白い外套を纏い、エイレーンは砂の中を南西まっすぐ歩いていた。
吹き付ける風が行く手を阻もうと体を押し、そのたびに吹き飛ばされまいとその場にうずくまり、耐える。
弱り切った彼女の身体では、風を耐えるのは難しい。
風が吹くたびに立ち止まるのがもどかしかしく感じる。
自然との攻防を繰り返し進む事二時間、ようやく目的地らしき場所に到着した。
手に持った小型端末では、赤い丸と、青い丸がほぼ一致している。
赤い丸は、衛星が最後に観測したアカリの所在だ。
エイレーンは背負ったスコップを手に持ち、足元の砂を掻き出し始めた。
アカリはきっと地下シェルターで生き延びている、という淡い期待がほのかに胸をよぎる。
やがてスコップの先が白いコンクリートに当たった。
きっとシェルターの一部だ。
エイレーンは、そこから北に真っすぐ溝を掘っていく。
10m縦に溝を掘り、それを1メートル間隔で横に枝を派生させる。
格子状に広げた枝が、10mにもなろうというところ。
スコップの先端に、コンクリートではない感触を認めた。
金属製の扉が現れた。
エイレーンは地面と扉の僅かな隙間にスコップの先端をねじ込んだ。
そのままテコの原理で扉を押し開けると、備え付けの梯子が少しこちら側に出てきた。
震える手で梯子を掴み、ゆっくりと降りてゆく。
埃だらけの部屋の中心に、“ソレ”はあった。
見覚えのある黄色いザックが中央に鎮座していた。
エイレーンは思わず息を飲んだ。
「アカリの…」
その震える手でザックを持ち上げる。
ザックはずっしりと重かった。
~~~
飛び出すようにしてシェルターを後にしたエイレーンは、北へ北へと歩を進めた。
目的を見失ったその目は何も見えておらず、足は自立した生き物のように動く続ける。
その細い体に黄色いザックが重くのしかかるが、歩くスピードは緩めない。
「アカリさん…今助けますから…」
エイレーンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
やがて、野犬の遠吠えが聞こえ始めた。
辺りは既に薄暗く、頭上には上弦の月が昇っていた。
ふと、耳元で声が聞こえた。
「エイレーン」
ぼんやりとエコーのかかったその声に、エイレーンの意識は夢から現へと引き戻された。
“ああ夢か”とエイレーンは一人呟いた。
~~~
「ねぇ、エイレーン」
少し苛立ちの込められた少女の声に、エイレーンはムクリと体を起こす。
そして、寝起きの筋肉を伸ばしながら、少女に“起きてますよ”よプラプラ手を振る
行き場を失った欠伸がエイレーンの口から漏れた。
「ねえこっち来てよエイレーン」
少女の催促に、エイレーンは再び“わかってますよ”と手をプラプラ揺らす。
室内灯の眩しさに目をしばたたかせながら、ついでに首も回す。
「懐かしい夢を見ました」
エイレーンの言葉に、白髪の少女はモニタから目を離す事無く返事をする。
「へぇ?どんな夢?」
「萌実さんと出会う直前の夢です」
「そんな事もあったね」
萌実は表情を変えることなく、淡々と返事をする。
エイレーンにはその様子が“早く手伝え”という催促を暗に意味している様に感じた。
「で、どこを手伝えばいいのです?私は何をすればいいのです?」
「はいはい、ここだよネボスケさん」
萌実はモニターに大きく表示された地図を指さす。
その指さした場所に、エイレーンはげんなりとした表情で萌実を見た。
「また食糧投下位置ミスったんですか?」
「違うよエイレーン、よく見て」
「はい?」
エイレーンはぼんやりとかすむ目で地図を凝視する。
萌実の指した辺りに白い小さな点を認めた
「何ですかこれ?」
「ふっふ~」
萌実は得意げにキーを叩く。
すると、モニターに青い文字が画面中央に出現した。
―解析を開始します………―
―火星用運搬トラック―
エイレーンはおお、と小さな歓声を上げた。
「で?これが?」
「この写真の日付見てみてよ」
「11月2日ですがこれって……」
「アカリちゃんが攫われた日だよ」
エイレーンは思わず息を飲んだ。
運搬用トラック、そして攫われた日付。
エイレーンがまさしく求めていたものがそこにあった。
「どこで見つけたんですかこの写真!?」
「フォルダにあったよ?エイレーンがハックして見つけたんじゃないの?」
「何もしていませんよ!?」
エイレーンは少し混乱した様子で萌実を見た。
「お、落ち着いてよエイレーン、ほらお水飲んで」
萌実はキーボードと一体化したディスク上から、水の入ったカップを差し出した。
差しだされたエイレーンは、震える手でそれを受け取り口に含んだ。
「!……ゲッホッ!!ゲッハッ!!ハッゥ!!…ゲッッホッッ!!」
エイレーンの明らかな動揺ぶりに、萌実ははぁ…とため息をついた。
「乗り込みに行こう、エイレーン」
声が出せないエイレーンは涙目で頷いた。