とある少年と救済の戦斧と完成品   作:征嵐

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 「やだ、マスター!!」

 

 リディが叫ぶ。本来は一方通行──僕からリディに魔力を送る機能しかないはずの魔力経路(パス)が唸りを上げ、リディの魔力が流れ込んでくる。パス自体は血管と血流とは違って逆流しても何の問題もないシステムだ。その行為は、完全に僕の命を窮地から救い上げた。

 

 「っ!?」

 

 リディの身体を覆っていたはずの魔導バリアが、リディの身体を覆っていた時とは比較にならない強度を持って()()()()()展開される。魔導バリアというのは、魔剣たちが無意識に、余剰魔力や存在強度を使って自身の周囲に展開している魔導障壁のことだ。上位の魔剣になれば、冥獣の一撃にも耐えうるという。だが、リディのそれは僕の魔力が貧弱すぎるのも相俟って、地面で転んだだけで飽和し傷付くような雑魚っぷりだった。それが、何百倍、下手をすれば何千倍になろうかという強度を持って展開された。

 

 「うわっ!?」

 

 空間と冥獣の腕が衝突し、金属音を鳴らす。先の爆風とは比較にならない衝撃が伝わるが、それは所詮「音」の域。ダメージにはならない。

 

 「よし、いいぞリディ!! このまま──」

 「逃げて、マスター···。」

 

 振り向くと、リディが崩れ落ちる瞬間が目に写った。崩れ落ちる、というのは、膝から、とか、地面に、という意味ではない。文字通り、身体が蒼色の粒子となって崩れて行くのだ。

 

 「──は?」

 

 直感的に悟る。これは、駄目なやつだ。起こった現象を説明するなら、ただ「魔核崩壊」の一言で終わる。魔剣使いなら忌避して然るべき、最悪の事態。へっぽこにすら成れないなんちゃって魔剣使いの僕でも知っているその現象は、人間で言う死と大差ない。記憶の消失、経験の喪失。培った技術も練度も無くなる。ただ存在強度は人と比較にならないほど強いため、存在が消失することはない。──生きた死体となる、と言ったのは何代か前の魔王だったか。

 

 「なんで、だよ···。傷を受けた訳じゃないのに···!!」

 

 魔剣の本来である魔核が損傷するのは、魔核を守る()()である魔剣使いや、武器の外装、魔剣少女の肉体が限界まで削られた時だけだ。その、はずだ。

 

 「もう、マスターってば。そんなことは良いから、逃げてって···」

 「そんな、こと···」

 

 彼女の言葉が最適解を告げていることは分かっている。なんなら身体が徐々に本能を取り戻し、この場から全力で逃げ出そうとしている。

 

 だが、それは普通に考えれば分かる。無理だ。魔核は崩壊を始めると、魔核の耐久力が尽きる前に60秒から300秒で自己保存プログラムを作動させ、強制的に稼働を停止する。これは魔剣本人の意思でも魔剣使いの意思でも止められない。魔核は魔剣によってそれぞれ異なるから、当然その耐久力も差異がある。リディのような弱い魔剣では、もうそろそろ限界のはずだ。そして、リディの魔核が停止すると、僕を覆っているリディの魔導バリアは消失し、また無防備になる。そうなれば一撃で死ぬ。

 

 「マスター···。」

 「あぁ、もう!!」

 

 リディを抱いて──はちょっと身長的に難しいので、負ぶって走り出す。多少のタイムロスはあるが、見捨てて行くことなんてできない。もしここでリディを見捨てて逃げ仰せても、僕は罪悪感で自殺するだろう。

 

 背後で何度となく衝突音が響く。それを気にしないように脚を動かし続ける。目的地は天然の要塞──とまでは行かないが、天然のダンジョンぐらいには冥獣の足を止めてくれそうな例の森だ。

 

 駆ける。駆ける。駆ける──。やがて木々の間に身体を滑り込ませた時には、もう背後から衝撃は伝わってこなくなっていた。

 

 「た、助かった···?」

 

 腰を下ろし、リディを抱きしめる。どんどん崩れていく身体は、もうあと数分と保たないだろう。

 

 「くそっ···」

 

 呟いた瞬間、視界を埋める木々が一瞬にして大鋸屑へと粉砕された。一気に通った視界に映るのは、動かない表情に嘲りの笑みを浮かべた冥獣。どうやらワンドメイス型のくせに、魔法まで使える個体らしい。

