Drag-on OVERLORD   作:蝿声

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逃亡者

 夜、帝都アーウィンタールの華やかな街並みの陰に隠れ潜む、少しばかり性質の悪い人種が集まるような酒場に、一人の男が珍客として訪れていた。脛に傷を持つものばかりのほかの客たちはその男が現れてから、普段の喧騒とかけ離れた静けさを保っている。

 その男の正体は帝国四騎士が一人、雷光のバジウッド・ペシュメル。その気になればここにいる全員を検挙しようと暴れまわっても余りある力を持つ男の登場に、場は哀れなほどの静寂に包まれることになった。一刻も早くこの場を離れたい、しかし下手に動けばそれをきっかけに暴れだすかもしれない、その第一の犠牲者に自分がなりたくはないと全員が無言で牽制しあう奇妙な空間が出来上がっていた。

 そんな空間を作り上げた当人であるバジウッドはまるで気にした様子もなく、入り口に背を向ける位置のカウンター席に座り、怯えるマスターに出させた酒をちびちびと飲むだけだった。実際、彼が今日ここに来た理由は有象無象のならず者などではなく、とある男がここに出入りしているという噂を耳にしたためだ。その真偽を確かめるために、貴重な妻たちとの時間を潰してまで居座っているのだ。

 

(これで現れなかったときは……こいつらに憂さ晴らしを手伝ってもらおうかね)

 

 そんなことを考え始めたとき、背後の扉が開かれ、一人の男が入ってくる。男は髑髏を模した黒いマスクにパねえローライズのズボン、そしてどんな筋力自慢の男でも持つのも難しいのではないかという巨大な戦斧を携えた出で立ちで、彼は扉を開けた先にある背中を見て驚き足を止めたが、やがて諦めたようにため息をつくと、バジウッドの隣の席へと歩みを進めた。

 その気配を振り返ることなく感じ取ったバジウッドは笑みを浮かべると、もっていたグラスを一気に飲み干し、新しい一杯を背後の客の分も合わせて注文する。丁度マスターが酒を用意するために背を向けたタイミングで、男がバジウッドの隣の席に着いた。

 

「まさかこんなところでお前に会えるとはな。ここに何の用だ、バジウッド」

「お前に会う以外の用があるか、ユーリック」

 

 かつての同僚との久方ぶりの邂逅は、そんな言葉から始まった。

 

 

 バジウッドの隣にユーリックが座ったことにより、今がチャンスとばかり客たちは一人また一人と店を出ていき、ついにはカウンターに座る二人の男とマスターを残して無人となる。残されたマスターも客たちを恨みつつ、何本かの酒瓶を二人の前に置くと店の奥へと引っ込んでしまった。

 ユーリックはかつて帝国に八つある騎士団の一つに所属していた騎士である。ワーカーとして市井に埋もれていた彼を、当時騎士団の一つを預かっていたオロー将軍により見出され、彼の誘いを受けて騎士団へと入団した。

 入団後の彼はめきめきと頭角を現し、間もなくオロー将軍の右腕と認識されるようになった。その頃には将軍の口利きもあって四騎士との訓練を介した交流も行われており、特にバジウッドからは気に入られていた。

 そんな彼だが、ある日の事件をきっかけに騎士団を逃げるように去り、その後まったく音沙汰が無かったが、最近になってようやく帝都内で姿が目撃されるようになり、その話を聞きつけたバジウッドが駆け付けたという次第だ。

 

「回りくどい言い方は好きじゃねえから単刀直入に言うぞ、戻ってこい、ユーリック。陛下には俺から口添えしてやる」

 

 竹を割ったような物言いに、懐かしさを覚えたユーリックは思わず笑みをこぼす。逃げ出した彼を今もなお買ってくれる彼には感謝の念しかわかない。だが、その静かな笑みの中に拒絶の意思を感じ取ったバジウッドは顔をしかめてユーリックに詰め寄った。

 

「なあ、あの時何があったんだ。せめて騎士団を去った理由を話してくれ」

 

 バジウッドの言うあの時、それはユーリックが所属していた帝国の騎士団にから遁走した日、そして帝国魔法省の奥深くに封印される伝説のアンデッドが一度だけ暴走した日の話だ。

