ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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3.8話. [萌実vsヨメミ]

エイレーンは部屋に入ったようだ。

 

萌実は白頭巾を取ると、白装束のヒモを千切り、右手に巻き付ける。

 

「かかって来なよ、萌実が返り討ちにしてあげる」

 

萌実は腰を落とし、ファイティングポーズを取る。

 

かかとを軽く上げ、膝を軽く曲げた状態で、前後に跳躍。

 

「………」

 

ヨメミも白頭巾を取ると、無言でそれに習うように拳を構えた。

 

両足の中央辺りに重心を置いた萌実とは違い、重心は少し前気味。

 

萌実が守りだとするなら、ヨメミは攻めの体勢だ。

 

「………」

 

「………」

 

両者共、右拳を自分の顎に寄せ、ゆっくりと時計回りに間合いを詰める。

 

距離1メートル

 

「っつ」

 

先に仕掛けたのはヨメミだ。

 

半歩距離を詰め、右のジャブを顔に打ち込む。

 

「っ!」

 

だが萌美もそれを冷静に弾き、後ろに下がる。

 

距離が開き、再びにらみ合いが始まる。

 

「………」

 

「………っ!」

 

仕掛けたのはまたもやヨメミだ。

 

右足で距離を詰め、右拳を萌実の顔面に突き出す。

 

フェイント。

 

萌実は避けずに、あえてボディーにフックを放つ。

 

「ぐっ…!」

 

くぐもった声を上げ、今度はヨメミが少し下がった。

 

ダメージは入っている。

 

「…ふっ…」

 

萌実は軽く息を吐くと、口元をきつく結んだ。

 

打たれたヨメミは更に重心を前に倒す。

 

(来るっ)

 

ヨメミの強襲に合わせて萌実は右フックを放つ、が、右フックは何もない空間を掠める。

 

「っ!」

 

萌実は慌てて右腕を引き寄せ、後ろに跳躍。

 

が、そこを遅れて跳んで来た左ストレートが突き刺さる。

 

重い一撃が、ガード下の内臓を揺らした。

 

「ぐっ…」

 

押し出された空気が悲鳴として漏れ出る。

 

後ろに押し込まれた形の萌実に、ヨメミは攻撃の手を緩めない。

 

更に動きを加速させ、左、左、右、左とジャブを放つ。

 

一方的に放たれた拳を、萌実は上半身だけで躱す。

 

「っ?!」

 

突然現れた拳が、耳の側面を掠め斬った。

 

緩急をつけての左ストレートだ。

 

そのスピードに、萌実の腹の奥がゾクリと騒めいた。

 

右に避けてたらきっと仕留められていた。

 

背中がゾワリと撫でらる感覚を覚えながら、萌実は重心を前に戻す。

 

放たれた左ジャブを右裏拳で弾き、更に前へ。

 

額と額がぶつかり合うほどの距離。

 

萌実は勢いそのままに右ストレートを打ち出した。

 

「「っ!!!」」

 

右ストレートがヨメミの顔面を打ち抜き、同時にヨメミの左フックが萌実の右脇腹を打ち抜いた。

 

互いにクロスカウンターを放ったのだ。

 

「「かっ…」」

 

ヨメミは大きく仰け反り、萌実は身体を折る。

 

ボディーへのダメージに身体がズシリと重くなる。

 

萌実は距離を取った。

 

ヨメミも少しふらつきながら距離を取る。

 

互いにダメージを喰らっている状態だ。

 

萌実は再び息をついた。

 

ダメージを食らったヨメミは、きっと更にギアを上げて来るだろう。

 

そうなればこちらに全く勝ち目はない。

 

萌実は無言で右拳のヒモを解き、構える。

 

重心は再び後ろに、拳は正中線を守るように。

 

「行くよ!」

 

萌実は掛け声と共に左足で跳び、距離を詰める。

 

右ジャブでヨメミの視界を奪い、立て続けに左フック。

 

、が、その一撃はヨメミの膝で防がれる。

 

突如、萌実の顎先を何かが掠めた。

 

遅れてやってきた風が萌実の顔を撫でる。

 

「外しちゃったね」

 

そう言うとヨメミは、片膝を上げてファイティングポーズを取った。

 

ムエタイの形だ。

 

ヨメミの蹴りが、顎先を掠めたのだ。

 

「何処で覚えたのかな」

 

「ここで覚えたよ…っと」

 

顎に貰ったダメージが予想以上に大きかったらしい、ヨメミはふらりとバランスを乱す。

 

「さっきは外しちゃったけどね、次は当てるから」

 

体勢を立て直しながらヨメミは笑った。

 

楽しんでいる。

 

萌実もそれにつられるように笑う。

 

「いいよ、私が返り討ちにしてあげる」

 

右手に垂らしたヒモ先を左手で持ち、両手で張る。

 

「お互い、次が限界かな」

 

萌実の言葉に、ヨメミはそうだね、と応じる。

 

