ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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4.9話. [無情]

~~~

 

「寝ちゃいましたね…」

 

エイレーンの胸で泣く少女は、いつの間にか軽い寝息を立てていた。

極度の緊張状態にあったのだろう。

彼女の顔はやつれ、グッタリと力が抜けた身体は今にも折れてしまいそうなほどに弱弱しい。

 

「おねえちゃん…」

 

「ええ、行きましょう…アカリさんは私が背負って連れて行きます、もう状況を説明して納得できる精神状態ではありませんからね」

 

「強がらないでよお姉ちゃん、アカリちゃんおぶって誰にも見つからずに動ける自信あるの?」

 

「無いですが、やるしかないでしょう」

 

「……ま、まあそうだね」

 

当たり前だったね、とべノは独り言のように言いながら腰に巻き付けたロープを解き、1つの大きな輪っかを結んだ。

大人2人が同時にくぐれるほどの大きさの輪。

 

「これを首にかけておんぶ紐みたいに使お、腕は使える方がいいから」

 

エイレーンは手渡された輪っかを捻り、両端の輪っかをアカリの足に通す。

続いてロープの真ん中の首の後ろに当て、肩を通して脇の下へとロープを持っていった。

 

「これは…首が擦れますね…」

 

「我慢」

 

エイレーンの両肩から伸びるアカリの両手首を手際よく縛りながら、べノは一喝を飛ばした。

感染することに関しては全く気にしないくせに、首の皮膚を気にするなんて…。

 

「…よし、行けるよお姉ちゃん」

 

「はい、行きましょう」

 

侵入経路を逆流するように、身軽なべノが先導して空いた天井に身を滑り込ませ、続くエイレーンを引っ張り上げる。

 

「本当に狭いですね…」

 

天井材とコンクリートの隙間は1メートル程しかなく、アカリを背負ったエイレーンは”這い這い”のポーズを強いられている。

 

「早くここから出たいです」

 

「そうだね」

 

体力消耗も激しく、スピードも出ないその体勢を早めに直したい二人が周囲を見回したその瞬間だった。

 

キィ…と扉が開く音がした。

 

「ミライ様、一時間後にミサイルが………あ?」

 

聞こえてきた男の声に、エイレーンとべノは思わず息を止めた。

鼓膜の辺りがキュゥと閉まる感覚と、高まる心拍。

”ここで見つかったら一巻の終わりだ”

その緊張が胸の辺りをザワリと撫で、静寂が二人の空間を満たす。

 

「……上か?」

 

低く、怒りの籠った声に、二人は思わず顔を見合わせた。

ー逃げようー

無言の意思疎通をした二人は、音を立てないようにゆっくりと前へ身体を動かす。

薄い天井板を踏まないよう、天井裏に這わせられたケーブルを手で探しながら。

 

そんな緊張しきった二人の耳に届いた男の声は、全く予想とは異なるものだった。

 

「いままですまなかった…」

 

謝罪。

それ以外の何とも形容できない一言。

まったく理解できないその言葉の後に続く言葉は、更に耳を疑う内容だった。

 

「キミを最大限利用させてもらう、恨まないでくれ」

 

その一言は、男の懺悔の様なものなのかもしれない。

これからする行為が、特殊な状況下であるがゆえに裁かれない。

そう思った男が、聞いているかもしれない”何者か”に裁いてもらいたい一心で放った言葉なのだろう。

エイレーンからすればその心理も理解できる、が、そんな事はどうでもいい。

重要なのは、これから男が何をするかだ。

どうやって、アカリを利用するのかが重要なのだ。

エイレーンは背中に眠る少女をチラリと見た。

扉の閉まる音にも気づくことなく、ただ眠っていっていたのだった。

 

~~~

 

「彼女は逃げたのだ!皆が気づき始めたと悟って逃げ出した!」

 

屋上に出た二人の耳に飛び込んできた言葉は、宣教師と言われている男の声。

白い群衆に囲まれるようにして声を張り上げる様は、まるで革命家のような雰囲気だ。

 

「騙していたのだ!神の化身というまやかしで!すがる物がないボロボロになった我々を騙して利用していたのだ!」

 

「だが我々は馬鹿ではない!我々人間には文明がある!」

 

「立ち上がろう!文明は最後まで我々を見放さなかった!」

 

「我々は!生き残れる!」

 

大声を張り上げて演説する彼の言葉に、取り巻く民衆も少しづつ活気づき始める。

疑心暗鬼の心を逆手に取り、信用を勝ち取る作戦。

信じたいものを信じる傾向が強い人間から信用を得る、最も有効な手段の一つだ。

 

「これで皆を救ったら英雄ですね」

 

感情を失った顔のエイレーンは振り向きもせず淡々と歩く。

 

「でも、その仕打ちは無いでしょう」

 

エイレーンの言葉に、べノは否定も肯定もしない。

 

「おねえちゃん、ロープ」

 

「ええ」

 

歩みを止めたエイレーンの足下には、何十メートルもの空間が伸びていた。

飛び降りれば死は確実で、ほんのひと匙の気の迷いがそれを可能にしてしまう。

ただ一歩、足を踏み外せば終わり。

甘い蜜の様な誘惑に、エイレーンはゴクリと唾を飲んだ。

僅かに残った死への恐怖に、腹の底がキュウ、と縮こまる。

 

「まあ、実際に飛び降りはするんですけどね」

 

まるで自分自身にツッコミを入れるように、エイレーンは呟き、べノに手渡されたロープの端を自身の身体に結び付ける。

 

「べノ、お願いします」

 

頷いたべノはロープを両手でつかみ後ろを向く。

そして、ゆっくりと後退し、飛び降りた。

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