ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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2.3話. [順応と閃き]

「おはようアカリちゃん」

 

目を覚ますと寝起きのヨメミがアカリに声をかけた。

 

「あ…おはよ、ヨメミちゃん…」

 

アカリも寝ぼけ眼でそれに返す。

 

エイレーンのいない朝を迎えたアカリは、落ち着かない表情で体を伸ばす。

 

固く冷たい地面で強張った身体が、バキバキと音を立ててほぐれてゆく。

 

穏やかな朝、とはいかないが静かな朝だ。

 

アカリは金色の髪をサイドでまとめながら間抜けな欠伸を一つした。

 

けたたましい金属音が部屋の中に響き渡った。

 

ぎょっとした表情で音の先を見ると、ドアの奥から白布がこちらに投げられた。

 

白装束と白頭巾が二着ずつ。

 

どうやら着ろという事らしい。

 

二人は渋々上から羽織る形で白装束を着、ついてきた頭巾も被った。

 

頭巾の目の部分しか開いていないからか、傍から見るとひどく滑稽な恰好に感じる。

 

、と、全身が白布で覆われたヨメミが、ふと何かを思い出したようだ。

 

「そうそう!朝礼に出なきゃいけないんだよー!」

 

「朝礼?」

 

「なんか…えーっと……宣教師が外でおはようとかなんとか言うのを皆で聞きに行くんだ」

 

「ええー…もう白い人と会うのはやだよ…」

 

「でも朝礼に行かないと何されるか分かんないから」

 

ヨメミの言葉に渋々と応じるアカリ。

 

唯一の扉から倉庫を出ると、コンクリートで出来た長い廊下が横まっすぐ伸びていた。

 

廊下は同じ大きさの廊下と直角に交差していて、そこをギザギザに辿っていくとやがて大きな一本の通路に躍り出た。

 

「もともとは地下街だったらしいんだけどね、今は白軍団の住処になってるんだー」

 

朝からテンションの高い声に、アカリはそうなんだ、と相槌を打つ。

 

確かに、ここは白軍団の住処らしく周りにはちらほらと白装束が歩いている。

 

彼らの背丈はバラバラで、子供の背丈程の人も歩いていた。

 

「ねえヨメミちゃ…」

 

ヨメミに声を掛けようとしたその時、アカリの腹部から大きな音が鳴った。

 

声を掛けられたヨメミは一瞬きょとんとしていたが、やがてあっはっはと笑いだした。

 

「あ…あああゴメンゴメン!お腹すいちゃって…」

 

アカリは自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

そんなアカリにヨメミはいーよいーよ、と返す。

 

「あたしもお腹すいてるから!一緒だね!」

 

ヨメミの何気ない優しさが、アカリに更なる追い打ちをかける。

 

アカリは気恥ずかしさに、今すぐここから逃げ出したいと思った。

 

そんな思いとは裏腹に、お腹の虫はしぶとく鳴り続ける。

 

少し歩くと目の前に地上に続く紅い大理石の階段が現れた。

 

「この階段を上がった先が集会所だよ」

 

横に広い階段を、周りの白装束達も揃って昇っていく。

 

この先に一体何が待ち受けているのか。

 

「この先かぁ…」

 

白装束に何だか抵抗のあるアカリは行くのをためらった。

 

そんなアカリを、ヨメミはまぁまぁと言いながら引っ張ってゆく。

 

「意外と普通の人達だから大丈夫だよ!」

 

引っ張られながらアカリは憂鬱な気分になった。

 

何しろ彼らに誘拐され、親友とも離れなければならなくなったのだから。

 

しかし、階段を昇りきるとその考えは消え去った。

 

アカリの目に飛び込んできた景色は、その想像をはるかに裏切るものだった。

 

コンクリートで出来たビルが立ち並び、広いアスファルトの道路が横に伸びている。

 

その上を白装束がごった返し、活気に満ちた空間が広がっている。

 

「すごい…!」

 

アカリは感嘆した。全てが消えたと思っていたのに、目の前にその名残が残っている。

 

舗装された道路、大きなビル、そして何よりも、人混みの騒々しさ。

 

それらに人類の底力を感じ、人間の強さと言うものを感じた。

 

突如、カンカン!と甲高い鐘の音が二回響いた。

 

騒々しかった集団が一斉に話を止め、道路の中心に目線を向けた。

 

「おはよう諸君!」

 

男の声が響き渡る。

 

宣教師だ。

 

頭一つ抜けた彼は腕を振るわせながら民衆に声を張り上げる。

 

「ソール様は言われた!崩壊ののちに天使が地上に舞い降り聖告を告げる!天使の聖告を受けしものに希望の灯火が宿り!やがて、我ら人類

の楽園が再び完成すると!」

 

民衆は熱心に耳を傾けている。

 

あれほど騒々しかったのに、今はではシンと静まり返り、宣教師の声だけが響き渡っている。

 

