主「よーし、10連結晶ダスだ!! 狙いはルナ用の絶望コンプレックスだぞー!!」
ブキダスさん「ほらよ」っマスカレイド
主「えぇ···( ´ · ω · ` )」
「おい。」
自分でも驚くほど、低い、冷えきった声が出た。姿を消した男の反応は伺えず、ジャガーノートは微動だにしない。
「なんなんだ、お前は。」
だが、そんなことはどうだっていい。この男は、僕の魔剣を、僕の家族と僕の命の恩人を、「実験材料」と言ったんだ。そこらのネズミと同じ扱いか。
「魔剣を使うのは人間だから、人間の方が上位だとでも思っているのか。お前。」
ふつふつと殺意が沸き上がってくる。質問は掃いて棄てるほどあるが──まぁ、
「ジャガーノート。」
「···はぁ。仕方ないですねー。いいですよー。」
ジャガーノートの姿が、彼女の持つ戦斧諸共に掻き消える。数瞬と経たず、僕の手には身長を優に越す戦斧が握られていた。
ずん。と、戦斧の刃が地面に刺さる。こうしておかないと死ぬからだ。主に、僕の腕とかが。ジャガーノートの重さで。
『···。』
ジャガーノートの無言の怒りが、魔核と魂を繋ぐ
こほん。
気を取り直して戦斧の柄を握る。相手は完全に姿を消しているし、あれから一切音を立てていない。話すことは出来るみたいだから、不可知化ではなく、あくまで不可視化のようだ。──いや、決めつけるのは早計か。相手の能力は過小にも過大にも見てはいけない。正確に、精密に。彼我の戦力差を見極めろ。
「ふぅ···。」
いくら不可視化しようと、そこに実体がある以上、動けば空気が揺れるはずだ。空気を揺らさないほどゆっくり動いていては、致命の一撃を与えるのは難しい。超至近距離なら話は別だが、そのレベルまで近づかれて気付かないほど、僕は間抜けではない···と、思う。村が冥獣に襲われたときに全滅するまで爆睡していたのは、あれは···うん。例外ってことで。
『マスターさん、これは···。』
「どうしたの?」
ジャガーノートが音を使わずに語りかけてくる。パスを通じて流れてくるこの感情は···悔しさ? それと怒り、かな? ···あ、遮断された。
「女の子の心を勝手に覗くとかー、マスターさんは変態さんだったんですねー。」
救えないなー。とか言われても···うん。はい。その通りでした···。
僕とのリンクを解き、再度魔剣少女として顕現したジャガーノートが、僕から10歩ほど前進して、止まる。彼女が武装を展開していないことに僅かに不安を覚えるが、それはつまり、ここが安全だということなのだろうと思い直す。
「ジャガーノート?」
きょろきょろと回りを見渡すジャガーノートに声をかける。彼女は、ため息を吐いてから僕に向き直った。
「マスターさん、逃げられちゃいました。」
「···どうやって?」
本当に? とは聞かない。無意味だし、ジャガーノートが武装を解除している時点で察していたことだ。
「あの男の魔剣、どうやら透明化じゃなくて幻影の能力みたいですねー。」
「幻影? 魔剣使いに?」
また聞き慣れない言葉だ。いや、「幻影」という単語や、それを起こす魔術の存在は、E.D.E.N.の座学でやった。だが、一般的に「幻影」とは、被術者の網膜に干渉して任意の映像を見せるだけのものであり、内側──それも、肉体より深く、魂に対して、魔核という超高密度の
「魂レベルで干渉する幻影もー、あるにはありますけどねー。今回のは、もっと単純ですよー、マスターさん。」
「単純?」
複雑の間違いではなかろうか。
「今回のは、いわば"幻影の幕"···私たちが使っていた結界に対する意趣返し···という訳では、ないでしょうけどねー。」
幻影の幕。···ルビを振るなら、《シークレット·カーテン》だろうか。
──おぅ。ジャガーノートに凄く優しい目で見られてる。こほん。
幻影の幕。僕たちから少し離れたところに、そのまま背景と寸分違わぬ──ただし、術者の姿を消した映像を配置する。通常の視界と変わらず、光を介して網膜に像を結ぶため、魔核からの干渉は受けない。映像はリアルタイムでの更新は
「してやられた、ってことか。」
舌打ちをしつつ、そのまま路地を歩き──おろ?
