突然だが時間は星宮が"治安維持局特別対策室"に入隊した日に戻る。
"志賀雷銅"を撃退し、追い払った日の夜の交差点。
keep outと表示の貼られたバリケードテープの枠内で総括を終えた星宮が牛尾たちと別れ解散しようと背中を向けた時、
「あっ」
同じく帰路につこうと背中を向けていた雛宮が何かを思い出したように声を挙げて星宮の方に振り返った。
雛宮の様子に気づいた星宮も顔を向ける。
タタタ……と病衣姿の裸足で駆けてくる彼女が星宮に耳を貸すようにうながした。
「ごめん、星宮くん。最後にひとつだけ良いかな」
「え?」
「ちょっと耳貸して」
そう指示されたので、星宮は彼女の背丈に合わせるように少し膝を折り雛宮の顔のそばまで屈んだ。
"あ、ちょっと良い匂いする"と彼女の髪から漂う香りに星宮が気づいたのは一瞬のことで、すぐさま星宮の思考は彼女の口元から触り程度に吹き掛けられる吐息に思わず意識を持っていかれた。
耳打ちする彼女の吐息が当たったのである。
「わっ」
赤面する星宮の驚きをよそに、爪先立ちして彼の耳を両手で包み耳打ちする彼女はこう述べる。
「あんまりというか絶対になんだけど……"治安維持局特別対策室"の存在、及び、そのメンバーのことは周りには口外しないようにしてほしいの」
「えっ」
"えっ、今更?"と星宮は言いかけた。
これだけ街中でお互いに派手にやらかしておいて今更それはどうなんだ、という気がしたがともかく星宮は最後まで彼女の話を聞いてみることにした。
星宮は問う。
「なんでですか?」
「"特別対策室"の活動は飽くまで世間には"内密"で進めてるものなの。実際、"サイコ能力"なんて常識的な概念を超えた"超常的"なもの、世間に
「まあ」
「だから、わたしたちは今後しばらく身分を隠して、"行政側の監査員"ということで"警察"、及び"検察"の捜査に介入していきます」
「ん?」
さらっとなにやら述べられたが、一言では正直理解できない星宮であった。
「……どういうことすか?」
「ごめん、いま詳しく説明するのは難しいの。ともかくわたしたちはこれから"存在しない部署"の人間として活動していくことになります。そういう"守秘義務"であると取り敢えず心得ておいて、ね」
「……」
星宮は興味本位で聞いてみた。
「もし、万が一"口外"してしまったら?」
"局長"、雛宮聖華は含みを持たせた。
「んー……」
そして彼女は耳元で不敵に微笑み、
「んふふー」
──結局言葉に含みを持たせたまま帰ってしまった。
夜の交差点にひとり取り残された星宮が
「え、結局どうなるんだ──?」
──そうして大きな謎を残したまま、数週間後。
若輩者、星宮綾人は大きな失敗をここ"アカデミアの保険室"で起こしてしまったのである。
「じゃ、切りますね」
時間は戻り昼休み後の保険室。
電話を終えた星宮は例の雛宮聖華からの着信を切り再びカードの並べられた卓へと向き直った。
その時、対戦相手の"金戸未来"の手の平がこちらに伸びかかっていたことに星宮は気づいた。
「──?」
疑問に眼差しを動かした星宮が彼女の伸びかけた右手から見上げるように金戸未来の顔をその目に捉える。
少女の瞳は動揺に打ち震えていた。
静かな戸惑いに揺れる赤燐色の瞳が、疑問に眉を動かす星宮の姿を映す。
「"いま"の、って──」
普段、冷淡な面差しの彼女が、めずらしく感情の度合いをその表情に色濃く表す。
未だ小刻みに震える彼女の右手を視界に捉えながら疑問に湧く星宮は問いかけた。
「え、どうしたんだ?」
「いま──」
逡巡する感情を呑み込んだ彼女が、喉を開いて問い返す。
「──"雛宮さん"、って言いましたよね──?」
星宮は更に疑問に駆られる。
「……?」
そして頭の上に疑問符を浮かべてすぐ、彼はある大きな失敗をしたことに即座に気づいた。
(──あっ!?)
直後、様子の落ち着きはじめた未来に対し今度は星宮が慌てる番となった。
(しまった、思わず"名前"を呼んじまった!)
