メツブレイド2 ~小僧と俺の楽園への旅~ 作:亀ちゃん
レックスとニアの前に立ちふさがった、スペルビア帝国最強と呼ばれるブレイド・カグツチとの戦いは熾烈極まるものだった。天の聖杯・メツの攻撃をいとも簡単にはじき、強力な炎で相手の行動を縛っていく。レックスとニアの連携がおぼつかないというのも差し引いても、彼女の防御能力は高すぎた。
「つ、強い……」
「小僧、いいこと教えてやろうか? 奴は、まだ本気じゃねえぜ」
「えっ!?」
まだ本気でないということと、メツがカグツチの実力について知っていることにレックスは驚いた。
「メツ、あのブレイドの弱点は知ってるの!?」
「ああ、知ってるさ。そしてそれは俺たちが持っている! ニアッ!!」
「―ー任せろ! ビャッコ、頼んだ!」
「了解です! ワイルドロアー!!」
ニアが叫ぶと、ビャッコがエーテルエネルギーを集め、息を大きく吸う。ビャッコは水を扱うブレイドであり、エーテルエネルギーを水へと変換させ、放つことができる。
だが、ビャッコの攻撃が放たれるその直前ーー突如目の前から緑色のネットが飛んできた。狙いはニアとビャッコであり、突然すぎて二人はかわすことが出来ずに捕まってしまう。
ネットは二人を簀巻きにし、身動きがとれなくなってしまう。しかも、ただ動きを封じるだけではない。
「ふははははは! これはエーテル遮断ネットだ。エーテルの流れを封じることができるから、得意のアーツも打てやしない!」
そう、このネットは大気中に流れるエーテルを取り込めなくさせてしまう効果があり、ブレイドとドライバーにとっては致命的になってしまう。
「ニア!」
「来るなレックス! 逃げろ!」
レックスはニアを助けるべく駆け寄る。しかし、ニアがすぐさま大声を出して留まらせた。
「アタシたちにかまわず逃げるんだ!!」
「ッ――そんなこと、できるわけないだろっ!?」
ニアの言葉にレックスは逡巡する。仲間を見捨てたら自分たちは助かるだろう。しかし、見捨ててまで自分を守ってもいいわけがない。非情になれるほどの強さを、レックスは持っていなかった。
「アンタにはアンタの目的があるだろっ!! それを果たせぇっ!!」
――そうだ、オレには楽園に行くという目的がある。ここでニアの想いを無下にしてしまえば、メツの願いも叶わなくなる。それだけは、避けないといけない。レックスは瞳をきつく閉じてニアへと背を向けて走り出す。
だが、レックスの目の前に再び炎の壁が現れた。
「逃がしませんよ?」
「くっ……くっそぉーー!!」
もっと早く決断していればよかった。万事休すか。そう思い、レックスは叫ぶ。
しかし、突如――レックスの耳横を何かが通った。空気の流れがその場所だけ変わり、レックスは気づく。あっという間にそれはレックスの目前へと移動し、はるか遠くへと向かっていく。その軌道の先は、トリゴの街の水道管だ。
水道管にそれが当たった瞬間、一瞬で亀裂が入り、破裂音とともに大量の水が噴き出した。水はたちまちカグツチたちに当たり、酷くカグツチはそれを嫌うように身を庇う。炎を扱うブレイド故、水を喰らってしまうとその勢いが弱まってしまうからだ。それを証拠に、レックスたちを阻んでいた炎の壁が消えている。
「今だ、メツ!!」
「ああ!!」
レックスは、メツと共に剣を握りしめる。ありったけのエネルギーを集中させ、一撃を放った。
「「モナド"バスター"!!!!」」
文字盤に"斬"と映ったその剣は、禍々しいエネルギーを湛えて振り下ろされる。エネルギーは直線状に地面を這い、震わせていく。嵐のごとく迫るエネルギーにカグツチは本能的に危険だと判断し、炎の壁を張って防いだ。しかし、弱った炎では威力を殺しきれず、大きくのけぞってしまった。
「くっ……!!」
カグツチに大きく隙ができたのを確認して、メツはレックスに吠える。
「今のうちに逃げるぞ、小僧!!」
「――くっ、わかった! 必ず助けるからな、ニア!!」
