「魔核の密売、ですか。」
すっかり傷も癒え、さて、今日はなにをしようかとベッドから身体を起こし、何故か目が合ったマーガレットさんに告げられた。魔剣の脳であり心臓であり
「えぇ。昇級試験にしては、随分と地味な仕事だけどね。」
「地味ですか? ···昇級試験?」
反応する順番が逆よ、と、マーガレットさんは笑った。
「基本、魔核の密売人は取引場所には現れないわ。代理人──何も知らない運び屋を使うでしょうね。取引先も様々よ。主にチンピラのように、大した資金力がない雑魚にCからBランク級を。テロリストのように、ある程度の資金力を持つ相手には、Aランク相当の魔剣を売っているわ。」
「はぁ、結構詳しいですね。」
「残念ながら、これがほぼ全ての情報よ。取引相手も取引場所も不明。分かっているのは、魔核の売人と思しき男の顔と住所だけ。」
住所が分かってるなら乗り込めよ!! と思ったが、ここは勇者が自由に動ける宗教国家エデンではない。「怪しいから」という理由だけで突っ込む訳にはいかないのだろう。
「一応ユグドラシルのギルドにも連絡して調査して貰ってるけど···芳しくないわ。全くボロを出さないのよ。」
「···じゃあ、なんで怪しいって分かったんですか?」
「さぁ?」
さぁ? ってなんだ。
「私もA級勇者とはいえ、所詮は兵士だからね···知らされない事もあるのよ。色々とね。」
「あー···。」
アレかな。お偉方の"独自の情報網"ってやつ。こっわ。
「と、言うわけで。スーパー張り込みタイムが始まるわよ!」
「···何日かかるんでしょうか?」
「うーん、経験から言うと···」
と、そこでマーガレットさんが意識した間を空ける。ついこちらも唾を呑んで聞き──
「数ヶ月ぐらいかな。」
アバウト!? しかも長いのか短いのかよく分からないし。
「ホントは、適当な暴走魔剣でも見繕って、昇任試験にしたかったんだけどね。」
「それはそれでハードですね···。」
◇ ◇ ◇
ユグドラシルから少し離れた街。突出した産業や特産も無ければ、別に貧窮するような経済状況でもない、少し人口と住宅が多い至って普通の街だ。
「あれよ。あの家。」
「あの赤い屋根のやつですか?」
「違うわ。その隣の、青い方。」
「あぁ、あっち···。」
そんな風に始まった張り込みは、そのスタートが暗示するように冗長だった。
顔写真を頭に叩き込み、万一のためにポケットにも入れておく。何の幸運か、空き家だった向かいの家を(E.D.E.N.が)借りてそこを拠点とし、家の、一つしかない玄関を見張ること数日。
「ただいまー。ジーク君、交代だよ。」
「あ、はい。分かりました。奴にはなんの動きも──奴です!!」
マーガレットさんに焦点の合った視界の隅の窓の外で、扉が開いた。中から出て来たのは、白衣を着た白髪の男。写真の特徴と合致する。魔核密売の容疑者だ。足早に去っていく男を見て、マーガレットさんが焦ったように口を開く。
「私が尾行するから、君は本部に連絡して。私から10分連絡が途絶えたら、あとは手筈通りに。」
マーガレットさんが「白崋迅嵐の剣姫」の二つ名に恥じぬ動きで家を飛び出す。···尾行?
