ミライから来た少女   作:ジャンヌタヌキさん

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2.5話. [タッグ戦]

体勢は全ての攻撃を受け流せるように。

 

正中線を守るようにして右手を顎につけ、左手空にかざす。

 

どちらの手も、向こう側に手のひらを向ける。

 

「まずは一匹の時」

 

男は右腕を振り上げ、こちらに突進してきた。

 

「アカリちゃん!!」

 

ヨメミは悲鳴をあげた。

 

アカリは息を吐いた。

 

感覚が研ぎ澄まされてゆく。

 

アカリは指先に神経を張り巡らせる。

 

距離あと1m。

 

アカリは左手を顔の横に引き寄せ、右足で重心そのままに半歩距離を詰めた。

 

男の剛腕が勢いよく振るわれる。

 

アカリは冷静に左腕全体で受けつつ、右足を前に出し、男の懐に入った。

 

突き出した右拳を男の胸部に当てる。

 

(ここ!)

 

アカリは、右足を力強く踏みしめた。

 

右足を踏み出すエネルギーを身体に巡らせ、拳に伝える。

 

(入ったっ!!)

 

打ち出されたエネルギーが、男の芯を捉え、打ち抜いた。

 

「ぐっ…」

 

次の瞬間、男は吹き飛んだ。

 

寸勁(すんけい)

 

―中国武術の技術の一つで、最小の動作で最大の威力を出す技術。ワンインチパンチと

も呼ばれる。運動エネルギーを、対象まで導き、作用することで、対象に力を及ぼす―

 

男は、しばらく倒れていたが、やがてのっそりと立ち上がった。

 

ダメージが全くないように見える。

 

「“今のは”わかりやすかったろう?」

 

アカリは軽く舌打ちした。

 

吹き飛ぶことで、この男は運動エネルギーを全て逃がしたのだ。

 

(動きを読まれていた…いや、そうなるように仕組まれていた…)

 

「次は二匹だ」

 

男はそう言うと、再度右腕を振り上げ、襲い掛かる。

 

アカリもそれに習い、構えた。

 

襲い掛かる右腕を冷静に受け流し、半歩前へ。

 

大地を脚で捉え、カウンターへと移ろうと拳を突き出した。

 

が、次の瞬間。

 

アカリは空を舞っていた。

 

(なっ!)

 

首を前に曲げ、肩部で着地。

 

更に両腕で地面を勢いよく叩き、衝撃を緩和する。

 

しかし、吸収しきれなかった衝撃がアカリの内蔵を駆け巡った。

 

(ぐっ!)

 

予想外のダメージに体が一瞬動かなくなる。

 

慌てて体勢を立て直した時には既に男の左腕が振り上げられていた。

 

(しまっ…)

 

衝撃でジンジンと痛む腕を持ち上げ、構える。

 

来るであろう衝撃に備え、アカリは全身に力を込めた。

 

その時、誰かがアカリの襟首をつかんだ。

 

「っしぉあぃ!!」

 

威勢の良い声と共に、後ろに勢いよく引きずられた。

 

先程までアカリを捉えていた左腕が何もない空間を掠める。

 

「へっ?」

 

驚き後ろを振り向くと、見覚えのある紫の瞳が揺れていた。

 

ヨメミだ。

 

「今度はアタシの番だね!」

 

そう言うとヨメミは前方に躍り出た。

 

左半身を前に出し、一定のリズムで跳躍と着地を繰り返す。

 

ヨメミの動きに、アカリは見覚えがあった。

 

ボクシングだ。

 

男はへらりと笑った。

 

「打撃系ばっかりだな」

 

「………」

 

ヨメミは無言で拳を構えた。

 

先程までの雰囲気とは打って変わって背中は殺気に満ちている。

 

「……!!」

 

先に動いたのはヨメミの方だった。

 

距離を詰め、左ジャブを数発打ち込む。

 

が、男は難なく左前腕でガード。

 

「……」

 