そういうとレックスとメツは背を向けて走り出した。立ち直ったカグツチの指示で、兵士たちはレックスたちを追いかけるが、かなり距離を離されている。上手く撒くことはできなくないだろう。その後ろ姿をニアは見送った。
「――うまく逃げ切れよ。じゃあな……」
そっと呟いて、ニアは瞳を閉じる。自分の命運は尽きたのだ、もう何も見なくてもいいだろう。
「――あの力、エーテルのものじゃない。天の聖杯、やはり本物か」
カグツチもまた呟くと、ニアとビャッコを運ぶよう兵士たちに命じてその場を去った。
レックスとメツはトリゴの街を逃げ回った。地の利はないけれど、とにかく人が少ない道を通っていけば何とかなるし、最悪兵士程度なら倒せなくもない。そう思い、レックスたちはひたすら走っていた。
しかし、その矢先――子供の声が聞こえた。
「おーい」
それに気づき、レックスたちは立ち止まる。そして振り返ると、そこには誰もいなかった。だが、確かに声は聞こえた。
すると、レックスたちの正面の壁がぎぃっと音を立てて開いた。そして、そこからぬっと物陰が現れた。
「こっち、こっちだも! 逃がしてあげるも!」
現れたのは、レックスたちよりはるかに小さいノポンの少年だった。ゴーグルを頭につけ、スパナなどといった工具を全身に取り付けている。一見無害そうな少年に見える。
だがメツは少年を睨み付けてレックスに忠告する。
「――こいつは罠かもしれねぇぞ。小僧、気を付けろ」
「罠じゃないも!! キミたちを助けてあげるんだも!!」
「信用できねぇな。どこの誰かもわからねぇ奴が俺たちを助けるだ?」
「そんなこといってたらスペルビアの兵士に捕まっちゃうも!! 早く入るも!!」
「なんでテメェがそれを知ってるんだ? やっぱりてめぇ奴らと――」
メツと少年が言い争っている間に、足音がこちらへと迫っているのが分かる。レックスはそれに気づき、メツの肩をつかんだ。
「追手が来ている、早く入ろう!」
「だけど小僧、確証もねぇのに――」
「でもこのままじゃ捕まるよ! とにかく急ごう!!」
「ッチ、どうなっても知らねぇぞ」
そういうとメツとレックスは、隠し扉の中に入り、急いで少年は閉めた。扉越しに足音が聞こえ、若干そのあたりでとどまっている様子はあったが、レックスたちの姿が無いことを確信したのか、すぐに去って行ってしまった。
足音が完全に聞こえなくなると、少年はフゥと息を吐いた。レックスとメツは虎へと向き直り、感謝を伝えた。
「ありがとう、たすかったよ。でもどうして俺たちを?」
メツの疑問をレックスが尋ねる。
「何となくも」
「何となく?」
「――っていうのは嘘も。ほんというと、何時もイバりちらしている兵士に、完成したばっかりのロケットカムカムをお見舞いしたかったんだも」
「もしかして、あれはテメェが?」
あれというのは、突如水道管が破裂してカグツチを弱らせたことを指している。少年もそれを理解したようでコクりと頷いた。
「そうだも。狙いは外れちゃったけど、結果オーライも」
「お陰で助かったよ。えっと、君はーー」
「トラだも」
「そっか、トラっていうのか。俺はレックス、こっちはメツ」
「よろしくな、トラ」
「よろしくだも、もふふー」
トラは上機嫌に笑った。どうやら、メツのいう罠という線はなさそうだ。
「実はトラが助けたのにはもひとつ理由があるも」
そんなことを考えていると、トラは少しトーンを落として言ってきた。
「理由? どうして?」
「それはトラのお家についたら話すも。ついてくるも!」
トラはそういうとテクテクと歩き始めた。レックスたちもまたトラに続く。
「……そういえばメツ、なんでトラには小僧って呼ばないんだよ」
「あぁ? なんか文句でもあんのかよ小僧? どうでもいいだろうが?」
「そうだね……」
一方その頃、グーラの港ではちょっとした衝撃が走っていた。グーラを従えているスペルビア本国の、特別執権官が来たというのだ。グーラを統括しているモーフは冷や汗をかきながらも港へと駆けつけた。だが、冷や汗をかいているのはなにも緊張からではない。
(天の聖杯の情報を嗅ぎ付けられるわけにはいかないの……!)
