目覚めると、目の前に顔があった。にこにこと笑いながら、僕を見つめる顔が。
「あのー、ジャガーノートさん? 何やってるの?」
「観察ですよ、マスターさん。」
何の? 僕の?
「マスターさんマスターさん。」
「なに? ···いや、取り敢えず退いて貰える?」
意外にも素直に僕の顔を覗くのを辞めたジャガーノートは、上体を起こした。のだが。
「そういえばそういう状態だった··」
現在の状況を説明すると、まずベッドの上にはいくつかの層がある。一番下がマット、次に僕。その上にジャガーノートが居て、上からかけ布団が被さっていた。そして、僕の上で伏せていたジャガーノートが上体を起こしたことで布団が除けられ、裸体が露となったのだ。──ちなみに、裸なのは僕だ。誰得? いや、パンツはちゃんと履いている。が、土や汗で汚れたシャツとズボンは、洗濯してくれるというマリーさんの厚意に甘えて預けたのだ。
「服ならそこですよー?」
「あ、うん、ありがとう···。」
ベッド脇の小さなテーブルに、ピッチャーとコップと並べて、綺麗に畳まれた僕の服が置いてあった。
「で、ジャガーノート。リディは?」
「あぁ、それならー···」
服を着終えて、もう1人の魔剣の所在を聞く。ジャガーノートが答える前に、ドアが何の前触れもなく開かれた。バタン!! と、派手に音を立てて。気品あるロルリアンレット世界図書館に相応しくない挙措。そんな行動を取るのは1人しかいない。
「朝ごはんだよ!! マスター!! はやくはやく!!」
リディだ。
◇ ◇ ◇
もう大丈夫なの? と問うのが最大級の愚行である事を行動で以て声高に主張するリディに連れられて来たのは、まるでお城の大広間のごとき食堂。長いテーブルの上座には、既に司書王陛下が座している。いや、お城の食堂になんて行ったことはないけれど。
「おそよう、魔剣使い。」
「おはようございます、司書王陛k──」
「──ストップ。」
頭を下げようとすると、司書王陛下から「待った」が掛かった。怪訝な表情を浮かべる間も無く、次の言葉が届いた。
「仰々しいのは嫌いでね。いちいち鬱陶しいのよ。ロールで良いわ。敬語も止めなさい。」
「分かったよ、ロール···?」
不敬だとか首が飛ぶんじゃないかとか、そんな心配が過るより先に口が動く。何故か、その言葉は言い慣れた挨拶のごとく滑らかに、そして長年会っていなかった友人の名のように懐かしい響きだった。
「それで良いのよ。さぁ、朝食にするわよ。」
「あ、うん。えっと···」
用意された席は上座を除いて5つ。それぞれの椅子が5メートルほど離れて配置されている事から、いかに長大なテーブルかが伺える。真っ白なクロスには、一辺のシワもない。···もしかして、このテーブルの天板、一枚の板で出来てる···いやいや、まさかね?
「どうしたの? お前の席はそこよ。」
ロールの右手側、一番近い場所を示される。素直に従うと、程なくしてマリーさんが料理を運んで来てくれた。
「パンうめぇ!! スープうめぇ!!」
「黙って食べなさい···」
怒られたでござる。食事も食事場も豪華だからね、テンション上がるからね。仕方ないね!!
ひとしきり舌鼓を打ち終えると、食後の紅茶が出てくる。昨日は「お前は寝ろ」と言われて飲めなかったそれを一息に飲み干して、即座にお代わりを要求する。紅茶うめぇ!!
「それで?」
「え? 何が?」
いきなり話を振られ、なんの事かと戸惑う。ロルリアンレットは怪訝な表情を僕の隣で紅茶を飲んでいるジャガーノートに向けた。ジャガーノートはその視線を受け──「てへ?」とでも言いそうな顔を作った。
「聞いておけと言ったでしょう···はぁ。まぁいいわ。ねぇ魔剣使い。」
「なに?」
「お前はこの先、どうするの?」
──あっ。
「お前、まさか忘れて···?」
「い、いやいやいや、ちゃんと思い出したよ!?」
「つまり今の今まで忘れていたのね···。」
ぐふっ。そうです···。
それはさておき、真剣にどうしようか。村は壊滅、家もない。頼れる人どころか知り合いは悉く死んだ。村の外にネットワークは無いし···ふむ。詰んだ?
