メツブレイド2 ~小僧と俺の楽園への旅~ 作:亀ちゃん
メツブレイド自体は結構ネタにはされていますが、いざ小説にすると意外と難しいですね。
人というのは、とあることが原因で、人生が180度変わってしまうことがある。何かの拍子に、とんでもない出会いを起こし、そして世界規模の騒動に巻き込まれていくことだってある。
その最もたる例を体現した少年がいる。
名前はレックス。15歳にして雲海へ潜り物資を引き上げる行為を専門とするサルベージャーになり、生計を立てている。いつものように、雲海で物資を引き上げ、アヴァリティア商会で物資を売却してお金を手に入れ、生活をする。そのサイクルは終わらないものだと、少年は無意識に思っていた。
だが、それは知らないうちに終わりを告げることとなる。
ある日、少ない収入を得て溜息をつくレックスの前に、プニンというノポン族が現れた。語尾に「も」をつける特殊なしゃべりをしながら、アヴァリティア商会の長であるバーン会長が呼んでいると伝えられた。自分は有名人でもなく、ただの一介のサルベージャーだ。なのになぜ呼ばれたのだろう。そう思いながらもレックスは、バーン会長の部屋のドアを叩いた。入っていいもといわれたが、普段は会わない類の人間なものだから、緊張してしまう。
だがその緊張はすぐに解けた。バーン会長自らがレックスに仕事の依頼をし、そして報酬20万ゴールドと設定してからは。興奮のあまり仕事内容を聞くのを忘れてしまったくらいには、もうレックスは舞い上がっていた。
呆れた会長に促され、仕事内容を聞くと会長は召使に依頼主を呼んでくるように伝えた。レックスはわくわくする気持ちを抑えきれず、依頼主を待った。
だが、この時レックスは思いもしなかった。
この先の自分の人生が、波乱に満ちたことになることを。それをこの20万ゴールドという大金が意味することだとも、知らなかった。
「連れてまいりました、バーン様」
「うむ」
機嫌のよいバーン会長が頷くと、召使の後にぞろぞろと人が入ってきた。恐らくあれが依頼主の集団だろう。そう思ってレックスはちらりと見る。入ってきたのは、背の小さな少女に逞しい虎、背が高くすらっとした赤い髪の少女とその横に立つ黒いトカゲのようなもの、そして一番奥に、仮面をかぶった白髪の男がいた。
人と獣と異形の者が混じった何とも異様な集団だ。だが、レックスは人が持つ武器を見て気付いた。これはただの奇妙な連中じゃない。きちんとカテゴライズされている。その名は――
「ドライバーにブレイドじゃないか! すっげぇ、俺初めて見た!」
ドライバーとブレイド。それが彼らをカテゴライズする言葉である。
ドライバーとは、戦士である。だが、ただの戦士ではない。普遍的な戦士というのは、己が持つ武器の物理的攻撃力のみを攻撃手段とする。しかし、ドライバーは違う。ドライバーは確かに武器を持って戦うのだが、武器の攻撃力ではなく、大気中に存在するエーテルと呼ばれる物質を使って戦う。そしてその大気中のエーテルエネルギーを変換し、ドライバーの武器に力を送り込む役目を持つのがブレイドなのである。ブレイドによって強化されたドライバーの武器は、普遍的な兵士のそれとは比べ物にならず、戦闘ではドライバーにかなう者はいない。
しかしそんなドライバーが何の依頼をひっさげたのだろうか。そう思った矢先、それに応えるように奥に立つ仮面の男が口を開いた。
「依頼内容は、ある物資の引き揚げだ」
男は物静かに依頼を説明する。レックスは初ドライバーとの遭遇の興奮が冷めたのを感じるが、仕事ゆえ仕方がない。
だが、なんだろう、この静かすぎる雰囲気は。尋常なものではない。
「最近の海流変動で発見された、未探査海域のかなり深いところに沈んでいる」
「へぇー、それは腕が鳴るねぇ!」
未探査海域の調査を任せてくれるとは、有難い話だ。
「ベテランのチームを紹介するって言ったけど、リベラリタスの出身で少数精鋭の人材を希望と言ってたも。それで白羽の矢がたったのが、お前なんだも」
バーン会長がやや困った顔をする。だがレックスにしてみたらありがたい話だ。そんな理由で自分を選んでくれたのだから。しかも、精鋭に入っている。レックスはにっと笑い、後頭部をワシワシと掻く。
「へへ――悪い気はしないな」
