魔法少女もとこ☆マギカ[開花の物語]   作:カピバラ@番長

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約束通り書き終わりましたぜよ。
やっぱり、巴マミちゃんは最高やな。(ご満悦)
なんて下らない事はさておき、もとこ☆マギカ後編をお楽しみください。



魔法少女もとこ☆マギカ[開花の物語]〜後編〜

巨大なホール。

囲むように連なる無数の観客席。

楽譜の天井から落とされるスポットライトに照らされる最高級のグランドピアノとそれを引く結界の主人。

 

ポロン。

 

調律の確認をするように、人と変わらない姿の魔女はしなやかな指を使って目を閉じて鍵盤を叩く。

ホールの中を文字通り木霊する音符に触れると、調律に満足したのか魔女は深呼吸らしき行動を一度行って姿勢を正す。

途端に、その場に存在する魔法少女達に緊張が走る。

 

「ふふふっ…ビリビリ来るわね」

 

引きつった笑顔を見せるのは、無数にある座席の内の一つに腰掛けるマミ。

魔女を追いかけていたかと思えば、いつの間にかマミは椅子に座った状態で結界の中にいたのだ。

恐らくは、この結界の主人であるあの魔女に招待されたのだろう。

更にもう一人、この結界内には魔法少女が存在する。

マミの座る位置を十二時とした場合、六時の方向。

魔女を挟んた向かい側の椅子にその魔法少女は隠れている。

 

「(危ない危ない、マミさんに見つかるところだった…)」

 

小声でそう言って背もたれから向かい側の様子を伺うのは制服姿の灯暮もとこ。

 

「(これなら、感知されない…よね?)」

 

言いながら手にする手帳を覗き込む。

そこに書かれているのは、今日までの間にもとこが得た魔法少女に役立ちそうな数多くの情報の一つ。

【魔法少女は変身すると互いの位置を確認し合える】

というもの。

最近流行っているライトノベルからの情報なので確度は低いが、物は試しにと実行中である。

 

「(うん、バレて無さそう)」

 

案外、人の想像力も信用できるんだと、手帳をしまう。

向かい側でしたたかに魔女を牽制するマミの姿は情報の正しさを裏付けるのに十分だった。

 

(今のマミさんなら大丈夫だろうけど…

うん、やっぱり私は隠れてた方がいいよね)

 

自分に気合いを入れるように、もとこは両手で小さくガッツポーズを取る。

 

彼女が魔法少女となって初めて魔女と戦闘を行った日からおよそ一ヶ月の月日が流れた。

その間、七体の魔女を巴マミと共に屠り、もとこ自身もそれなりの戦闘経験を積むことが出来た。

マミが前衛を担当し、もとこが後衛で支援する。

完成された編成の力は高く、二人は未だに重大な怪我を負った事はなかった。

今の二人の関係は相棒と呼ぶに相応しいだろう。

少なくとも、もとこはそう考えていた。

ただの一度もマミの前に姿を晒していない…どころか、そもそも彼女に『窮地を救った』と宣言すらしていないのに、もとこはそう信じて疑わなかった。

 

「(今回の魔女は強そう…けど、一緒に頑張ろうね、マミさん!)」

 

刹那。

重厚な旋律がホールに響き渡る。

それと同時に魔女の魔力が急激に高まり臨戦態勢、もとい演奏態勢へと移った。

何かに取り憑かれたように魔女は鍵盤を叩く。

強く、激しく、鋭く、けれど時に優しく穏やかに。

その指はもつれることを知らず、的確に音階を奏でる。

魔女を中心に、螺旋を描いて降りて来る五線譜。

その出発点となる天井の楽譜からは、文字通り音符が降って来る。

その音符こそがこの魔女の攻撃手段。

重量があって鋭い側面を持つ音符は直撃すればそれだけで死に至るだけの威力を持ち、掠めるだけでも大怪我は免れない。

脅威としか言い表せない音符が、両手の指では数え切れないほどの量で彼女達の頭上から降って来ている。

そんな絶望的な中だというのに、もとこは魔女の演奏に心を奪われ、覗き見のまま美しい音色に聞き入ってしまっている。

幸い、もとこの隠れる場所は魔女から遠く、比較的落ちてくる音符の数が少ない。

その為、ある程度の余裕は確かにある。

しかし。

 

「いっ…!」

 

もとこの背後で風を切る音が聞こえる。

反射的に振り向くとそこには椅子の代わりに、音符があった。

一秒にも満たない僅かな時間で音符は空間に溶けていったが、もとことの隙間は僅か数センチ。

もとこは鋭い痛みが走る右肩を抑える。

実態の無い風の刃が一陣、背後からもとこを襲ったのだ。

幸運にも、落ちて来た音符が小さかったお陰で発生したカマイタチの刃は小さく、大事には至らなかった。

しかしそれでも、鋭利な風はもとこの右肩を覆う制服を裂き、薄皮を切っている。

傷口からは鮮血が滲み出す。

近くに落ちただけだというのにも関わらずこれだけの爪痕を残す魔女の攻撃、その最中にいるマミは一体どれ程の極限状態で戦闘をしているのだろう。

 

「(くぅ…!)」

 

瞬時にもとこは魔法少女の姿へと変え、同時に口を抑えて言葉が出るのを拒む。

不用意に声を出せば、目の前で戦闘するマミに気付かれてしまう。

そうなれば、自分は直ぐに結界から追い出されてしまうだろうと考えたからだ。

 

「くっ、このっ…!数がっ!」

 

ホール内を反響するのは音符や旋律だけではない。

リボンを使って五線譜の上を辿り、どうにかして魔女への接近を試みるもあと一歩のところで阻まれるマミの声で、もとこは現状を思い出す。

 

「(…あの数の音符と使い魔じゃ、流石のマミさんでも魔女に近寄れない…)」

 