「ねぇ魔剣使い。」
「なに?」
ロルリアンレットは、ニヤリ、と、そんな擬音が相応しい不穏な笑みを浮かべた。
「私に良い考えがあるわ。」
◇ ◇ ◇
「で、これが『良い考え』なの?」
「えぇ。公務員扱いだし、基本給も高いわよ? 最高の職場じゃない。」
「基本給に危険手当が入ってるからじゃないのかなぁ···」
ロルリアンレットに連れられて来た建物は、魔界屈指の大都市ユグドラシルにおいてもかなり大きい部類に入るだろう。白亜の壁に鋼の門を備えたその建物は、俗にこう呼ばれる。「E.D.E.N. ユグドラシル支部」と。ロルリアンレットは、こう言っているのだ。「勇者になれ。」と。
魔界において、"勇者"という単語が指すのは、お伽噺に出てくる一騎当千にして万夫不当、不撓不屈の英雄ではない。もっと現実的な、言うならば「対魔剣の魔剣使い集団」だ。魔剣絡みの事件や魔物の討伐などを行う、宗教国家エデンが作り上げた組織。似た組織には魔剣使いが集まって作られるギルドがあるが、こちらは民間組織だ。命令無しに自由に動けるが、国や王からの援助というものがない。
「貴方が訓練をするにはちょうど良い場所よ。良かったわね?」
「いや、でも僕まだ子供だし···」
「そこは安心なさい。予め、E.D.E.N.上層部に手を回しておいたわ。」
ロルリアンレットは、今度は「ドヤァ···」という擬音の付きそうな笑みを浮かべた。くっ···仕事が早い···。
「あ、そうそう。」
「なに?」
これ以上まだ何かあるのか? と、表情だけでなく声にも出して問う。
「E.D.E.N.の情報を集められるだけ集めてきて貰えるかしら?」
「スパイじゃないか!!」
なんなんだよ···もう···。
◆ ◆ ◆
そして、あれから半年。基礎研修過程を終え──裏口入社だが保証されているのは「入社」までで、ちゃんと最下階級からのスタートだった──やっと実地研修が始まった。
「と、言うわけで。私が貴方の上官になったマーガレット·サパンウィードよ。よろしくね。」
金髪をポニーテールに結った女性が、肩を露出するように改造した白い制服に身を包み、僕の前に立っている。砕けた敬礼に、こちらはしっかりと答礼する。なんせ、相手はA級の大勇者だ。
「よろしくお願いします。えっと、マーガレットさんって、
「ん? まぁ、多分そうじゃないかな?」
マーガレット·サパンウィード。『白崋迅嵐の剣姫』の称号を持つ才媛だ。慎重に運用した方がいい大戦力だが、他国の中枢都市で後進の育成とは、また面白い使い方だ。
「君のことは聞いてるよ、
彼女が口にしたのは、予めロールが作っておいたらしい偽の戸籍に載った名前だ。どうして偽物なのかというと、どういう訳か「本物の」僕の戸籍が見当たらなかったかららしい。僕の記憶と関係があるのだろうか···?
