その一手は、”まさかここでそれを打ち込むのか”と誰もが言いたくなるほどの代物だった。
「──”砂塵の大嵐”を発動」
未来は、いや未来だけでなく冷夏も驚愕に目を見開いた。
「さ──”砂塵の大嵐”!?」
”砂塵の大嵐”。
相手の魔法、罠カードを2枚まで選択して破壊する普通の罠カードなのだが。
「ど──どうして”このターン”に”砂塵の大嵐”を!?」
未来にはこの光景が信じられなかった。思わず地を蹴るよう立ち上がった未来が星宮の表返した”砂塵の大嵐”のカードを覗き込んだ。
動揺の最中、まさかと思って確認するように少女がそのテキストを上から覗き込み、そして一点に卓を見つめる星宮を見つめる。
”砂塵の大嵐”にはあるデメリットがあった。
「どうしてさっきのわたしのターン、そのエンドフェイズにそれを発動しなかったの!? ”砂塵の大嵐”は発動したターン、その発動者の”バトルフェイズ”が行えなくなるのに! わかってるの!? それをいま、このターンに発動したっていうことは!」
”砂塵の大嵐”のデメリット、それは。
「──もう、星宮さんはこのターン、わたしに”ダメージを与えられない”ってことなのに!」
”魔法罠カードを2枚破壊する引き換えに、発動ターンのバトルフェイズを行えない”というものだった。
つまり、金戸未来のターンエンド宣言後のエンドフェイズに発動しておけば問題なく防げるはずだったデメリットだった。
「知ってるさ」
しかし当の星宮綾人は承知の上だとばかりに立ち上がった金戸未来に返す。
「承知の上で自分のターンに発動したんだ。さあ、この”砂塵の大嵐”、効果が通るのかどうか、どっちなんだ?」
「──っ……!?」
信じられない、未来は内心でそう呟いてうろたえた。普通、わざわざ自分のターンにそれを発動する決闘者がいるだろうか。
本来ならば”砂塵の大嵐”は相手のエンドフェイズに発動し、デメリットを回避しながら相手の魔法罠カードを除去するのが普通。
セオリー通りでいくのならば、そうしてわざわざ背負う理由もないデメリットを相手ターンのうちに消化するのが普通だ。
それを、わざわざ自分のターンに撃ち込んでデメリットを背負いたがるなんて正気の沙汰とは思えない。少なくとも未来はそう考えた。
「さあ、どうするんだ」
なおも星宮綾人の謎めいた進撃は続く。
彼の怒涛の迫力に蹴圧された未来が表情をたじろぐ。
「”砂塵の大嵐”に対しその”2枚の伏せ札”を発動するのかどうか──どっちだ?」
星宮綾人による、デメリットを背負ってでもこのターンに”砂塵の大嵐”を発動した一手。
しかし、それがまごう事なき”悪手”であることを金戸未来は知っていた。
なぜなら。
「……わたしは」
なぜなら、1枚は発動し損ねた”神の宣告”で、もう1枚は相手に破壊されてこそ意味のある”誘発トラップ”だったからだ。
「そのまま”砂塵の大嵐”の対象となった”神の宣告”と、そしてもう1枚の”やぶ蛇”を破壊します」
質素淡泊ながらもどこか挑発めいた未来の物言いに冷夏が真っ先に瞳だけ向けて反応した。
(”やぶ蛇”、やっぱり”仕込んでた”のね)
星宮は間違いなく悪手を打った。
”砂塵の大嵐”により発生した竜巻が2枚の伏せカードを吹き飛ばしに迫る。
片方は問題なく割れた。
しかしもう片方は竜巻の破壊によってその”真価”を発揮した。
興味本位で草藪を突くと、時に”蛇”が飛び出すこともあるのだと、星宮は理解する必要があった。
荒れ狂う竜巻が草藪の高い葉の一枚一枚を吹き飛ばし、暴風の渦にちぎれた葉が混じって上空へと飛んで行く。
その草藪の中に潜んでいた一匹の蛇も風に吹き飛ばされ、その身を疾風の刃に切り裂かれていた。
渦の中心で蛇の体が風刃に両断される。
両断された蛇の体はそれぞれ光り始め、その姿を”竜”と”虎”へと変え始めた。
そして光のシルエットの”竜”と”蛇”は、風の渦の中で”融合”を始めた。
「わたしは破壊されたトラップカード”やぶ蛇”の効果により、本来なら”ナチュル・パルキオン”と”ナチュル・ビースト”を素材とする”融合モンスター”──」