"治安維持局特別対策室の存在、及びその関連性のある人間の名前は守秘義務である"。
数週間前に雛宮から注意を受けていたその事項に星宮は思わず抵触してしまったのである。
しかも、あろうことか人前で"局長"の名前を呼んで。
「"雛宮さん"、て?」
未来に続く形で保険医の青峰冷夏が星宮に問う。
未来とはまた違う興味の眼差しからの便乗だ。
会話の内容から邪推した冷夏はからかうような表情で星宮を問いただす。
「"お誘い"かなにかの電話だったみたいだけど、もしかして"そういう"人?」
「ち、ちがうちがう! ちがいますよ! 今の人はそういうんじゃなくて──」
と、ここでまた星宮は"守秘"を破りかけて慌てん坊な己の口を咄嗟に紡いだ。
冷夏の興味の視線が顔を背ける星宮を追従する。
気持ち程度に体を乗り出した冷夏が目を泳がせる星宮に向かってささやくように聞き出した。
「……"そういう"んじゃなくて?」
「うっ──」
星宮はたじろぐ。
──まずい、ここで"雛宮"の詳細を言ってしまえば、間違いなく"特別対策室"の存在が二人に明らかになって"守秘義務"に抵触する。
すんでのところで踏みとどまっているからまだ許容範囲内だろうが、これ以上深い事情に足を突っ込まれたら間違いなく存在が露呈するだろう。
そうなると当然、星宮が対策室の存在を露呈させた事が牛尾と雛宮に、ひいては"役所"側に伝わる。
あの時の、雛宮の"含み笑い"──。
(…………)
──間違いなく、なにか言葉にできないほどの"厳罰"が待っているのだと星宮は推測した。
(い、言えない!)
焦る星宮は考える。
(どどど……どうすれば!?)
取り敢えず少年は"ごまかす"という道を選んだ。
「あ……ああ、だから"そういう"んじゃなくて、"そういう"のなんですよ!」
付け焼き刃の言い訳に冷夏が眉を上げて反応する。
「はっ?」
「"デュエル"友達なんですよ! 最近デュエルを通じて知り合って……ははは」
どちらかというと"デュエル友達"という立ち位置に近いのは雛宮よりは実際にデュエルした牛尾である。友人と呼ぶには少し語弊があるが。
──しかし冷夏は怪訝そうに反応した。
「……ふーん……」
あまり信じていない様子が伺い取れた。
実際星宮の発言は嘘なので冷夏の反応は正しい。慧眼そのものである。
そしてもう一方。
冷夏の追従をかわしても今度は"銀鼠色髪の少女"の追及が彼に襲いかかる。
「星宮さん」
「はい!?」
なにやら改まった呼ばれ方をされたので星宮がビクついて反応した。
泳ぐ星宮の眼差しが赤燐色の瞳の少女に向けられる。
一層冷淡さを増した眼差しで挙動不審の星宮を見つめる少女がそこにいた。
「その"雛宮さん"っていう人のこと、もう少し"詳しく"教えてくれませんか」
「え──なんで?」
「知り合いかもしれないんです」
思わぬ発言に星宮が目を丸くする。
「え、知り合い?」
「わたしも2年前、"雛宮"っていう人と出会ったんです。ちょっと変な人だったけど……すごく優しくて、綺麗な人で……でもそれ以来、会えなくて……」
"すごく優しくて、綺麗"。少女の述べる"雛宮"の特徴を聞いて星宮は思考する。
(特徴が一致してる──)
必死の思いに表情を陰らせる未来が続ける。
「会いたいんです」
ずっと冷淡の色合いに努めてきた少女が、嘆願の思いで感情を吐露する。
「会って、また、お話がしたい。わたしにとって、"雛宮"おねえちゃんは──」
そして未来は──初めてその、年相応の少女らしい"素直"で"純粋"な感情の"赤の瞳"を星宮に向け始めた。
「初めて、"心の底"から素直にお話ができた人なの!」
星宮は思わず言葉を失った。
「…………」
これほどに本気の眼差しで訴えてくる人間を今まで見たことがなかったからだ。
(すごいなこの子、こんなに特定の人物に懐いてるなんて……)
嘘は言っているような素振りではないが──星宮は一応の確認をしてみた。
「確認のために、ひとつ聞いてもいいか」
「なんですか」
「"雛宮さん"のフルネームを答えてくれ」
迷いのない眼差しで少女は告げた。
「"聖華"」
確かな"本名"が、彼女の薄い桃色の唇から語られた。
「雛宮──"聖華"」
告げられた名前を星宮は精査して噛み締める。
(合ってる……間違いない。"あの"雛宮さんのことだ……)
しかし──。
「悪いんだが──」
星宮は心を鬼にして、少女に答えを告げた。
「オレからは紹介できない」
次の瞬間。
「……!?」
激昂の感情に支配された少女が星宮に向かって体を乗り出すようにして立ち上がった。
「──どうして!」