ただ、それにしてもなんでリベラリタス出身と限定したのだろう。そう微かに疑問に思っていると、隣から笑い声が聞こえてきた。振り向くとそこは、頭部に耳を生やした、緑色の髪をした少女だった。
「プッ……アッハッハッハ……子供のサルベージャー? シン、今回の仕事って、遠足も兼ねてるんだっけ?」
そのセリフにムッとしたレックスは思わず言い返していた。
「何だよ! 見た目が子供っぽいのはアンタも同じだろ?」
「アタシはこんくらいの額でそんな馬鹿みたいに喜んだりしないよ」
「バカみたいってなんだよ」
ヒートアップしてきて詰め寄ろうとレックスが歩を進める。しかし、少女の傍にいた虎がずんずんと低く音を立てながらこちらに歩み寄った。本物の虎がこちらに来たようで想わず後ずさってしまう。ご主人様を庇うためだろうか。そう思い、レックスは身構えた。
だが――虎は穏やかな口調で話しかけてきた。
「レックス様でしたな? この度はお嬢様が大変失礼なことを。何卒ご容赦を」
そういって丁寧に頭を下げてきた。礼儀正しい虎なんていないだろうし、恐らくレックスをからかった少女のブレイドなのだろう。
「ビャッコ、アンタまた余計な口出しを――」
「よしなさいニア。気持ちはわからなくは、ないんですけどね」
言い争いを看過できないと判断したのか、赤い髪の少女がニアと呼ばれた緑色の少女を制した。
「そして、確かめるのも――」
少女はレックスに満面の笑みを浮かべる。少女は背が高く顔は柔和で優しそうだ。さっきの言い争っていた奴とは全然違う。特に胸のふくらみなんかそうだ。そんなくだらない思索にふけっていた。
だが――少女の体が突如光に包まれた。
「え?」
レックスが驚いて声を出した時にはもうすでに光の繭は解き放たれ、赤い髪をした少女は別の姿になっていた。スタイルは同じだが、髪の色が金になっており、そして露出も多くなっている。思春期の少年らしく、思わず胸部へと目線が行ってしまった。
だが――それがいけなかった。
「――簡単なんだけどね」
そういうと、少女は勢いよくレックスへと踏み込んだ。そして手に持つ大剣がいつの間にかレックスを狙っていた。レックスは、突如何が起きたかわからなかった。だが、剣がこちらに来ると確信するとレックスは間一髪で避ける。だが、それで終わりではない。少女は剣を振り回し、次々にレックスを襲う。レックスの逃げ道を執拗につぶすような太刀筋に苦戦するもなんとかレックスは床を転がって距離を取り、背にある護身用の剣を握り、少女の剣を受けた。
レックスはきっと彼女を睨み、少女もまたレックスと視線を合わせた。その少女の視線は、どういったものかはわからない。だが、しばらくすると少女は剣の力を抜いて、つば競り合いを解いた。レックスは少々驚きつつも、いきなり攻撃された怒りを我慢せずにぶつけた。
「いきなり何するんだ!」
警戒の色を解かずに武器を握りしめた。それに対し、金髪の少女は不敵に笑った。
「ホムラ、子供相手に何やってんだよ!」
「私はヒカリよ、いい加減覚えて頂戴。それにこの子供じゃ不安だって言ったのはあなたでしょ?」
「アタシはそんなこと言ってないよ」
「言わずとも、思っていたでしょ?」
じとっとにらみながらヒカリと名乗る少女が反論する。そして彼女の体が再び光った。すると、最初に出会った赤い髪の少女へと戻った。
少女はレックスへと歩み寄り、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい……レックスさん。ヒカリちゃんったらいきなりあなたに攻撃して……けがはなかったですか?」
少女が申し訳なさそうに近づくと、レックスは武器をしまった。きっとこの人は襲わないだろう。
「え、あ、ああ俺は大丈夫だけど……君は二重人格なの?」
「ええ、似たようなものですね。あ、私はホムラって言います。ちなみにさっきレックスさんを攻撃したのがヒカリです」
そう言ってにこりと笑う。先ほどの金髪の少女と違い、攻撃的ではない。
「ヒカリちゃんはあなたをテストしたかったんです。そして結果は――合格ですね。見たところドライバーではなさそうですが、どうやって?」
「じっちゃんに教わったんだよ。小さいころから遊びといえばこればっかりだった」