 

 「ふざ···ふざけるな!!」

 

 慌ててリディを背負い直し、森の奥へと駆ける。ちらりと背後を見てみれば、ゆっくりと、嬲る遅さで冥獣が追ってきていた。冥獣とは古代の兵器であり、感情も嗜好も持たない筈なのだが、さて。一体どういうことなのか。

 

 一定距離を走り、完全に冥獣の視界を切ったタイミングで、遮蔽物たる木々が爆砕される。鬱蒼と茂る木々や蔦は、こうなっては僕の体力を奪う要因でしかない。件の祠に近づくに連れて、僕たちがついさっき通ったお蔭で蔦が払われた道になる。走りやすくなる──が、走りやすさで言えば冥獣が圧倒的に有利。なんせ邪魔物を端から吹き飛ばしているのだから。

 

 「くっそ···うわっ!?」

 

 スタミナ切れのせいで走るペースが落ち、遂に冥獣が放つ爆破術式の余波を受けてしまう。子供の体重とはいえ二人分だが、僕とリディは易々と吹き飛んだ。リディを抱き締めて庇うと、魔導バリアで地面を削りながらごろごろと転がる。狐狩りは、(僕達)の負けで決着した。

 

 「くそ···何でだよ···なんで···誰か···教えてよ···誰か···助けてよ···。」

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 彼女の封じられた知覚能力に、僅かな隙間が出来た。先の大戦で暴走した折、天界の"神"に魔核を封印されてからどれだけの月日が経ったのか。嘗て天界勢力にほぼ単身で挑んだ主は無事なのか。彼女はそれだけを考えて意識を繋いできた。視覚も聴覚も触覚も味覚も嗅覚も、外的情報の一切を遮断された状態で、それだけを考えて正気を保ってきた。幾奥の時を経て戻ったのは、ほんの数メートルの範囲を知覚するだけの処理能力。全盛期とは比較にならない雑魚さだ。

 

 だが、そんなことは彼女にとって些事だ。彼女の能力が戻る条件はただ一つ。主からの魔力が供給されること。

 

 (あぁ、マスターさん···。無事だったんですねー···。)

 

 思いを口に出すことは出来ない。そこまでの力は戻っていない。それに、彼女の僅かな知覚能力は、主の変化を正確に感じ取っていた。

 

 (あぁ、そんな···それは、なんて救えない···)

 

 自分だけでなく、主も大きく力を削がれている。記憶もかなり怪しいだろう。その事実を裏付けるのが、記憶にあるものより圧倒的に質でも量でも劣る魔力。だが。

 

 (たとえ魔力が衰えようと、魂すら変化しようと、私たちが貴方の本質を見紛うことはありません。どうしようもなく"救いたがり"で、どうしようもなく"救われない"···私たちのマスターさん。)

 

 だが、少年は違う。僅かに焦った様子で彼女の周りに蔓延る蔦や雑草を除けると、足早に知覚範囲外へと去ってしまった。少年が離れることで、彼女に供給される魔力もみるみる減っていく。また無音の暗闇に戻った知覚の中で、彼女は歓喜の笑みを浮かべた。

 

 

 

 彼女がひとしきり歓喜に耽っていると、また知覚範囲が戻ってきた。だが、彼女の表情は優れない。敬愛する主は、どうやら敵に追われているらしい。何たる不敬かと、彼女は端整な容貌に憎悪を宿す。そして、それを倍して強く願う。どうかただ一言、私を呼んでくれと。その一言で、私は()()()()。ただ最愛の主が殺されるのを見殺しにするのではなく、在るべき姿として、貴方を守れる。

 

 だから、どうか──

 

 『──誰か···助けてよ···』

 

 ──パスワード認証:魔核の限定覚醒を承認。封印術式を無力化···成功。

 

 ──魔核の稼働を開始。覚醒状態を終了。魔力結晶体(肉の器)を形成。

 

 ──魔剣『ジャガーノート』 顕現。

 

 

 「えぇ、良いですよマスターさん。私が救ってあげますよー。この、つらーい現実から。」

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 僕が遣り場のない内心を口に出したとき、予期せず答えが返ってきた。瀕死のリディではなく、もっと活発で、そして歓喜を多分に含む、だけど棒読みの、なのにどこか心地いい声が。

