「突然デスガ、…皆サンニ頼ミタイ事ガアリマス…」
意外にも丁寧な口調に、その場の全員が拍子抜けしたように頷く。
「マズ、ウイルスを送り込もうとしているようですが、それはやめてください」
突然クリアになった音声で言われた内容に、ベイレーンは思わずむせそうになった。
全てがバレていたと言う事実。
何時から自分たちは監視されていたのだろうか…?
「そのウイルスは2年前に使われていて、対策ソフトも作られたのでそもそも意味がありません」
やんわりと諭すような言い方だが、ベイレーンは言い方では無く、その内容に背筋が凍った。
ウイルスはエイレーンが携帯型メモリに入れてしっかりと携帯していた筈で、そもそもその存在、形状は知ろうにも分からない状況だ。
監視では生ぬるい。
身ぐるみを剥がされて毛穴の一つ一つまで記録されているのではないかと思うほどの情報収集能力である。
「…一体どこでそんな情報を?」
エイレーンはゆっくりと確認するように問う。
その口ぶりから、ベイレーンと同じ恐怖を感じているのだろう。
「なんてことはありません、そのウイルスが入った記録媒体を監視していたから、と言うだけです。というのも、そのウイルスは二年前に全世界の核発射シーケンスの誤作動を引き起こした元凶なのです」
二年前
それは世界が核によって焼かれた日の事を指しているのだろう。
けたたましいサイレンと共に”核が発射されました、避難をしてください”という音声が流れた記憶は、消そうにも消し去れない程に強烈なものだった。
数秒の経過
後の轟音。
世界が崩壊するのではないかと思わせるほどの揺れが生じ、やがてそれはゆっくりと消えた。
辺りは静寂に包まれ、安堵した人々は辺りを確認しようと外に出た。
そして、そのタイミングを見計らったように世界は再び焼かれた。
「宇宙ステーションに保管されていた核爆弾の8割は発射され、その後に迎撃ミサイルが9割ほど発射されました」
「これらの事は、全て、そのウイルスによって引き起こされたもの……いえ、正確には…」
音声は少し思い悩んだように口をつぐみ、しかし、思い直す。
「AIという人間の思考とは異なるモノによって引き起こされたものなのです」
AIによって引き起こされた
現実的ではないその言葉に、ベイレーンは思考が空回るのを感じた。
その言い方は、まるでAIだから問題が起こったのだと言っているのに等しい。
人間なら兎も角、AIが引き起こす間違い。
「どういう事だお?」
残る3人も全く分からないといったふうに首を傾げる。
人工音声も、その反応を予想していたらしく、別に今わからなくても構いません、と諭す。
「問題なのはこの先、未来の話です、AIの問題性についても、この話で分かると思います」
「ちょ…ちょっと待ってください!」
始まりそうになった説明を、エイレーンが慌てたように止めに入る。
「まだ萌実さんがこの場に居ません、萌実さんが戻ってきてからでも…」
「大丈夫だよおねえちゃん、私が後で話しておくから」
べノはそう言うと、説明を促す。
「ではまず、システムSolの目標なのですが、全人類、及び生物の長期冷凍保存、そしてその間に地球の環境を整えて人類が生活出来るようにするというのが大まかなところです」
「ああ、それはついこの間聞かされた、宗教活動しているのも冷凍保存を円滑に行うためだって話だった気がする」
「はい、その通りです、システムSolが過去のデータを基に最適な人間社会をシミュレーションした結果の形です」
”過去の”を強調する言い方が少し引っかかるが、言っている事は宣教師に言われた事と違わない。
「そして、これによって生き残った人類が未来へと生き残るという話なのですが…このままだと全く問題は無いように聞こえますね」
全く問題は無い、いや、寧ろ最善を尽くしているといっても良いだろう。
「ですが、私はそれでは物足りませんでした、出来るならあの悲劇で亡くなられた方々も救いたいと思いました」
「はい?」
声をあげたエイレーン、そしてエイレーンを含むその場の全員が一斉に眉をしかめた。
世迷い事という言葉がそっくりそのまま当てはまるその発言だ。
人工音声はその様子を全く気にする様子もなく、説明を続ける
「ワームホール、という時空を歪め、異なる時間軸を繋げるトンネルがあります」
「最後の時を迎えた星が、一時的に取る形態です」
「私はあなた方がいない間、宇宙ステーションに接続して星々のデータ収集に努めていました」
エイレーンさん、ありがとうございます、と小さく付け加える。
「エイレーンさんが出ていく直前に調整して下さったので作業は順調にいき、今から100年以内に恒星アルデバランが最後を迎えると分かりました」
そこまで言うと、人工音声は一呼吸置いた。
「前置きは長くなりましたが、私の目的はこの世界の人間を一人データ化させ、レーザーに乗せて過去の地球に飛ばす事、です」
「それによって、地球が焼却される過去を回避します」
無表情な音声に、少しだけ熱が込もる。
話を聞く分には全くのおとぎ話のようで、それでも何故か可能であるように感じてしまうのは何故なのだろう。
エイレーンは、険しくなった眉間を人差し指でトントンと叩きながら、大きなため息をついた。