「ちょ、マーガレットさ···行っちゃった。連絡って言ったって、どうやって···?」
「連絡用の水晶はー···あー、救えませんねー。」
連絡用の水晶──互いの水晶を震わせて声を伝える器具──は確かに持っている。僕のものはポケットに入っている。マーガレットさんの物は···テーブルの上にある。規格外の存在である魔剣を相手にするならともかく、対人戦ならば十分も掛からない。そういう自負の表れか、単なるうっかりか。後者の方が濃厚だ。
「はぁ···どうしよう。一応、本部に応援を要請するべきかな?」
「さぁ?」
ジャガーノートは心底どうでもよさそうだ。仕方ない、自分で判断を──と、悩むのは一瞬だった。悩む必要が無くなったのだ。
「ごめん、見失った···。」
「お帰りなさい、マーガレットさん。見失ったところで、どうせ奴はここに帰って来ますよ。問題ありませんって。」
──その言葉は、二度と真実とはならなかった。
◇ ◇ ◇
いや、真実でありながら、事実ではなかった。目標をロストしてから数週間後、奴は僕たちが監視する玄関から
「ジーク君、奴が出てきたわ!!」
ソファーで軽く船を漕いでいた僕を声量で叩き起こしたマーガレットさんは、驚愕に目を見開いている。
「窓から入った···訳、ありませんよね。」
奴が行方を眩ましたあと、マーガレットさんは汚名を返上すべく、ある秘策を奴の家に施した。窓どころか、敷地を覆う半球状の結界を張ったのだ。結界と言っても、探知されるリスクのある、拘束術式を織り混ぜたような複雑なものではない。ただ「そこにある」だけで、触れれば壊れてしまうようなただの膜。だが、その脆さが逆に探知用としては使いやすい。野鳥の類いにも一々反応してしまうのがネックだが、私が見逃した相手だからと、マーガレットさんは割り切っていた。
「とにかく行ってくる!!」
「マーガレットさん!!」
連絡用の水晶を投げ渡す。連絡手段といえば手紙の魔界には、まだまだ流通していないレアモノだし、そもそも軍需物資なのであまり手荒に扱うのはよろしくないが、まぁこのぐらいは良いだろう。
──この日も、マーガレットさんは肩を落として帰ってきた。
◇ ◇ ◇
張り込みを続けていると、玄関から出てくる→尾行→見失う(ただし、帰っては来ず結界にも反応はない)→数日後、また玄関から出てくる···というループに陥っていた。もちろん、普通に考えればありえない。透明化の類いでは、物体に反応する結界を欺くことは出来ないからだ。結界そのものを欺くという技術もあるが、それは厳密には結界に付与された探知術式を誤魔化しているので、魔力の膜でしかないマーガレットさんの結界は誤魔化せない。
「買い出し行ってきます。」
「うん。」
張り込みに成果がないどころか弄ばれているせいで、僕もマーガレットさんも殺気立っている。苛立ちの爆発は時間の問題かと思われた(ちなみに、爆発するのは僕の方だ。マーガレットさんは自制できるだろうし。)ので、食料の備蓄が減っていたのを口実に家を出る。連絡用の水晶は忘れずに。
「マスターさん。お財布ー。」
「あっ···ありがとう、ジャガーノート。」
財布をポケットにねじ込む。ちなみに、僕もマーガレットさんも勿論制服ではない。マーガレットさんは普通に、僕は持っていなかった···というか、全部焼失したので新調した私服だ。
「しっかし、この時間は混むなぁ···。」
「そうですねー。間引いちゃいましょうか?」
「笑顔で何てこと言うんだ···。」
まぁ、冗談を言うときの笑顔だったけれど。これが真顔だったり、いわゆる「本気の笑顔」だったりしたら、僕も苦笑いを浮かべるだけでは済まなかった。
「マスターさん、アレ、なんですか?」
「アレ? ···あー、面倒だなぁ···。」
ジャガーノートが指したのは、大通りを外れた裏道で開かれた露店──と言っても、地面にシートを敷いて商品を並べただけの簡素なものだが──に陳列されたモノだ。ピンク色や青色など、様々な色をした粉末や錠剤。毒々しい色が示すように、人体に良いモノではない。
「アレは強化ドラッグ···魔剣用のドーピング剤だよ。」
「へぇ···、人間も、面白いコトを考えますねー。」
救われてるなー、なんて言って、ジャガーノートは興味を失って歩き出した。だが、すぐに止まって振り返る。
「マスターさん、面倒っていうのは?」
「あー、いや、ちゃんと公式に許可されたモノなら良いんだけど···たまに居るんだよ。粗悪品とか非認可品を売る奴。E.D.E.N.でも問題になってた。」
