扉を開けると、そこは異世界だった。
なんて、そんな使い古された導入に相応しい光景は、残念ながら拝めなかった。吹き飛んだドアの残骸が散乱しているのは、どこかの倉庫らしい。棚が並び、保存食から雑多な小物まで、雑多に詰め込まれている。埃の匂いがする部屋に、まず魔剣たちが踏み入る。
「面倒ね。」
「そうですねー。」
一応回りを警戒しながら進む。まぁ僕の前を往く二人が武器を出していない時点で、ここに敵がいないことは確定したようなものなのだけれど。
倉庫を数歩で横切り、ジャガーノートが開けた扉を潜って別の部屋へと出る。やはり、そこには日常の光景しかない。
「民家···だよね? しかも微妙に生活感のある···。」
快晴だというのに部屋干しされた、まだ湿っている洗濯物や、台所の流し台に置かれた食器類。床に埃の類いもないし、誰かが住んでいるのは明白だ。
「···ん?」
ふと窓の外に目を遣ると、レースカーテンの向こうに見慣れた建物が見えた。
「え? あ、そういうこと!?」
その建物は、僕とマーガレットさんが張り込みに使っていた空き家だった。つまり、ここはあの男の家ということになる。
「あー、地下道か···なるほど···」
玄関から出掛けて、地下道で帰ってくる。こんな単純な手口で、アイツは僕とマーガレットさんを欺き続けていたのか。うん。僕ら無能すぎない?
「マスター。」
「ん? なに?」
頭を抱えていると、酷く不機嫌そうなグラムが寄ってきた。
「不味いことになったわよ。」
「不味いこと?」
オウム返しに聞くと、グラムはとても綺麗に口を歪めた。
「暴走魔剣が逃げ出したわ。」
どーん。なんて、漫画じみた効果音を付けて、グラムが愉快そうな笑みを浮かべ──え? 効果音?
「何だ!?」
窓の外から聞こえた爆発音に驚き、取り敢えず窓に駆け寄って開ける。首を出してキョロキョロと見回すと、丁度白い物体が此方に飛んで来るところだった。
「はい?」
どーん。連続で聞きたくない類いの効果音を鳴らして激突する。吹き飛んできた物体は意外に柔らかく、そこまでのダメージはない。が、どうも身体全体が重い。頭を打ったらしく、閉じた瞼を開いても今一つボヤけた映像しか映らない。
「んぅ···?」
「ん···っ!?」
声が出せない。後頭部を強打した覚えはないが、神経系に支障が出るレベルだったのだろうか。そういえばなんだか身体が温かい。人肌のような心地のいい暖かさだが、まさか血液ではなかろうか。
ヤバイ死ぬ。そんな思考が過る。
ぱちぱちと数回の瞬きを繰り返し、視界をクリア、に···え?
「んっ···ご、ごめん。大丈夫!?」
「···はい、大丈夫です。それよりどうして飛んできたんですか?
窓の外から飛来し、僕を下敷きに倒れ込んだのは、僕の指導教官でありA級勇者である金髪黒目のお姉さん、マーガレットさんだった。
「話は後。
「あ、ちょっ···了解です!!」
『白崋迅嵐の剣姫』という二つ名に恥じぬ速さで飛び出して行ったマーガレットさんを追って走る。夕刻の住宅街という場所は、帰宅する大人や遊ぶ子供がいて、視覚的にも聴覚的にも賑やかなものだ。暴走魔剣が解き放たれていても変わらぬ光景。いや、彼らはそれを知らないのだろう。僕もマーガレットさんも制服ではないし、年齢的に「遊び盛りの弟の面倒を見る大人っぽい姉」みたいに見えるのだろう。その表情の真剣さに首を傾げる人もいない。
だが、そんな普通といえば普通の光景は、ほんの一瞬で砕け得る。暴走魔剣がちょっとこちらへ来て、ちょっと魔力を解き放つだけで、この街に住む人々の半分近くが死に絶えるだろう。···いや、これは暴走魔剣をAランク相当と仮定した場合の話だ。これが
「見つけたッ!!」
「っ!! ···うわっ!?」
もたらされるであろう破壊に唇を噛みながら走っていると、マーガレットさんが鋭い声を上げた。マーガレットさんは長剣型の魔剣を顕現させ──何故か急停止した。
「あれ、見て。」
「あれは!?」
道のど真ん中に、黒いドレスを纏った少女が立ち尽くしていた。グラムと似たドレスに、グラムよりも色素の濃い、でも綺麗な長髪。やっぱり揃いの翼と角は、しかし、無惨に裂かれ、折られていた。ドレスにも肌にもところどころ血が滲み、まさに満身創痍といった風情だ。おそらく、マーガレットさんの攻撃による傷だろう。そこまではまだ理解できた。が、その少女は、どういう訳か。
「あ、お姉ちゃんここもケガしてるよ!!」
「魔剣の姉ちゃん、ここも!! 痛くないの?」
「えぇ···? あ、あの···」
十歳前後と思しき数人の少年·少女に囲まれ、その傷の手当てを受けていた。傷から流れる血を拭かれ、消毒され、拙いながらも包帯を巻かれていく。暴走しているようには見えないが···。あ、でもめっちゃ困惑してる。ちょっとかわいいかも。に、してもグラムにそっくりだなぁ···。
「···。」
「??????????」
「あぁ···。」
無言でマーガレットさんを見ると、困惑に目を回していた。取り敢えず何度か揺さぶり、正気に戻す。マーガレットさんは、正気に、もどった!
「マーガレットさん、なんですかアレ。」
「私に聞かないで···と、言うかなんであの魔剣は傷だらけなのよ?」
「なんでって、マーガレットさんがやったんじゃないんですか?」
「違うわよ。私は為す術なく『ぽーん』よ。」
酷くふて腐れた様子で言っている辺り、本当らしい。では、一体何があったのか。マーガレットさんを為す術なく『ぽーん』したという事は、あの魔剣はおそらくSランク相当。それもかなりの上位。···つら。
『一応言っておくと、マスター。あの子はSランクなんて枠には収まっていないわよ。』
「···はい?」
すごく不穏な言葉を脳内に直接囁き掛けられたでござる。聞き違いの可能性なんてない辺りがほんと辛い。
『そうですねー。恐らく、今の私たちじゃあ返り討ちでしょうねー。どうしますー?』
「逃げたいなぁ···もの凄く。あっ急にお腹が···。」
「腹痛はともかく、今は様子を見るべきね。どの道、民間人を巻き添えにする可能性のある現状では、動けないわ。」
可能性どころか、この場で対魔剣戦闘なんてすれば、ジャガーノートの忠告通り、僕らも含めてこの町の全員が死ぬ羽目になる。そんなの御免だ。
「動いたわ!! ジーク君、このまま距離を保って追うわよ!!」
「あ、はい!! 了解です!!」
少年たちが親に呼ばれて帰宅していく。その流れでグラムっぽい子も歩き出し、住宅街をずんずん進んでいく。外へ、外へ。町の外は畑が広がる平野だから、このまま着いていけば見失うこともないだろう。