目を覚ますと、広い倉庫の様な建物の中だった。
床はコンクリート打ちっぱなしで、窓は無く、飾り気のない天井にライトが埋め込まれている。
広さは小学校の体育館程。
喉に違和感を覚えながらも、アカリは身体を起こそうと身をよじる。
、が何故か起き上がれない。
見れば手首が縄でぎちぎちに固められている。
無理矢理起き上がろうと身をよじらせると、締め付けられた手首にズキリと痛みが走った。
「おはよー!起きたんだ」
少女の声が真後ろで聞こえた。
アカリは身をよじらせ、声の主を見上げる。
銀色がかったショートヘアの少女だ、好奇心に満ちた顔でアカリの顔を覗き込んでくる。
アメジストを連想させる紫の瞳が物珍しげに揺れた。
人懐っこそうな笑顔で少女はアカリに話しかけた。
「やっぱり綺麗な金色だね!」
少し鼻にかかった声が嬉しそうに弾む。
(誰だろう?)
アカリの怪訝そうな顔に少女はあっと声をあげる。
「ゴメンゴメン!縄を解いてあげるね」
そう言うと少女はアカリ縛っている縄を解き始める。
「あ、ありがとう…」
アカリは拘束の解かれた手首を回しながら少女を見た。
その恰好は至って普通の女の子の恰好。
アカリはおずおずと少女に話しかけた。
「ここは何処?」
「ゴメン…分かんないんだよね」
少女は申し訳なさそうに謝ってきた。
大丈夫だよ、と返しながら辺りを改めて見回す。
「うん…」
少なくともアカリが今までこんな場所を見たことが無い。
あの白装束の群団にさらわれたと言う事が想像に難くない。
「私さらわれて…」
「うん、キミが運び込まれた時何となく察してた」
「さらわれた人って他にいるの?」
「いるよ、あたしの他にも数人」
「元の場所に帰れた人って…」
「いないと思う、帰れた人は今まで見たこと無い」
アカリは軽い目眩を覚えた。帰れないという現実が突きつけられ、目の前が真っ暗になる。
そんなアカリをたしなめるように少女はでもね、と続けた。
「恰好は怪しいけど盗賊とかじゃないから安心してね」
(どう安心すればいいの…?)
アカリはそう思ったが、言わなかった。
そんな事よりも早く帰りたいと言う思いで頭の中で一杯だ。
居ても立っても居られないアカリは腰を上げた。
、と同時に、けたたましい金属音が響き渡った。
この部屋の唯一の扉が勢いよく開けられた音だと気づいた時には、彼は既に部屋の中に入ってきていた。
「目は覚めたか?」
力強い男の声が室内に響く。
背の高い白装束の男が、カツカツと音を立てこちらに歩いてくる。
浅黒い肌に、少し角ばった輪郭、鋭い目つきと少しつり上がった眉、体躯は標準だが、その肩で風を切る様子から、何だか大きい人のように感じる。
「宣教師様だよ」
少女がコソッと耳打ちしてくる。
宣教師様と言う単語に馴染みは無かったが、その背格好と態度だけで分かるものがある。
彼が白装束での権力者で、彼がアカリを誘拐した原因の一人だ。
理不尽な仕打ちの原因が目の前に立っているのだ。
「元の場所に返して!」
アカリは吠えた。
どうしようもない怒りが奥の方から込み上げてくる。
そんな事を全く気にしない様子で、男はアカリの正面に中腰で座った。
「やっぱり俺の思い描いていたソール様そのものだ…」
「聞こえなかったの!家に帰してください!」
再び吠えると男は驚いた顔を見せた。
「なにを言っているんだ?君の家はここだよ」
まるで話が通じない。
男はまくしたてるように続けた。
「キミはここでソール様の化身として生きるんだ!」
「弱きものに手を差し伸べ、道を作るとソール様はおっしゃられた」
「ソール様の教えを賜った私たちのやるべきことは一つ、弱き者に手を差し伸べる事だ」
一方的な言い方に、アカリの怒りは爆発した。
「うっせえ!いいからとっととエイレーンの所に返せ!!」
「だから」
「おめーの言い分なんて知ったこっちゃねぇんだよ!!」
「あるさ、何せキミはソール様からのお告げによってここに居るんだから」
「んだとぉ?」
「ソール様が教えた通りの所に君はいた」
「なに訳の分からない事を…」
そこまで言うと、男は舌打ちをした。
その目線は隣にいる銀髪の少女へと移ってゆく。
「おいヨメミ」
「なっ…なんですか!?」
声を掛けられた銀髪の少女は怯えた様子で返事をした。
「お前に教育を任せる」
ヨメミは驚いた様子で男を見つめた。
そんなヨメミに男はフンッと鼻を鳴らした。
「明後日までに受戒を教え込め、でないと…」
そこで男は首を斬る仕草をした。
ヨメミの顔がだんだんと青ざめてゆく。
男は満足そうに笑うとソール様の導きがあらんことを、と言い、カッカッと音を立てて扉口の向こう側へと消える。
後に残されたアカリは、茫然とした表情で男のいた空間を見つめ続け、ヨメミが、青ざめた様子で空を見つめていた。