「どうしますかー? 確認しましょうかー?」
「···いや、魔界警察に通報するだけにしよう。違法業者の摘発は彼らの仕事だしね。」
とりあえず最寄りの詰め所へ──と、僕らの見ていた路地に入っていく人影が目についた。雑踏の中でも目立つ、白衣とオールバックの白髪。どこかで見たような特徴だ。
「マスターさん。しゃ、し、ん。」
「oh,yeah.」
ないす。ジャガーノートにサムズアップし、胸ポケットから写真を取り出す。ふんふん···似てるねぇ。
「マーガレットさんからの連絡は無い···つまり、まだ帰ってなかったってことか。」
「でしょうねー。別に拠点でもあるんじゃないですかー?」
そうかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。今は確保···は、流石に無理だから、任意同行? いやいや、そこから逮捕に繋げる理由が無いし···尾行するだけに留めよう。
「よし、ジャガーノート。戻って!!」
ジャガーノートに非顕現状態への移行を指示し、駆ける。背後から足音が続き──
「あのー、ジャガーノートさん?」
「なんですかー? マスターさん。」
「いや、実体化する魔力も結構アレなので、戻って貰えないかなー、なんて。あはは···」
路地裏に入り、男と付かず離れずの距離を保ちながら会話する。···尾行だけど。
「嫌です。」
「そんなキッパリ言うほどなの···。」
先日の麻薬の密売人との一戦以降、ジャガーノートは少し過保護になっていた。魔界の超技術によって、左手は傷跡も後遺症もなく治ったというのに···。
「ほーら、行きますよー。見失って···」
「···ウッソでしょ?」
見失った。会話に僅かに意識を裂くだけで、視線はずっと男に固定していたというのに? バカな。ありえない。現実を否定する言葉が幾つも脳裏を掠め──そして。
「お前は、いつもの奴じゃないな?」
「ッ!?」
唐突に、目の前に白衣の男が現れる。驚いて一歩下がるが、男は猫背ぎみの長身を少しも動かさず、こちらを見据えていた。
「いつもの勇者は相当な手練れだったから逃げていたが···あの女じゃなく、こんなガキを仕向けるとは。舐められたのか、それとも、そちらの人手不足が深刻なのかい?」
「答える義理は無いね。」
ポケットに手を突っ込み、水晶を起動する。下手に増援を呼べば、この得体の知れないプレッシャーを放つ男がどういう動きをするのか、不思議と確信が持てた。背後に控えるジャガーノートが動くと同時か数瞬遅れで、男が死ぬ。男が姿を消していた方法は不明だが、そんなこととは関係なく、純粋なスピードの差──既に顕現しているジャガーノートが未だ魔剣を顕現させていない男の首を撥ねるのと、男が魔剣を顕現させる動作の速さの差だ。
魔剣を顕現させるのには、いくつか工程がある。まず魔核に魔力を流し、魔核のスリープ状態を解く。稼働を始めた魔核は、そのまま魔剣使いの体内魔力を吸い上げて自分の魔力に変換し、外部に出力して、武器の外装や魔剣少女の肉体となる魔力結晶体を構築する。この動作にかかる時間は、誤差の範囲に収まらないレベルで個人差があるが、それでもジャガーノートの一閃を超えることなどあり得ない。
まず間違いなく、男の首は身体に別れを告げるだろう。
それは困るのだ。透明化では突破できない結界を突破した理由とか、魔剣を仕入れるルートとか、売った相手とか、聞くべきことは山ほどある。
「ジャガーノート、落ち着いて。」
男が僕をガキ呼ばわりした辺りからやたらと殺気立っているジャガーノートを制止する。今にも踏み込みそうだったジャガーノートの脚から、込められていた力が抜けた。
「もう色々と喋ったようなモノですが一応確認しておきます。魔核の密売人について、何か心当たりは?」
「は? なんのことだ? ···と言えば、見逃すのかい、少年?」
いいや?
「だろう? それに、私もいい加減に飽きたし鬱陶しいんだよ。ネズミのように逃げ回るのはね。」
瞬間、男の姿が掻き消える。ジャガーノートが即座に移動して戦斧を振るうが、血が飛び散ることも、骨が砕ける音が響く事もなかった。予め魔剣を顕現させていたのは、どうやら僕だけでは無かったらしい。
「魔剣少女が武器を振るうか、面白い!! 君はいい研究材料になりそうだ!!」
狭い路地に反響する声。君、というのがジャガーノートを指していると理解した瞬間、僕の心は冷え切った。
ジャメヴ永続化イイゾイイゾ。エラーもパンドラも引けなかったよ···