ネウロイの内部へと潜り込み、遅延信管によって起爆。
「JAMよりマシね、欺瞞情報が少ないもの」
「同意するわ。対策もなされていなかったし」
位置を割り出されていたコアは爆発時の圧力で潰され、その巨体はあっけなく塵と化した。
「カオリって心配性よね」
「あなたみたいな姉がいるからよ」
「口の減らない妹ですこと。いいわ、帰ったら父さんに言い付けてやるんだから」
大型ネウロイの消滅を見届けた2機は、飛行機雲を描いて廃墟上空目指して戻っていく。
それをISに乗ったNPCたちが、リアルタイムの位置情報として把握、共有する。
ISは、兵たちが隠れている建物を中心に、円周を描くように分散して戦っていた。
右手にビームライフル、左手に盾を装備した白い『打鉄』を操るのは前回も参加したユキ、夕雲、マドカ、アストルフォに加えてユキ、夕雲と同じ原作をもつ『トキツ』という女性NPCで『時津風』が元になっている。
ところで、女性NPCの多くは原作準拠の格好だと露出過多な場合が多く、ユキ、トキツなども原作準拠の格好だとセクシーランジェリー並みだ。
なので、女性NPCの多くが原作に反し、衣類を追加変更されている。
いままでも、そして今回も、ISのパイロットはウェットスーツに似た専用スーツを着用していた。
彼女たちは、瓦礫の影から次々わいてくる乗用自動車程のサイズのネウロイを言葉少なに撃ち抜いている。
オーカ・ニエーバより送られてくる敵の情報は、正確だ。
どんな敵が何処に居て、誰が対処すべきかすらも送られ、受け取る側は素直に従ってISを操る、そこに余計な言葉は不要なのだ。
IS同士のネットワークを活用し、自分の機体のみならず、他の機体の状態や、各パイロットの意識がどこへ向いているのかすらも把握することができるため、空中にいるトキツが正面のネウロイに気をとられ、トキツの真下にある排水溝へ入り込んだネウロイを見落とした事に気付いた統制班の女性NPCのひとりが、警告を発することができた。
「シッ!」
「!!」
高速言語を用いて発せられた警告に、まずトキツ本人よりも早くISが対応。
パイロットの精神に、下方への強烈な不快感を与えるという形で警告。
感覚的な刺激を受け、トキツは回避機動を選択、今現在敵から狙われていない右手側へ。
直後、回避機動を変化させて体をおもいきり捻る。
下方へと体を向けたトキツの視界のわきに、赤い光が映りこんだ。
一瞬前まで自分のいた位置へ放たれた、ネウロイのビーム攻撃だ、ネウロイのビームは到達する速度だけでいえば回避不能だが、直前に外された照準を修正できなければ当たらない。
ネウロイの認識能力を超えたISの機動、それに振り回されることなく、トキツは視界に表示されている敵の位置をしっかりと見据え、ビームライフルを放った。
「ごめーん、助かったよー」
「ふふ、どういたしまして」
高速言語を使えるNPCは多くない、だが覚えられないわけではない。
『彼』が把握しきれていない所の交流によって、NPC同士の繋がりは着実に深まっている。
預かり知らぬ時に、互いの技能を教えあっていたのだ。
…もっとも、ほとんどは『彼』のナニに関わることであるのだが。
「オーカ・ニエーバより制圧班、地下で何かが振動している、注意してくれたまえ」
「なんだと?おい、なにって何だ」
珍しくハッキリしない警告に、マドカが食って掛かる
「不明…いや捕まえた。新型地上ネウロイ4、夕雲、アストルフォ、目の前!」
砕かれ、噴き上げられた石畳と瓦礫。
重々しい咆哮と共に現れたのは、戦艦を思わせる単砲身の巨砲を背にした、トカゲめいたシルエットのネウロイ。
今まで遭遇したことのないタイプだ。
建物の3階にまで届きそうな体高の巨体に似合わず、行動は早かった。
地上に現れた4機それぞれが既に砲口を向けている。わざわざ砲身を動かし、少しだが仰角をつけているあたり、実体弾なのだろう。
(アッ!)
そのすべてが、負傷したウィッチや兵たちのいる方向へ。
そして、4機中2機が、夕雲とアストルフォのすぐ近くに出現、故意か偶然かちょうど射線上。
二人以外……ユキ、マドカ、トキツのように、新型ネウロイとの距離があれば、飛来する砲弾を迎撃する猶予があるかもしれない。
だが夕雲とアストルフォは距離が近すぎる、眼前だ、撃ち出されれば一瞬だ。
加えて、救出対象までの距離も十分とはいえない。
砲弾と予想される攻撃の、なにもかもが不明では、回避してから迎撃して間に合うのか解らない。
だから彼女たちは躊躇わなかった。
そして元々は宇宙という暗黒への探求を想定し、ゲームでは対JAM戦闘をも経験している、各ISの高度な人工知性は既に計算を終えていた。
新型ネウロイの砲弾は、その長い砲身から出る前に、ビームライフルによって貫かれたのだ。
砲弾に詰め込まれていた化学物質は、しかし着弾時の高温によって爆発してしまう。
(ーー!!)