ここでいう"じっちゃん"というのは人間の老人を差しているわけではない。齢500を超える巨神獣であり、レックスを見守り続けてくれている存在だ。
「――腕も申し分ないですし、度胸もあります。では、仕事お願いしますね?」
そういうとホムラはぺこりと頭を下げてすたすたとレックスの前から去っていった。仮面の男も、恐らくホムラのブレイドであるトカゲ男も後に続いた。
そして緑色の髪をしたニアと呼ばれる少女は大きくため息をついた後、むすっとした顔でレックスを睨みながら去っていく。そして彼女のブレイドである、ビャッコという名の虎は非礼を詫びるようにそっと頭を下げるや、あとに続いた。
「もも、何と喧しい連中だも――」
バーン会長はため息をついた。目の前で騒動が起こっているのだからそれは疲れるものだ。しかし、流石は仕事人だろうか、バーン会長は大きな袋を手に持ち、机へと置いた。
「手付金10万ゴールドも。これで必要な装備を買いそろえてから右舷の桟橋へいけも。そこで俺の用意した素晴らしい船が待っているも」
手付金は10万。これだけあれば何でも買えそうだ。さっきまでの事が吹っ飛び、分かりましたと叫ぶやすぐに部屋を出ていった。
その後、巨神獣である"じっちゃん"に出かける旨を伝えた。じっちゃんからは嫌な予感がするだの胡散臭いだの言われたが報酬に目がくらんだレックスは一方的に言い放つと、商会の市場へと駆けだしていってしまった。新品のベストやその他のサルベージャーに必須な道具を買い終えて、残りは故郷の村へと送り終えると、バーン会長に言われた右舷の桟橋に向かった。
そこには、レックスにはあまり縁のないような大きな船が待ち構えていた。レックスは驚きの声を出し、ますます気分を高揚させていると、それに水を差すような言葉が飛んできた。
「この程度の船で何感動してんのさ。本当に子供なんだから」
レックスはむっと顔をしかめると振り向いて反論した。
「子どもとか大人とか関係ないだろ。この船のすごさがわっかんないのかよ」
「世間知らずは面倒臭いっていってんの」
「同い年くらいのくせに偉そうに――ん?」
レックスは少女の足元を見る。そこには、停泊した船を固定するためのロープがあった。よし、これで仕返しをしてやろうか。
「あ、そこのロープ。出航するときに踏んづけていると巻き込まれて、足が千切れるぞ」
無論そんなわけはない。精々転んでしまうくらいだろう。だが、少女はそれを本気にしたのか、悲鳴をあげて飛びずさった。それをしっかり確認した後、レックスは嘘だといった。
少女は顔を途端に赤くし、レックスに抗議する。しかし今のレックスは圧倒的に優勢だ。にやにやしながら言い放った。
「世間知らずはお互い知らずじゃないか」
そういうとニアはきーっと睨み付けてきた。
だが、喧嘩の時間は終わりを告げた。仲間のサルベージャーが出航することを伝えに来たのだ。そして夜は見張りをやることも伝えられた。
レックスは了解すると、ニアに軽くじゃあなと別れを告げた。彼女からは不機嫌そうな声が帰ってきたが。
その後船に乗っていき、雲海を進んでいくこと数時間。レックスが見張りを終え、また別の人間に変わった時突如船内放送が流れた。目的の区域についたので準備ができ次第集合してほしいということだ。すぐにレックスは集合場所まで行くと、早速仲間のサルベージャーとともに作業を開始した。
レックスは先陣を切って雲海へと潜り、引き上げる物を見る。するとそこには、大きな船を見つけた。かなりの年代物であり、現代のそれとは大きく違う。ここまで乗ってきた船もでかいが、そいつはそれ以上の規模だろう。
空気の力によって引き上げる装置をいくつも取り付けてどうにか雲海へと引き上げることに成功すると、任務を見守る依頼主たちの元へと報告しにいった。ちなみにホムラはヒカリになっている。
その後仲間のサルベージャーたちが、捜査を開始するように告げた。次々に仲間たちが行く中、依頼主たちもそれに続いた。
レックスは残って船番でもしてようかと思い、そこに立ち尽くしていると、仮面の男シンが立ち止まり、こちらを振り返った。そして、静かに命令した。
「お前も来い」
え? と呆けたレックスだが、それにかまわずシンは進んでいく。
