ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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5.2話. [宇宙エレベータ]

「最終調整終わったよ」

 

一仕事終えた萌実は、宇宙エレベータを見上げるベイレーンの肩をポンと叩いた。

叩かれたベイレーンは、そうか、と生返事をして再び宇宙エレベータを見上げる。

砂の大地に生える一本のケーブルは、あまりにも遠すぎて先は霞んでしまっているが、宇宙ステーションに繋がっているらしい。

針金をより合わせたまさに質量の塊が、ピンと張った状態で維持できるのもそのためだろう。

 

「いつの間にこんなの刺したんだろうな、それもこんなに」

 

ベイレーンのじんわりと噛みしめるような口調は、感動しているような呆れている様な、そんな口調だ。

確かに目線の先には同じようなケーブルが軟十本も等間隔に刺さり、その全てが空に一直線に伸びている。

 

「でも、これでも少ない方なんだよね?本当はこの何十倍も刺さる予定だったって」

 

「謎の技術凄すぎるお…」

 

「だね」

 

手持ち無沙汰の萌実も、何となくベイレーンをまねて空を仰ぎ見た。

雲一つない空。

ギラギラと光る太陽だけがその青い空を我が物顔で照り付けている。

 

「で、萌恵はなんだって?」

 

「……まあ、技術的にはイケるけど、宇宙エレベータ一つ駄目にするかもって」

 

「何でまた」

 

「ワームホールが出来るタイミングとか分からないから、コンピュータをエレベータに乗せてエレベータを吹っ飛ばすって」

 

「ワイルドだ」

 

「で、その調整をヨメミちゃんがやってる」

 

「ああ~…」

 

「…まあ、陽が落ちたら作戦開始だし、それまでには終わると思うよ、問題はアカリちゃんが来れるかだけど…」

 

「大丈夫だと思うお、アイツらならきっと…」

 

「ああーー!!」

 

突然上がった叫び声に二人はぎょっと振り向いた。

視線の先のヨメミは端末を握りしめ、パクパクと口を動かしている。

 

「…街の人たち来ちゃったって…」

 

絶望に満ちた顔のヨメミは、まるでこの世の終わりの様な口調だ。

 

「どゆ事?」

 

「……えっと……今エイレーンと連絡ついて……」

 

しどろもどろに説明しようとするヨメミはアタフタとし、慌てて端末を萌実にパスする。

 

「はい、もしもし?」

 

落ち着いた様子の萌実は、端末に耳を当て、その顔はやがて引きつったものへと変化していった。

 

「えっ…あ!…うん!早く!」

 

慌てて通話を切った萌実は焦った様子で辺りを見回した。

 

「な、なあ何があった?」

 

「……えっと……エイレーン達が街の人たちに追われながらこっちに向かってるって…」

 

その言葉に、ベイレーンの表情は一気に絶望に満ちた。

追われている、それはつまり捕まったら殺されると同義。

その答えに瞬時にたどり着いたベイレーンは、蒼い顔で端末を奪うようにして取った。

 

「エイレーン!あと何分で着く!」

 

焦りを堪え、簡潔にまとめた質問に対し、受話器からはノイズに満ちた声が流れ出す。

 

『分かりません!でも、皆さん怒りに任せて向かってきてますから30分もあれば…』

 

「分かった!で、何かいい案はあるか!」

 

『ありませ…べノ?あっ!ちょ…ちょっと変わります!』

 

『…ごめん!もし可能だったら宇宙ステーションから何か放出できない!?大量の人間を無効化出来るようなやつ!』

 

動きを止める、その手段は数多く存在するが命を奪わずに無効化する方法は限られてくる。

意識を飛ばすか、眠らせるか。

そのニ拓に対し、有効な手段は更に限られてくる。

 

「萌実!睡眠剤とかってあるか!?」

 

「分かんないけど…そもそも睡眠剤は現実世界には存在しない筈だよ」

 

「じゃあ気絶…いやでも…」

 

思考が空回りし、何をすればいいのか正解が全く見えない。

どうすればいい。

ベイレーンは焦った目で萌実を見るが、萌実もどうすればいいのか分からない様子。

もはや万事休すか、と思った矢先。

 

「じゃあ、幻覚剤とか?」

 

なんでもないかのようにつぶやいたヨメミに、ベイレーンは思わず目を見張る。

集団幻覚。

脳に誤作動を起こさせてそこにない物を見せる。

 

「萌実、幻覚剤とかって…」

 

『だい…じょうぶ……です……それは……医療用にもあるから……使えます……』

 

息も絶え絶えの様子だったが、今のベイレーンにはそれを気にする暇は無かった。

 

「萌実!幻覚剤だ!あと30分で幻覚剤をここに撒く!」

 

「分かった!ちょっと待って!」

 

投げられた端末をキャッチした萌実は、慌てた様子で端末を操作する。

やがて受話器の向こう側からの音声に一言二言言葉を発し、渋い顔をした。

 

「だめ!自然落下だと7時間くらいかかるって!」

 

「じゃあミサイルだったら?」

 

「ミサイル……ちょっと待ってて!」

 

ヨメミの言葉に、更に端末に何かを伝え、萌実は端末の操作を忙しなく始める。

 

「マッハ18.6として……宇宙ステーションが408キロメートル……」

 

「………」

 

「イケるよベイレーン!ミサイルだったら3分で到着する!」

 

「でかした!じゃあミサイルを地上間際で爆発させて幻覚剤を爆風に乗せて散布すれば…!」

 

興奮に満ちた顔で、萌実は端末の向こう側へと話を戻す。

一言二言。

その言葉のやり取りに、次第にその表情は安堵の物へと変わってゆく。

 

「………うん……わかった、ありがとう」

 

「燃料の調整、そして幻覚剤をミサイルに搭載する時間にあと30分かかるって」

 

「遅い……がそうも言ってられないのも現実だな」

 

ため息をついたベイレーンは、宇宙エレベータ全機を地上に下ろす作業に戻ったのだった。


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