ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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4.1話. [孤独]

~~~

 

(私は一体何をしているんだろう…)

 

見上げた灰色の天井は、日に日にその影を暗く落としているように感じる。

 

「…はぁ…」

 

エイレーンが見つかって早1ヵ月、互いに話すことも無ければ会う事すらない。

 

それもそうだ。

 

こちらとあちらでは立場が違う。

 

平凡な市民と、女神の化身。

 

会って話すなど本来はあってはならない事なのだ。

 

(見つかっただけで良いじゃない)

 

自分に言い聞かせるように、頭の中で呟く。

 

「ミライ様」

 

「なんですか?」

 

「”悪魔”に取りつかれたと申す子供が…」

 

「分かりました、連れてきてください」

 

その言葉に促され、子供を抱えた女性が入ってくる。

 

抱えられた子供は、苦しそうに唸り声を上げた。

 

「始めは筋肉が痛いと言っていたのですが…嘔吐が止まらなくなって…」

 

嗚呼…またか…

 

「悪魔をこの子から追い払って下さい、お願いいたします」

 

「分かりました」

 

アカリは頷いた。

 

「今から清めを行います、部屋の移動を…」

 

目で付き人に案内するように促し、自身も席を立つ。

 

悪魔が憑りついたと言ってはいるが、症状を見ればそれは違うと簡単に分かる。

 

2014年に流行したとされる急性ウイルス性感染症そのものだ。

 

そこから生き残るには、その人本人の免疫力でどうにかするしかない。

 

「隔離病棟に案内を、今後は一切手を触れてはいけません」

 

そう言い残し、アカリは隔離病棟へと歩を向けた。

 

~~~

 

心がどんどん荒んでいくのを感じる。

 

始めは献身的に毎日窓越しから応援していたが、日を経つにつれその応援も無意味なものと理解するようになった。

 

隔離病棟に入った子供は殆どが命を落とし、大半の大人も帰らぬ人となる。

 

始めは助かると信じていた家族も、次第にアカリに不信感を抱くようになった。

 

「私の所為じゃないのに…」

 

やがて孤独感が心を支配し始め、周囲の目が段々と怖いものへと変わっていくのを感じる。

 

(寝て起きたら、全てが夢で、全てが元通りだったらいいのに。)

 

寝付く前にはそう願い、灰色の天井を見て、絶望する。

 

起きた後も隔離病棟に赴き、死に行く人々を励まし、皆に敵意を向けられて眠りにつく。

 

もし、この世の中に女神が本当に居るのなら、きっと根性がねじ曲がっているのだろう。

 

この世界では希望が無く、ただ死にゆく絶望に彩られた世界。

 

そんな世界を、女神さまはどうして作ろうとしたのだろうか。

 

そんな事を、一般市民も思っているに違いない。

 

この世界を、”女神の化身”が作り出し、自分達をいたぶろうとしているんだ、と。

 

「ねえ、エイレーンならどうするかな?」

 

吐き出された独り言は、虚空に消えた。

 

もちろん答えなど端から期待してはいない。

 

そもそも答えは一つに決まっているのだ。

 

人間を超えた”女神の化身”は、何があっても人間を救い続けなければならない、と。

 

弱音を吐くこと等あり得ないし、逃げることもあり得ない。

 

この身を生贄にしてでも、奇跡を起こさねばならない。

 

”女神の化身”とはそういうモノなのだ。

 

、とそんな事をぼんやりと考えている最中だった。

 

仰々しい様子で扉が開かれ、一人の男が部屋に入ってきた。

 

「おい、大事な話がある」

 

「…なんですか?宣教師様」

 

すこし棘のある言い方に、男は少し眉端を上げた。

 

「……まあいい、二年後に始める予定だった凍結計画だが、一月後に開始することになった」

 

「………」

 

凍結計画。

 

人工知能Sol(ソール)が提案した、人類を”存続”させるための計画。

 

その概要は、生き残った全ての人間を仮死状態にし、宇宙空間に1000年保存し、その間に保管していた植物の種を放出して環境を整える、と言ったもの。

 

仮死状態にするための設備、並びに”植物にとっての良質な土壌”が最低限整う期間が4年だったのだが…。

 

「分かっているとは思うが、犠牲者が多すぎる、宇宙エレベーターの数も悲しい事に”足りてしまった”」

 

男の言葉が、アカリの胸にズキリと刺さる

 

「…問題は、どうやって市民をエレベーターまで先導するかなのだが…」

 

「計画通り、恐怖心を煽ってエレベーターに避難させてそのまま凍結する、で良いはずじゃ…」

 

「………まあ、それが最適だと出力結果も出されているからなぁ…」

 

男は気難しそうに顎髭を撫でる。

 

”最適”ではあるが、絶対ではない。

 

もしこの計画が失敗してしまえば、人類は絶滅する。

 

失敗は絶対に許されないのだ。

 

「もう遅いと思うが…信用をなるべく落とすな」

 

それは誰の為でもない、人類の為なのだから…。

 

~~~

 

人通りの無い道路。

 

一か月前にはあれほど賑わっていたのに、今ではその面影すらなくなっている。

 

だが全く静かと言う訳ではない。

 

「酷い雰囲気ですね…」

 

エイレーンはしかめっ面をした。

 

その目線の先には異様な雰囲気の集団。

 

彼らはボロ雑巾のようになった布を纏い、一心不乱に叫んでいる。

 

その内容は一貫して、”ミライ様に自分達は見捨てられた”と言うもの。

 

「不安を煽る奴らに限って無責任なんだお」

 

隣のベイレーンも、同じようにしかめっ面をした。

 

彼らは”革新派”と呼ばれている集団で、最近家族を失った者がその大半を占めている。

 

「もう長くないのかも知れないですね…、そのうち彼女は彼らに殺されるでしょう…」

 

「他人事みたいだな」

 

「……分かってて言っているのですか?」

 

エイレーンはベイレーンを睨みつけた。

 

怒っている様な、悲しんでいる様な、そんな表情。

 

ベイレーンはポリポリと頭を掻いた。

 

少し気まずそうにしている辺り悪気は無いらしい。

 

「悪かった、だが、もしそうなったら助けに行くか?」

 

「………」

 

エイレーンは踵を返し、歩き出した。

 

ベイレーンは慌てて後を追う。

 

「お、怒っているのか?」

 

ベイレーンの言葉に、エイレーンは首を黙って振る。

 

「彼らの言葉で頭がおかしくなりそうだったので…」

 

「確かに、洗脳されるかと思ったお」

 

エイレーンはちらりと後ろを見た。

 

段々と遠ざかっていく彼らの声は、その強さを一向に弱めない。

 

「もちろん、裏切られた人々の気持ちも痛いほどに分かります…」

 

「でも、人の為に一生懸命になっている人を見殺しにはしたくありません」

 

「つまり?」

 

「助けられるものなら助けたいです、例え拒否されても」

 

ベイレーンは嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「だったらおいらも手伝ってやるお」

 

「………」

 

「………」

 

「………顔を覗き込もうとしないで下さい…」

 

覗き込んだベイレーンから逃げるように、エイレーンは顔を背ける。

 

そんなエイレーンの様子に、ベイレーンはにんまりと口角を上げた。


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