当たれば必死の攻撃は魔女が一小節を弾く度、ホール内を無作為に蹂躙する。

魔女の演奏が激しい時は雨のように降り、穏やかな時は数こそ少ないものの比較して大きい音符が降って来る。

それをマミはリボンやマスケット銃を使い、或いは五線譜の上を辿ってやっと避けている状況だ。

上手い具合に魔女へ接近しても、黒鍵を模した使い魔がそれを阻み、マミは対処で手一杯になる。

その光景をもとこは歯嚙みをしながら見るしかない。

 

「(どうすれば…)」

 

兎に角先ずは相手の行動を把握をしなければ。

そう考えたもとこは、魔女の動きや降って来る音符の落下パターンを観察し始める。

けれど、得られるのは【ランダムに落下する音符】と【魔女が演奏するのと攻撃するのは同じ事】、【黒鍵を模した使い魔は衝撃を与えると一定時間その場から身動きが取れない】という、分かりきった情報だけ。

使い魔の硬直を狙えばとも考えたが、一秒程度の硬直では音符の対応もしているマミにとってはほぼ意味が無い。

 

「(うぅん…

よし、まずはいつものように…っと)」

 

そう言ってもとこはミモレスカートに類似したスカートの内側、右太ももに巻かれているホルダーから、自分の武器を取り出す。

 

「(……んっ)」

 

柄から刃を出して、もとこは目を瞑って結界内を感じる。

今までと同様、巴マミの魔力を。

正確には、結界内にいる魔法少女の魔法を観察するのだが。

そうして感じた魔力を、手にしている武器、折りたたみ式のナイフに当て込む。

すると、ナイフの形は一瞬でマミの持つリボンの色違いと成り、マスケット銃へと姿を変える。

その出来栄えに寸分の狂いもない。

 

「(うん、やっぱり出来は最高。文句無し!)」

 

言いながらもとこはマスケット銃の先端から少し手前の部分を、正面の背もたれの上に置き、銃口がブレないように構える。

更に、怪しいネットショッピングで購入したセール品の可変倍率付き片目スコープを左太もものホルダーから取り出して右目に装着する。

少しばかり魔法で弄った為、魔法少女の姿の時限定でもとこの思考のままに倍率の変化が可能となっている。

倍率を上げたい、或いは下げたいと考えた途端に倍率が変化するというスグレモノだ。

スコープの倍率を四.二一倍にして、基本的にマミの少し後ろに照準を合わせる。

そうすればマミの身に危機が訪れたとしても迅速に対応出来る。と、もとこがこれまでの魔女戦で理解した為だ。

 

「(…いいよマミさん、後はそこにある音符を撃ち砕けば…!!)」

 

マミは最前列の座席を伝い、等間隔に十数本のマスケット銃を配置し撃鉄を鳴らしていく。

時間差で放たれる銃弾達が旋律を遮る。

降って来る音符や、魔女を庇って銃撃を受ける黒鍵の使い魔。

だが、それで砕けるのは音符だけ。

使い魔は当たった部分の塗装が剥げたようになるだけで倒せはしない。

が、今はそれだけで十分だった。

 

「(今!)」

 

配置されたマスケット銃、最後の銃撃に合わせもとこは引き金を引く。

狙いは魔女の頭部。

さっきまでなら音符が遮り、使い魔が拒んでいた射線。

けれど、魔女の周りの音符は六発に及ぶマミの銃弾により崩壊。

九発目と十一発目が付近の使い魔二匹に命中し、その場で硬直している。

十二本目のマスケット銃は虚しくも、もとこのいる二つ隣の席に穴を開けたが、隠された十三本目、もとこの一撃が魔女の頭部を狙い撃つ。

しかし、それでも。

 

「あぁもう!なによそれ!反則よ!」

 

もとこの放った銃弾を自身が最後に使用したマスケット銃だと勘違いしたマミは苦い顔で叫ぶ。

それでもめげずに、降ってくる音符を避けながらリボンを少し遠い位置の座席に巻き付けて離れ、態勢を整える。

決定打とも言える今の一撃。

しかしそれは、どこからともなく現れた指揮棒によって弾かれてしまった。

 

「(…もしかして、演奏を止めない限り、魔女に致命傷は与えられない…?)」

 

もとこの手の上で、使い終わったマスケット銃がナイフの形へと戻る。

それをもとこは同等の手順で再びマスケット銃に変えた。

その間にマミは再度、魔女への接近を試みる。

雨のように降り続ける音符を打ち砕き、五線譜を辿って魔女に銃弾を叩き込む。

 

「あぁもう!さっきその使い魔叩いてなかった!?」

 

必死に近寄り、放った一撃も使い魔に阻まれ魔女には一歩届かない。

だがその瞬間、奇跡的にも一つのラインが通る。

もとこの指が反射的に引き金を引く。

響く発砲音、駆け抜ける銃弾。

遮るものの無い一撃は、魔女の右ふくらはぎを抉った。

 

「(しまっ…!)」

 

咄嗟に隠れるもとこ。

 

「今のは!?」

 

マミの視線がもとこの隠れる座席に向けられる。

そこに見えるのは、浮いている一丁のマスケット銃。

役目を終えたそれは力無く傾くと、そのまま座席の間にある通路に姿を消す。

 

「…あんなところに置いたかしら。

けど、まぁいいわ。お陰、で…!?」

 

すぐさま魔女を視界に捉えるマミ。

映るのは、抉られたふくらはぎの場所をさする魔女。

だが、その目は自身のふくらはぎを見ている訳ではなかった。

瞬時にマミは通路に身を隠す。

暗い。

ただひたすらに真っ暗闇な双眼を、マミの様子を伺おうとしたもとこは、あろう事か直視してしまった。

 

「(怖い…!)」

 

コンマ一秒にも満たない時間だった。

なのにもとこの身体は恐怖によって一切の自由が利かなくなってしまう。

一時的なものではない命の危機に、ガタガタと震える両肩を抑え、奥歯を鳴らす。

もとこはそれを、眼、とは認識出来なかった。

まるで樹のウロのようだと、表現出来るならどれだけ良かっただろう。

眼に相当する位置に開く穴の空間を占めるのは、丹念に丹念に塗りたくられた夜の色。

そこで捉えられた全ては、等しく絶望を感じる以外に道は無い。

それは、巴マミでさえも同様だった。

即座に身を隠した為、魔女には一瞬しか見られていない。

けれど、魔女にしてみればそれだけで十分だ。

 

