楽園に刻め、その咎を。   作:アウトサイド

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妖精の罪

「先に言っておくぞ、俺がお前を好きになることない」

 

 これは、青年にとっては昔の話だ。ある日、一緒に『楽園』から逃げ出した少女と一つ屋根の下、まだ一緒に暮らしていた頃の思い出話に過ぎない。そして、話の内容も単純だ。『恋』なんて勘違いに囚われてしまっている少女に対し、現実を教えただけの、そんなよくある話だ。

 

「勘違いするなよ、お前のことは確かに大切だ。だけど、俺にとってお前はただの友達なんだよ。お前は俺のダチの忘れ形見で、そんなダチに裏切られて絶望していたところを俺が助けただけ。お前のその感情は、そんな勘違いにまみれたモンなんだよ」

 

 それを聞いた少女が涙をこらえている。普段ならとっくに大泣きしているだろうに、悲哀の感情を滲ませる彼女は、それでも決してその瞳から涙を流すことはなかった。

 

 そうだ、この頃はまだ精神的に幼かったし、何よりも彼女自身強くなかった。だから、彼女が泣いたときに慰め、支えていたのは決まって彼だった。現ギルド古参のメンバーに話を聞けば、昔の青年と彼女が一緒にいたという話を多くこぼしてくれることだろう。

 

 しかし、同時に、ある日を境に、そんな二人を見れなくなったという話も付け加えるはずだ。

 

 事実、彼女は一緒に暮らしていた家から飛び出し、以来ギルドの女子寮でお世話になっているし、修練鍛錬修行に明け暮れ、今では『妖精女王(ティターニア)』とまで呼ばれるほどの強さと負けん気を手に入れていた。

 

 そんなことを考えてしまえば、彼女の涙を最後に見たのはいつだったのか、思い出せなくなっていた。そして、いつだか交わしたはずの小さくて他愛のない、そんな大事な約束さえも色褪せていった。

 

『ふぅん、お前片目でしか泣けなくなったのか。じゃあ、いつか俺がお前を泣かしてやるさ。いやあの、ここ普通怒るとこなんだけど? なんで、そんな嬉しそうに泣いてんの? あ、マジで片目で泣いてらぁ』

 

 そういえば、彼女に名前を付けたのは、ダチだった。

 

 緋色の髪の毛。『楽園』にいたころ、あいつの髪に触って癒されてたな。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 

「…………乗り物、やっぱ嫌いだな。揺られると、変な夢見ちまう」

 

 ハルジオン行きの列車の中に、その青年はいた。寝起きなのか、どこか胡乱な目をしている青年は、少しだけ不機嫌そうにぼやきながらも欠伸をする。列車に揺られていた中、睡魔に襲われ、同じ体勢を続けていたせいだろう体が凝っていた。

 

「ぐぇぇぇぇ、じぬぅぅぅぅ」

「おい、真正の乗り物酔い男。わざわざ席陣取らせてやってんだから、こっちに向かって吐くなよな」

 

 そんな彼の前には、あからさまに顔色の悪い桜色の髪をした少年がいる。青年とは対照的に、体が凝りを覚えるどころか、ぐでんぐでんの様子である。しかし、そんな少年の様子には慣れたものなのか、青年はもう一方の仲間に尋ねる。

 

「ふぁ~あ、ハピ猫。ハルジオンまではあとどれくらいだ?」

「あい! そろそろ着くころだよ!」

 

 横に座っていた羽根つきのハピ猫、ハッピーは唯一、快活そうである。なんせ、乗車早々眠りについた青年と、乗車早々乗り物酔いのサーフィン状態な少年の面倒を見なければいけなかったからだ。

 

 案外、人ではないこの猫の方が、ここにいる二人よりもシッカリしているのかもしれない。

 

「んじゃナツ。もうすぐ乗り物とはさよならバイバイだから、自分の荷物くらいはしっかり持ってけよ」

「あ゛い」

「…………お前、一応言っとくがあと少しで着くからって、気ぃ抜いてこっちに吐いたらぶっ飛ばすからな?」

 