そして融合した”竜”と”蛇”は、一頭の”巨獣”となって場に顕現する。
未来は確信した。
この勝負は間違いなく、”勝った”と。
「──”ナチュル・エクストリオ”を特殊召喚します!」
ナチュル・エクストリオ レベル10/獣族
攻撃力2800 守備力2400
竜鱗を得た虎といったところだった。
葉緑色の体色を持つ勇ましき面立ちの虎に、竜の外皮、尾、そして角が融け合わさったかのような見た目のそれは、他にふたつとない”獅子”の形となって敵である星宮に威圧を与えた。
”ナチュル・エクストリオ”。
本来はシンクロモンスター”ナチュル・パルキオン”と”ナチュル・ビースト”をかけ合わせて生み出される超大型の”融合モンスター”である。
2体のシンクロモンスターを素材に要求する分その身に内包する特殊効果は強力で、出た瞬間に一気に場を制圧できるほどの力を持っている。
しかしその召喚条件から手練れのデュエリストでも比較的召喚が難しいとされているモンスターであり、正規的手段ではまず召喚されないモンスターと言われている。
しかし非正規的手段なら話は別である。現在ではこういったモンスターでも”手順を無視して呼び出せる方法”がある。
それが仕込みのトラップカード”やぶ蛇”だった。
(いま神の宣告を使わなかったのはあえてでしょうね。”やぶ蛇”を破壊してくれるならわざわざライフポイントを半分支払ってまで”砂塵の大嵐”を止める必要はない。それが”ナチュル・エクストリオ”の登場に繋がるとしたら尚更)
場の展開に目を向けた冷夏は冷静に分析する。
(やはりセットカード破壊対策は仕込んでいた。未来ちゃんのデッキは場を固めて不用意に攻め込んでくる相手を大きく返り討ちにするカウンターデッキ。下手にセットカードに触る相手への不意を突く一手もきちんと仕込んでたんだわ)
トラップカード”やぶ蛇”は相手から破壊されてこそ意味のあるカード。
場に仕込むトラップながらそれをセットしたプレイヤーの意志では発動できないカードで、相手に除去されてようやく効果を発揮するカードである。
相手に除去された場合、除去された側のプレイヤーがエクストラデッキから任意のモンスターを呼び出せるという効果を持つもので、まさしく不用意に藪をつついた相手に制裁を与えるカードとなっている。
本来複雑な手順をもって召喚するエクストラデッキのモンスターを対価なしに、それも虚を突く形で召喚できるというのは釣銭が返ってくるほどに破格。
特にそれが”大きな制圧力”を持つモンスターなら尚更のことである。
たったいま呼び出された”ナチュル・エクストリオ”の持つ特殊効果、それは。
「たぶん星宮さんほどの決闘者なら知ってますよね。これでもう星宮さんの”魔法と罠”は……」
”自分の墓地のカードを2枚除外し、デッキの上から2枚のカードを墓地に送ることで、相手の発動した魔法、罠カードを無効化する”というものだった。
「死んだ、ってことです」
──先ほどより深い静寂が、保健室の空間に到来した。
未来と冷夏、誰もが星宮の敗北をいま、この瞬間に確信していた。
「……」
「……」
いくらなんでも無理があった。
確かに未来の場にはもう伏せ札はなくなり手札もなくなった。だがそれ以上に盤面が整いすぎている。
魔法、罠封殺の”ナチュル・エクストリオ”。
破壊耐性付与の”ヴァンパイア・グリムゾン”。
その他ついでの墓地肥やし役”牛頭鬼”。
極めつけは”除外能力”を残した”死霊王ドーハスーラ”とその起動役の”ゼンマイラビット”──すべてが星宮をあらゆる方向から雁字搦めに縛りあげていた。
対して星宮の盤面にあるのは戦況突破には役立たない”スピード・ウォリアー”、”妖精伝姫シラユキ”、”くず鉄のかかし”。
──そして最後に残った正体不明の”伏せカード”と残り一枚の”手札”のみだった。
しかしその”伏せカード”が機能することはない。なぜなら”ナチュル・エクストリオ”が睨みを効かせているからだ。
つまり星宮に残された可能性は”たった一枚の手札”のみ。
