見失うことも無いだろう(イケボ)──と、思っていた時期が僕にもありました。有り体に言って浅はかでした。
「まさか、こう何度も欺かれるとはね···。」
「今回はただ僕らが間抜けだっただけな気もしますけど、ね。」
ぐぅ。なんて、コミカルなうめき声を上げたマーガレットさんが、唐突に抜刀する。魔剣ではなく、E.D.E.N.支給の普通の長剣だが、魔界屈指──とまでは行かずとも、僕よりは遥かに強い戦士が放つ剣気は、僕の背筋を凍らせるのには十分だった。
「マーガレットさん···?」
「ジーク君、二手に分かれるわよ。暴走魔剣の推定ランクはS相当。見つけたら、即刻、信号弾を使うこと。」
「は、はい。分かりました。」
さっきグラムが『Sランクなんて枠には収まらない』と言っていたことを伝えるより早く、マーガレットさんが街に戻り、雑踏の中に消えていく。万が一街の中に居た場合、人気のない街の外とは違って、それなりに人口が密集している所で暴走されたら困るからだろう。
「さて、と···ジャガーノート、グラム。おいで。」
「三手に分かれよう、なんてー、聞きませんからねー? マスターさん。」
「えぇ。そうね。それより、あの勇者と別れたのは頂けないわ。いざというとき、壁くらいにはなったでしょうに。」
顕現するなりダメ出しをする二人の魔剣少女。す、すいません。···と、いうかさらりとマーガレットさんを肉の壁扱いするのは如何なものか。
「ねぇ、グラム。あの子、グラムにそっくりだったけど···どういう関係なの? 妹とか?」
「えぇ。そうね。」
──はい?
「肯定だと言ったのよ。あの子は、確かに私の因子を受けているわ。」
冗談のつもりだったのだけれど···。グラムの視線も表情も、冗談など一片も含んでいない。あるのは、ただの──悲哀? どうして?
「···グラム?」
「マスター。早くあの子を見つけましょう。」
僅かな沈黙を裂いて僕が訊ねるより早く、グラムが口を開いた。確かにそれはその通りなのだけれど、問題は手掛かりが無さすぎるってことだ。実体化を解いたのだとすれば、彼女は神出鬼没を地で行く存在になってしまっている。どこかの
「──嫌だな、それは。」
名前も知らない少女が、さっき見掛けたばかりの人間が──人間ではなく魔剣だけれど──どうなろうと、別に知ったことではない。知ったことではないが···彼女は、
──あぁ、本当に、腹が立つ。
「ジャガーノート、グラム。何か、手がかりみたいなものはある?」
「マスター?」
「マスターさん?」
酷く、怪訝そうな声。僅かな恐れすら含まれた声に、我に帰る。危ない危ない、怒りに呑まれるところ、だっ、た···? いやいや、僕はなんでそこまで怒り狂ってるんだ? わからん。さっき会った──どころか、ちらっと見ただけなのに。グラムに似ているから? 僕の魔剣に対してこんな事は言いたくないが、グラムだってさっき仲間になったばかりだ。"似ているから"という理由だけで怒り狂うほど、僕は彼女のことを知らない。
──本当に? 僕は彼女を知っているはずだ。だって、未だに見たことがないはずの表情を、未だに聞いたことがないはずの声を、僕は確かに
「マスター、落ち着いて。」
「大丈夫ですか? マスターさん。」
大丈夫、大丈夫だ。だって、二人の声は届いている。心配そうな表情も、確かに目に写っている。
「ふぅ···おーけー。大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけだよ。」
「ずっと立っていたのに?」
「それは目眩って言うんですよー、マスターさん。」
「流石ナース。じゃ治して?」
にっこり笑って戦斧を構える黒髪のナース。この世全ての痛みと苦しみから救われるな。hahaha!!