 

 何奴、という声を上げる間もなく、地面を陥没させる踏み込みを初動として()()()が動く。動体視力ギリギリの速さで飛び出したその少女は、白磁の肌と黒い髪を、白いナース服と黒のカーディガンで包み、背丈を超えるサイズの戦斧を携えていた。

 

 「そーれ。」

 

 気の抜ける掛け声と共に一閃された戦斧は、冥獣が防御に翳した腕を一撃で切り落とした。だが、相手は弩級の兵器。動揺することなく、残った腕で少女を横殴りに叩き伏せる。例えガードしようと、運動量だけで人間が木っ端微塵に爆砕される一撃。それを、少女は戦斧を片手で掲げ、全く後退することなく受け止めた。

 

 「私のマスターさんに攻撃して···生きていられると思ってるんですかー? だとしたら、私でも救いようが無いお馬鹿さんですねー?」

 

 何度も振られる豪腕を作業の如く受け止めながら、少女が嘲る。声音から伺える感情には、嘲りの言葉にも関わらず嘲笑が含まれていない。僕ならば向けられただけで失禁──いや、失神するであろう濃密な殺意。その根源たる憎悪。その二つだけ。"マスターさん"が誰を指すのかは分からないが、取り敢えず感謝だ。助かった。

 

 「···片腕が無いから仕方ないとはいえ、単調ですねー。もう飽きちゃいましたしー···そうですねー、()()の言葉を借りてー、こほん。()()()()()()()()?」

 

 少女が大きく戦斧を振るい、今まで受け止めるだけだった冥獣の攻撃を弾く。腕を大きく振られた冥獣が体勢を崩す。

 

 「ブレイク···、今だ!!」

 「もう愚かさを晒す事もないように、救ってあげますねー。」

 

 冥獣が大きな隙を見せたことに興奮し、叫ぶ。

 

 少女に魔力が満ちていく。魔剣使いであれば、その様子に目を見開かざるを得ないだろう。彼女は、大気からマナを取り込み、オドへと変換していた。そのまま魔力を破壊力へと変換し──放つ。

 

 

 

 BLAZEDRIVE:ディヴァインフロート

 

 

 

 ブレイズドライブ。大量の魔力を消費する代わりに莫大な威力と強力な付与効果を発揮する、魔剣ごとに固有の切り札。魔剣使いから供給される魔力では、その大半を顕現に使うこともあって到底足りないため、何度も敵を斬り、相手の魔力を奪って放つしかない大技。それを、彼女は単身で、世界の魔力(マナ)を利用して撃ち放った。それが意味するのは、彼女はマナが尽きない限り──つまり、無限にブレイズドライブが撃てるということだ。厳密にはマナは無限ではないが、世界に空気と同量かそれ以上に満ちているものを完全に使い切るなど不可能。事実上の無限資源だ。

 

 終幕の一撃を受け、冥獣が身体を黒い粒子と化して消えていく。後には何も残らなかった。ドロップ品がないとかなんなの? と、毒吐く余裕はない。今にもリディが腕の中で消え行こうとしているのだから。

 

 「マスターさん、その子は···?」

 

 救済者、命の恩人たる少女が何事か話掛けてきたが、全くといっていいほど聞こえなかった。冥獣という脅威が消え去ったことで、それだけリディの観察に集中出来た。

 

 「くそ···どうなってるんだ···?」

 「──ねぇ、そこの魔剣使い。」

 

 だが、その集中も一瞬で途切れた。絶対に無視できない存在感が背後から押し寄せてくる。その圧迫感に全身を震わせたとき、声が掛けられた。高い、鈴を鳴らすような少女の声。 敵意の類いこそ発していないものの、無視をすることは生存本能が許さない。

 

 「その魔剣を助けたいのなら、今すぐにその子を渡しなさい。」

 「···なに?」

 

 強大に過ぎる存在感に似合わぬ声を聞き、振り向く。腰を下ろした僕を上から睥猊するのは、銀髪赤目の少女だった。そして、僕は──いや、魔界に住まうものなら誰でも、その少女のことを知っていた。魔界において屈指の強者にして、たったひとつの(ユニーク)称号を冠する少女の名は。

 

 「『司書王』ロルリアンレット陛下···!?」

 

 




 ジャガノ&ルナはいいぞ。グラムが出るのはもうちょっと先かな。
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