「お父さん…お母さん…」

 

この魔女の持つもう一つの攻撃手段。

それは、対象に恐怖を植え付ける事。

演奏によって物理的な恐怖を万人に与え、演奏を阻害する者には精神が焼け爛れる恐怖を与える。

発動条件は開かれた魔女の目を見て、魔女に見られる、ただそれだけだ。

たったそれだけで対象に、象より重く、深海よりも深いトラウマを植え付ける。

或いは、呼び起こす。

瞼の裏に映る、父と母の遺骸。

鼻を刺す臓物の血臭。肺を侵す黒煙。

マミの脳裏を這いずり回るのは過ぎ去りし日の記憶。

彼女にとっての恐怖の象徴。

 

「こんなところで、死にたく…ない…。もう、あんな思いしたくない…!」

 

マミは魔女との交戦中である事も忘れ、敵に背を向け膝を抱えて身体を丸める。

どれだけ大人びて見えても巴マミはまだ中学一年生の少女だ。

理不尽に訪れた孤独に震え、誰にも口外出来ない脅威と日々隣り合わせに生きている。

 

「…違う」

 

だからだろうか。

 

「また私は自分だけを…?違う。そんなの、絶対に許さない」

 

その想いは、哀しいまでに一途だった。

 

「決めたじゃない、誓ったじゃない。私のこの命は誰かを救う為に使うって!」

 

一つ、二つ、三つとマミの意思に呼応してマスケット銃の銃口が魔女の眼窩に照準を合わせる。

 

「ありがとう魔女さん。貴女のお陰で再確認したわ。

私が、貴女を、倒す理由を!」

 

奮い立ち、展開されたマスケット銃で銃弾の雨を降らせる。

その数は、ゆうに二十を超える。

音符を穿ち、使い魔を下し、指揮棒を跳ね除け、グランドピアノに風穴を開ける。

 

{€%÷<:$○〆^¥!!!}

 

この射撃では魔女に銃撃を見舞えはしなかった。

だが、ふくらはぎを抉った時でさえ声を上げなかった魔女が、何かを撃たれて絶叫した。

顔を覆い、身体を振り回し、嗚咽らしき声を撒き散らす。

 

「そう。貴女の弱点は、その立派なピアノなのね」

 

同数のマスケット銃をもう一度展開し、今度はグランドピアノのみに照準を合わせて同時射撃を行う。

ホールを支配するのは爆発音のように響く撃鉄と炸裂する火薬の音。

あれだけ落ちていた音符は影も形もない。

残る障害物は黒鍵の使い魔だけだが、マミの狙いはグランドピアノの本体とも言える、弦の張りつめられた腹部。

 

「ビンゴ!」

 

文字通りグランドピアノは蜂の巣にされる。

その時グランドピアノを守ろうと動いた使い魔は一匹たりともいなかった。

マミの予想通り、魔女以外を狙った攻撃なら使い魔は反応しないらしい。

どうやら使い魔達は命令というよりも本能的な部分で魔女を守っていたようだ。

銃弾のいくつかが脚に当たったのだろう。

重さに耐え切れず、グランドピアノは崩れ始める。

 

{〒+¥€#○*…}

 

椅子から離れ、グランドピアノの崩れゆく光景を、膝をついて見届けるしか出来ない魔女。

その背後で、マミは巨大な銃口を向けていた。

 

「悪いけど、拘束させて貰うわ。

…と言っても、もう、動かないでしょうけど」

 

両手で顔を覆ったまま座り込む魔女の身体に、生き残った少数の使い魔も巻き込んで、リボンで拘束する。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

マミの持つ銃の中で最も火力の高い、究極の一撃は、狙い違わず魔女と使い魔を消し炭も残さず葬り去った。

 

「…ふぅ、どうにか倒せたわね」

 

見慣れぬ異世界から無事に普段の世界へと帰還を果たしたマミ。

いつもならこの段階で変身を解除するのだが。

 

「それで、どこにいるの?隠れてないで出て来なさい」

 

変身姿のままマミは、雑草の生い茂る庭を見回す。

付近に人影は無い。

あるのはかつて人が生活していた家屋の無惨な姿と、足元に佇む魔女の残したグリーフシードだけ。

 

「…気のせい、だったのかしら」

 

変身を解きながら、訝しんだ表情で首を傾げる。

あの時、魔女のふくらはぎに向けて撃たれた銃。

何度思い返しても、あの位置に配置した覚えはない。

付け加えて、ほんの米粒程度ではあったが自分以外の魔法少女の気配を感じていた。

いつの間にか消えてしまっていたが、もしもその場に居合わせたままだとするならば、きっとここに現れるはずだ。

しかし、付近には野良猫一匹視認できない。

 

「…そうね、もし他の魔法少女がいたとしたら、これを放っておくわけないもの。私の勘違いね」

 

マミは拾い上げたグリーフシードをソウルジェムに触れさせて穢れを取り除いていく。

全ての魔法少女が永遠に求め続ける物、グリーフシード。

これを使用されても何もして来ないのなら、単なる気のせいだったのだろう。

第一、あの銃はマミの物と全く同じだった。

類似品はあっても、同様の物は存在しないだろう。

数秒の後、綺麗さっぱり穢れの取り除かれたマミのソウルジェムは、眩いばかりの輝きを放つ。

 

「うん!やっぱり、この方がいいわね」

 

マミはソウルジェムを傾き始めた太陽にかざしてから指輪に変形させ、指にはめてその場を後にした。

 

「はぁ…はぁ…」

 

残されたのは、最後の最後まで恐怖に支配されたままだったもとこ。

マミが戦闘を行っていた最中に変身は解け、今の今まで身体を震わせていた。

偶然、廃屋の中で元の世界に戻っていた為、マミに見つからずに済んだのだ。

 

「あぁ…うぅ…」

 

疲弊しきり、ふらつきがらも、もとこはどうにかして立ち上がる。

未だ動悸は治まらない。

疲れもピークに達している。

たちまちその場でへたり込んでしまうもとこ。

 

「マ…ミ…さん…」

 

何処からともなく聞こえてくる足音。

もとこには、そんな音が妙に心地よく聞こえた。

 

「…とちゃん!…っかり!」

 

昏む意識の中、もとこが最後に耳にしたのは、聞き慣れた誰かの心配する声だった。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「あ、れ…?ここ、は…」

 

霞み気味の視界に映る白い天井。

寝慣れた感触に、心地よい暖かさ。

もとこは、反射的に身体を起こす。

 

「んっ…!」

 

右肩に走る痛みに顔を顰める。

 

「まだ起きちゃダメだよ!」

 

「あ…え?どうしてここに?」

 

痛みによって鮮明さを取り戻した視界。

その先に捉えたのは、この場に居るはずのないやえだった。

 

「大丈夫、もとちゃん?

