ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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5.1話. [ミライ]

「こんにちは私」

 

頭の中に響くその声は、母親のものと少し似ていた。

そんな声を、”自分のもの”と一瞬で分かってしまったのは何故なのか。

 

「皮肉なことに貴方が死に瀕してるお陰で、こうして話すことが出来ています」

 

「私の言っている事が直ぐに理解できるか分かりませんが、それでも貴方に伝えなければならないことがあります」

 

ー どうぞお願いします、私。

ー あいにく、私は私自身に言われたことぐらい理解できますから。

 

「そうですか、流石私ですね」

 

自嘲気味のその声が、傷だらけの心に心地よく染み渡る。

自分自身の今までの行いが、間違いの連続であると示しているように感じるからだろうか。

 

「で、結論を言いますと今から貴方は死にます、いえ、数時間後に死ぬ、というのが正解でしょう」

 

ー そうですか。

 

「悲しくは無いですよね?貴方はそう言う人間です、人と違った人生を歩み、短く生きた、それだけです」

 

ー はい、そうです。

 

「だけど、今の貴方にはまだ後悔が残っている」

 

ー ええ。

 

「で、それは一体なんでしょうかね」

 

ー 回りくどいです。

 

「ごめんなさい私、そうですよね、貴方は”全員”を救えなかったことを後悔しているんでしたよね」

 

ー はい。

 

「…そこで…死にかけの貴方に一つ提案があるのですが…」

 

ー なんですか?

 

「永遠の苦しみと引き換えに、全員を救う可能性を模索するのはどうでしょうか?」

 

ー やります。

 

「即答ですか、流石私」

 

「最終的な目的は核の発射事態を阻止し、地球の焼却された歴史自体を消す事」

 

ー ………。

 

「察したようですね、ええ、貴方と私は同じアカリ、でも実は違う存在です。」

 

「いわゆるパラレルワールドの私です」

 

ー 理解しました。

 

永遠の苦しみ、その意味がようやく理解できた気がした。

きっと私は、”彼女”と”混ざる”のだろう。

新しい可能性を上書きし、新たな可能性に一歩近づく。

そんな集合体として私は”成る”のだ。

私は何度も何度もタイムリープし、その度に滅びる世界を見るのだ。

終わらぬ苦しみ。

それは肉体的なものでは無く、精神的なもの。

 

「大丈夫です、貴方が思っているほど酷くはならない筈、何しろ世界は少しずつ望んでいる方向へと向かっていますから」

 

ー もし、私がその話に乗らないという事になったら?

 

「情報が上書きされず、更にタイムリープの流れもストップ」

 

「そして、貴方方の周りの友人は全員死にます」

 

ー エイレーンの事ですか?

 

「ええ、他にも」

 

ー ………。

 

「怖気づきましたか?」

 

ー いえ、ありがとう私、いつの間にか助けられていましたね。

 

「気にしないで下さい、友人と、そして世界の為です、それで?どうしますか?」

 

ー そうですね、では…。

 

~~~

 

目が覚めると、懐かしい天井があった。

白を基調とした低い天井。

それがエイレーンと1年間暮らした箱の天井だと気づくと同時に、聞き覚えのある声がアカリを呼んでいるのに気が付いた。

 

「アカリ」

 

「…エイレーン」

 

ガンガンと痛む頭を持ち上げ、周囲を見渡したアカリの眼前には見覚えのある人が立っていた。

 

「べノさん…それに…」

 

見覚えのある顔ぶれに、数日前の命令が蘇る。

そうだ、私はミサイルを…。

 

「あ、ミサイル…を…」

 

「大丈夫です、ミサイルは発射されません」

 

エイレーンの諭すような口調に、アカリは慌てて起こした体をゆっくりと戻す。

なら話は早い…。

想像とは違っていたが、これは結果オーライという事だろう。

アカリはホッとした様な、腑に落ちないような複雑な表情をした。

そんなアカリに、べノが申し訳なさそうに口を開く。

 

「それで…アカリちゃん…言いにくいんだけど……、アカリちゃんはもう何もしなくてもいいって…後は宣教師が上手くやるらしいから…」

 

「うん……そうっ…です…か……」

 

上手く回らない呂律を回しながら、アカリはゆっくりと頷いた。

最後の最後に用無し。

そう言われて冷静に居られる程アカリはさっぱりとした性格ではないのだが、今はもう悲しむ余裕も怒る余裕もなかった。

死の間際。

もうほとんど動かない身体は鉛のように重く、体中が鈍痛を訴える。

感情を動かし考える事すら辛い。

でも。

一つ考えなくともわかる事は、痛みがなくなった時が最後で、その時はそう遠くはないという事。

その前に、彼女達に伝えなければならない事がある。

 

「皆……最後に…お願い…が…」

 

必死の訴えに、エイレーンは力強く頷いた。

 

「最後に……私を……」

 

「ええ、分かってますよアカリさん、貴方をデータ化して過去の地球に送ります」

 

「……ありがとう……」

 

満足そうに頷いたアカリは、そっと目を閉じ、やがて穏やかな寝息を立て始めた。

全身がウイルスに侵されているとは思えない程安らかな呼吸。

その穏やかな顔が、エイレーンの心を強く締め上げる。

 

「アカリさん……」

 

ポツリと呟いたエイレーンの瞳は、悲しそうに揺れる。

 

「もしかしたら、私はあなたの望み通りにしてあげられないかもしれません……」

 

唇を悔しそうに噛んだ彼女は、ディスプレイの方へと向いた。

 

「質問があります、システムMirai」

 

エイレーンの呼びかけに、ディスプレイはブンッとノイズを発する。

 

ー何でしょうか?ー

 

「アカリさんをデータ化したら、アカリさんの記憶、そして性格が全て今のまま保存されるのですか?」

 

ー………すみません、それは不可能です。そもそも同じ魂は同じ世界に存在できませんから。-

 

「なら、アカリがテレポートするのは不可能では?」

 

ーいえ、なので小細工…とは言いませんが、記憶にロックを掛けることで別の存在として活動して貰いますー

 

「ロック…」

 

ーええ、そして仮初の記憶を埋め込み、それに乗っ取った行動をして貰いますー

 

「それって…」

 

ー つまり、アカリさんには全く別の存在として過去に飛んでもらいますー

 


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