「もう……潔く負けを認めたらどうですか」
”くず鉄のかかし”も”ナチュル・エクストリオ”の前ではもう機能しない。
残る二体のモンスターを使っても残りライフわずかの星宮では未来の攻撃を受けきることはできない。
しかも、星宮は”砂塵の大嵐”の誓約によりもうこのターンは”バトルフェイズ”を行えない──。
「……」
誰がどうみても。たとえここに冷夏と未来以外の見物者がいたとしても。
どんな人物の誰であっても、間違いなく星宮綾人の”負け”であると確信できる盤面が、金戸未来の手元の盤面には広がっていた。
圧倒的優位者の金戸未来は、質素淡泊な冷徹な言葉をもって、追い打ちをかける。
「あなたの敗北です。盤面がもう物語ってる。これ以上無駄にデュエル続けるというのなら、それはもう」
突然保健室に入り込んできた窓辺からの強風が、未来の長く伸びた銀色の髪を強く押しつけ、なびかせる。
「虚しい展開にしか、ならないとわたしは思います」
──未来の言うことは事実であった。
仮に星宮がこの盤面を打開できるとしよう。
しかしそれには必ず”なんらか”のカードを使う必要があり、しかもそれは”ナチュル・エクストリオ”の封殺を素通りできる”モンスターカード”でなければならないはず。
となるとそういったカードを”手札”か”墓地”から見繕わなければならない。
星宮の手札は1枚。そういったものを手札から使えば星宮は次の一手をなくす。
墓地からそういったものを望めないのは星宮の様子からしてすぐに理解できる。わざわざ”シラユキ”を犠牲にして”ドーハスーラ”の対処にかかってきたあたりその線は濃い。
そもそも、まず”バトルフェイズ”が行えない──。
仮に状況打開に成功したところで、少なくともこのターンは後詰まり──もっと言えばドーハスーラの”除外効果”とグリムゾンの”破壊耐性付与”、そして次のターンにドーハスーラの”復活”まで予約されているのだ。
ここまで追いつめられてしまった星宮に、もうすでに希望は残されていない。現実がそれを彼に強く突き付けていた。
──現実を強く突き付けているはずだった。
しかし実際のところこの対決は星宮の勝利で終わるのである。
このとき彼の隣で採点記録をとる冷夏は、ここから星宮がどう行動するのか気になっていた。
このまま敗北を受け入れて諦めるのか。
それともここから逆転劇を魅せるのか。
仮に逆転するのならば、どういった方法でこれを切り返すのか。真剣な表情で眉を凝らす星宮を横目に見ていた冷夏はこのとき、彼に対して大きな興味の目を向けていた。
デュエルアカデミア”二番手”と呼ばれた星宮綾人の実力。
保険医でありながら決闘者を兼任する青峰冷夏としては強く興味を惹かれる展開がこの小さな保健室という場で眼前に広がっていた。
そして──。
「”虚しい展開”……か。そのセリフはちょっと早いんじゃないかな」
じっと場を静観していた当事者、星宮綾人は口を開き始めた。
金戸未来は眉頭を疑問に動かして反応を返す。
「はい……?」
「あまり一方的に決めつけられたり、勝手なことを言われるのは好きじゃなくてね。わざわざこんな風に言うのもどうかと思うが、ここで状況を決めつけるのは決闘者として早計だと思うが」
「……この状況で追い詰められた側がそんなことを言っても、勇敢を通り越しておめでたいだけだと思いますけど」
「そうかもしれないな。でも俺は”デュエリスト”として退かないために、”虚しい展開”とやらのこの状況でも、こう言わなきゃならないんだ」
そして星宮は残りたった一枚の”謎の伏せカード”に、指先をかけながら、次のように挑戦的な微笑みをもって未来へと言葉を吐いた。
「”それはどうかな”、と」
未来は目を疑った。
「え……?」
星宮が指を置いたのは再セットされた”くず鉄のかかし”の横に伏せられていた”伏せ札”だった。
つまり”魔法カード”か”罠”カードの類のものだった。
彼女は理解ができなかった。
”ナチュル・エクストリオ”の前で未だに魔法、罠カードの類に手を伸ばす理由がわからなかった。
(無効にされる、のに?)