盾を構えていた、承知の上だった、かといってあまりの爆発に、さしものISも防御しきれなかった。
無理もない、戦艦の主砲を目の前で撃たれたようなものだ、実際周囲は更地と化した。
彼女たちの意識が遠退く。
機体の姿勢制御が乱れる。
このままでは、穴だらけになった盾も、半分近くちぎれたビームライフルも、使えないのに捨ても変えもされず。
なにより、新型ネウロイが再生を始めるのに、機体は重力にひかれ墜落してしまう……。
そんな事態を見過ごすほど、打鉄たちは甘くない。
ISは学習する機械だ。
ゲーム時代の記録では、少なくとも対JAM戦で気絶している暇などなかった。
戦闘中に隙をさらせば、超音速のミサイルの直撃。
無駄が多ければ、それだけ勝率は下がった。
ゲームとはいえ、擬似的な死は何度も経験した。
打鉄たちは学習する。
それは単なる自己分析にとどまらない。
NPCが交流したように、打鉄たちもまた、交流をしていた。
< I HAVE CONTROL >
結果として打鉄たちが『誰』の影響を受けたのかは、人工知性体のみぞ知るところである。
ともかく、夕雲、アストルフォが撃つと決断した瞬間からこうなることを予測していた各打鉄の行動は速かった。
パイロットに電気的刺激を与えて覚醒を促すと同時、両手に新たなビームライフルを握らせて、それぞれ新型ネウロイのコアと再生中の砲へ同時に向けながら、全周索敵。
オーカ・ニエーバからのリアルタイムな情報ともあわせて、いまの隙にわきを抜けようと前進を始めている他のネウロイを優先度順に捕捉。
それと、夕雲の方は眼前の新型ネウロイが、片方の前肢をかかげている。
動物的な攻撃だ、打鉄の肩付近に浮かべられているパーツで受けとめるべく、姿勢を変える。
「…はっ!?」
夕雲とアストルフォは、時間がとんだ、と感じた。
一瞬間失われていた意識を取り戻した二人は、自身の体勢から状況を見事正しく理解し、次に自分が行うべき事を即決した。
なかでも夕雲は、起きた途端に巨大な爪を振るわれたのだが、自分が側面より迫る爪を認識するよりも早く、肩部のパーツを盾として爪を受け止めたことで、パニックでなくむしろ安心したほどだ。
(助けられた…)
彼女たちは『雪風』などの高度な人工知性と共に戦ってきて、その優秀さをよく知っている。
人間パイロットが使い物にならないのであれば、自らが行動するだろうとも、考えていた。
驚くことは何もない、だから彼女たちは状況を素直に理解できたし、次にすべきことも判断できたのだ。
とっくにあわされている照準、急かしているのだと夕雲は感じた。
新型ネウロイの再生能力は、まさしく怪異。
特別分厚い装甲と堅牢な内部構造によってコアを守りきり、再生したばかりの脚を使って彼女たちを押さえ込み、その隙に砲を再生しようとしている。
(頑丈ね、驚異的だわ、けど無意味よ)
最大出力、照射時間制限無し。
新型ネウロイの装甲が耐えれた時間は、僅かだった。
「夕雲、アストルフォ、大丈夫か?」
情報は伝えられているはずだが、それでもつい声をかけたマドカに、微笑みながら二人は応答する。
「ええ、大丈夫よ」
「ボクもさ」
「そうか、いや、そうでなくては困る」
言って、マドカは音声通信を終えた。
「ふふ、マドカらしいわ」
「ほんと」
オーカ・ニエーバからの情報で他の新型ネウロイの砲弾が、他のISによって撃墜されている事を知った夕雲とアストルフォは、頼れる仲間たちを誇らしく思った。
融解し、体高が半分程になった新型ネウロイが塵と化すのを見届けた二人は、先端が熱で赤くなってしまった両手のビームライフルを捨て、新たなビームライフルと盾を用意。
またネウロイを撃ち抜き始める、時には建物ごと貫いて。
別の方向からは、カオリとマイが乗るシルフィード、ファーンの飛行音と、連続した爆発音が轟いてくる。
新型ネウロイへ、超音速ミサイルと無誘導爆弾が何発も何発も撃ち込まれる音だ。
連続発射されたミサイルが激突、衝撃に歪み強度が低下した装甲を爆発でひっぺがし、そこへ再生する間もなく爆弾が正確に着弾してゆく。
反撃の隙をあたえない空からの猛攻に、飛行型ネウロイの援護を得られない新型ネウロイは、ただの固い的でしかなかった。
「オーカ・ニエーバより全機、新型ネウロイの全機撃破を確認、そろそろ救出班を呼ぶぞ」
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