ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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4.8話. [助からない命]

怒声と悲鳴が入り乱れた都市は赤い炎に照らされ、その表情を不気味なものへと変えていた。

増える死者、堪る不満。

それはやがて怒りへと変化し、何も出来ない”王”への反乱に繋がった。

単純に言えばそうだ。

現に市民は怒りに燃え、周囲の建物を破壊している。

 

「おねえちゃん?」

 

ビルの影に隠れて街の中心を覗くエイレーンに、べノは後ろから声をかけた。

 

「暴動に夢中になるのは良いけど、今のうちにルートを確立させとかないと…」

 

作戦で重要なのは、アカリを迅速にトラックに乗せる事。

そのためには暴徒化している市民に見つからず、かつ、短いルートを模索する必要がある。

なので、タイムリミットがあるだけに、のんびりと街の様子を観戦している暇など無いのだ。

だが、エイレーンはそんな事を気にもせず呑気にかれこれ数十分もこの光景を目に焼き付けている。

 

「おねぇ…」

 

「分かってますよ」

 

やれやれ、と立ち上がったエイレーンはしたり顔でべノを見た。

その顔にイラっと来るのを我慢しきれなかったべノは、思わず声を荒げる。

 

「なに?」

 

「い、いえ、最初はアカリさんのいる建物の門番辺りと暴徒がぶつかってくれないか見てたんですけど…」

 

「ん…まあ、確かにそれで侵入はしやすくなるけど…」

 

「でも、いつまで経ってもぶつかる気配はないんですよね……暴徒も何故か様子をうかがっている様に見えて…」

 

「………」

 

「…何かあるかもしれません、見つからないように裏から行きましょう」

 

エイレーンの真剣なトーンに、べノも無言で頷く。

 

「じゃあ、私が前に作った避難経路から侵入しよう、そこからビルの屋上を伝っていけばつくから」

 

「……はい?」

 

「上から侵入するよ」

 

肩に担いだロープを腰に巻き付けながら、べノはそう断言した。

 

~~~

 

誤算だった。

クーデターを起こすだろうと踏んでいたのに、市民は全くそれを望んでいなかった。

内部の人間を送り込み、暴徒の演技をさせることで市民の団結を図ったが、市民は一向にそれに加わろうとしないらしい。

爆発的な怒りも無く。

神への信仰も失った。

抜け殻と化した彼らは虚ろな表情で座り込み、安らかに死ぬ準備を始めているらしい。

この”私”みたいに。

 

「どう…すれば……」

 

死を受け入れた人間は、もう助からない。

これはもう終わり…

 

ガタリ

 

「……誰?」

 

上方から聞こえてきた物音に、アカリはゆっくりと振り向いた。

侵入者?暴徒?

そんな考えが頭を駆け巡るが、目の前の人物を見てその考えは一気に消し飛んだ。

 

「アカリさん」

 

一年間苦楽を共にしてきた親友。

一番会いたくて

でも、それでいて今一番会ってはいけない存在。

エイレーンがそこに立っていたのだ。

 

「ごめんなさいアカリさん、かなり遅くなってしまいました」

 

数か月前の冷たい対応にも関わらず、彼女の口調は相も変わらず丁寧なもので、その一言一言は一緒に暮らしていたあの時と同じ、まるで母親のような言い方だ。

 

「でも…」

 

「待って!」

 

エイレーン後方から、焦りを含んだ余裕のない声が飛ぶ。

 

「感染してる!」

 

………

ああ、そうだった。

何日も何日も死に行く彼らを励まし続け、看病し続けたバカな私に、ついに神様が牙をむいたのだった。

エボラウイルス。

その致死率は90%を超え、感染したらほぼ助からないといってもいいウイルスに、私はかかってしまったのだ。

 

「感染?」

 

まるで感染という言葉が理解できないかのように、エイレーンは首を傾げてこちらにゆっくりと近づいてくる。

だめ……近づかないで…

言おうとしたその言葉は、声にすらならず隙間風のように喉から逃げてゆく。

 

「おねぇ…」

 

後方からの声に耳を貸すこともなく、エイレーンはゆっくりとこちらに歩みよる。

その姿がとてもまぶしくて、そしてかっこよくて、懐かしくて…。

 

「アカリさん、もう大丈夫ですよ」

 

エイレーンから見た私の姿は、いったいどのように映っていたのだろうか。

雨に濡れた捨て犬のようだったのか、それとも親を探す迷い子のようだったのか。

ともあれ、そんな私をエイレーンは両手を広げてしっかりと抱きしめた。

全身は痛みを訴えたが、私はそれでもその抱擁が温かくやわらかいものと感じた。

 

「大丈夫、大丈夫、よく頑張りました」

 

優しく頭を撫でながら、エイレーンは言い聞かせるようにゆっくりとゆっくりと語り掛ける。

エイレーンの胸の辺りは、涙と鼻水でぐじゃぐじゃになっていたが、それを気にする様子もない。

ただ優しく、頭を撫で続けるだけだった。


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