「お、落ち着こうジャガーノート。ステイ、ステイ。」
「今よジャガーノート。Go Go Go!!」
「グラム、お前もか!! ──いや、遊んでる場合じゃないよね。あの子を探さなきゃ。」
なにを呆けていたのか。こうしている間にも、あの子は暴走している──魔核を削っているかもしれないのに。
「マスターさん。いずれ彼女が見つかればー、強力さから言ってー、魔剣機関や魔界ギルドが、討滅作戦を発令するのは確実ですよねー? それを待てば良いんじゃありませんかー?」
「···そう、かもね。」
討滅作戦。魔界では割と頻繁に魔剣使いが死ぬ。彼ら、彼女らの魔剣は当然のごとく暴走し、ストッパーたる魔剣使いが不在である以上、そのまま暴れ続ける。こちらもそれなりの確率で、自然発生した魔剣や、新たに生まれた魔剣が何かしらの要因で暴走する場合もある。それらを野放しにしておくのは被害が大きすぎるので、他の魔剣使いが葬ってやる訳だ。運が良ければ、魔核を砕かずに討伐し、そのまま仲間にすることもできる。
──だが、討滅作戦は往々にして「期間限定」だ。それも当然。魔剣は「暴走している」···つまり、刻一刻と魔核の耐久値であるLPが減少しているのだ。放置しておけば、そのまま勝手に消滅する。魔剣使いの支配下にある魔剣であれば、魔剣使いの魂なり肉体なりを楔として存在だけは辛うじて残るだろうが、魔剣使いを喪ったり、端から魔剣使いの物ではない魔剣は、そのまま崩れ去ってしまう。放っておけば勝手に消えてしまう存在ではあるが、本気で放っておくと被害が尋常ではないから、ワザワザ多少の被害を出してでも討伐する。追い討ちをかける。
そして、討滅作戦を出した場合の被害と、そのまま自然消滅するのを待った場合の被害を比べて、前者が勝った場合どうするのが正解か。
当然、自然に魔核が崩壊するのを待てばいい。何をするまでもなく、勝手に死んでくれるのだ。無駄な消耗も戦闘も、罪悪感もなく、なんなら大多数の魔剣使いが、その存在を認知することもなく、勝手に解決する。
それが悪いと言っている訳じゃない。無駄な死人を出さないのであれば、それは素晴らしいことだ。問題は問題にならなければ問題ではないのだから、何も知らずに平和に生きていけたら、それに勝るものはない。
だからこそ、魔剣機関もギルドもE.D.E.N.も、強すぎる存在に対しては口を噤む。配下に抱える魔剣使いの為に。魔剣使いが抱える魔剣たちの為に。
だけど、今回ばかりはそれが恨めしい。グラムの言うとおり、彼女がSランクに収まらないレベルの魔剣だとすれば、確実に彼らは口を閉ざすだろう。他でもない、僕たちのために。僕たちは情報を欲しているのに。僕たちを殺さないために。殺させないために。
「良い上司すぎて泣けてくるね、全く。──辺り一帯を爆撃でもすれば、誘き出せたりしないかな?」
「···いえ、マスター。その必要はなさそうよ?」
グラムの真剣な声音に導かれ、そちらに視線を向ける。グラムは軽く腰を折り、地面を凝視しているところだった。ドレスの裾を軽く持ち上げている尻尾が、ふりふりと誘うように揺れている。
「どうしたの? ···血痕?」
近付いてしゃがみ込んでみると、地面に赤い染みが付いていた。それは町から離れるように点々と続いている。
「そういえばー、あの子、ケガしてましたよねー?」
「あぁ、うん。街の子供たちに手当てされてたっけ。」
怪しすぎるほど怪しい血痕を辿って歩きながら、行く先を見つめる。街から少し離れたところにある雑木林──その森番が使っているはずの小屋の扉が、開かれたままになっているらしい。灯りが漏れ出ている。
「···あそこ、かな?」
「そうかもしれないわね。微かに魔力を感じるわ。」
「注意してくださいね、マスターさん。」
武装した二人に前後を守られ、二人の声を不自然なほど遠くに感じながら、足音を殺して近付いていく。
「うわぁ···」
開け放たれていると思っていた小屋の扉は、蝶番からもぎ取られ、打ち捨てられていた。
「マスター。居るわ。」
「···でも、何かおかしくないですかー?」
うん? おかしいかな? 森番の気配がないのは、まぁ殺されたのだろうと推察できる。その証拠に、濃密な血の臭いが漂っているし。
「救えませんねー、マスターさん。もう忘れたんですかー? あの子は、「Sランク以上」なんですよー? 人間を殺すのに、ここまで濃密な血の臭いを漂わせる殺し方を必要とすると思いますかー?」
「凄まじいまでの憎悪に駆られた···とか?」
或いは、一人分ではなく、複数人──森番と、その友人や家族が鏖殺されていたとしたら、このくらいになるのではなかろうか。
「どちらも不正解よ、マスター。憎悪に任せて何度も何度も攻撃したとしても、魔剣の攻撃よ? 数発当てれば、もう血を吐き出すこともない肉塊になるわ。それに、この小屋の規模から見て、ここまで血を臭わせるほどの人間は収用できないでしょうね。」
じゃあ、人間以上の血液をもつ何かが──たとえば、強力な再生能力をもつ魔物なんかを滅多刺しにしたとしたら、このくらいの血液量になるのでは?
「惜しいわね。ねぇ、マスター。思い出して? あの子は傷付いていたでしょう? でも、あの勇者は「自分じゃない」と言っていたわね。じゃあ、残るは、だぁれ?」
「ぐ、グラム、とか?」
──情けなく、脳裏に浮かんだ答えを掻き消すように、おどけてみる。
「マスター。現実はすぐそこにあるの。目を逸らすなんて、無駄なことよ?」
「どうしても目を背けたいなら、仕方ないですねー。私たちが、代わりに言ってあげましょうかー?」
「あら、ジャガーノート。それは貴女の"救い"に当てはまる行いなのかしら?」
「仕方ありませんよー、だってマスターさんは、あの子も救いたいのに、自分も救われたいんですからー。」
──救われたい? 僕が?