”ナチュル・エクストリオ”の無効効果に回数制限はない。対価を支払える限り何度でも発動できるのだ。
だから敢えて伏せ札にあてさせて効果の消費を誘導するなんてことはできない。
ならば極力無駄なカードの消費は抑えるのが得策なはず。
しかし。
「俺は”永続トラップ”──」
この後、未来は次に星宮が発動した”永続罠カード”に度肝を抜かれることになる。
星宮の指にかけられた伏せ札が気迫を纏う。
”赤い気迫”を纏った伏せ札が、不思議と”光”を放ったように見えた。
序盤から伏せ続けられていた布石がいまようやく表返る。
ことデュエルモンスターズにおいて、時に”ナチュル・エクストリオ”でも止めきれないトラップカードがあることをこの模擬決闘で金戸未来は知ることになる。
(──”親友”を失った日)
──星宮綾人はこのタイミングで、死んだ”親友”との過去の日々を思い出していた。
次期プロデュエリストと呼ばれ期待を寄せられていた”親友”と過ごしてきた日々。
確かな友情の中で自分たちはお互いにデュエルの腕を磨きあい、笑い合い、成長し合い、切磋琢磨して過ごしてきた。
しかしそんな”親友”に対して”劣等感”を抱いていたのは否めなかった。
(オレは”魂”を捨てた。お前が死んで、オレは永遠の”二番手”になった)
星宮はずっと”親友”に勝ちたかった。たとえそこに何物にも代えがたい友情があっても、”勝ちたい”という気持ちとそれは別の場所にあった。
親しい友だとしても。
いや、”親友”だからこそ。
決闘者として”乗り越えてやりたい”という気持ちが、星宮の中にはあった。だが。
(ふたつの意味で、俺はもうお前に”届かなく”なったんだ。笑いあえず、そしてもう戦えず……だから俺は魂の代わりに何の感情にも解かされない”氷”を心に宿した)
代わりに”絶氷”を宿したのは、流れる涙さえ凍てつかせてしまえば、平静を、そして”自分”を装えると思ったから。
──だが結果そんな風にはなれなかった。
実際に星宮に残ったのは、友を失った孤独だけだった。
(けど、無理だったよ。”心”を凍らせるなんて……できるわけないんだよな。俺はお前が死んでから、結局ずっと、どこかうわつかない気持ちのままだった。……そして)
悔恨の心には”絶対零度”を。
だが。
(そして、俺は”牛尾さん”と出会った)
ときには”絶氷”を融解させるほどの、”絶対熱”を──牛尾哲と出会い、そして魂をぶつけ合った星宮は心に根差した氷を解かし始めるに至った。
次に星宮が発動する永続トラップカードは、そんな彼の気持ちの変容の現れだった。
牛尾の熱い思いに突き動かされ”決闘者としての情熱”を取り戻した星宮がデッキに取り入れた”技”の形。
もう”不動遊星”の影でも、模倣でもない。
「永続トラップカード──”ブレイズキャノン・マガジン”を発動──!!」
”星宮綾人のデッキ”として胎動し始めたカードが、彼の手元で虹色の輝きを放ち始めていた。
「ブ──”ブレイズキャノン・マガジン”──!?」
星宮綾人を除くふたりの女性の声が保健室に響いた。
特に金戸未来の方は、動揺を隠せない様子でちぎれんばかりに目を見開いて紅の瞳を激しく揺れ動く鈴のように左右に動かして驚きを隠せずにいた。
驚くのも当然である。それは普通、”シンクロン”デッキに投入するようなカードではないからだ。
”ブレイズキャノン・マガジン”。
別名”ブレイズキャノン・トライデント”としても扱う永続トラップカードである。
手札の”ヴォルカニック”カードを墓地に送り一枚ドローするという、なんの変哲もない効果を持つカードなのだが、不用意に破壊すると”爆薬”になる効果を
その真意を同じく動揺に表情を揺らす冷夏が述べる。
「──”ナチュル・エクストリオ”で無効破壊すれば、逆効果になるカード!」
”ブレイズキャノン・マガジン”には特殊な性質がある。それは。
”墓地のこのカードを除外することでデッキから任意のヴォルカニックモンスター一体を墓地に送る”というものである。
つまりそれは”ヴォルカニック・バックショット”を墓地に送ることで相手のモンスターをすべて一掃できる”引き金役”という意味であった。
”ヴォルカニック・バックショット”とは。
”ヴォルカニック”と呼ばれるカテゴリー群に位置付けられるモンスターのひとつで、”ブレイズキャノン”と名付けられたカードの効果で墓地に送られた際、残りの同名カードを手札またはデッキから墓地に送ることで相手の場のモンスターをすべて破壊する効果を持つレベル2のモンスターである。
