とある少年と救済の戦斧と完成品   作:征嵐

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 その後、司書王陛下は僕とナース服の少女を連れて転移した。複数人での空間転移という大魔法を、事も無げに行使したことに対する驚きが薄れるより早く、視界が一変する。目に映るのは、木は木でも加工されたもの。大量の本棚と本。本の森だ。

 

 「ここが、世界図書館···? いや、そんなことより早くリディを···!!」

 「分かっているわよ、早くこっちに寄越しなさい。」

 

 尊大な語調と違い、司書王陛下の態度はどこか丁寧さの滲むものだった。病人(?)に対する扱いとしては当然なのかもしれないけれど。

 

 司書王陛下は何処かの城の大広間にでもありそうな長テーブルの一つにリディを乗せると、素早く何回か魔法を使った。そして、徐に緑色の宝石を取り出すと、それをリディの上で砕いた。司書王陛下の握力がどれ程のものなのかは知らないが、魔石と思しき宝石を片手で砕けるのは何かしらの魔法を使っているからか、或いは砕けやすい性質の魔石なのか。

 

 「···まぁ、取り敢えずこれで崩壊は止まったし、魔核の損耗も回復したわ。」

 「あ、ありがとうございます。司書王陛下···!!」

 

 跪いて礼を述べる。司書王陛下も、僕の隣のナース服の少女も複雑そうな表情をしていたが、何かおかしいだろうか。···いや、それはさておき。

 

 「司書王陛下、あの、どうしていきなりリディの魔核が···? なんの攻撃も受けてないのに。それに、君は一体誰なんだ? さっき、一瞬だけど僕と魔力経路(パス)が繋がってるのが分かった。君は···僕と契約した魔剣なのか?」

 

 ナース服の少女と司書王陛下が顔を見合わせる。もしかすると、二人は知り合いなのだろうか。リディの無事が確定して落ち着いたことで冷静になり、さっきナース服の少女が言っていた「マスターさん」というのがどうやら僕を指すらしいという事は分かったが、それに至る経緯が謎だ。少なくとも僕はこんな強くてかわいい魔剣と契約した覚えはない。

 

 「落ち着きなさい、魔剣使い。順番に説明するから···マリー、紅茶を入れて頂戴。」

 「畏まりました、お嬢様。」

 「うわっ!?」

 

 いきなり司書王陛下の隣に栗毛のメイドさんが現れ、驚きの声を漏らす。跪いたままだが、上体がビクッと震えるレベルで驚いた。

 

 メイドさんが何処かへ消えると、司書王陛下がナース服の少女に向けて口を開いた。

 

 「貴女は、魔剣使いに自己紹介をしなくていいの? 彼は私の事を知っているようだけれど、貴女の事は覚えていないみたいよ?」

 

 うん? 何か、今のセリフは···

 

 「そうですねー。では、改めて。···私はジャガーノート。貴方が救いを与えるための魔剣。よろしくお願いしますねー、マスターさん。」

 「あ、どうもご丁寧に···。でもジャガーノート、今は僕とパスが繋がってないよね?」

 「あぁ、それはですねー?」

 

 ジャガーノートは、自分は特異な魔剣で、マナをそのまま自分の魔力に変換して使う事が出来るから、極力僕に負担が掛からないように──というのは建前で、実際は今の僕の魔力では顕現に必要な最低量すら調達できないから、その特異性を利用していると語った。──大変申し訳ないです。「今は」というからには、きっと成長すると信じているから。頑張るから···。

 

 「···それで、この子の魔核が崩れた理由だけれど。まぁ分かりやすく言えば栄養失調ね。」

 「栄養失調?」

 「えぇ。魔力欠乏でも良いわ。この子、貴方に向けて魔力を逆流させたのでしょう?」

 

 見ていたかのような言い方に驚く。こくこくと頷くと、司書王陛下はため息を吐いた。

 

 「良い? 魔核とマスターを繋ぐパスは、血管のように逆流したからといって死にはしないけれど、本来一方的なものなの。それは魔核もそう。魔核は、マスターから魔力を受け取る受容体でもあり、それを効率よく燃焼させてエネルギーに変える細胞でもあり、エネルギーを武装や肉体に行き渡らせる心臓でもあるの。一番魔力が必要な場所なのよ。···そして、それを絞って魔力を逆流させた。その行動がどういう結果を引き起こすかは、もう分かるでしょう?」

 

 心臓から、血液を絞り出す。魔導バリアを持続的に張り続けるために、ずっと。

 

 口の中が渇き切った。自分の意思では不可能な行為だ。心筋は不随意筋だからという以前に、生存本能が大声で拒否する行為。

 

 「ありがとう、リディ···。助かったよ。ありがとう···。」

 

 テーブルに寝かされたリディの下まで、ふらふらと歩み寄る。司書王陛下は、僕が立った事を咎めなかった。もともと跪かれる事に困惑を覚えていたようだから、慣れていなかったのかもしれない。──いや、魔王の一人が傅かれることに慣れていないなんてあり得ないのだけれど。

 

 僅かに乱れたリディの髪を撫で付ける。小さく寝息をたてる身体には、なんの欠損もない。

 

 「良かった···。」

 「マスター···。」

 

 寝言で名前を呼ばれ、つい「なに?」なんて返してから苦笑する。

 

 「···ご飯抜きね···むにゃ···。」

 

 苦笑が真顔に変わった。

 