ヨメミは更に強くジャブを打ち込んでゆく。

 

しかし、男は左腕だけで受け流す。

 

ガードは全く崩れない。

 

突然ヨメミが右に体を切った。

 

腕をしならせ、男の左わき腹に右フック。

 

死角からの攻撃に男は若干怯んだ。

 

ガードが少し崩れた。

 

ヨメミは崩れたガードに更にジャブを打ち込んでいく。

 

激しい打撃音が響き渡る。

 

「凄い…」

 

アカリは感嘆した。

 

目の前の少女のテンポの速さが、自分のそれを凌駕していた。

 

全く反撃の隙を与えさせず、男は成す術もなく打ち込まれるばかり。

 

「ッシュッ!」

 

ヨメミの放った左ストレートが男の前腕を弾いた。

 

男のガードが崩れ、隙が生まれる。

 

ヨメミは身体を入れ込み、懐に入り込んだ。

 

「ッ!」

 

左半身を沈み込ませながら左足を踏み込む。

 

身体をバネのようにしならせ、全体重を乗せた左アッパーを男の顎に叩き込んだ。

 

パンッ!…と甲高い音が響き渡る。

 

「入った!」

 

思わず叫んだその声に、答えるものはいない。

 

男は打ち込まれた状態のままピクリとも動かず。

 

打ち込んだヨメミも、左アッパーを打ち込んだ状態で止まっている。

 

両者とも、まるで時が止まったかのように固まっている。

 

アカリは嫌な予感がした。

 

身体の奥の方がゾワゾワする。

 

「はな…せっ…!」

 

ヨメミの苦しそうな声が漏れ出た。

 

よく見ると男の右手がヨメミの左拳を掴んでいた。

 

掴まれたヨメミは逃げようともがくが、男の左手はピクリとも動かない。

 

「体重が足りねぇな…」

 

男はそう言うと、右腕をゆっくりと捻った。

 

ヨメミの左手が内側へと捻られてゆく。

 

それは手首へと広がり、肘、肩がゆっくりと折り畳まれてゆく。

 

「うっぐぅっ…」

 

やがて、ヨメミは膝をついた。

 

圧倒的な筋力差だった。

 

「にゃろぉおおお!!」

 

ヨメミのピンチに、再びアカリは飛び出した。

 

飛び込み、男の喉元に左拳を放つ。

 

男もそれを紙一重でかわし、後方へと後ずさる。

 

開放されたヨメミは息絶え絶えに礼を言った。

 

「あ…アカリちゃん…はぁっ…ありがっ…とっ…はぁっ…」

 

その荒い呼吸から、かなりの体力消耗がうかがえる。

 

アカリは再び構えた。

 

今度は守りでは無く、攻めの構え。

 

(一か八かだけど、やるしかないよね…)

 

「立てる?」

 

「うんっ……はぁ…大丈夫……」

 

「息が整ったらヨメミちゃんに渡すから」

 

「おっけ…」

 

アカリの背中にヨメミの拳が当たった。“頼んだ”と言う事だ。

 

アカリは無言で返事をした。

 

男との距離は5m

 

お互い間合いには入っていない。

 

アカリは慎重に距離を詰めた。

 

力を込め、抜く、込め、抜く。

 

先程とは違う、空手の動き。

 

距離1m。

 

互いに間合いに入った状態だ。

 

「…っ!」

 

男の手刀が、アカリの眼前を掠めた。

 

しかしアカリは動じず、左正拳突きを男の顔面に放つ。

 

男はそれを難なく避ける。

 

(ここ!)

 

アカリは、左足で男の右脚を払った。

 

重い体がバランスを少し崩す。

 

そこへ右上段回し蹴り。

 

足先が男の顎を掠めた。

 

(あとちょっと…)

 

あと一歩踏み込めば…

 

アカリは更に距離を詰めた。

 

右拳、左拳、前蹴りを打ち込むが、全てが腕と足でガードされる。

 

少しずつ下がってゆく男に、アカリは更に距離を詰める。

 

脳裏に違和感が掠める。

 

(どうして反撃してこないの?)