また、墓地に送られた際に相手に500ポイントのライフダメージを与える効果を持ち、様々な意味で相手に火傷を負わせる能力を持っている。
つまり”ブレイズキャノン・マガジン”という発射台によって放たれた場合、”火炎弾”となって相手の場を全滅させることができるのである。しかもライフダメージのおまけをつけて。
ということはもし”ナチュル・エクストリオ”の効果で無効にして破壊し、”ブレイズキャノン・マガジン”を墓地に送ってしまった場合”ヴォルカニック・バックショット”がいつでも墓地に送られる、つまり”発破”の準備が完了してしまうのである。
事実上、”ナチュル・エクストリオ”で破壊してはいけないカードが”ブレイズキャノン・マガジン”というわけである。
「け……けれど! わたしにはまだ破壊耐性をアンデットに付与する”グリムゾン”が! ライフを支払えば”バックショット”の効果は無効にできる!」
「残念だけどそれは不可能ね」
予想外の仕込み札の登場に推され始めた未来が動揺の声を挙げる。
しかしそこに冷静な冷夏の声が割って入り彼女にこの”密かに追い詰められていた状況”を説明し始めた。
「えっ……?」
「よく考えて。あなたのライフポイントは”4000”。”ヴァンパイア・グリムゾン”が守るモンスター1体につき支払うライフは”1000”。──けどあなたの場にはいま”何体”のモンスターがいるかしら」
冷夏にそう諭された未来が自分の場に目を向ける。
未来の場に存在するモンスターは”ゼンマイラビット”、”牛頭鬼”、”ヴァンパイア・グリムゾン”、”死霊王ドーハスーラ”、”ナチュル・エクストリオ”の5体。
未来は気づく。
「”5体”分のライフを、支払えない……!」
「その通り。仮に”ゼンマイラビット”を逃がしても4体残るからあなたはライフを支払いきれないの。もしそれを支払った場合、あなたのライフは”ゼロ”になる──つまり”ナチュル・エクストリオ”を出してしまったせいで、あなたは”4体未満”にモンスターを減らせなくなり、”全体破壊”への対抗策を失ったのよ」
失策──未来は己の思わぬミスに気づいた。”やぶ蛇”で”ナチュル・エクストリオ”を出していなければ──。
──そこまで考えて未来は星宮がなぜ謎のタイミングで”あれ”を発動したのか気づいた。
「……まさか、あの”砂塵の大嵐”は”やぶ蛇”の存在に気づいていて!?」
「ああ、”やぶ蛇”を仕込んでいると予測したからオレはあえて”自分のターン”に”砂塵の大嵐”を使った。”隣の芝刈り”を押し通すためにな」
仮に星宮が彼女のエンドフェイズに”砂塵の大嵐”を使っていた場合、”ナチュル・エクストリオ”は星宮のターンが来る前に登場していた。
そうなると星宮は”隣の芝刈り”と”貪欲な壺”を持て余し、撃てない。そのために星宮は”バトルフェイズ不可”の誓約を負ってまで”ナチュル・エクストリオ”の登場を”遅らせた”。
「でもそれなら、わたしの伏せカードを破壊しにいく必要は──」
「剥がしたかったのさ、その厄介な伏せカードたちを。どうしてもその内にある本命の”神の宣告”をどうにかしたかった。”温存癖”のあるキミが本命のカウンタートラップを隠し持っているのは予想できていたからな」
金戸未来は星宮の言葉に疑問を寄せる。
「”温存癖”……?」
「気づかなかったか? キミにはいろんな局面に対応しやすい、”本命のカード”を後に温存する癖がある。”隣の芝刈り”のときに確実性の劣る”マジックドレイン”で対処しようとしたのがその証拠──キミはおそらく、相手を追い詰めて戦うというよりは”自分の中での安心感”を重視するスタンスなんだ。”これだけの手が残ってるなら相手を捌ききれる”、っていうね」
「──そ、それは……」
図星を疲れた未来が、小さく苦悶する。
しかしこの流れはそもそも未来が”ブレイズキャノン・マガジン”を破壊しなければ良い話であった。
墓地に送らなければ”ヴォルカニック・バックショット”を送られることもないのだから。
──
(墓地に送らなければデッキから”バックショット”を送られることはない。けれど)
未来は気迫に揺れる表情を星宮の手札に向ける。
(墓地に送らなかった場合でも、”手札”から”バックショット”を送られる可能性はある!)