あばら屋で倒れてるところ見つけて、家まで運んで来たんだけど…」

 

「お家…?」

 

言われて辺りを見回す。

カピバラを基にデザインされたキュピバラと呼ばれる人気キャラのデジタル時計や、もとことやえが写った写真立てが飾られる本棚。

その他にも見慣れた家具が部屋の中には置いてある。

 

「…そっか、やえちゃんが助けてくれたんだ…」

 

だんだんと記憶が蘇る。

あの時、朦朧とする意識の中で聞こえて来た足音は、もしかしなくてもやえのものだろう。

 

「もう、心配したんだからね…」

 

「やえちゃん…。ごめんね、心配かけて…」

 

「ホントだよ!もしも取り返しの付かない事になったら、私…」

 

そう言ってやえは慌てて顔を逸らす。

しかし、鼻をすする音はもとこに聞こえてしまっている。

 

「ごめんね…。次からは、もっと気をつけるから…」

 

もとこは笑顔を作って見せる。

 

「っとと、まだ寝てなきゃダメだよ」

 

ここはもう、あの怖い魔女が居る場所ではないとわかったもとこは、緊張が解けたのか、起こした身体を隣に座るやえに預けてしまう。

 

「うん、ありがとう…」

 

やえの目尻にはまだ涙が残っている。

けれどそれに気付かないフリをして、再びもとこは笑顔を作り、やえに身体を支えてもらってベッドに横になる。

 

「ところでさ、もとちゃん。どうしてあんな外れで倒れてたの?」

 

「…え?」

 

安心も束の間、やえの質すような聞き方にもとこは呆気にとられてしまう。

 

「だ、だってさ、ほら!あの辺って結構治安悪いじゃない?だから、どうしてかなーって」

 

「そっ、それは…」

 

あの廃屋に居た理由、それは紛れも無く、魔女を追うマミをつけていたからだ。

だが、そんな事を言えばやえに自分が魔法少女だと伝えなければならない。

 

(そんなの…言える訳無い)

 

そうなれば、信じて貰うために魔法少女の姿へと変身する事だって考えられる。

最悪、魔女との戦いに巻き込んでしまう可能性も否定出来ない。

やえに危険な目にあって欲しく無いもとこは口籠ってしまった。

 

「そっか、言え無いんだ」

 

俯いたやえから聞こえる悲しげな声。

この声は右肩にある傷よりも、もとこを痛めつける。

 

「うん…。で、でもね!悪いことをしたくてあそこにいた訳じゃ…!」

 

「いいよ!」

 

もとこの必死の弁明を遮るのは、振り降ろされた鉈のようなやえの叫び。

今までやえの見せたことの無い感情に、もとこは身体を強張らせてしまう。

 

「もう、いいよ。もとちゃん。

もとちゃんは、私を信用できないから…だから私に教えてくれないんでしょ?」

 

「違っ…!」

 

「違わないよ!…だってさ、もとちゃん、今まで私に隠し事なんてしなかったのに…最近は…」

 

やえは唇を噛んで必死に耐える。

漏れ出しそうになる何かを。

 

「最近は…うっ…グスッ…」

 

「やえちゃん…」

 

やえは抑えきれずに、とうとう涙を流してしまう。

溢れて、溢れて、なおも溢れて。

止め処なく零れる涙を、やえは必死に拭う。

頬は赤く擦れ、布団の上に幾滴も落ちている。

 

「…私、最低だ」

 

拭う両手で顔を抑えたまま、やえは言葉を絞り出す。

後悔ばかりの嗚咽を更に続ける。

 

「もとちゃんは、きっと私の為に秘密にしてくれてるのに。なのに私は…

ごめん…もとちゃん。私、もう帰るから!」

 

やえの座っていた椅子が虚しい音を立てて倒れる。

 

「まっ…!」

 

部屋から飛び出すやえ。

それを止めようとベッドから降りたもとこだが。

 

「やえちゃん…」

 

気づいてしまった。

今の自分では彼女を救う手段が無い事に。

 

「もぅ…やだよ…」

 

こうなってしまえば、もう、関係の修繕は難しい。

どこで間違ったのだろう。

どうしてこうなってしまったのだろう。

どうすれば彼女とまた笑顔で話し合えるのだろう。

もとこの持つ思考のキャパシティは完全にオーバーしてしまった。

クシャクシャに顔を歪ませ、去って行ったやえと同様に行き場の無い涙を流す。

そのままベッドの上に泣き崩れ、しばらくの後、もとこは泣き疲れて眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

その日の深夜。 

 

〔君の行動は理解に苦しむよ〕

 

月明かりに照らされた白い尻尾を左右に揺らして窓際に座るキュゥべぇ。

小さな飴玉のように輝く赤い両目が映すのは、三つ編みを解いた少女。

 

「だって、これが私のお願いした事だもの」

 

部屋の電気は点いていない。

あるのは、キュゥべぇの座る窓から降る月明かりのみ。

屋外の方が明るい部屋の中で、瞼の赤いもとこはベッドの上で横になっている。

 

〔分からない。マミの隣で共に戦うわけでも無いのに、マミが君に感謝をしているとでも思っているのかい?