「こいつもつれていくの、シン?」
ニアもまた驚いていたが、シンの代わりにヒカリが振り向き、応えた。
「あなた達だけだと不安だそうよ」
イジワルそうに微笑むとそのままシンの後を追っていった。ニアは何も言わずただ地団太を踏むと、ヒカリの後姿を睨み付けた。
そんな光景を唖然と見ていたレックスだったが、ニアは苛立ちながらレックスを促した。
「なにぼーっとしてんだよ! 言われたろ、ついていくんだよ!」
そう言い放つと、ずんずんと不機嫌そうに歩いていき、レックスも後に続いた。
レックス、ニア、ヒカリ、そしてシンという珍妙なパーティーで古代船を捜索していく。すると奥に大きな扉がそびえる様にあった。長い年月を経ているようで、傷みも激しくみられる。そんな中、ヒカリとシンは意味ありげにそれを見つめた。
「見て、シン。あの紋章、アデルのものね」
ヒカリがそう呟きシンが頷く。その会話が聞こえ、レックスもまた扉を見つめる。すると中央には、彼女が言うように何かの紋章が彫られていた。
「アデルの紋章って――何のことだ?」
レックスは意味が分からずに問う。しかしシンは無視して命令をした。
「――おい、この扉を開けろ。この扉は"お前達"でなくては開かん」
どういうことだ? 言っている意味が解らない。
「俺達じゃなくてっていうのはどういう――」
「いいから早くやって頂戴。こっちは大金払ってるのよ?」
ヒカリが会話を遮るようにきつく言い放つ。
「何だよ、お客だからって偉そうに――」
レックスはむっとしながらもすたすたと扉まで歩いた。しかし、いざ扉を開けようにも、やり方がわからない。どうやってあけるのか、レックスは扉中を探していく。
ふと、先ほどヒカリが紋章について何か言っていたのを思い出す。レックスは、扉にある紋章に触れてみる。すると、ぼうっと淡い光を放った。そして熱く重い扉は開いていった。
扉の先からは霧のようなものがあふれ出し、レックスは導かれるままに進む。その際、レックスが歩くたびに白い電気のようなものが走るのが見えた。
「やっぱりね」
ヒカリがぼそりと呟き、シンもまた頷く。
レックスが進み続けていると、シンは呼び止めた。
「待て。奥にもう一つ扉がある」
レックスはうなずくと、再び、奥の扉にある紋章に手を触れた。すると重々しい扉がゆっくりと開き、またも霧のような何かがあふれ出してくる。
「――行くわよ」
ヒカリが促し、シンとニアは続く。
レックスは前へと進んでいく。すると霧が晴れた先に――大仰な機械が見えた。そしてその機会の透明なガラスの中に、人がいた。
「な、なんだあれは……!?」
レックスは駆けだし、もっと近くで見る。機械の前には一本の片手用の曲刀が床に刺さっている。その前にレックスはとどまり、ガラスの中にいる人間を近くで見る。
「男……だな――」
図体がデカく筋骨隆々とした大男であり、非常に濃い顔をしている。しかしなんだってこんなところに――
「――ん?」
レックスは、床に刺さっている武器を見る。その武器の束の部分の、宝石に似たものが紫色に光っている。それはまるで心臓の鼓動のようで、釘つけになる。
シンたちもまたレックスに続き、その部屋に入っていく。そして、あの大仰な機械を眺め、ヒカリがシンに呼びかけた。
「ねぇ――」
「ああ、間違いない」
シンが確証を持って、つぶやいた。
「――天の聖杯だ」
その言葉を聞き、ニアは目を見開いた。
「天の――聖杯――」
聞いたことがある。全てのブレイドの中でも最も優れ、強大な力を秘めている存在とされ、500年前に多いな活躍をしたという伝承は。
だが、ニアはあくまで伝承だと思っていた。しかしそれが今、目の前に存在しているのだ。
レックスもまた、これは只者じゃないと感じていた。しかし、今まで見たことのないものが目の前に存在している。レックスは自然に腕が動き、光る宝石へと触れ――
「――ッ! レックス、それに触らないで――」
「え?」
突如大声で呼び止められたことで驚き、その拍子でその宝石へと触れてしまう。するとぱっと紫の光が火花のように飛び散り、目を奪われる。キラキラと光の粒子が舞い上がりこの世のものとは思えない景色に、何も考えられなくなる。これはいったい、なんだろうか――
――ザクッ!
