真・恋姫無双~鈴々伝 作:硝石
私の生活の中に先生の家を訪ねるというサイクルが加わった。
先生が自分は礼儀を大事にしているという言葉に嘘は無かったようで、鈴々節の方に比重を置いていたせいか初めの方はうっかり敬語を忘れたり間違えたりしてその度に鉄拳制裁を受けていたが、一月経つ頃には言葉を使い分けられるようになり、先生の機嫌を害うことも無くなりそうだ。
読み書きに関しては学生時代に漢文を習っていたからか以外にもすんなり頭に入っていった。そのせいかは分からないが今ではこの時代の単位や一般的な税率、帳簿の付け方等も教わるときがある。この老人、いったい私に何をさせたいのだろうか。
あ、そうそう。ついこの間鶏がらスープもどきを作ることができた。調味料が塩だけという生活には辟易していて、骨に付いて取り辛い肉を上手く料理できないかと悩んでいたときに中国に居るんだから何時かラーメン食べたいなという馬鹿みたいな発想から考えたものだが、如何せんスープを一から作ったことなんてなかったので失敗に失敗を重ねてしまったのは苦い経験だった。私は料理に向いていないのではないかと本気で悩んだのも一度や二度ではない。
そうした苦い経験を経て完成したスープだったが、経緯を聞かれて話してみたところ先生から村で教わればよかったのではと言われて愕然とした。だが村に行ってみたところ私の方が美味しかったので気にしないことにする。
こうして順調になってきた私と先生の関係も洛陽からの手紙で終わりを告げた。
友人が勢力争いの関係で多忙になったみたいで協力するために一度辞めた宦官に復職するらしい。私は黄巾の乱や董卓の洛陽入り等が近い将来起こる事を知っていたため、行かないで欲しいと縋り付いたが結局聞き入れてもらえなかった。先生は有無を言わさぬ表情で一度辞めたのだからそこまで危険なことにはならない筈だと仰っていたので私はそれを受け入れる他なかった。
そして初めて先生の家を訪ねてから半年後、先生との別れの日がやってきた。
「ではな。今のお主でも文官の真似事くらいはできるじゃろう」
「先生もお達者で。っていうかやっぱり先生は私を文官にしようとしてたんですね一応武官志望なのですが」
「なんと、初めからそのつもりで来たのではないのか。まぁお主は年の割に冷静であるし根気もあるようだから文武両道を目指せるやもしれんぞ」
「ふふ。本当に目指すのも一興ですな。――先生」
「何じゃ」
「どうかご無事で」
「誰にものを言うておるか。お主は自分の心配でもしておれ。またの」
「はい、お元気で」
先生は一度も振り返ることなく洛陽へと向かった。
それが一瞬黄泉路への旅立ちのように見えた私はその考えを振り払うように先生の家を後にした。