「行き止まり?」
路地は、行き止まりだった。一応、手の甲で壁を叩いてみるが、ちゃんと硬い手応えがあった。路地の壁をくまなくノックして回る──が、駄目。
「···消えた?」
「いえ、マスターさん。こ、こ、はっ!!」
ジャガーノートがおもむろに戦斧を取り出し、一閃する。木製の壁がバラバラに砕け散り──地下へと続く階段が現れた。
「ちょ、ちょっとジャガーノート!!」
なにをやっているのか。こんな派手な壊し方をすれば、中にいるであろう男に気づかれてしまうし、この家の住人だって危、な···い?
「廃墟?」
裏路地とはいえ、この人口密集都市に? いや、僕たちの拠点もそうだったけど。
「もともと偽造用に作られていたんでしょうねー。知りませんけど。」
「えっ。」
分かっていてやったのかと思ったが。
「それより、マスターさん。どうしますかー?」
ちらりと階段を一瞥する。光が届かない下の方は、何が潜んでいてもおかしくない暗闇に呑まれていた。
「···行こう。」
「怖いですかー?」
──こ、こわくないし。ぜんぜんだいじょうぶだし。
◇ ◇ ◇
懐かしい。
そう、彼女は心中で呟いた。懐古の念で埋まりかけた心に、もう一度火を灯す。ずっと抱いてきた、憤怒を燃やして。
目を開ける。今までは魔核だけが専用の水槽に入っていた状態だったが、ようやく魔力結晶体の身体を顕現できた。それに伴い、魔核は身体の方に収用される。目の前には、書類──レポートだろうか、分厚い紙束をぼやきながら鞄に詰め込む男がいる。が、そんなことは、少女にとって些事だ。彼女の心を埋めるのは、主への想い。
「本当に、いい度胸をしているわ。私のマスターは。」
「···!!」
驚愕の表情で振り向き凍りつく白髪白衣の男に、その少女は一瞥もくれずに歩き出す。
「お、おい。待て!!」
「···見逃してあげると、そういう意思表示のつもりだったのだけれど?」
少女に白衣の男が詰め寄る。少女の薄い記憶には、目前の男が自分を解析したという事実が残っていた。そして。
「あぁ、そういえば貴方。とても
もうひとつの事実に思い至る。少女の魔核を解析し、模造品を作る。そのゲテモノを売り捌いた金を使って、売るのとは別の、やはり少女の模造品を作っていたと。
「質問をするのは私だ。お前、何故目覚めた? 完全に魔核は停止していたハズだが。」
「いいえ、質問をするのは私よ。この状況がお分かりかしら?」
少女は酷薄に笑う。男が持つのは、所詮は「魔剣もどき」。ランクで言えばBランク相当のゲテモノ。大した能力もない魔力の塊で、一体誰を相手取る気なのか、と。
「私を殺す気か? 魔剣風情が、私はお前のマスターだぞ!!」
一歩ずつ男に近づいていた少女の足が止まる。白と黒で構成されたドレスを揺らして、少女は思う。「一体、この
「貴方が? 私のマスターですって?」
「そ、そうだ。お前がこうして活動出来ているのだって──何!?」
男がいきなり驚愕の声を漏らす。少女は小首を傾げる。一体、誰が誰の魔力を活動源としているのか、と。
確かに、少女の魔核が稼働する条件として、マスターからの魔力供給は必須だった。だが、今は完全に
「貴方が何を言っているのか、よく分からないけれど。そうね。
少女の手に、彼女の痩躯を優に超す大剣が顕れる。男は咄嗟に幻影を展開し──ようとして、初めて、既に上体と下半身が分断されている事に気が付いた。
大剣という、重量で「斬り潰す」武器で以て、対象に悟らせないほどの速度で「切断」した少女の技巧は、並の魔剣使いを遥かに凌いでいた。
男の脳裏を、地下道入る直前に聞いた、『人間が魔剣より上位だとでも思っているのか』という勇者の問いが掠める。その走馬灯を最後に、男の意識は永遠に閉ざされた。
「ここで待つ···と、言うのも悪くはないけれど。」
どうせなら、早く逢いたいから、と。少女は微かに笑い、懐かしい魔力の波動に向けて歩き出した。