突如走る痛みが、夢心地なレックスを現実に引き戻した。胸が灼ける様に熱く、波のように全身い痛みが流動していく。何が起こった。レックスは自身の胸元を眺める。すると、胸から、血に濡れた刃が生えてきていた。それですべてを理解した。自分は、貫かれたのだと。
「あ――な、何で――」
血がたらたらと流れ落ち、視界がぼやけてくる。嘘だろ。俺はここで死ぬのか? まだ15だというのに――
「悪く思うな。せめてもの情けだ。この先の世界を見ずともすむようにな」
何を……言ってるんだ……?
そうシンが言い放つと、剣は勢いよくレックスの体から引き抜かれ、鮮血が噴き出す。もはや立つ力も残されておらず、地面に伏していった。
レックスの体はだんだんと冷たくなり、痛みも引いていく。これが死ぬということなのか。レックスは瞳が重くなるのを感じ、そのまま永遠の闇へと、沈んでいった。
「う、うん――」
意識が戻り始めた。四肢に力が戻り始め、レックスは立ち上がった。すると、見渡す限りの草原があった。空は澄み渡るほどに青く、美しい。緑も豊かで、こんな場所を、レックスは知らない。
あたりを見渡すと、一本の大木が見えた。そしてそこには、一人の人間が立っていた。レックスはそこへ向かっていく。
歩み寄っていくと、そこには大男がいた。レックスに背を向けて、大樹に寄りかかっている。何かを、眺めているように見える。そういえば、あの機械の中に入っていた人間と同じだ。いったいどうしてこんなところにいるのだろう。
「あ、あのーー」
レックスは、不思議に思い、声をかけた。だが、レックスのほうを振り向かない。そしてーー
「ーー止まねぇな」
「へ?」
唐突に出てきた言葉に困惑する。
「止まねぇんだよ。ずっと、ずっと昔から」
それはひょっとしてレックスにいっているのだろうか。戸惑いを隠せなかったが、何も言わないのはあまり良いものではない。
「止まないって、あの鐘のこと? 法王庁でも近くに来ているのかな? ねぇ、ここはどこなんだ?」
「ここは――楽園だ。遥かな昔、人と神が共に暮らしていた場所――そして、俺の故郷だ」
「え――うそ、ここが楽園!?」
今なんといった。ここが、楽園だと?