実際、君がマミの命を救った時、マミは助けてもらったと思っていない。

偶然、自分の銃が撃ち抜いた。マミの考えは終始そうだった。

それなのに君は満足していると?

全く、訳がわからないよ。〕

 

もとこは僅かに締まる自分の胸に手を当てる。

キュゥべぇの言う通り、いつまでもこのままではいけないともとこも感じているのだ。

やえが遠ざかってしまっている今、唯一の拠り所であるマミすらも失ってしまえば、もとこは正気でいられなくなるだろう。

けれど今回の戦闘といい、今のもとこがマミに『背中を預けて欲しい』と言うには余りに技量の差があり過ぎる。

 

「キュゥべぇの言ってる事も分かるよ。確かに、マミさんに『ありがとう』って言って欲しい気持ちもあるんだ。

けど、今の私には過ぎた願い。今はまだ、自己満足でいいんだ。

もう少し、マミさんに追い付けたら…その時は…」

 

キュゥべぇに…と言うよりは、天井に向かって独り言を投げる。

その言葉をキュゥべぇは見逃さなかった。

 

〔それは無理じゃ無いかな。

君の得た魔法の系統は、他の魔法少女に比べて遥かに異質だ。

一人じゃ何も出来ない、そのくせ仲間と組めばその力は無限大にまで広がる。

君に目覚めたのはそんな力なんだ。

けれど、魔法少女は基本、一人の縄張りを持ち、他の魔法少女を踏み入れさせない。だからこそ、徒党を組んだりしない。

つまりは…〕

 

「分かってる!分かってるよ….」

 

もとこの焦りに、キュゥべぇはそれ以上の言葉を流さなかった。

そう、魔法少女のもとこにとって仲間は絶対的に必要な存在だ。

だが、キュゥべぇも言った通り魔法少女は仲間を持たずに行動する場合が多い。

全ての魔法少女に生涯付き纏うアイテムーーーグリーフシードがある限り、共闘などと腑抜けた行為の実現は不可能に近い。

状況が状況なら、魔法少女同士で争い、奪い合う可能性だって充分にあり得る。

もとこ自身、マミがそうだとは考えたくなかった。

考えたくは無いが、違うという否定材料がない事も確かだった。

マミさんに限ってそんな事…。

などと言う甘い夢を肯定するには、彼女は魔法少女を理解し過ぎていた。

 

「…ごめんねキュゥべぇ。今日はもう帰って」

 

もとこの声が少しだけ荒くなる。

日中にあった出来事といい、今の彼女には現実を受け止める程の余裕はない。

それを知ってか知らずかキュゥべぇは四足で立ち上がると。

 

〔…分かった。だけど一つだけ、僕から忠告しておくね。

いくら特殊とは言え、そろそろ君のソウルジェムも限界じゃないのかい?

このままだと、魔法少女ですらいられなくなるかも知れないよ。〕

 

そう言って、キュゥべぇは姿を消した。

残されたもとこは、再び涙を溜めると、布団の中に潜る。

 

「…なんで私の魔法はこんなのなんだろう」

 

真っ暗闇の中で消え入りそうな光を放つのは、穢れの溜まりつつある卵型の宝石、ソウルジェム。

それを両手で大事に包むと、もとこは胸に押し当てる。

 

「私は、一人じゃ何も出来ない…」

 

奥歯を噛み締め、悔しさを露わに言葉を繋ぐ。

もとこの持つ魔法、それは【変質させ、イコールする】もの。

端的に言うならば、魔法少女の持つ武具を性質ごと完璧に複製する能力だ。

よって、魔法少女の数だけもとこの戦闘能力は振り幅を広げる。

例えばの話だが、マミの使用するティロ・フィナーレ銃をもとこが複製して使用した場合、魔女に与える単純なダメージ量は二倍になる。

その為、協力者が優秀なら優秀なだけもとこの持つ戦力も上がるのだ。

だが、当然ながら使用には条件がある。

 

《魔女の創る結界の中には使用者と対象者が同時に存在しなければならなず、また、自身の持つ武器以上には複製出来ない》

 

と言うものが。

彼女の持つ武器、折りたたみ式のナイフは計三本、複製出来る最大個数はそれに順じてしまう。

だが、その条件さえ整ってしまえば、如何なる魔法少女の、どんな武具であれ、三つまでなら複製可能なのだ。

しかし、どれだけ威力の高い武器を複製したとしても、一度に展開出来る数は三つのみ。

物量では他の魔法少女に遅れを取ってしまいやすい上、ナイフ時に於ける戦闘力ではどうあがいても勝ち目はない。

魔女戦に於いてでは尚の事で、無いよりはマシ程度のナイフでは自衛が精一杯だった。

ならば『能力で増やせば良いんじゃ…』と、もとこは考えたが、融通が効かない事に彼女の能力は自身に使用する事が出来なかった。

詰まる所、彼女一人の持つ戦闘力は皆無に等しいのだ。

故に必要だった。

手を取り合い、協力し、共に魔女を打倒する仲間が。

 

「……決めた」

 

布団の中で、もとこはある一つの決断をする。

今後を左右する、重大な決断を。

 

「今度マミさんが魔女と戦ったら、私も前に出て戦う…」

 

魔法少女は縄張りを持ち、他の魔法少女と対立している事を忘れた訳ではない。

巴マミに限ってそんなはずは無いと、甘ったるい希望を持っている訳でも無い。

もとこは、一種のけじめの為にこれまでの事を明かし、共闘を申し入れようと考えたのだ。

その結果、コンビを組んで魔女退治が出来るならそれに越した事はないし、対立するにしても、同じ学校の生徒だったり今までの経緯だったりを説明すれば、どう転んでも巴マミとの戦闘にはならないだろう。

そう判断した上での決断だった。

そして。

 

「もし、マミさんと仲良くなれれば…」

 

もとこの意思を後押しした一番の原因。

 

「その時は、やえちゃんの事を相談しよう」

 

それは、気まずい関係になってしまったやえとの元の関係に戻る事だった。

今のもとこにはやえに掛ける言葉が見つからない。しかし、マミの手を借りたなら…。

きっと上手く行くだろうと、信じてやまなかった。

 