モーフは密かに、アヴァリティア商会のバーン会長から天の聖杯がこちらへと来ているという情報をリークしてもらった。このまま天の聖杯をとらえ、我が物にすれば地位も名誉も格段に上がり、場合によってはスペルビアすら凌駕できる。そのチャンスを逃すわけにはいかないというのに。
(ま、まさか嗅ぎ付けたとでもいうの……? だ、だけどそれにしても早すぎる! と、とにかく自然に振る舞わなくては!)
モーフは震える体を抑えつつ、巨神獣船を待った。やがて、かなり速いスピードでこちらに迫ってくるのが見え、兵士たちは姿勢を正す。
巨神獣船が速度を緩め、港にて停止すると、ハッチが開き始めた。港からかなり遠くでお出迎えしているにも関わらず、執権官のブーツの足音がはっきりと聞こえる。それを聞く度にモーフたちに緊張が走る。
黒い軍服に身を包み、勇ましく、しかし端麗な顔立ちをした執権官は、手を後ろで組んでモーフを見つめた。メレフは一瞬飛びかけたがなんとかこらえて、大袈裟な身ぶりをする。
「い、如何なされましたかメレフ特別執権官、突然のご来訪とは。前もってご連絡くだされば歓迎の催しを開かせていただきましたものを……」
「生憎その手の者は苦手でね。常に辞退させてもらっている」
執権官メレフは落ち着いた口調で断る。それにわずかに困惑するもモーフはまたも身ぶり手振りをして場を繋いでいく。
「何をおっしゃいます。メレフ様ほどの御方、万全の体制をもって遇さねば、ネフェル皇帝陛下に顔向けできません。如何でしょう? これより晩餐の準備をさせます。メレフ様にはそれまでの間ーー」
「ずいぶんとお早いですね。ご到着は明日かと思っていたのに」
モーフの言葉を遮って、カグツチが現れた。心なしかメレフの表情が和らいだように見える。だが、モーフからすれば都合が悪いことこの上ない。
(ちっ、休んでもらっていう間に天の聖杯の始末を済ませようと思っていたのに困っちゃう……)
しかしこのあと、さらに都合の悪い言葉が飛んでくることになる。
「天の聖杯が見つかったとならば急がせもする。お陰でエンジンは整備工場行きだがな」
「ーーて、天の聖杯!? な、なぜそれを!?」
「なにか問題でもあるのかね? モーフ君」
しまった、口を滑らせてしまった。誤魔化さなくては……。
「い、いえ滅相もございません」
メレフはそうかともなんとも呟かずに一瞥すると、口を開いた。
「聞けば、イーラのドライバーを捕らえたという。モーフ君、どこにいけば会えるのかな?」
「えっ? あ、会ってどのようなーー」
メレフの言葉にわずかに驚いて聞き返すと、メレフの目が一瞬だけ細くなった気がした。
「モーフ君。どこにいけば、会えるのかな?」
「は、はい! すぐにご案内を!」
言葉こそ穏やかだが、尋常ではない語気にモーフは気圧されて簡単に崩してしまった。