先述したように”ブレイズキャノン・マガジン”には手札の”ヴォルカニック”カードを墓地に送れる効果がある。
しかもついでに1枚ドローの手札補充効果がついてくるので尚更タチが悪い。当然それでも”ヴォルカニック・バックショット”の効果は起動する。
この局面での”1枚のドロー”の重さを未来はよく知っていた。つまり未来はここで”ナチュル・エクストリオ”の効果を使用するべきかどうかの判断に迫られていた。
「この状況で……わたしに選択を迫ってくるなんて……!」
「さあ」
残り1枚。たった1枚の残った手札を裏側のまま彼女へと、星宮綾人が突き付ける。
「当ててみるんだな、俺の手札が”ヴォルカニック・バックショット”なのかどうかを」
星宮の墓地を確認したところ”バックショット”は1枚たりとも落ちていない。
いま墓地起動できるカードは2枚の”シャッフル・リボーン”という魔法カードだけ。
星宮の手札に”バックショット”が潜んでいると警戒してドロー潰しに”ブレイズキャノン”を破壊するか、それとも無いと踏んで放置するか──大きな選択を未来は迫られていた。
未来は考える。
(ふ、普通……わざわざ相手の”ブレイズキャノン・マガジン”を墓地に葬るなんて敵に塩送りするような真似なんて、しない……けど、もし”バックショット”をその裏に握っているなら、わたしは破壊しなければ星宮さんに1枚のドローを許すことになる)
未来はさらに考える。
(──けどそれってどんな確率!? この状況でさらに”バックショット”を手に持ってる状況なんて、あり得るの!? それもたった1枚の手札に──)
たとえ”隣の芝刈り”の墓地肥やしを経て未だに墓地に”バックショット”が落ちていないとしても、残り手札にそれを握っているのはほぼ考えられないといっていい。
天文学的とまではいわないがそれでもさすがにここでそれを手札に握るのは厳しい確率。常識的に考えるならまだ3枚とも山札に眠っていると考えるべき。
つまり星宮の現在の行動は、手札にその存在を匂わせて未来を脅し”ブレイズキャノン・マガジン”を墓地に遅らせる”ブラフ戦術”──全体破壊への”誘導行為”だと未来は考える。
しかし──相手が”星宮綾人”だということがもう一方の懸念を加速させる。
星宮綾人は”引き”が強いのだ。おそらくそれは間違いないと金戸未来はここまでのデュエルでそう確信していた。
(わたしが、選ぶべき選択は──)
考え抜いた末、金戸未来が選んだ選択は──。
「──破壊しない」
──常識に沿った、”安牌”だった。
「破壊しない……”ブレイズキャノン・マガジン”を墓地に送ってまで背負うリスクじゃないもの……!」
どこか震えた声で、”ナチュル・エクストリオ”の効果を”使わない”という宣言を果たす未来の姿があった。
”ナチュル・エクストリオ”が場にいながら、みすみすトラップカードの発動を許すしかないという屈辱的な展開。
しかしこれで星宮の手に”ヴォルカニック・バックショット”がなければほぼ未来の勝利は間違いない。
緊張の一瞬、ゆっくりと時の流れる走馬灯のような景色。
その緩やかに時間の流れる光景の中で、彼女の”過ち”を告げるようにして手札に指をかける星宮綾人の姿があった。
「っ……!」
──腐敗した大地からアンデットワールドに似合わない金属製の発射台が競り上がってくる。
泥土から浮き上がってきたその発射台には3本のミサイル弾が装填されていた。
黄褐色の泥の滴り落ちるそれの導火線にいま煌々と輝く炎が灯された。
導火線が火花を噴いて弾丸発射へのカウントダウンを進めてゆく。
それは”ブレイズキャノン・マガジン”に”ヴォルカニック・バックショット”が装填されたことを意味していた。
「”ブレイズキャノン・マガジン”の効果で”ヴォルカニック・バックショット”を墓地に送り1枚ドロー」
紫煙を噴く溜池の向こうで発射のカウントダウンを刻むロケットを捉えてドーハスーラを代表するアンデットたちは戦々恐々とする。
逃げ場はない。
だが立ち向かう術もない。
地獄の火炎に焼かれることを待つしかない屈辱にアンデットたちは臍を嚙むことしかできなかった。
「そして墓地に送られた”ヴォルカニック・バックショット”の効果発動! オレはデッキから同名カードを2枚墓地に送り──」
そして導火線の炎はミサイルに到達し──。
「──ミサイル発射!!」
炎を噴き始めた3つのミサイルはそれぞれ独立した動きで発射台から飛び立ち、アンデットワールドの空を駆け上がっていった。
ロケット花火のごとく暗紫色の空を駆け巡るミサイルが急降下を始めて目標を捉える。
より炎の勢いを炸裂させたミサイルは目標めがけてアンデットたちへと急降下突撃していった。
”4体”のアンデットたちにミサイルが着弾する。
怒鳴り声を挙げるようにアンデットたちは絶叫してその身を炎に滅ぼしていった。
しかし”ゼンマイラビット”だけは自身の特殊効果でミサイルから逃げおおせていた。
「──”ドーハスーラ”の効果! アンデット族になっている”ゼンマイラビット”が効果を発動したことによりその効果で”妖精伝姫シラユキ”を除外する!」
炎に体を溶かす”死霊王ドーハスーラ”が最後の力を振り絞り、悪あがきの様子で僧杖を掲げて星宮の場に浮く獣人の少女を暗黒空間へと道連れにした。
灼熱の怒号音が広がる一方で断末魔を挙げる”シラユキ”の姿があった。
しかし未来の場の”ドーハスーラ”も炭屑となって黄褐色の大地に灰となって沈んでゆく。
──ほぼすべてのモンスターが場から全滅。腐敗の大地には”スピード・ウォリアー”が残るばかりとなった。
即座に次の手へと移る星宮。対する未来はここから星宮がどう攻めてくるのか目を凝らし始めた。
(──ここからどうするの!? もう星宮さんはバトルフェイズは行えない、”アンデットワールド”が残っているから次のターンには”ドーハスーラ”が復活する!)
