紅く燃え上がる巨大な火の玉が上空に浮かび上がり、やがて大きな破裂音が鼓膜を揺らした。
空間が歪むほどの大きな爆発。
そして。数秒の間を置いて、高く圧縮されたな空気の壁が砂を巻き上げながら猛烈な勢いで迫ってきた。
目も開けられないほどの強烈な風。
布で素肌を守っても、それでも少し出された素肌にビシビシと細かい粒が容赦なく打ち付ける。
3秒から4秒。
やがて何事も無かったかのように空気の壁は通り過ぎ、辺りは再び静寂に包まれた。
辺りには焦げた匂いと甘ったるい匂いが満ち、黄色い砂の粒子が霧のように立ち込める。
まさに嵐のような出来事に、市民たちも、エイレーン達も呆然と空を見上げた。
一体何が起こったのか、それすらも全く分からない。
そんな特殊な状況に、全員がその場を動く事が出来無くなっていたのだ。
「…こんなの聞いてないぞ…」
ポツリと漏らした宣教師は、焦りにも似た表情でエイレーンとべノを交互に見つめた。
数分前、突然こちらに銃を向けたエイレーンと、エイレーンの頭部に銃口を向けたべノ。
仲間割れとも取れる状況に咄嗟に、動くな!、と叫んだ宣教師。
張り詰めた空気の中、その場の誰もが、誰かが動けば誰かが死ぬ、と瞬時に悟った。
だから誰も動かず。
誰も死ななかった。
、が。
問題はその後だった。
「なんでミサイルを…?」
あの巨大な爆発は、宣教師の知る限り迎撃ミサイルの爆発それと同じ。
つまり、迎撃ミサイルがこちらを狙いすましたかのように放たれたのだ。
(まさか、こちらを殺そうと?)
ふいに現れた疑念に、宣教師はアカリを見た。
青い光に照らされたその顔は、ゾッとする程穏やかで、その穏やかな様子が今はなんだか不気味でならない。
(彼女が、死ぬ前に我々を殺そうと…)
元々あった罪の意識が膨れ上がるのは簡単だ。
そして、その罪の意識がありもしない疑惑を誘発することも。
「…ミライ様に殺される……」
さっきエイレーンが銃口をこちらに向けたのも、ミライ様の指示。
つまりきっと、私は殺してもいい程に恨まれていたのだろう。
何故なら、それほどの事をしてきたから。
一人の少女の自由を奪い、すべての重荷を背負わせてきたから。
「………あ…ああ……私は殺される……それほどの事をしてきたから……絶対に殺される…」
虚ろな目の宣教師は、フラフラと膝をついた。
突然の脱力感と、酸欠の時の頭がふわふわとする感覚。
「ゆるして……」
そんな声が聞こえた気がした。
宣教師でない、誰かの声。
きっと、宣教師の言葉に何かを感じた市民が放った言葉。
「助けて下さい…」
その声は悲痛に満ち、絶望に満ちていた。
「お願いです…」
弱弱しく吐かれた言葉。
その言葉に、優しく答える者がいた。
『大丈夫です、私が貴方達を救いますから』
聞き覚えのある、懐かしい声。
その声に何度励まされ、何度立ち上がった事か。
絶望の末に見た道しるべ。
「ミライ様…」
その声は、確かにミライ様そのものの声だった。
~~~
気がつけば、果ての無い暗闇に包まれた世界に私は浮かんでいた。
宇宙を思わせるふわふわとしたその空間は、上も下も無く、重力すらないように感じる。
言うなれば、熱さも寒さも、そもそも感覚もない宇宙だ。
『気分はどう?』
唐突に脳内に響いた声に、アカリはふと我に返る。
昔から知っているような、そんな声。
その声が、”自分”の声だと気づくのにそう時間は要しなかった。
『状況は理解してますよね?』
「はい」
『では、データ化するのも?』
大丈夫ですと言おうとして、アカリは口をつぐんだ。
まだやり残したことが残っている。
あっちの世界に繋がっている聴覚が、そう告げていた。
”一番辛いのは、残された人なんですよ”
”ゆるして”
”助けて下さい”
”お願いします”
自分に向けられたその言葉が、頭の中でグルグルととぐろを巻く。
(行かなきゃ)
自分に出来る事は、まだ残っている。
「最後にここの世界でやりたいことがあるから…」
だからもう少しだけ待って下さい。
そう言うと、声はただ一言だけ呟く。
『うん』
まるであらかじめ理解していたかのような口ぶり。
『手を貸しましょう』
その言葉はどんな言葉よりも頼もしかった。
~~~
「アカリさん…?」
パチリと目を覚ましたアカリに、エイレーンは困惑と喜びが入り乱れた声をあげた。
死者が蘇った。
端的に言えばそんな異様な状態に、後ろのべノは立ちすくみ、市民たちも思わずぎょっとした表情を見せた。
辺りはシンと静まり返り、緊張が張り詰める。
『まだ、やり残したことがあるので』
不思議と響く声でそれだけ言うと、アカリはゆっくりと立ち上がった。
『今から私たちの世界を元に戻します、そしてその間、皆さんには少しばかり眠って貰います』
『目が覚めれば全てが元通りとは行きませんが、それでも私たちの世界は修復されます』
『元通りになった世界で人として生き抜く、皆さんがしなければいけないのはただそれだけです』
『亡くなった方の分まで、しっかりと』
やがてその身体はぼんやりと淡く光り出した。
「アカリさん…」
うろたえたエイレーンにアカリは悲しい笑みをこぼした。
『皆さん一旦外に出て下さい、ここから先は…』
『私の仕事です』
「………」
”自分の知らない遥か遠くに行ってしまう”
その場にいる全員が、その瞬間に理解した。
だから、その全員が困惑した表情を浮かべた。
、が、それでも出て行かざるを得ない程にその言葉は力強く、覚悟が籠っていた。
『また会いましょう』
全員がエレベーターから降りた事を確認したアカリは、思い出したかのようにそう呟いた。