 

 その日、何の前触れもなく、突如として伝説のアンデッド――デスナイトが暴れだしたのだ。たまたま一番近くにいたオロー将軍の部隊がまず場の鎮圧に向かったが、地の利が薄い場所での格上との戦闘はかなりの犠牲を出し、四騎士やフールーダとその高弟たちが駆け付けたころにはオロー将軍をはじめとする全ての騎士がスクワイアゾンビやゾンビにされていた。

 幸いだったのはオロー将軍の奮闘のおかげでデスナイトの体力はすでにかなり削られゾンビの数もかなり減らされており、スクワイアゾンビとなったオロー将軍も四騎士たちが抑え込んだことで、それ以上の犠牲が出なかったことだろう。この事件のために一つの騎士団が上から下まで丸々入れ替わることになったが、全体としてはその脅威に比して軽い代償で済んだといえる。

 

 ただ、このときゾンビたちの中にユーリックの姿が見えず、聞き込みをしたところ全身を血で濡らしたユーリックと思しき男が高速で走り去っていく姿を見たという報告から、ユーリックは脱走兵として捜索されることになった。

 中には逃走したユーリックがこの事件の引き金を引いた犯人だと主張する者もいたが、それを後押しする証拠もなく、バジウッドの擁護もありただの脱走兵として扱われた。ただ、なぜ彼が脱走することになったのかは謎のままだった。

 それがバジウッドにはずっと気になっていた。こうして彼のうわさを聞きつけるとすぐさま駆け付けるほどに。そんな彼の心情を理解しているのだろう、ユーリックも少しばかり葛藤した様子を見せたが、手に持つグラスの中身を一息に流し込むと、絞り出すような声で答えた。

 

「……怖かったんだ」

 

 その言葉にバジウッドは笑うことも呆れることも憤ることもしない。ただ静かにユーリックを見つめ、続きを促す。

 

「なんであんなアンデッドが魔法省にいるんだとか、オロー将軍ですら後手に回るようなあいつ強さも怖かった……けど、それ以上に俺が討伐されるんじゃないかってことが怖かったんだ」

 

 その言葉にバジウッドが驚く。何が彼に討伐されるなどという恐れを抱かせたのだろうか。まさか本当に彼が事件の犯人だったのだろうか。信じて擁護したユーリックに裏切られたのかという考えに頭を殴られたような衝撃を受けたが、彼が続けた言葉がそれ以上の衝撃となって頭を突き抜けた。

 

「俺もあのアンデッドに殺されて、ゾンビになっちまったんだ」

「……は?」

 

 一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。いや、意味を理解した後でもやはり意味が分からなかった。目の前の男は己をゾンビだというが、ゾンビのような土気色の肌ではないし乾いてもいない。あるいはヴァンパイアのように青白くもない彼は、どう見てもアンデッドには見えなかった。

 

「俺はあの時、あのアンデッドに殺されてゾンビになった。俺より前にゾンビにされた奴を何人も見ていたから、立ち上がる俺にオロー将軍が剣を向けてきたときに理解した。俺はまた殺されるのかって。不思議と自我を失っていなかった。けどあのアンデッドに再び立ち向かう勇気もなくて、あのままじゃオロー将軍もあのアンデッドに殺されるとわかっていながら逃げたんだ。……ここに戻ってきた俺を最初に見つけてくれたのかお前でよかったよ」

「馬鹿なことを……」

 

 言うな。何と言えばいいかもわからないまま口から出てきた言葉を言い切る前に、ユーリックは立ち上がるとバジウッドのほうに向きなおり、上着を勢いよくはだけて見せた。胴体の前面には、左肩から右腹部にかけて大きく裂かれた袈裟斬りの痕があった。その傷跡は深く、肉を裂き骨を断ち、その下の臓器にまで至り、肺、心臓、肝臓、胃、腸などの臓器が原型が残らないほど崩れていた。

 だというのにユーリックは動いている。血が流れず、臓器が壊れ、先ほど流し込んだ酒が零れている傷跡を晒したままユーリックは動いていた。

 

「俺は今まで逃げてきた。けれどようやく勇気が持てたんだ。……俺を殺してくれ、バジウッド」

 

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