アルストと名付けられた、この世界の中央に聳え立つ世界樹の頂上には、かつて人と神が暮らしていた場所があったとされている。そしてここでは争いもなく、全ての存在が笑って暮らせる、理想郷だと、伝承として語られてきた。それが今こうして眼前に広がっている。
たしかに豊かな自然や澄み切った空や空気を見るに、ここが楽園だといわれてもなんとも疑いようがない。そして男が立つ丘の上から見下ろすと、小さな町が遠くに見えた。そして、大きな教会も。
少年はいつしか男の横に立っていた。男はこちらを振り向くと、胸にある、紫に光る宝石が点滅を繰り返していた。
「――コアクリスタル。ということは、君はブレイド?」
ブレイドには必ずコアクリスタルが存在する。これはブレイドの心臓ともいうべきものであり、ここからブレイドとしての機能を果たす。
男はコクリと頷き、わずかに口角をあげた。
「俺の名前はメツだ」
「え――あ、俺の名前は――」
「知ってるぜ。レックスっていうんだろ?」
唐突に名前を名乗られてどもってしまったが、自分の名前を呼ばれたことでレックスは目を見開き、落ち着きを取り戻した。心中は穏やかではないけれど。
「どうして、俺の名前を?」
「さっき、俺に触った時にな」
「さっき――」
レックスはさっきの事を思い出す。そして、不意に、いや、ようやく気付く。なぜ自分がここにいるのかを。
「そういえば、俺なんでこんなところにいるんだ?」
「てめぇは死んだんだよ。シンに胸を刺し貫かれてな」
それを聞いたレックスは思い出していく。
皮膚が裂かれる感触。飛び散る鮮血。激しく躍動する痛み、そして力が抜けていく感覚――
全てが生々しくよみがえり、レックスは吐き気に襲われ、口に手を当てる。そして、沸々と怒りが沸き上がり眼を震わせた。
そして、そんな奴が今あの船にまだ残っている。ということはきっと――
「大変だ! 皆が、このままじゃ商会の皆が! 急がないと!!」
そういってレックスはだだだとメツの元を離れて駆けだす。だが、すぐにレックスは膝をついて滑らせ、頭を抱えた。
「だめだー! 俺死んでるんだった!! くっそぉ! 死んでさえいなければあんな奴――」
悔しそうに地面を叩きつけるレックスをみたメツはふぅと息を吐くと、静かに歩み寄った。そして、背後から声をかける。
「小僧。頼みがある」
レックスは地面を叩くのをやめて、振り返る。その表情はどこか、悲しそうだった。
「俺を、楽園に連れて行ってくれ」
「え――でも楽園って、ここじゃないの?」
メツは首を振り、否定した。
「ここは記憶の世界。遠い遠い俺の記憶の世界だ。本当の楽園は、お前たちの世界――アルストの中心に立つ世界樹の上にある」
「記憶――幻みたいなものか」
レックスはぼそりと呟く。だが、彼の願いを受け入れることはできなかった。
「無理だよ。俺死んじゃったんだろ? 君の手助けは、できそうにない」
「だったら俺の命を半分くれてやる。そうすれば小僧は生き返る」
メツは胸のコアクリスタルを見つめながら語った。
「俺の――天の聖杯の、ドライバーとして」
「天の聖杯の――ドライバー!? そ、それって」
「どうする、小僧?」
何とも言えない、悲しそうな表情のままメツは問う。レックスは、彼の目を見ることができず、空を仰ぐ。
「ここは、メツの故郷なんだよな?」
「ああ」
「本当に――ある?」
「小僧。お前の考えていることは解るぜ。お前はずっと前から思っていたんだろ? ここに来れば、アルストの運命――死にゆく大地の呪縛から解き放たれる。もう巨神獣の寿命を気にしなくても済む」
「――未来におびえる必要もなくなるんだ」
レックスはずっと思っていた。巨神獣が死んでいき、いつか人が住めなくなっていくのではと。でも、楽園に行けばもうそんな心配は無くなる。
「――なら答えは決まっている。行こう、楽園へ!」
レックスは駆けだし、メツの目の前へと立つ。メツは僅かに目を見開いた。
「俺がメツを連れて行ってやる!」
そういうとメツは瞳を閉じ、嬉しそうに笑むと、より一層胸のコアクリスタルが輝いた。
「ありがとな、小僧。じゃあ、俺の胸に手を置け」
そういうとメツはにっと口角をあげた。レックスは躊躇なく男の胸に輝くコアクリスタルに触れた。
すると――ドクンと鼓動が響き、コアクリスタルから紫色の奔流があふれ出していく。そしてそれはレックスの胸に集中していく。
エネルギーはますます高騰していき、すさまじい熱と勢いを帯び始める。そしてついには、レックスとメツを、紫の炎が包み込んでいった。
――気が付くと、レックスは殺された場所で眠っていた。そしてレックスの体は、紫色に燃える奔流で起き上がりはじめ、胸にはX型の宝石が埋め込まれていく。そして右手には何かを握らされたような感触が生まれ、ブンと振り払う。そしてレックスは瞳を開け――完全蘇生を果たしたのだった。
――これは、少年が大男と共に楽園を目指す物語。
そして、みんなが知っている物語とは、少しだけ違うもう一つの、物語。
とりあえず、原作のホムラヒカリ、そしてメツの立場が入れ替わったと考えてください。マルベーニさんが最初に同調したブレイドさんを入れ替えただけで。こうも変わるのだから恐ろしいです。