お互い、次の一撃で終わりだ。

 

~~~

 

白い扉を開けたエイレーンは、その光景に軽く声をあげた。

 

連なったコンピュータ群が、忙しなく動き、計算している。

 

「あれ?」

 

その巨大な機械の影に隠れるように、小柄な白装束が端末を操作していた。

 

肩まで伸びた黒髪を二つ結びで垂らしている。

 

(誰だろう?)

 

その疑問が浮き出ると同時に、白装束は振り向いた。

 

「誰だお?」

 

聞き覚えのある声と見覚えのあるその顔に、エイレーンは息を飲んだ。

 

身体の奥がブルりと震える。

 

二年前の惨事で離れ離れになった実の姉が目の前にいる。

 

その事実に、エイレーンは思わず叫んだ。

 

「ベイレーン!!」

 

ベイレーンはしばらく固まっていたが、やがて驚いたように目をしばたかせた。

 

「エ、エイレーンか?お、お前生きてたのかお!?」

 

「はい、お陰様で」

 

地獄の中の仏とはこの事を指すのだろう。

 

予想外の出来事にエイレーンは思わず笑う。

 

「ベイレーン、ここで何しているのですか?」

 

ベイレーンはニヤリと笑う。

 

「このクソみたいな宗教団体からおこぼれを預かりに来たんだお」

 

エイレーンは首を傾げた。

 

「回りくどい言い回しですね、食糧でも奪うのですか?」

 

「違う、植物の種を奪うんだお」

 

「へぇ…それh……はい?」

 

「後で詳しく言うが、宇宙に種が冷凍保存してあって…」

 

「お姉ちゃん!?」

 

ベイレーンの説明を遮るように、声が響いた。

 

コンピュータの影からひょっこりと顔を出したべノが、驚いた様子でエイレーンを見つめている。

 

「べノちゃん!?久し振りですね!」

 

「久しぶりだね、お姉ちゃん生きてたんだ」

 

「ええ、なんとか…」

 

ススに汚れた数年ぶりの妹の姿に、エイレーンは安心したように息をつく。

 

「べノちゃんも何しているんですか?」

 

「脱出経路確保してる」

 

ニッコリと笑った顔にエイレーンは目を細めた。

 

「貴方達はスパイか何かですか」

 

「まあ、ここの奴らからしたらそうだお」

 

そう言うと、ベイレーンはこっちに来るように手を招いた。

 

「手伝ってくれエイレーン、人では多い方がいい」

 

~~~

 

ヨメミのジャブを、痛む肺を無理矢理動かしてフットワークで避ける。

 

数発ボディーを喰らったのが悔やまれるが、今の萌実にはそんな事を後悔する暇など無い。

 

確実なカウンターを決めることに集中させ、パンチをひたすらにかわし続ける。

 

風切り音。

 

ヨメミの左ストレートが、萌実の視界の左半分を奪う。

 

フェイントだ。

 

萌実はあえて動かず、ヨメミの下半身に注意を向ける。

 

足が、上がった。

 

(仕留めに来る)

 

萌実は拳を引き寄せるとヒモを強く握りしめた。

 

加速する思考の中、ヨメミの動きを瞬時に分析。

 

左の視界を奪ったのなら、普通は左から攻撃が来るだろう。

 

しかし、それは定石どおりの話だ。

 

(確実に仕留めるなら、右)

 

右手を頭の高さに、左手を腰の高さに落とし、右側の守りを固める。

 

萌実は、腕の感覚に全神経を集中させた。

 

受け止めきれなかったら仕留められる。

 

だからこそ、あえて逆を守らない。

 

その博打に、一筋の汗が萌実の額を伝った。

 

(来た!)

 

ピンと張ったヒモに、何かが触れた。

 

蹴りだ。

 

萌実は右腕で蹴りを受け止めると、身体を時計回りに回転させる。

 

蹴りを正面から受け止めつつ、張ったヒモで獲物を捕らえた。

 

「ぐっ…」

 

勢いは衰えない。

 

捉えられた脚は、その拘束を打ち破らんとその勢いを強めるばかり。

 

ならば、と萌実は腹筋に力を込めた。

 

もう身体は限界だが、身体で受け止めなければヨメミの蹴りは止まらない。

 

萌実は激しく体を折りたたんだ。

 

腹で衝撃を受け止めつつ、蹴りを包み込むように。

 

その時だった。

 

「!?」

 

ヨメミの蹴りの軌道が揺らぎ、萌実の想定外の方向へとベクトルが変化した。

 

(間に合わない!)

 

慌てて姿勢制御に移ろうにも間に合わず、萌実はバランスを崩し、脚を掴んだ状態で後ろに倒れ込んだ。

 

ヨメミも同時にバランスを崩す。

 

共倒れだ。

 

尻から倒れた二人は茫然とした様子で天井を見つめた。

 

どちらも立ち上がろうとせず、ただ天井灯の白い光に目をしばたかせる。

 

萌実は肩で息をしながら、ヨメミを見た。

 

「これって、どっちが勝ったのかな?」

 

「わっかんない」

 

あっけらかんと言いきった様子が萌実には可笑しく聞こえた。

 

「…ぷっ…はっ」

 

噴き出した萌実にヨメミもつられるように笑いだす。

 

「はっははは!」

 

こうなると笑いの応酬がはじまり、留まらない。

 

何が可笑しいのか二人にははっきりとは理解できなかったが、何故か笑いは止まらなくなるのだ。

 

「あっはっは…!」

 

「はっははは!」

 

子供の頃、二人で転げ回ったあの時のように二人は笑い続けた。

 

どれほど笑っただろうか、やがて満足した萌実はゆっくりと立ち上がり、ヨメミの正面に立った。

 

萌実は手を差し伸べる。

 

「立てる?」

 

ヨメミは両手でその手をしっかりと掴む。

 

「うん、ありが…」

 

言い終わるや否や、萌実は右手に隠し持ったヒモをヨメミの両手に巻き付けた。

 

「あえ?」

 

咄嗟の出来事に、ヨメミはしばらくポカンと口を開けた。

 

そんなヨメミに、萌実は、甘いね、と指を振った。

 

「この勝負、萌実の勝ちだよ」


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