 で、結局。

 

「……なぁ、ハピ猫。次からあの馬鹿、走ってこさせようぜ。ホント、いつまで乗り物酔いの余韻に浸ってんだよ……」

「まあ、ナツは乗り物に弱いからねぇ。ていうか、わざわざわかっていてもついてくるシンって、面倒見がいいのか、お節介なのか微妙なところだよねー」

「うっせ、ただの暇つぶしだよ。ついでの用事もあるしなー」

 

 そういいつつ、街道を歩いていくシンと飛ぶハッピー。なお、そこにはナツの姿はない。あの乗り物酔いの少年が今何をしているのかというと……。

 

「まさかあのバカ、あのまま列車に乗って次の駅目指すとはなぁ……」

「まあ、実際問題、ナツは酔ったままだろうし、次の駅からの乗り換えじゃないと厳しいよねー」

「いや、隣の駅くらいの距離だと、ナツなら走ってきそうだ」

 

 乗り物酔いの影響からか、列車から降りるタイミングを見失い、ナツはそのまま次の駅を目指していったようだった。なお、ここにいる一人と一匹は、薄情なくらい平然としていた。

 

「んじゃ、あいつの代わりにその『火竜(サラマンダー)』とやらでも探しますか」

「あい! でも、どうやって探すの? あと、おなかすいた」

「いや、聞き込みでもすりゃいいだろ……。一応、本物のドラゴンっつーなら、噂の一つや二つどころじゃねぇだろうし。毎回思うけど、お前ら俺がいないときどうやって探してんだよ?」

「んーと、ただ歩いてるだけ、かも? ところで、オイラおなかすいた」

 

 と、ハッピーが空腹を一生懸命アピールしている最中、人だかりを見つける。

 そして、そこから聞こえてくる声に耳を傾ければ――――。

 

『きゃー、サラマンダー様ぁぁ!』

 

 なんて姦しい声が聞こえてくる。それを聞いたハッピーはもちろん、飛び上がって興奮隠せない。

 

「すごいよ、シン! 聞き込みをするまでもなく、サラマンダーを見つけたよ! って、なんでそんな胡散臭そうな顔してるのさ?」

「冷静になれ、ハピ猫。俺らが捜してるのは、イグニールってドラゴンなんだろう? 仮に通称サラマンダーがイグニールだったとして、街中にいるわけねぇだろ。おい、なんでそんな今気づきましたーみたいな顔してんの? 馬鹿なの? お前もナツレベルなの?」

「ねぇ、シン……そのナツがあそこにいるんだけど……」

 

 ハッピーが指さす先には、確かに桜髪の少年、ナツがいた。どうやら、サラマンダーの噂を聞きつけ、輪の中に入ったはいいが、シンの予想通り、全然違った人物だったのだろう。あからさまな落胆の表情が見て取れるのだが……。

 

「で、この状況はなんだ?」

「ああ? 見てわかんねぇのかよ、シン。飯食ってんだよ! つか、いらねぇならオレが食うぞ!」

「アハハハ……ホント、よく食うわねぇ、アンタたち」

「……誰だ、お前?」

「え、飯おごってくれるやつ」

 

 そう、シンが言いたいのは、どうしてお前は見知らぬ少女に飯をおごられてがっついてるんだって話だ。もっとも、ここは軽食で済ませているとはいえ、一緒に食事をしているシンもどうかとは思うが。

 

 ここで改めてシンは、目の前の少女を観察する。

 

 金髪サイドテール。旅行者にしては荷物が少なく、かつ軽装。少なくとも外見上見えているのは、鞭と美脚と谷間のみ。

 

 つまり、

 

「ああ、もしかして魔導士かなんかか?」

「えっ、わかるの!? もしかしてあたし、立派な魔導士に見えちゃったりする!?」

「「「いや、全然」」」

「まさかの全員否定!?」

 

