ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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5.5話. [覚悟]

どれだけ強く激しく燃え上がる炎も、消える瞬間は呆気ない。

最後の最後に一瞬だけ強く光り、嘘のように消えるのだ。

まるで元から存在すらなかったかのように跡形もなく消え、黒い燃えカスをその名残として残す。

 

「いや…」

 

ー まだ行っちゃ…

 

ぐったりと横たわるアカリの顔を、絶望に満ちたエイレーンがじっとのぞき込む。

その背中はいつもより小さく、すぐにでも吹き飛んでしまいそう。

そんなエイレーンの背中を、べノはゆっくりとさすった。

何故そんな事をしたのかべノ自身にも分からないが、今はエイレーンを一人にはしたく無いという思いは確かにそこにあった。

 

「こんなの許せない…」

 

今にも泣きそうな程に、か細い声。

 

「むごすぎます…」

 

言い知れぬ怒り。

表現できない言葉が頭の中をグルグルと回り出す。

 

「人類の負の遺産をこの娘に背負わせただけでは無いですか…」

 

だが吐き出したとしても行き場は無く、その悔しさに、エイレーンはぎゅっと裾を握りしめた。

悔しさに噛みしめた下唇から一滴の血がしたたり落ちる。

 

ポタリ

 

「本当に…ふざけんな…」

 

腹の底からの低くそれでいて静かな怒り。

生まれて初めてみたエイレーンの本気の怒りに、べノは思わず慌てた。

もしかしたら、このまま全員を殺すと言い出すかもしれない。

そんな危うさを秘めた瞳を、エイレーンは確かに持っていた。

自我を失い、殺されるまで止まらない。

闘牛のように荒々しい瞳だ。

 

「おねえちゃん、お願いだから早まらないで」

 

エイレーンの背中を抱きしめたべノは、ただそれだけを言う。

正義の為でも無く、ましてや全人類を助けた先の名誉の為ではない。

何より、今旅立った英雄の為に。

”絶対にここから誰も死なせない”

真っすぐで、単純明快で、それでいて難しい目的。

(こうなったら死ぬまでとことんだ)

 

しかし、その気持ちとは裏腹に、エイレーンはピクリとも動く様子を見せず、二人の間に得も言われぬ緊張だけがピンと張り詰めるだけ。

 

ピッ…。

そんな空気の中、ミサイル着弾一分前を知らせる警告音が響き渡った。

 

「………」

 

「………」

 

無音。

誰も喋らず、動かない。

ただ呼吸の音だけが響き渡るだけ。

そんな静寂を突き破ったのは、エイレーンでも、べノでも無く。

外部からの怒声だった。

 

「何処にいる!!」

 

怒りを孕んだ怒声は、金属を殴る甲高い音と共に響く。

そして、その声はだんだんと大きくなり、やがて近づいてくるであろう声と金属音はその数を段々と多くしていった。

十人、いやもっとか。

 

冷静に聞き耳を立てたべノは冷静に状況を把握し、腰の照明弾に手を掛ける。

 

着弾まで一分を切っている状態。

 

着弾し、成分が彼らに浸透するまで照明弾で耐え抜く。

 

もちろん死者は出さずに、アカリも絶対に引き渡さない。

 

「だれも死なせないからね」

 

べノの覚悟に満ちた声は、けたたましく開かれた扉によってかき消された。

 

〜遡ること2分前〜

 

最高速度で大地を駆けるトラックの荷台は、まさにカオスと言った状況だった

段差の度に荷台はバウンドし、三人の臀部に打ち付け、重厚な金属音がガチャリと鳴る。

 

「あいったぁー!」

 

素っ頓狂な声をあげたヨメミは、それでも構えたライフルのスコープから目を離そうとせずにライフルを構え続ける。

 

大地を円状に走行するという萌実の提案は、中心に集まる空気の渦を作るという目的と、大地を円形にマーキングしてミサイルの着弾地点をより明確なものにする。

そして、欲を言えば牧羊犬のように彼らを囲い込む事が両立させる事が目的だったのだが。

その全ての目的を果たすことはつまり、市民たちにミサイルを直撃させてしまう事と変わりない。

 

その事を察したヨメミは、空中でミサイルを撃ち抜けるようにと射撃の感覚を取り戻す作業に入っていたのだ。

 

「あと2分!」

 

ベイレーンの声にヨメミは銃弾を装填し銃口を宇宙へと向けた。

 

「上手く行けば、空気抵抗の関係で空中で粉々になってくれる、大丈夫だ」

 

そう励ますベイレーンは緊張で顔が強ばっている。

"外せば終わりかもしれない"

ミサイルに搭載されたAIセンサによって自動的に人をさけるようになってはいるが、その現実が脳裏にチラついて離れないのだ。

確実に市民を生きたま無効化し、アカリを死なせない。

そのタイムリミットは2分を切り、もうあとには引けない状況だ。

 

「でも、正直きついかも…相手が動いてるだけならまだしも自分も動いてるから…」

 

「うん」

 

そんなヨメミを尻目に、萌実はもう一丁のライフルに銃弾を装填した。

 

「でも当たる可能性は本当に低いね、照準を冷静に合わせる時間も無いし…」

 

ふう、とため息をついた萌実は、思い出したかのように再び端末の操作を始めた。

 

「ねえ、このトラックに着弾するようにしたら…」

 

ポツリと呟いたその言葉に、ヨメミはにんまりと笑う。

 

「それだったらかなり命中精度は上がるよ」

 

「わかった」

 

「………」

 

もはやベイレーンは何も言わなくなっていた。

なりふり構っていられないという言葉。

それは自分の命も顧みないという意味でもある。

 

ピッ…!

 

緊張にみちた空間に響く、ミサイル着弾一分前アラーム。

つまり、あと一分以内に生きるか死ぬかが決まるのだ。

 

「ミサイルの位置、着弾一分前には高度2万メートル到達」

 

「ライフルの飛距離からして、最後の10秒が勝負だよ」

 

おーけ、と頷くヨメミ。

狙いを定めて引き金を引くには十分な時間ではあるが、しかし短すぎる。

 

「気流は生まれているし一部の人間を除いて大方の人間は円の中心に避難している」

 

ベイレーンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら腹を決めたように言った。

 

「命中率を上げる為に、このトラックを止めよう」

 

いいね。

 

それに呼応するように二人は返事をしたのだった。


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