「そうですよねー? あの子が今、中で何をしているか、とーっくに気付いているのに、目を閉ざして、耳を塞いでー。あ、耳を塞ぐっていうのは、比喩でもありますねー。」
比喩「でもある」。それは、つまり、僕が現実に、何かを聞かないようにしているということ。僕は、そんなことない──と、意地を張ることは出来なかった。意識してしまえば、もう、仕舞いだ。現実逃避は、終わりだ。
「っ、あああああぁああああ!!!!」
「あ。」
悲鳴が耳に飛び込んでくる。──いや、実は、もうずっと聞こえていたそれは、脳が勝手に遮断していたのだ。それを聞けば、悲哀に気が狂ってしまうから。
「あ、あぁ···。」
ふらり、と、吐き気を催すほどぶち撒けられた血の海に、一歩踏み出す。止めようとしたジャガーノートとグラムを、顕現を禁じることで非実体化させる。魔力の供給を僕に依存していない二人には、魔力供給を遮断して実体化を解かせることが出来ないから。
「やめ、ろ···」
小屋の奥へと進んでいく。内側から破裂したかのような森番の死体を踏みつけたようだが、そんなモノは、もはや意識の外にあった。視界を埋める、人間一人からは絶対に溢れ出ないと断言できる量の赤色は、未だにその流れを止めていなかった。
食堂と思しき空間を抜け、リビングへと達する。床に座り、ソファーに凭れるようにして、その少女は気を失っていた。
「なんで、こんな···。」
グラムと揃いの角は折れ、翼は裂かれていた。両手は肘まで血に染まり、ドレスの開いた胸元から見える薄い胸は、皮膚を裂かれ、筋肉を割かれ、肋骨を花のように咲かせていた。それが、逆再生のように修復されていく。完全に、綺麗な胸元が元通りになると、血に濡れたドレスと、両腕、そして流れ出してしまった血液だけが、何度もその行為を繰り返していることを証明していた。
「ぅ、ぁ···。」
傷が修復されたことで、失神から醒めた少女がピクリと動く、彼女は立ち竦む僕には一瞥もくれず、両手を胸元へと持っていく。そして。
「あ、ぐっ、あああああああ!!」
皮膚を裂く。筋肉を割く。肋骨を咲かせる。臓物を悉くぶち撒けて、魂を裂くような悲鳴を上げる。そして──胸の中心にある、僅かに輝く宝石のようなモノへと手を伸ばす。が、魔剣少女の強固な肉体を容易く押し開いた指先は、宝石から少し離れた所で発生した力場のような膜に止められた。膜に触れる指先が痛むのか、指先の触れている膜が痛むのか。悲鳴のボリュームを一段階上げて、少女は全身から力を抜いた。失神したのだ。静寂に包まれた小屋の中に、血の滴る音だけが響く。
「そんな、なんで、そんなことが出来るんだ···?」
ばしゃり、と、血溜まりの中にへたりこむ。彼女が手を伸ばしていたのは、魔核だ。実体と非実体の狭間にある上位元素、魔核元素で構成された"ソレ"は、魔剣の根幹であり、魔剣そのものだ。彼女は、それを壊そうとしていたように見えた。
吐き気なんて、とうに飲み込んだ。恐怖なんて、とっくに超越した。疑問は僅かにあるが、胸を埋めるには至らない。怒りも少し。悲哀も少し。何故か、激情どころか、感情というものが、胸のなかから抜け落ちてしまっていた。いや、総量が増えたのだろうか? 持てる感情の限界値が、この異常な状況下で増加したから、今までなら失神していたであろう恐怖も、狂っていたであろう悲哀も、飲み下せたのだろうか。この、どこか他人事じみた冷静な思考も、そう考えれば納得できる。単に、発狂を防ぐ脳の機構として、ショックを受け止めるための別人格を作り出したのかもしれないが。
「い、たぃ·······」
痛い。と、そう少女が呟いた。また目覚めたらしい。
そのまま胸元へと持っていく腕を、僕は。
「止めるんだ。」
実体化させた、武装形態のグラムの枝分かれした刃を使ってソファーへと縫い止めた。奇跡的に、彼女の腕には傷ひとつ付けずに。
「邪魔を──っ!?」
万歳のような姿勢に追いやられた少女が、初めて僕を認識する。そのまま"邪魔者"である僕を排斥しようと、まず拘束具を壊すべく腕に力を込め──何かに怯えたように動きを止めた。
「お姉ちゃん···。」
呟く少女の上で、血まみれのズボンのポケットから取り出した魔石を砕く。これが、僕の「秘密兵器」、魔石エメラルドだ。翠色のこの宝石は、魔力結晶体のみならず魔核の傷までも、どれだけ損傷していようと修復できる。
「──ふぅ···。」
それは、つまり、魔剣の暴走を止められるということだ。