墓地に送られた3体の”ヴォルカニック・バックショット”の効果で1500のライフを削られ2500に残りライフを落とした未来だったが、ここまでやられても未だ彼女の優勢という状況に変わりはなかった。
星宮の場にあるのはたった攻撃力900の矮小なモンスターと時間稼ぎの”くず鉄のかかし”だけ。
なおかつバトルフェイズを行えない。このターンで決めきれなければ再度星宮が劣勢に陥るのは誰から見ても明白であった。
「オレは墓地の”シャッフル・リボーン”を除外し効果発動! 場の”くず鉄のかかし”をデッキに戻して1枚ドローする!」
不要となった防御装置を山札に戻して星宮は新たなカードを手札に引き入れた。
魔法カード”シャッフル・リボーン”には持ち主の場のカード1枚をデッキに戻してドローに変換する効果がある。
これで星宮の手札は2枚。
”ナチュル・エクストリオ”が消え去ったことで彼の手札は堰を切ったように”流れ”を起こし始めた。
「マジックカード”おろかな副葬”を発動! デッキから”くず鉄の像”を墓地に送り、そして”くず鉄の像”自身の効果で”ジャンクモンスター”1体を守備表示で復活させる!」
たったいまドローした魔法カードを場に差し込み、星宮はデッキから1枚のトラップカードを墓地に埋葬した。
マジックカード”おろかな副葬”は山札から魔法、あるいは罠カードを墓地に送るカード。そしてそれにより送られたトラップカード”くず鉄の像”は墓地に送られると、他に埋葬された”ジャンクと名のついたモンスター”を再起動させる効果を持っていた。
”くず鉄の像”の効果で泥土から這い上がってきた”ジャンク・シンクロン”が大地に到来する。
”スピード・ウォリアー”と肩を並べた”ジャンク・シンクロン”が自身のリコイルスターターを引っ張り始めた。
翠緑色の輪になった”ジャンク・シンクロン”がパイロットマスクの戦士を包み込む。
「レベル2の”スピード・ウォリアー”に、レベル3の”ジャンク・シンクロン”をチューニング!!」
空へと飛び上がったパイロットマスクの戦士の体は半透明となり、その身を新たな存在へと変貌させていった。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! ”シンクロ召喚”!」
青天色のアーマーフレームに身を包んだ鉄腕の機械戦士が、その赤燐色の瞳を一閃に輝かせて暗紫色の空へと到来した。
「いでよ、”ジャンク・ウォリアー”!」
ジャンク・ウォリアー レベル5/戦士族
攻撃力2300 守備力1300
(ここでジャンク・ウォリアー!? バトルフェイズを行えないのに何の意味が)
「そして最後に残ったマジックカード”ダーク・バースト”を発動。墓地の”ジャンク・シンクロン”を手札に加え、そしてそのまま”召喚”する」
なおも星宮の攻勢は続く。
墓地から闇属性の守備力1500以下のモンスターを手札に回収する魔法カード”ダーク・バースト”で効果対象の”ジャンク・シンクロン”を手札に呼び戻し、そして残っていた召喚権で星宮は橙色の小型ロボットを再度フィールドに到来させた。
今度は”ジャンク・シンクロン”の効果が発動する。アンカーを紫煙の溜池に投げ入れた小型ロボットはその水中から1体の”ヴォルカニック・バックショット”を引き上げ始めた。
”ジャンク・シンクロン”特有の”レベル2以下のモンスター復活”の特殊効果だった。
「”ジャンク・シンクロン”の効果でレベル2のモンスターである”ヴォルカニック・バックショット”を守備表示で特殊召喚する。そしてそのまま──」
──この瞬間、未来の脳裏に稲妻の如く嫌な予感が到来した。
「まさか──」
「──”ヴォルカニック・バックショット”に、”ジャンク・シンクロン”をチューニング!!」
今度は炎を纏った銀色の青虫のようなものに翠緑色の輪が駆け巡り、その姿を新たなものへと変貌させていった。
「鉄鋼に魂を包んだ戦士よ! いま乾坤一擲の如き意志を宿した鋼玉の砲台となって、屑鉄の戦士たちを導き撃ち出せ! ──”シンクロ召喚”!!」