「そうと決まれば、少しでも早く元気にならないと」

 

決意を新たにしたもとこは布団から頭と手を出し、指輪型にしたソウルジェムを左指にはめる。

僅かに火照る額に、右手を当てたままもとこは眠りに就いた。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

翌日、もとこは38.2度の熱を出していた。

身体的疲労と精神的疲労によって風邪の菌を呼び込んでしまったからだろう。

それから一週間、病床につく。

その間の来訪者はゼロ。

正しくは、母親の元にプリントを届けた人物はいたが、もとこの部屋に上がってくるものはいなかった。

だがそれも八日目の昼まで。

夕方にそれは現れる。

 

〔マミが魔女に襲われて大変な事になっているよ。

君の願いは『巴マミにとって必要な存在になる事』だからね。一応、伝えておいた方がいいと思って。〕

 

落ちる夕陽を背に、白い生物はもとこに告げる。

相変わらず平坦な話し方だったが、そんな事は今のもとこにはどうでも良かった。

 

「どこ!?教えてキュゥべぇ!」

 

身体を覆っていた布団を引き剥がしたもとこは、いそいで机の引き出しを漁り、見つけたスコープをそのまま右目に装着する。

 

〔場所は見滝原デパートの跡地。僕が最後に見た時のマミは、魔女の手によって身動きが取れない状態だったよ。〕

 

話が終わると同時に、キュゥべぇが窓際から消える。

代わりに窓の桟を踏み締めるのは魔法少女の姿となったもとこ。

 

〔キュッぷい。酷いなぁ、いきなり僕を落とすなんて…

ふふっ、なんだ。結構元気じゃないか。

やえの言うほど、心配する必要はなかったかな。〕

 

その言葉がもとこに届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

もとこが家を飛び出して十分後。

全力疾走の末に、飛び入ったのは魔女の結界の中だった。

小さな鉄屑の山の上に立つと、即座にホルダーからナイフを取り出して感覚を当て込む。

瞬時にナイフは紺色のリボンへと成り、マスケット銃へと姿を変える。

 

「マミさん!」

 

もとこの叫びに連動してスコープの倍率が上がっていく。

視界(レンズ)の先には鉄屑の山がいくつも置かれ、それを囲むようにフェンスが並び立つ。

巨大な磁石で鉄を吸引するクレーン車が何台も止まり、鎌首が持ち上がっている。

視界は最悪だ。

視野を広げる為、付近にある内の一台。

最も高い位置で首を折り曲げるマグネットクレーン車のフロントアタッチメントを駆け上がり、最上部に立って人影を探す。

 

「…アレは?」

 

二時の方向に人影らしきものが映る。

スコープの倍率を更に上げて、もとこは確認を急ぐ。

 

「見つけた!」

 

人影に見えたのは、憎き魔女。

足元には無造作に積み重ねられた一際大きい鉄屑の山があり。

近くにはピクリとも動かない巨大なプレス機。

その鉄屑の山の上に立つのは、錆び付いたカメラのような頭部と、鞭状の両腕を持つ魔女。

そこから数メートル付近の小さな鉄屑の山の側に、探している少女がいた。

辺りに見えるのは、人間を彷彿とさせる四体の鉄屑の人形。

マミはそれに囲まれ身動きを取れないでいる。

 

「直ぐに…助けるから」

 

ホルダーに残された、残り二本のナイフを取り出し、マスケット銃へと変える。

照準を人形の頭部にあわせ、撃鉄を鳴らす。

 

「…え?」

 

目の前でオイル色の液体を撒き散らして、マミの右にいた人形がふらつき、倒れた。

 

「大丈夫だよマミさん。残り、も…!」

 

続けて、二発の弾丸が人形たちの頭部を撃ち抜いた。

これでマミの動きを妨げる人形は一体となる。

これならばマミの手でもどうにかなるだろう。

そう思った矢先に、マミはその場で座り込んでしまう。

 

「ダメ!」

 

瞬時に、元に戻った内の一つをマスケット銃へと変え、マミの背後から襲い掛かろうとする、最後の人形の頭部を吹き飛ばす。

 

「あ、危なかったぁ…」

 

元の形に戻ったナイフを手にもとこは一息つく。

スコープ越しに見えるマミは、未だに座り込んだままだったが、近くに鉄屑の人形の姿は無く、魔女も動く気配は無い。

一先ずの危機は去ったと考えて良いだろう。

けれど、いつ魔女が動くかは分からない。

マミの魔法によって動きを拘束されているのか、それとも単なる気まぐれなのか。

どちらにせよ、あまり余裕はない。

 

「待っててマミさん。直ぐに行くから」

 

ナイフを手にしたままのもとこは、近くに見える幾つものマグネットクレーン車を足場にし、マミの元へと急ぐ。

その間もとこは、どうやって共闘を申し入ればいいだろうと考えていた。

主に、マミのような優しい人に何かを願い入れる場合は、先に恩義を作っておく。というのが、今回のような交渉におけるセオリーなのだが、当然もとこはそんな手段は知らない。

その為、特に意識せずもとこはこれまでの経緯を話すだろう。

ただし、マミがそれを全て信じるかは別だ。

仮に、今までのもとこの手助けを認めなかったとすれば、提示できる証拠が無い以上、もとことマミの立場は同じになってしまう。

もしもマミがもとこの技量を知っていたとしたら立場の逆転まである。

しかし幸いにも、今のマミには明確な恩が一つある。

屑鉄の人形ーーー恐らくは使い魔ーーーに囲まれていたマミを救えるのは、この結界に存在するもとこただ一人のみ。

こればかりは認める他ない。

よって、もとこの優位で交渉が開始できる。

つまり、この交渉は初めからもとこに軍配が上がっているのだ。

だが、それはあくまで、マミが恩を感じでいた場合の話。

逆にこれを仇と感じていたとしたら。

 

「大丈夫でしたか、マミさん!」

 

もとこは、座り込んだまま微動だにしないマミの元へ辿り着く。

 

「…これは、貴女が?」

 

