エイレーンは流れる景色を茫然と眺めている。
数年ぶりの車の感触が、何とも懐かしく感じる。
思えば、トラックの荷台に乗るのは人生で初めてだ。
代わり映えのない退屈な景色をその目に映しながら、エイレーンはふと思った。
絶望的な状況にも関わらず、思考は何故か冷静だ。
「ゴメンね、無理矢理連れてきちゃって…」
鼻にかかった声に、エイレーンはちらりと少女に目をやる。
その顔には、さっきまでの殺伐とした雰囲気など無く、寧ろバツの悪そうな表情がある。
エイレーンは運転席へと目を逸らす。
人の姿の無い運転席で、ハンドルがひとりでに回っていた。
「謝るより拘束を解くのが先ですよね?」
「ゴメンね、それは無理なんだ」
間を置かずに、少女は答える。
軽く舌打ちをしたエイレーンは、再び外に目を移す
何も無い、退屈な景色が左から右に流れていく。
「分かってるとは思うけど、飛び降りたところで助けは来ないよ」
「……そうみたいですね…」
エイレーンは、息を漏らした。
痺れかけた手を揺らすと、手首に垂れた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。
「萌美って名前に聞き覚えはありますか?」
目の前の少女は目を大きく開いた。
「えっちょいっ…えっ!!!???」
少女はうろたえた。
言葉が見つからないのか、ただ口をパクパクさせる。
「探しているのですか?」
少女は頷いた。
しめた、とエイレーンは心の底でほくそ笑んだ。
「では車を止めて下さい、彼女を探しているのでしょう?」
少女は首を横に振った。
「それは出来ないよ、この車自動運転だから」
エイレーンは一瞬言葉に詰まる。
しかしこの好機は逃せない。
「成る程、では萌美さんには足で来てもらいましょう」
エイレーンはくるりと後ろを向き、縛られた手首を差し出した。
「彼女は金属探知機持っています、ですから金属投げれば追ってきますよ」
エイレーンは鎖をじゃらじゃらと鳴らす。
「早く外して投げて下さい」
突然の展開に少女は目を白黒させる。
先程までの覇気は既に消え失せていた。
あとひと押しで折れるだろうと、エイレーンは更に畳みかける。
「早く!私は逃げませんから!!」
「うぅ~…」
少女は観念し、懐から取り出した鍵で錠を外す。
じゃらりと大きな音をたてて、落ちた鎖。
少女はそれを手繰り寄せ、慌てた様子で後方に投げた。
「ついでに私の服も投げておきましょう」
エイレーンも、後に続くようにして羽織っていた白外套を投げた。
白外套は空中でブワリと広がると、大きく膨らみ、砂ぼこりの中地に落ちる。
エイレーンは心の中で、ニヤリと笑った。
しかし、それを悟られぬように何食わぬ顔で少女に振り向く。
「さて…」
振り向いた先に少女はいない。
なんで、と思った瞬間、顎先に何かが掠めた。
「え゛っ…」
エイレーンの視界がぐらりと揺らぐ。
体重を支える脚も、緊張が解けたかのようにガクッと折れる。
制御を失った身体は、重力の赴くままに倒れ込み、待ち構える少女の腕に収まった。
薄れる意識の中、エイレーンは右手を力いっぱいに握りしめる。
鋭利なセンサが食い込む痛みを右手に感じながら、エイレーンの視界はやがて暗転した。
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「エイレーン?」
萌美は端末を右手に歩を進める。
その声は少し枯れ、顔には疲労の色も伺える。
エイレーンの捜索から一時間程経過し、身体も活動限界を感じていた。
「どこにいるのエイレーン…」
萌美はもう一度置かれている状況を振り返った。
忽然と消えたエイレーンの反応は、最後に見た地点から5kmも先。
きっと、野犬に荷物を端末ごと盗られたのだろうし、きっとこの先遠くない場所にエイレーンはいる筈。
そう思って捜索を始めたが、不思議な事にエイレーンの反応は何一つ見つからない。
最初は焦って探していたものの、進展しない状況に今では焦りを通り越してうんざりする。
しつこく照り続ける太陽照らされ、萌美は心の中で悪態をついた。
そんな萌美の心情を知ってか知らずか、右手の端末が騒々しい音を奏で始める。
「何なのよもう…」
騒々しい端末をみると、対象物と距離3メートルという文字が目に飛び込んでくる。
「ほぇ?」
顔を上げた萌美の視界に、白い布の様なものが飛び込んできた。
「何なのあれ」
独り言のようにつぶやいた萌美の足元がじゃらりと鳴った。
「えっ?」
音の主を見つけようと、萌美はかがむ。
…と同時に、砂にうっすらと入った痕を見つけた。
ついさっき出来たものだろう。
砂に描かれたタイヤ痕は白い布までまっすぐに伸び、その更に先へと続いている。
萌美の頭の中で、何かが噛み合う感じがした。
「まさか…」
白布を引き上げ、萌美は何かに納得したように頷く。
「誘拐されたのね」
萌美は観念したかのようにザックを背負い直すと、タイヤ痕を辿るようにまっすぐ歩きだした。