ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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5.4話. [ジレンマ]

現実から目を背け、与えられた怒りという感情に身を任せた集団。

その様子はまるで水を得た魚のようだ。

 

『30秒切りました』

 

無機質な電子音に、ベイレーンは二人を見た。

 

「行くか」

 

『了解』

 

後方から迫り来る集団に対し、白トラックは急激に後輪タイヤを回転させる。

 

『10秒で最高速度まで上げます、しっかり掴まって下さい』

 

無言で頷き、片手で獲物、もう一方の手で凹凸に指をかけた三人は風に煽られないよう身をかがめる。

猛烈な唸り声をあげたモーター音と激しい風の音。

先程まで無音だった荷台の上は、急な加速に座ってじっとこらえるのがやっとといった状態だ。

 

『ミサイルが発射されました、残り三分で着弾する模様です』

 

「分かった!!」

 

環境ノイズに張り合うように声を上げ、ベイレーンは敵軍の様子を細目で見る。

 

『ルートとしてはエレベータの根元を縫うように大きく円状に行く予定ですが…』

 

「ちょっと待った!!アイツら全員追ってきてるか!?」

 

ベイレーンの怒声に、スコープから目を離したヨメミは首を振る。

 

「半分は立ち止まっちゃってる」

 

「なんでだよ!」

 

「わかんない…でも動こうとすらしないよ…?」

 

エレベータをしらみつぶしに潰し、アカリを探し出す作戦か、それとも人を広く撒くことでこちらの足止めをするつもりなのか。

 

「なんだってアイツら…」

 

「……あ……、凄く…理解できないって顔してる」

 

「はぁ?なんだそれ」

 

「よく分かんないけど混乱してるならこっちのものだよ!」

 

萌実の嬉しそうな声に、ベイレーンは渋々と言った感じで頷く。

 

「寧ろ逆手に取らなきゃ……ねえ、ミサイルの軌道ってずらせるかな?例えばトラックの円軌道の中心とか」

 

『可能……とは言い難いですが出来るだけそこに近づけることは出来ます』

 

「…わかった…ねえベイレーン、これは提案なんだけど…」

 

萌実の作戦に、ベイレーンは深々と頷いた。

 

「やろう、もうオイラ達にはなりふり構っていられないからな」

 

「「わかった(よ)」」

 

威勢よく返事をした二人は荷台の後方にゆっくり移動した。

 

~~~

 

「アカリさん?」

 

薄ぼんやりとした青い光の下、エイレーンは静かに息をするアカリに声をかけた。

青い光に照られた彼女の顔は、素人目で分かるほどに衰弱している。

(もう長くはない、後数分持つかどうか)

口では言わないが、べノも、エイレーンも何となくそれを察していた。

そんな不安げな表情を浮かべる二人に、アカリはゆっくりと目を上げる。

健康だった時にはパッチリと開いていた大きな瞳も、今ではその半分も開けられない程だ。

 

”なに?”

 

微かに動いた唇は、そう告げていた。

 

「もし、このまま冷凍保存されれば保存中に時間を掛けて治療されるらしいです、そうすれば回復も可能で……」

 

「だから、もし可能だったら…データスキャンは止めて…」

 

アカリは微かに首を振った。

 

「……そうですか…」

 

あらかじめ予想していたとはいえ、その頑なな様子にエイレーンは下唇をぐっと噛む。

 

「当たり前じゃない世界にいるからって、当たり前の生活を求めるのがおかしい訳じゃ無いんですよ」

 

ほんの少しの怒りと、悔しさが入り交じった表情。

怒っていて、それでいてやるせない感情をぐっと押しとどめたエイレーンはアカリの頭にそっと手を乗せる。

 

「あなたは充分やりました、充分すぎるほどです」

 

言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「何千人もの人間の支えになるなんて、普通の人間には出来ないことを貴方はやってのけたんですよ?確かにエボラウイルスの蔓延で半分程の方は亡くなりましたが、でもそれ以前は誰一人として死んでいない」

 

「持ち上げられて出来た仮初のカリスマ性だったのかも知れませんが、しかし貴方はそれに見合う仮面を被ってそれを存分に使いこなしました、お陰で皆生きる希望を持てました」

 

「貴方は英雄と言っても差し支えないことをした、そんな貴方を更にデータとして負のループに縛り付けるなんて…私は赦せません。」

 

静かな口調だが、言葉尻は微かに震えている。

そんなエイレーンをアカリは不思議そうな顔で見つめる。

 

「そんな事だったら、この世界なんて滅びてしまえばいいとさえ思えてしまいます」

 

「そん……な……事…」

 

「お姉ちゃん、言葉を選んで」

 

必死に言葉を絞り出そうとするアカリを制止するように、べノはエイレーンを窘める。

 

「ごめんなさい…でも、貴方は普通の女の子です、少なくとも数年前はそうだった」

 

「なのに…なんで……」

 

エイレーンは何かを堪えるようにグッと固く口を結び、慌てた様子で目頭を抑えた。

つぅと頬を伝った雫が、アカリの頬をぽたりと濡らす。

 

「また一緒に暮らしましょう…貴方が居なくなったらそれすらも出来ない…」

 

嗚咽と共に絞り出した言葉。

その言葉を聞き取ったアカリは、ゆっくりとその瞳を閉じた。

 

 


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