マミの言葉が指すのは、近くで無残に倒れる人形の内の一つ。

 

「えへへ」

 

もしかしたら抱き着いてくれるかもしれない。

心の中でそう思いながら、恥ずかしそうにもとこは答えた。

 

「…そう。なら、貴女は私の敵だわ。灯暮さ…

いえ、灯暮もとこ」

 

「えっ…?」

 

もとこを覆うのは、柔らかく、温かいであろう巴マミの身体では無かった。

額に触れる金属と、冷たい感触。

銃口を突きつけられるもとこの脳内にあるのは。

〈何故?〉

の、一言。

そう、もしも仇と感じていたならば。

交渉など、そもそも成立しないだろう。

 

「私は、貴女を、絶対に許さない」

 

手に持つナイフよりも鋭く、突き付けられた銃口よりも冷たい殺意。

もとこに視線を向けるオイルの跳ねたマミの顔は、宿敵を見るように険悪だ。

 

「ど、どうして?私、何か邪魔しちゃった…かな…」

 

酷く混乱するもとこ。

マミはそんな事お構い無しに、引き金にかける指の力を更に強める。

 

「どうして?貴女、自分が何をしたのか分かってるの…?」

 

噛み締める歯を見せ、怒りを露わにしたマミ。

次に彼女が口にする言葉が怒りによるものなのは、状況を理解できていないもとこにも容易に想像できた。

 

「貴女がさっき撃ったのは、人なのよ!?」

 

「…え?」

 

突き付けられていた銃口は地面を捉える。

俯いたマミが見せた次の顔は、目尻いっぱいに涙を溜めていて。

真っ直ぐにもとこを睨みつけた。

 

「そう、ようやく合点がいったわ。

ここ最近の不思議な出来事は、全部貴女のせいね」

 

マミは左手で涙を拭い、手にするマスケット銃を消し去る。

 

「…消えなさい。今すぐに。そして二度と私の前に現れないで」

 

「そんな…!」

 

「喋らないで!」

 

マミの一声は、もとこの膝から下の感覚を奪い去る。

崩れ落ち、膝をついて、手元からナイフが転がり離れる。

 

「一度しか言わないからよく聞きなさい」

 

三歩後退したマミはもとこに対してーーーというよりも、近くにいる誰かに向けてーーー言葉を続けた。

 

「貴女が何度も私を救ってくれた事には感謝してるわ。本当に、心からね。お陰で私は明日からも誰かを助けられるんだもの。

だから、今回だけは見逃してあげる」

 

そうしてマミの手に現れたのは、もとこを一飲みに出来そうなくらい大きな銃口を持った巨大な銃。

 

「まって!せめて私の話を…!」

 

「ティロ・フィナーレ」

 

もとこの声を戦慄が刈り取る。

反響する撃鉄音。

跳ね上がる周辺温度に、背後から聞こえる鉄と鉄が擦れる音。

小刻みに震えるもとこが振り向くと、頭の半分が消し飛んでいる魔女の姿がそこにはあった。

 

「言ったはずよ。喋らないで、って」

 

「う…そ…」

 

もとこに向けられる、小さいながらも狙いを違える事のない銃口。

マミの言葉に嘘はない。

おかしな行動をとれば次は、無い。

 

「違う…違うの。私はただ、マミさんと一緒に…魔法少女を…」

 

へたり込んだままのもとこは虚ろになった目でマミを見つめる。

殺さないで欲しいからでは無い。

彼女が今、マミに求めているのは【自分の話を聞いて欲しい】という極めて自然な願いだった。

どうか、この胸の内を聞いて欲しい。

どれだけ自分が【巴マミ】という少女に憧れを抱き、尊敬をしていて、肩を並べて歩きたいと感じていたのかを聞いて欲しいのだ。

貴女こそが自分にとって救いの天使だったと、ただ一言だけ伝えたいだけなのだ。

だが、彼女は既に魔法少女になる為の願い事を使ってしまっていた。

 

「私は貴女を魔法少女とは認めない。

仲間と思う事も絶対にないわ。絶対に」

 

懇願は届かない。

マミは銃口を向けたまま、もとこに現実を突きつけた。

 

「そん…な…」

 

「こうも言ったはずね。二度目は無いわ」

 

(うそ…こんなのうそ。だって、私は願ったんだもの。マミさんに必要な存在になるって。なのに…そんな…)

 

もとこは地面につけた両腕に顔を押し付ける。

そこから聞こえるのは、絞り出された涙声と嗚咽。

 

「…そう、貴女が望むなら仕方無いわ」

 

マミの構えるマスケット銃の照準が固定される。

躊躇うように、ゆっくりと引き金を引き絞る。

 

ほんの数秒。

 

それがもとこに残された余命だった。

この瞬間、もとこのソウルジェムが穢れで覆われる。

巴マミに拒絶されたという、耐え難い絶望によって。

薄れゆく意識の中、もとこは全てを理解する。

身体を蝕んでいくのはこれまで溜めてきた穢れ。

侵食され尽くした時、自分はーーー魔法少女は、魔女になるのだと。

 

(ダメ。

そんなの絶対にダメ!

私が魔女になるは仕方がない。だって、それだけの事をしてしまったから。

やえちゃんを傷つけて、名前も知らない誰かを、マミさんの魔法を使って殺めてしまったから。

だから自分が魔女になるのは納得出来る。

けど、マミさんは違う。

このまま魔法少女を続ければ、いつか絶対に魔女になっちゃう。

そういう風になっているから!)