相手を射抜かんばかりに眼差しを尖らせた未来が雛宮の存在をひた隠しにする星宮のことを追及する。
たまらず立ち上がり圧と激をとばす彼女を見兼ねて間で見ていた冷夏もすぐさま彼女を制止しにかかった。
「や、やめなさい!」
同じく立ち上がった冷夏が怒りに揺れる少女の体を抑える。
女性としては平均より背丈の高い冷夏が小さな身体の未来を抑え込むのは容易なことだった。
「落ち着きなさい! いきなりどうしたの!」
沈鬱な表情で顔を伏せる星宮にも冷夏は事情を問いただした。
「星宮くんも、どうして? 話を聞く限りお互いに知り合いなんでしょ、その"雛宮さん"は」
申し訳なさそうに星宮は顔を背ける。
「そういう、約束なんです」
星宮は、飽くまで"責任"として雛宮との"守秘義務"の約束を守ろうとしていた。
「すまない」
顔を背けながらも、星宮は真摯な思いで陳謝の言葉を告げる。
「本当にすまない」
未だままならない表情ながらも、彼の確かな思いに理解を示した少女、金戸未来は次第にその荒くさせた息を静かに整えていった。
「ハァ……ハァ……」
ようやく、身を預けるように席に腰を下ろした未来が、未だ治まりきれない暴れる気持ちを整えるように自分の左手を胸に抑える。
動悸に苛まれるように緊張の張った顔をなんとか落ち着かせるように精神を整えた彼女はふたたび冷静に、そして冷淡になるように努めた。
しかしやはりどうしても気持ちが治まらない。
灼熱のように身を焦がす感情が彼女には
「もう一度……"会いにきてくれる"って言ってくれたんです……」
"それなのに"──少女は言葉を紡ぐ。
「"嘘つき"」
引いては寄せる波のように、感情が零れてゆく。
「"おねえちゃん"の嘘つき」
──対して、星宮は冷静に考える。
(あの雛宮さんが……"約束破り"?)
短期間とはいえ、これまでの雛宮の対応を見てきた星宮からすれば少女の話は信じられないものであった。
(そういうの……律儀に守るタイプだと思ってたけど──)
年端もいかない自分が考えるのも図々しいものだが──雛宮聖華とは基本的に対人関係を大事にする"品行方正"タイプの人間だ。星宮はそういう風に彼女のことを考えていた。
他人のことを想いやれる気立ての良い人間、そんな印象。
しかし少女の発言の内容からすると見立てが一致しなくなってくるのも事実。
なにより少女が嘘をついているような様子がないのが殊更たちが悪い。益々話が面倒になってくる。
考えを整理する──星宮はあることを思いついた。
(そうだ……雛宮さん自身に確認すれば良いじゃないか)
先程仕舞った携帯電話を取り出し雛宮に掛けてみる。
しかし。
(くそっ……応答しない)
20秒ほど待ってみても電話が繋がる気配はなかった。
恐らく先程は昼休憩の終わり頃にかけたのだろう。つまり雛宮は既に仕事中だ、電話に出られない。
なんともタイミングの悪い。
星宮が臍を噛む一方で、未来が伏せていた顔をゆっくりと上げ始めた。
少女の陰影の重なった薄暗い表情に、彼女の端麗な声が"不敵"な調べを奏でる。
「星宮"さん"」
再び改まった少女の態度に、星宮が様子を覗くように反応した。
「え……?」
「申し訳ありませんでした。いきなり声を荒げて、追及して。でも様子を見るに、星宮さんにも事情があるんですよね」
理解を、示した?
一見しおらしく、意地の折れたような少女の様子を見て星宮はほっ、と内心胸を撫で下ろした。
しかし──。
少女が予想以上の"頑固者"であると理解したのはその直後であった。
「けどわたし、諦めきれません」
状況一転。
安堵しかけた星宮にふたたび緊張が宿る。
「えっ?」
「このデュエルで決めましょうよ」
「えっ、あっ? いやそれは」
「わたしが負けたら潔く諦める」
ふたたび強い眼差しと"闘志"を宿した赤燐色の少女が──固い表情を据えて改めて星宮と対峙した。
「けど、わたしが勝ったら潔く"おねえちゃん"の居場所を教えてもらう ──
困惑して少女の要求を止めようとする星宮の言葉も無視して──彼女は先ほど発動しかけた"あるフィールド魔法"をこの葛藤の場に発動した。
「わたしはフィールド魔法──!」
決闘者の戦場が、"屍界"に染められる。
「──"アンデットワールド"を発動!」
星宮の瞳が、驚愕に見開く。
「ア──"アンデットワールド"──!?」
未来の展開は流れるように続く。
少女の最後の手札、ある"魔法カード"が場に発動された。
「わたしは
そして次にデッキより取り出された"レベル8のモンスターカード"が──。
「
──ただでさえ取り巻く状況に追い詰められている星宮を、更なる窮地へと追い詰めることとなるのである。