白装束を身にまとった萌美達は、人混みの中をゆっくりと歩く。
何年振りかの人混みに、萌美は背中がゾクゾクするのを感じる。
「人がいっぱいいるね」
隣を歩くべノは、そうだね、と応じる。
「ここは特に中心地だからね、いっぱいいるよ」
べノは当たり前のように答える。
萌実にとって新鮮な風景も、べノにとっては当たり前のことらしい。
「所でべノ、作戦についてなんだが」
話を切り出したベイレーンに、べノは軽く頷く。
「ベイレーンがデータを抜き取って、私達がサポートでいい?」
「そうだな、退路の確保を頼むお」
「うん、退路の確保なら任せて」
二人の会話に萌実も横から加わる。
「あ、友達の救出も協力してほしいな」
そう言うと、萌実はエイレーンの端末を出した。
端末には地図らしき図形が表示されており、中で赤い丸が点滅している。
「ここにいるって反応があるんだけど」
どれどれ、と覗き込んだべノは、数秒間沈黙ののちに、うっ…と声を発した。
「うわぁ……よりにもよって…」
先程とは打って変わって、べノは面倒臭そうな声を出す。
「ゴメン萌実ちゃん、友達の救出は時間がかかるかも……」
首を傾げた萌実に、べノは続ける。
「その子、めちゃくちゃ強い奴に匿われてる…」
「へぇ…」
「女の子で萌実ちゃんに似ている奴なんだけど…」
萌実は目を細めた。
べノははぁ…とため息をつく。
「………うん、大丈夫だよ、私がその友達を救出して来るから」
「その代り、データを抜き取るのが先になるけど…」
萌実はしょうがない、と頷く。
「救出さえできれば大丈夫だよ」
べノはありがとうと呟いた。
気が付けば人混みの騒々しさは後ろに消えていた。
足元のアスファルトの黒に、砂の黄色が混じり始める。
三人の正面にそびえ立つビルが、禍々しい雰囲気を漂わせていた。
正面に立つ門番らしき二人組からも、目的のものはそこにあると分かる。
「正面から行くよ」
作戦開始の合図だ。
べノは萌実の肩を軽くつつく。
「萌実ちゃん、顔出して」
その言葉に、萌実の中で何かが繋がる感覚がした。
自分と似た少女が、どうやらこの集団では位の高い部分に属しているらしい。
成る程ね、と萌実は思った。
「分かったよ」
萌実は頷くと白頭巾を外し、二人を引き連れるように前にでる。
驚いたのはベイレーンだった。
「萌実、おま、何でだ?」
「それは後で話すね」
目の前には白いビルが建っている。
前には武器らしきものを持った門番が二人。
そんな門番の間の扉を、萌美は何食わぬ顔で通り過ぎる。
門番もチラリと萌実を見るだけで気にも留めない。
金属の扉を押し、中に体を滑り込ませる。
ビルの内部は、薄汚れた窓からの光でぼんやりと照らされていた。
「広いね」
目の前の光景に、萌実はポツリと呟く。
ビルの中は広いエントランスのようになっており、壁際には階段も見える。
ベイレーンは不思議そうにあたりを見回す。
「周りには誰も居ないようだな」
「うん、誰も居ないなんて、警戒するだけ損だった…」
突如、示し合わせたかのように、萌実の右ポケットからバイブレーションが鳴り響いた。
エイレーンの端末だ。
萌実は慌ててそれを取り出すと、その画面に息を飲んだ。
画面にはwarningの文字と共に、”危険音域”の文字。
萌実は黙って端末の電源を切った。
「ところで、べノちゃん」
「なに?」
「この場所って一体何に使われてるのかな?」
靴底がコンクリ―トを蹴る音が、コツコツと反響する。
「洗脳」
放たれた言葉は少し震えていた。
成る程な、とベイレーン呟く。
この場所を特定するのに、べノは様々な犠牲を払ってきたのだろう。
「…まあ、ヤバイ集団だとは思っていたがそこまでとはな」
ベイレーンはため息交じりにべノに尋ねる。
「…で、何階に行けばいいんだお?」
「すぐそこ」
べノは、取っ手の無い扉を指さした。
「たぶんあそこにある」
無機質な扉と言うのが正しいのだろうか。
見た限りでは何も特徴も無い、のっぺりとした白い扉だ。
萌実は扉を指先で軽く押した。
白い扉は、キィ、と音を立てて開く。
「…凄いね」
室内は、扉の簡素さとは真逆の騒々しさだった。
目の前の巨大なコンピュータ群は忙しなさそうにランプを点滅させ、熱を排出するためのファンが、大きな音で回転している。
端末を取り出したベイレーンは、ケーブルを機械に接続した。
巨大な機械は驚いたようにランプを点滅させた。
「何分かかるかわからないが、誰か来たときは対応頼むお」
萌実はうん、と頷く。
洗脳に使う場所だ、来るのはろくでもない人間の可能性が高い。
なるべくなら誰も来て欲しくは無い。
だが、期待とは裏腹に現実はそうは上手くはいかないらしい。
「誰か来たかな?」
べノの言葉に、萌実は耳を澄ませる。
誰かが言い争う声。
門番と関係者だろう、何か不備があったに違いない。
例えば、顔パスで入ってきたはずの人間が、もう一度入ってきた、等。
「べノちゃん、脱出経路は確保できてるかな?」
べノは頷く。
「地下に空洞が広がっているから、そこから脱出する」
「じゃあベイレーン次第だね」
萌実はそう言うと白頭巾をかぶる。
「終わったら声掛けてベイレーン」
「任せろ」
その言葉に萌実は白い扉を開き、人気の無い広いロビーに出た。
コツコツと音を立て、萌実はゆっくりと空間の中心に向かう。
表では騒ぎが収まったらしい、外へと繋がる扉がこちら側にゆっくりと開かれた。
外からの光に浮き出たシルエットは、小柄な二人組を映し出す。
「久しぶりだね」
萌実は入ってきた二人に声を投げる。
「萌実ちゃ…」
聞き覚えのある鼻声に、萌実は手をふる。
前にいるのはヨメミだ。
そしてワンテンポ遅れて後ろの一人が驚いたように声を発した。
「萌実さん!?」
その抑揚の無い声には聞き覚えがある。
萌実はほっと溜息をついた。
「エイレーン、無事で良かった」
その言葉に、ヨメミはエイレーンを庇うように前に進み出た。
「萌実ちゃん、久しぶりに会えて嬉しいよ」
ヨメミは少し嬉しそうな声を上げた。
「久しぶりだねヨメミちゃん、迎えに来たよ一緒に帰ろう」
久しぶりの再会に、萌実も嬉しそうに言う。
「萌実ちゃんがこっちに残ってくれればうれしいんだけどな」
後ろに控えるエイレーンは、困惑した様子で萌実を見た。
萌実は親指で白い扉を指す。
「それは無理な相談だよ」
「力ずくでも?」
萌実は答えない。
扉の蝶番がギィ、と音を響かせた。