 

だからせめて。

この事実だけでも彼女に伝えようと、もとこは自分の罪に反逆する。

しかし、抗えば抗うほど恐怖は膨れ上がり、穢れが増すだけだった。

 

「…やめ…て」

 

「忠告は…したわ」

 

撃鉄の音が響く。

飛び散る脳の混じった血液が彼女を覆う。

はずだった。

 

「え…?」

 

吹き飛んだ何者かの腕。

地面を抉る弾丸。

そして。

 

「そんなっ!」

 

マミが目にしたのは、魔女の口元で虚空を見つめるもとこだった。

銃弾はもとこの額を撃ち抜く瞬間、消えつつあった魔女がとてつもない速さで移動を始め、彼女の窮地を救ったのだ。

魔女は半分となったレンズの真下でもとこを銜えたまま上を向く。

もう一度、魔女が口を開く。

その光景をマミはただ、茫然と見ていた。

 

【魔女は人を喰らう】

 

知識としては知っていたが、目の当たりにするのは初めてだった。

瀕死の状態にある魔女に、一思いに、パクリという効果音が聞こえてもおかしくないほどあっさりと。

もとこは丸呑みにされた。

咄嗟に魔女から距離を取るマミ。

 

{☆♪¥€〒||^:○*/!}

 

身の毛もよだつ叫び声とともに魔女の姿が変貌を始めた。

半分になったカメラ型の頭は失われ、代わりに、左右に人の顔の付いた頭が一つ出来上がる。

そこから生えるのは、背中合わせとなった二人分の人の身体。

枯れ木のような腕と脚は一対づつその身体から生え揃う。

四本の腕がそれぞれ持つのは、のり、ハサミ、定規、鏡。

魔女の周りに降るのは、誰とも知れない人の姿が描かれた紙。

その姿はさながら、四本の脚がある阿修羅のようだ。

 

「灯暮さん…!」

 

マミの声が彼女に届きはしない。

そんなことは百も承知している。

今すべきは、呼びかけではないことも。

 

「冗談じゃ無いわよ!こんなの、いくら何でも!」

 

叫ぶマミは足元にマスケット銃を複数個展開させる。

と、同時に波状攻撃のように迫り来る四本の腕。

それらに銃弾を撃ち込み、弾く。

ただそれだけで、魔女は体勢を崩した。

魔女の顔が苦痛を示す。

残された四本の脚で逃げ惑う姿を、誰かの日常が覆っていく。

それは壁のようにして立ち塞がる、姿の描かれた紙。

 

「逃がさない!」

 

バックステップで距離を取りつつ、出現させた巨大な銃で照準を合わせる。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

轟音とともに紙の壁には大きな穴が開く。

端から順に宙を舞う、壁だった紙たち。

椅子に座る姿、ベッドから起き上がる姿、川で遊ぶ姿、動物と戯れる姿。

風で飛んでいくプリントのように崩れていくそれらに、同じ姿の絵は一枚たりとも無かった。

だだ一点、涙を流している表情を除いては。

全ての紙が空に消えた時、手負いの魔女を守るものは無くなる。

 

「…これで、詰め、ね」

 

倒れているのは、下半身の吹き飛んだ魔女。

次第に、枯れ木を想起させる腕の指先から粉々に砕けていく。

やがて残ったのは持っていた武器と、頭と身体だけになった魔女。

それでも魔女は顎を使って這いずり逃げ惑おうとする。

その場からピクリとも動かないというのに。

そんな魔女の側へ、マミはゆっくりと歩み寄る。

魔女の視界にマミの足が映った瞬間、魔女は一切の行動をやめた。

 

「…魔女だと分かっていても辛いものね。まるで、灯暮さんを撃ってしまうよう。

…いいえ、少し前までは撃とうとしていた事実を無くしてはダメ。

ちゃんと責任は取る。だから…」

マスケット銃の先端が魔女の額に向けられる。

引き金に掛けるマミの指にはもう、躊躇いはない。

 

「ごめんなさい…」

 

銃声が結界内に響く。

撃ち込まれた弾丸は魔女を貫き地面を抉る。

出血らしき液体は無い。

蜃気楼のように、残された魔女は霞溶ける。

魔女本体の消滅と同時に、辺りに散らばっていた定規やハサミも、一つ、また一つと形を失っていく。

最も最後に形を失ったのは鏡。

それに写るのは、瞼を固く閉じる巴マミの姿。

 

「…何が、『明日からも誰かを救える』よ。目の前の同級生一人救えてないのに、いったい誰を救えるって言うの?」

 

固く握られる拳。

血の垂れる唇。

だが、涙だけは無い。

彼女の為に流していい涙など、自分は持ち合わせていない。

するべきは懺悔では無く決意だ。

マミは自身にそう言い聞かせた。

 

「もう二度と…私は貴女のように魔女にやられる魔法少女を出さない。

少なくとも、私の周りの魔法少女だけは守ってみせる。

…本来ならあなたにもするべきだった事を。

次は…逃げない」

 

主人を失った結界は天井から波紋が広がる。

世界は在るべき姿に塗り替えられていく証拠だ。

その中に立つマミの手にするマスケット銃がリボンへと変わる。

 

「これが貴女への弔いになるかは分からない。けれど…」

 

マミの立つ場所は落書きされたデパートの屋上。

見上げた空に灯されるのは暮れゆく太陽。

下からは聞こえるのは帰宅中の学生たちの声。

ゆっくりと俯いたマミの視界に映るのは、ハート型を彷彿とさせる形のグリーフシード。

静かに拾いあげたそれを固く握り締めて呟いた。

 

「約束は違えないわ。絶対に」

 

重い足取りでマミはデパートの屋上を後にした。

その背中を見つめていたのは無垢な白色をした一匹の生物。

 

〔そうか、こういう叶い方もあるのか。

生きてる間は叶わず、死によって初めてマミの為に在れる。

実に面白い結果だ。

正直、君達にはあまり期待していなかったけれど、思った以上のエネルギーが得られた。感謝するよ。灯暮もとことその友人、因幡やえ。〕

 

生物は、笑ったような言葉を繋げると、踵を返して何処かへ去っていった。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

二年後、巴マミは運命を背負う少女と出会う。

少女を救い、魔法少女の事を教える。

あの日の約束を守り、導く。

そんな彼女の最後は奇しくも、灯暮もとこと類似していた。

 

 

 

 

END.




キュゥべぇ、お前だけは許さない。

そんな感じで終わりました、もとこ☆マギカ。
今の私が持つ精一杯で書き上げました。
面白いと感じていただければ、これに勝る喜びはありません。

ではまた、連載の方でお会いしましょう。
さよーなら。
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