誰もよそ見をせず、ただ粛々と聞くだけ。

 

やがて、宣教師の演説も終盤に差し掛かっていった。

 

「今日もより良い一日となるように、そしてソール様のお導きがあらんことを」

 

集団は一斉に顔の前で手を前に組んだ。

 

右手で拳を作り、左手を上から添える形。

 

アカリも慌ててそれに習う。

 

「An todhchai bheannaigh (祝福された未来を)」

 

宣教師の言葉に合わせ、民衆は三度礼をした。

 

それで朝の集会は終わりらしい。

 

再び騒々しさを取り戻した集団は皆、思い思いの場所に散っていく。

 

「朝ごはんの時間だよ!」

 

そう言うとヨメミはアカリの手を握り、人込みをかき分けて進んでゆく。

 

なにがなんだか分からないアカリは、ただヨメミに引っ張られる。

 

着いた先は大きな鍋だった。

 

鍋から白い湯気があふれ、辺りに良い匂いが漂っている。

 

「朝ごはんは食べた?」

 

声からして女性だろう。鍋をかき回す白装束はアカリ達にそう尋ねた。

 

それに対し、元気な声で答えるヨメミ。

 

「まだ食べてないよ!」

 

「そっちの子も?」

 

「うん!」

 

「じゃあ二人分だね、熱いから気をつけてね」

 

そう言うと、女性は紙コップを取り出し、鍋の中身を注ぎ込んだ。

 

「は~い、どうぞ」

 

「あ、ありがとう…」

 

恐る恐る受け取ったコップは思いのほか重かった。

 

見るとコンソメスープ色のスープに土色の物体が浮かんでいる。

 

「人工肉とねー…あとサプリメントを溶かしたスープだよ」

 

そう言いながらヨメミはビルの壁を指さした。

 

二人はビルの壁に隠れ、顔を見られないようにしてスープを飲んだ。

 

温かいスープは涙が出るほど美味しかった。

 

空っぽの胃が満たされ、ほのかな幸福感に満たされる。

 

ふぅ…と一息ついたヨメミはくしゃりと紙コップを潰した。

 

「じゃあ、受戒の勉強始めようか」

 

~~~

 

勉強会は思いの他早く終わった。

 

「あたし、実は受戒とか知らないんだよね~えっへっへ…」

 

というヨメミのカミングアウトから始まった勉強会だったが、周囲の人への聞き込み、古参の信者への聞き込み、最終的には宣教師の部屋に直接乗り込み受戒を直接聞き出すという強硬手段に出ることで、終了した。

 

「ラックショーだったね!」

 

体育座りのヨメミはしたり顔でガッポーズを決めた。

 

蒼い顔で走り回った事をすっかり忘れているみたいだ。

 

「いや~もう心配だったよ~」

 

肩の荷が下りたアカリも、ふい~とため息をついた。

 

床に散らばった受戒と書かれた紙を綺麗にまとめ、どこに置こうか少し悩んだ末に地面に再び置いた。

 

そんなアカリにヨメミはふと話しかけてきた。

 

「で、さアカリちゃん」

 

「なぁに?ヨメミちゃん」

 

「脱出、どうやってする?」

 

「あ~…脱出ね~…」

 

アカリは少し遠い目をした。すっかり忘れていたわけではないが、少し忘れていた節があった。

 

(今頃エイレーンは心配してくれているかな)

 

「脱出するんだったら車が必要だよね!」

 

「くるま…車かぁ」

 

アカリは少し思い悩んだ。車なんてここしばらく見ていないし、それは果たして使える手なのかと思ってしまう。

 

だが提案者側のヨメミは自信満々な顔だ。

 

何か打つ手立てがあるのかも、とアカリは思った。

 

「どうやって車を手にいれるの?」

 

「ん~…どうやろっか」

 

あ、やっぱり、とアカリは思った。

 

一日中過ごして分かったが、ヨメミにはそういうところがある。

 

「そもそも車ってあるのかな?」

 

「うん、食料調達班の人たちが使っているよ」

 

「食料調達班?」

 

「そう、誘拐班でもあるよ」

 

「げっ!」

 

アカリはしゃがれ声の男を思い浮かべた。

 

彼にはもう関わりたくない。

 

アカリの表情を察してかヨメミもうんうんと頷いた。

 

「そーだよねそうなるよね、あたしも連れてこられたもん、わかる」

 

ヨメミは溜息をついた。先程とは打って変わって憂鬱な顔をしている。

 

「奪えないし~…」

 

「奪えないか~」

 

「奪えないならゆっくり近づいて盗むのはどうかな?」

 

「見張りもいると思うよ?それこそ警戒されちゃったら……」

 

「あ!じゃあさ、食料補給班に入ればいいじゃん!!」

 

アカリの提案にヨメミは目を丸くした。

 

「名案じゃん!」

 

二人は嬉しそうにハイタッチをした。


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