 

突如生まれた違和感は体中を駆け巡り、身体の奥の方で、ゾワゾワと神経を撫でる。

 

(もしかして、これが狙い?)

 

打ち出しかけた右をしまい、アカリは咄嗟に距離を取った。

 

アカリの行動に、男は意外そうな声を出す。

 

「ほお?学習したな」

 

あからさまな挑発だが、これに乗ってはいけない。

 

(冷静に……冷静に……)

 

アカリは再び距離を詰めると、立て続けに右突き、左突きを打ち込んだ。

 

しかし、全てが前腕でガードされる。

 

前蹴りも後ろに下がられ避けられる。

 

アカリは距離を詰めない。

 

ガードに対し、着実にダメージを蓄積させてゆく。

 

どれほど経過しただろうか。

 

呼吸が乱れ始め、動きが乱雑になってゆく

 

アカリの後方から、跳躍音が微かに聞こえた。

 

(そろそろ!)

 

「アカリちゃん!」

 

「あいよ!」

 

上段左正拳突きで男の視界を奪い、アカリは左へ飛んだ。

 

アカリが居た空間をヨメミの左ストレート掠め、男のガードに突き刺さる。

 

「ぐぅっ!」

 

ヨメミの強襲に、男は更にガードを固めた。

 

ガードを正面にして、ヨメミは足を肩幅まで開く。

 

身体を振り子のように揺らし、∞軌道。

 

デンプシー・ロールだ。

 

身体が戻る反動でガードにフックを叩き込んでゆく。

 

重い一撃が何度も何度もガードに打ち付けられる。

 

ヨメミは正面からガードを割るつもりなのだろう。

 

ならば、とアカリは全身の力を抜いた。

 

息をゆっくりと吸い、吐く。

 

ヨメミは最後の力を振り絞るように絶叫した。

 

「うぉぁぁぁあああああっ!!!!!」

 

パンチは激しさを増し、それに伴い音も大きく激しいものになってゆく。

 

やがて、猛攻に耐えきれなくなった男のガードがついに割れた。

 

その一瞬をヨメミは見逃さなかった。

 

身体の勢いそのままに、左アッパーを放つ。

 

アッパーはガードを割り、その先の顎を打ち抜いた。

 

男は激しく仰け反った。

 

が、まだ倒れない。

 

最後の一撃で酸素を使い切ったヨメミは、崩れ落ちながら右に跳んだ。

 

「アカリちゃんっっ!!!」

 

ヨメミの絶叫と共に、アカリも前方へと大きく跳躍した。

 

全てがスローモーションに見える。

 

コンクリートに倒れ込むヨメミも、体制を戻そうとする男も。

 

アカリはゆっくりと息を吐いた。

 

行けっ!!

 

ヨメミの声が聞こえた気がした。

 

右拳を正面の空間に置き、左足で着地。

 

前に出した右足はまだ踏み込まない。

 

やがて、戻り際の男の身体が右拳に軽く触れた。

 

(ここっ!!)

 

触れた拳に一瞬の意識を集中させた。

 

「はっ!!」

 

ダンッ!と右足を踏み抜いた。

 

それと連動して拳が男に突き刺さる。

 

男の身体に叩き込まれた拳が内部を押し出し、奥の奥まで衝撃を与えた。

 

「ごふっ…」

 

男のくぐもった声が漏れた。

 

やった…のだろうか?

 

暫くは固まっていた男だったが、やがて力尽きたかのように両膝をついた。

 

「かっ…た…」

 

それを見届けたアカリは、右拳を突き出したまま、前に倒れ込んだ。

 

緊張から解かれた脚が、ビリビリと痺れ始める。

 

心臓の激しい鼓動が頭の中を響く中、アカリは何とも言えない安堵感に、包まれた。


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