 一見、冗談のようにシンは言ったが、正直なことをいうと判断は難しかった。魔導士、つまりは魔法の使い手ともなくと外見上の情報のみでは判断が難しかったりする。シンの仲間でいうなら、屈強な大男であるエルフマンはどう考えても強そうだが、華奢で可憐なエルザよりも現状格下だったりする。

 

 つまり、案外、この少女は本当にすごい魔導士だったりするかもしれないのだ。

 

 とはいえ、

 

「でさーでさー、そのギルドっていうのがー」

 

 やっぱり、どこをどう考えても普通の魔導士なのだろう。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 

「ぷわぁー、食った食ったぁー!」

「あい!」

「いや、どう考えても食いすぎだろ。つか、あの子もあの子でよくおごったな、あの量」

 

 満腹といった具合に調子のよさそうなナツとハッピーを見て、あきれるシン。なお、さすがに申し訳なく思ったのか、自分の分は自分で払っていた。

 

「で、どうすんのよ。サラマンダーとやらは、偽者だったようだけど?」

「あー? んじゃ、シンの用事でも済ませるか。そういや、お前の用事ってなに?」

「ボラとかいう小悪党捕まえんのが、今日の俺の仕事だよ。なんでも、ここらで人身売買の話が出てきてなー」

 

 なんて、彼らがそんな話をしていたときだった。昼間に見たサラマンダーに群がっていた少女たちが、こんな話をしながら歩いていた。

 

火竜(サラマンダー)様って、あの有名な魔導士ギルド、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士なんだって!』

 

 なんて、そんな馬鹿な話をしていた。それに震えるのは、二人と一匹。

 

「だってさ、ナツ。俺はどんな奴かはしらねぇが、そのサラマンダー様とやらは、()()()()敵のようだ。どうする?」

「ハッ、決まってらぁ! フェアリーテイルを騙る奴は、どんな相手でも許さねぇ!」

「あい!」

 

 ルーシィ・ハートフィリアはどこをどう考えても普通の魔導士なのだろう――。

 

 なんて、そう思っていたのはこの光景を見るまでだ。港まで船が突っ込んでいる光景。紛れ間もない、星霊魔導士としては一級品である『宝瓶宮アクエリアス』の使用。もっとも、見ている感じではどちらが使役をしているのか微妙なところだったが。

 

「さてさて、おーいナツ! お前が今絶賛ボコってるソイツ、それが俺の要件だ! ほどよくぶっ飛ばせー!」

「って、アンタは何もしないんかーい!」

 

 星霊魔導士のルーシィが何か叫んでいるようだったが、シンは聞く耳持たず、遠くから見物をしていた。なんせ、この状況にかかわりたいと思うほどシンはおかしくない。周囲の様子を見ると、港町が壊れに壊れているが、シンは関わっていなし、姿を見せているわけでもないので、お咎めはないだろう。

 

「そうと決まれば、ほどよく逃げるのが賢明だろうなぁ」

 

 結果、ハルジオンの港町は半壊。その責任はナツ・ドラグニルのみだった。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 

 そして、これはルーシィを新たにフェアリーテイルに加えるため、ともに帰る列車の中での話。

 

「そういえば、シンはどんな魔法を使うの?」

 

 他愛のない質問。ルーシィにとっては、魔導士として当たり前の疑問を聞いたに過ぎない。なんせ、これから同じギルドの仲間になる人間なのだから、当然だ。ゆえに、シンも特に気にするでもなく、こう答えた。

 

「ナツと似たようなもんだよ」

「ナツと似てるってことは、炎の魔法なの?」

「ああ、もっとも似てるのはそこだけで、ナツが滅竜の炎を使うのに対し、俺が使うのは――」

 

 シンは、その拳に金色の炎を灯した。

 

「咎の炎。フェアリーテイルのことを知ってんなら、ルーシィも知ってるだろ? 妖精の罪(フェアリー・シン)の名前くらいさ」

 

 それは、罪追い人の名前だった。


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