太陽は既に地平線を潜っていて、遠くでは獣の唸り声がする。
無人のシェルターを見つけられたのは不幸中の幸いだった。
疲れ切った萌美は、硬いコンクリートの上に腰をおろす。
伸ばした脚が、待っていたかのようにピクピクと痙攣を始めた。
エイレーンの端末は、13km程先に赤い反応を示している。
「明日は長丁場になるね」
萌美は独り言のようにつぶやくと、手元のライトを消し、白外套を被るようにして眠りについた。
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シンと静まり返ったシェルターの扉がゆっくりと持ち上げられる。
月明かりに浮かび上がった人影は、シェルターの中を物色しながら、ゆっくりと梯子を伝って降りてきた。
人影は、光の無い真っ暗な空間にゆっくりと降り立つ。
辺りは物音ひとつせず、人影の仄かに荒い息遣いが聞こえるだけ。
人影は手に持ったライトで周囲を照らしながら、シェルター内をゆっくりと歩きまわる。
壁際を照らす光が、地面に転がった白い何かを映し出した。
人影は訝し気にソレに近づく。
ライトがゆっくりと”ソレ”の全身をなぞるように照らしていく。
「っ!」
人間の足が光の中に浮かび上がった。
ライトの光が動揺したかのようにチラチラと揺れる。
呼吸音はもう聞こえない。
コンクリートと靴底の摩擦音だけが静かな部屋を反響する。
ライトは再び壁際の白い部分を照らした。
「なあに……?」
突如、ガバッという音と共に、ソレはめくれ上がる。
めくれ上がった先に、血の気の無い白髪の少女の生首が浮かび上がった。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
あらん限りの叫び声をあげた人影は、動揺のあまり手に持ったライトを床に落とす。
甲高い音を立てて落ちたそれは、カチリと音を立て、消えた
辺りは再び闇に包まれる。
震える吐息だけが辺りに響き、やがてそれをかき消すようにガサゴソと音が鳴った。
数秒間の沈黙。
そして、カチッという音が響き、ライトアップされた少女の生首が空中に浮かび上がった。
「いぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
再び絶叫が狭い空間を震わせる。
生首はゆっくりと口を開く。
「どなたですか?」
「………」
影は答えない。
「あれ?もしもーし」
生首(萌美)はライトを影へと向けた。
白目をむいたつり目に、つり上がった眉、そして半開きの口がぼんやりと浮かび上がる。
体躯が小さいわりに、顔は大人びており、女性とも少女とも見て取れる。
萌美は顔の前で手を振った。
「………」
反応なし。
「気絶しちゃったのかな」
萌美は踵を返すと、再び地面に横たわった。
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外では今頃太陽が昇り始めただろう。
目を覚ました萌美は、深夜の侵入者には目もくれず準備を始める。
疲れは残っているが、それでも歩くには問題は無い。
「…おい…」
白外套を羽織り、ザックを背負った萌美は梯子に手を掛けた。
「おい!無視すんなお!!」
「あ、起きたんだ」
萌美はにこやかな顔で振り返った。
目を覚ましたらしい昨夜の侵入者が、少し怒った顔で萌美を見る。
「お前!おいらを見捨てて何処に行くんだお!」
「わかんない」
「わかんないって…」
萌美はポケットから端末を出すと、侵入者に向けた。
「今からここに行くよ」
端末に目を走らせた侵入者は、したり顔でニヤリと笑った。
「…やっぱり」
「ぅん?」
「このシェルターに居た時点で怪しいとは思っていたが、お前もオイラと同じ目的みたいだな」
「あ、そうなんだ、じゃあ一緒に行こう」
萌美はあっけらかんと言い放った。
「私萌美だよ、貴方は?」
「…お前、随分と物分かりがいいな…」
「だって協力出来るならした方がいいじゃない」
「単純明快だな、おいらはベイレーン、宜しく」
「宜しくね、ベイレーン」
ベイレーンから差し出された右手を、萌美は軽く握り返した。