 クスクスという控えめな笑い声が背後から2つ聞こえてくる。振り向くと、司書王陛下とジャガーノートが忍び笑いを漏らし、ティーセットを載せたトレーを持ったメイドさんが、こちらは声を出さずに表情だけで笑っていた。なんだよぅ···。

 

 「まぁ、もう遅いし貴方は寝なさい。マリーに案内させるわ。その子と、この魔剣とは少し話があるから、終わったら返すわ。」

 「···わかりました。」

 

 ふん。もういいもん。ふて寝だふて寝。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 メイドと少年が図書館から出ていったのを確認したロルリアンレットは、まず紅茶に口を付け、立ったままのジャガーノートに掛けるように示した。向かい合って座ったジャガーノートの表情も、ロルリアンレットの表情も優れない。紅茶が不味いのではない。メイド──ププッピマリーの入れる紅茶は格別だ。戦闘能力だけでは、司書王のメイドは務まらない。

 

 「どうかしら、今の気分は?」

 「最悪ですねー。マスターさんの衰えぶりを見ても、貴女に跪づくマスターさんの姿もー。」

 「あれは私も驚いたわ···。どうやら、能力どころか記憶まで制限されているようね。」

 

 互いに紅茶を煽る。カップの半分ほどを空けると、また口を開いた。

 

 「これからどうするの? 復讐でもする?」

 「マスターさんの能力がここまで下がっている状況でですかー? かの司書王とは思えない愚考ですねー。」

 「言ってみただけよ。」

 

 言ってみただけ、とは言うが、その行い自体が平時の彼女らしくないことに、ロルリアンレットは気づいていない。

 

 「今の彼の限界は?」

 「あと1人···三人同時に魔核稼働(アンロック)出来れば良い方でしょうねー。能力強化も、100%ぐらいが限界じゃないですかー?」

 「そっちこそ、かの剣王神とは思えない劣化ぶりね?」

 

 すぅ、と、ジャガーノートの目が細まる。殺気が漏れる寸前で、ロルリアンレットがそれを霧散させた。

 

 「ごめんなさい、言い過ぎたわ。」

 「まぁ、良いですよ。マスターさんの魔剣を救ってくれたこともありますしー。」

 

 表情を崩したジャガーノートがカップに口を付ける。残りを全て飲み干すと、ソーサーに戻して立ち上がった。

 

 「これからのこと、彼に聞いておいて貰えるかしら?」

 「いいですよー。私もそれは知っておきたいですしー。」

 

 ジャガーノートがリディに歩み寄る。身体を揺らすと、すぐにリディの目が開いた。

 

 「···。」

 「やっぱり、起きてたんですねー。」

 「魔剣が睡眠を必要とする訳がないでしょう?」

 

 ロルリアンレットの突っ込みは正当なものだが、この場においては不正解だ。確かに魔力が供給される限り無限に行動できる魔剣は、疲労回復としての睡眠は必要ではない。だが、彼女たちのマスターの貧弱な魔力では十分ではない。特にリディはジャガーノートのようにマナを吸収して動力源には出来ないから、魔核の稼働を最低限に留めるためには、擬似的な睡眠状態になるのがベストだった。実際、冥獣から逃げている間はずっとそうしていた。

 

 「あなたはだれ?」

 「私はジャガーノート。マスターさんの魔剣ですよー。怖くないですよー。」

 「···マスターが他に魔剣を持てる訳ないよ。マスターの魔力は──」

 

 控えめに言ってクソ雑魚ナメクジだが、流石にそれを口にするのは憚られた。

 

 「私はー、マスターさんから魔力の供給を受ける必要が無いんですよー? というかー、マスターさんのスキルがあればー、あなたも()()じゃないとおかしいんですけどねー?」

 

 理解できない不思議なものを見る目で、ジャガーノートがリディを見据える。リディはそれに怯むことなく

 

 「私は···マスターにとって特別なんだよ。」

 

 と、本人にしてみれば納得の行く、そしてマスターの少年にしてみれば「いや、僕の魔力を食わなくていいなら是非そうして欲しいんだけど」という答えを返すべきセリフを吐いた。

 

 「へぇー?」

 

 ジャガーノートの声に冷たいものが混じる。かつての仲間に「貴女にはヤンデレの素質がありますよ。」と言われた彼女の目が細くなっていき──やがて、笑みの形を取った。すわ戦争かと身構えたロルリアンレットが拍子抜けしたように肩の力を抜く。

 

 ジャガーノートの掌を中心として空気が揺らぐ。空気中の魔力が不自然に凝縮されているのが原因だろう。

 

 「ちょっと?」

 「···なーんて、冗談ですよー。」

 

 ロルリアンレットが制止すると、ジャガーノートはあっさりと魔力を集めるのを辞めた。

 

 「マスターさんの魔剣同士がー、殺し合う訳ないじゃないですかー。」

 「内輪揉めの余波でで国一つを滅ぼした勢力が、一体何を言っているのかしら?」

 「あぁ、『鬼ごっこ』した時のことですかー?」

 

 ちなみに、『鬼ごっこ』は文字通り『鬼ごっこ』だ。ジャンケンで鬼を決めて、犠牲者を追いかける。タッチされたら交代するアレだ。

 

 「あれはー、ジエンドちゃんがー、アブソちゃんから逃げる為にー、全力を出したりするからでー···」

 「···まぁ何でもいいわ。」

 

 懐かしい記憶を掘り起こされたロルリアンレットは、残った紅茶を全て飲み干した。

 

 

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