「でも、特別扱いはしないよ? ま、それはもう分かってるだろうけど。」
それはもう。基礎研修過程で先輩方にボコボコにされましたから···。ジャガーノートが自分で戦う訳にもいかないし──と、言うのは、そもそも「魔剣少女が魔剣を持って戦う」というのが異常だからだ。自分で自分を使って戦うことの何処が可笑しいのかと思うが、そもそも、彼女たちは「剣」···つまり、「武器」なのだ。武器、兵器の本質は、「敵の排除を効率化する」ということにある。排除するのはあくまで
で、「じゃあ、ちゃーんと私を使ってくださいねー?」と言われて、身長以上に長く、体重以上に重い戦斧を渡された訳だが、当然のように、思うまま振るえる訳もない。なので、色々と(これにはロルリアンレットの権力も含まれる)誤魔化して、なんとか基礎過程を終えたのだ。
「今回の任務は、初回ということもあって都市内部のパトロール。ツーマンセルで行動するわよ。貴方のペアは当然、私ね。」
「はい。それで、コースは?」
パトロールの順路を訊ねると、彼女は朗らかに笑って
「気分よ」
と宣った。
◇ ◇ ◇
「あー、もう!! うざっ···たい!!」
「落ち着いて!! 殺さないように!!」
ユグドラシルの路地裏に、僕とマーガレットさんの声が響く。「次こっちー、じゃあ次はこっちー。」なんて、本当にその時の気分で道を選んでいるかのような気軽さでフラフラと彷徨ううちに、迷い込んだ路地裏で麻薬の密売の瞬間を目撃。「背後から襲われないうちに、とっとと取り押さえちゃうわよ!!」というマーガレットさんの一声で戦闘が勃発。想定外なことに、相手も魔剣使いだったため戦闘が長引き──今に至る。
「ジーク君、魔剣を出して!!」
「ちょっと···路地裏では···無理ですっ!!」
マーガレットさんが、道中で思い付いたらしい僕の(偽名の)渾名を呼び、指示を出す。E.D.E.N.支給の直剣で、回避主体のスタイルで戦っていては、短剣型の推定Bランク級の魔剣を持つ密売人を制圧できない。マーガレットさんは早々に買い手を制圧し、今は僕の戦闘を見守っている。危なくなれば助けに入ってくれるだろうが、ここでもし「基礎過程からやり直し」なんて評価を付けられでもすれば笑えない。もうロールには「実地研修が始まる」って連絡しちゃったんだから。
「オラァ!!」
「ぐっ!?」
密売人の男が喚声を上げ、短剣を投擲する。ガードを抜け体幹に向け正確に飛来した短剣を、左手で咄嗟にガードする。掌に深々と食い込んだが、これで相手は素手。勝った──!!
「
「貰った──っ!?」
右手で剣を持ち、全力で刺突する。身体の動きに沿って後ろに流れた筈の左手が、不自然に引かれる。
「なっ!?」
左手に付き立ったままの魔剣の性質は──使用者の手の中に戻ること!? 不味い、姿勢が崩れて、ガードが···!?
とは、ならないんだな、これが。
やたらと戻ろうとする力が強いらしく、僕の体を引きずる左手の短剣を軸に、思いっきり身体を寄せる。そのまま今度は左腕を伸ばし、男との距離を強引に詰め、魔剣が引き寄せられる分の運動量に上乗せして──もう一回、刺突!!
「う、りゃぁぁぁぁ!!」
めちゃめちゃ痛いぃぃぃぃ!!
E.D.E.N.支給の直剣が、正確に男の喉を穿つ。ふぅ、なんとか勝った···。
「お疲れ様、ジーク君。」
「マーガレットさん、ありがとございます。」
ゆっくりと歩いてきたマーガレットさんは、激痛を発している左手を取って、包帯で止血をしてくれた。まだ痛い。
「はい。とりあえず血は止まるだろうから、死にはしないわ。」
いや、まだめちゃめちゃ痛いんで鎮痛剤とか貰えませんか? 多少は基礎訓練で痛みに耐性が付いたとはいえ、ここまでの怪我は流石に稀ですし。
「ジーク君、気をつけ。」
「えっ、あっ、はい。」
姿勢を正す。出来れば左手は心臓より上にしたいんだけど···。
「とりあえずお説教なんだけど、何について怒られると思う?」
「えーっと···密売人を殺したこと、でしょうか?」
とりあえず思い付いた答えを述べると、マーガレットさんは首を横に振った。
「生死が掛かった状況では仕方無かったわ。むしろ、初陣で躊躇わなかったことについては褒めてあげる。そうじゃないわ。」
「···。」
無言で続きを待つ。マーガレットさんは質問を繰り返したりはせず、直ぐに言葉を続けた。
「路地裏では自分の魔剣は使えない。でも相手は取り回しやすい短剣型。私は貴方のよりも取り回しやすい長剣型で、もうフリーだった。···どうして、援護を要求しなかったの?」
「···失念していました。」
それはもう、完全に。そうか、それで良かったじゃないか···。状況の有利不利、相性良し悪しを見極められるかどうかも、重要なポイントだろうし。
「まぁ良いわ。早く支部に戻って、きちんと手当てしましょう。」
「···はい。」
◇ ◇ ◇
ちなみに、寮に戻ったらジャガーノートにめちゃめちゃ心配された。
マーガレットさんは結構すき。「クレイドールパーティ」とかいうやたらカッコいい名前の魔鍵使いだし。