未来はこの時点で星宮の魂胆を察し、確信する。
星宮綾人は最初から、”直接攻撃”による勝利など狙っていなかったのだ。
「発進せよ──”カタパルト・ウォリアー”──!」
カタパルト・ウォリアー レベル5/戦士族
攻撃力1000 守備力1500。
”バックショット”がシンクロ素材に使用されたことで再度墓地に埋葬され、その効果で500の効果ダメージを受けてライフポイント”2000”に下がった時点で、場の状況を眺める未来は口惜し気に唇を噛んで、諦めに顔を伏して来たる敗北の展開にその手を静かにテーブルへと置いた。
既に”カタパルト・ウォリアー”がその両肩に抱える発射台を構えたところで未来は次なる場の展開をその身に察していた。”カタパルト・ウォリアー”の特殊効果を知っていたからだ。
星宮の無情の宣言が続く。
「”カタパルト・ウォリアー”の効果。場に存在する”ジャンク”と名のついたモンスターを1体リリースすることで」
発射台に着地した”ジャンク・ウォリアー”が、その赤燐色の瞳に失意の金戸未来の姿を見据える。
「そのリリースしたモンスターの”元々の攻撃力”の分だけの”効果ダメージ”を、相手に与える……」
──星宮綾人の狙いは”効果ダメージ”による勝利だった。
彼が説明したように”カタパルト・ウォリアー”には発射したモンスターの攻撃力分の”効果ダメージ”を与える能力がある。
”バトルフェイズ”を介さない、”効果ダメージ”によるライフポイントへの攻撃効果。”ジャンク・ウォリアー”を発射すれば”2300”の効果ダメージを与えることになる。
4回の”バックショット”の効果により合計”2000”のダメージを受けている彼女のライフは、それで”0”。
──彼が”砂塵の大嵐”を自分のターンに発動した真意はここにあった。
”バトルフェイズ”を通さずとも星宮は彼女のライフを焼き払える算段だったのだ。
「……」
「……」
事実上の決着だった。テーブルを挟み対峙する両者の間に、一気に熱の過ぎ去った冷たい空気が流れる。
敗北に顔を背ける少女。
勝利間際で宣言を躊躇する少年。
終幕を迎えようとするデュエルの最中で、最後の一押しを迷う星宮の姿があった。
「本当に……いいんだな」
自分が勝利すれば、約束通り雛宮聖華に彼女は会わせられない。
最後の最後で同情の念からとどめを躊躇する星宮の姿がそこにいた。
そして諦めたようにゆっくりと顔を伏せ、眼を閉じた未来は、それでもこの結果に納得したようにわずかにうなづいて、星宮の最後の宣言を彼へと促した。
「うん。……わたしの、”完敗”です。お強いですね、星宮さん……」
──決着後、未来は言葉を詰まらせたようにしたまま保健室から出て行ってしまった。
思わず引き留める素振りをみせる星宮だったが、引き留める言葉を持ち合わせなかった彼はその場を立ち上がるだけで、彼女を追いかけることはしなかった。
採点官の冷夏も彼女を引き留めることはしなかった。おそらくどんな言葉も彼女を励ますことはできないと考えた。
彼女自身が頭を冷やして考えるしかない。一歩引いた立場で様子を見ていた保険医はそう結論を出した。
そして場面は現在の時刻へ戻る。掃除を終えて帰宅の準備を始めた星宮を横目に眺めながら冷夏は内心、彼への印象をつぶやいた。
(これで”二番手”って……とても学生レベルの実力じゃないわね……)
冷夏は驚きを隠すので精一杯だった。
デュエル後半で彼が魅せた一転攻勢。
とてもじゃないが学生の範疇に納まる実力ではないというのが正直な感想だった。
冷夏がこの学園で保険医として赴任してきたのはつい最近のこと。
これでデュエルアカデミア二番手に甘んじていたというのなら、一番手であった”赤堀陸”はいったいどれほどの実力だったのかと冷夏は気になっていた。
「それじゃ、俺も今日はこれで帰りますね」
「あ……うん、おつかれさま」
鞄を抱えて夜の校舎を帰ってゆく星宮の背中を見送り、冷夏は未だ尽きない興味の視線を密かに彼へと送る。
”ネオドミノシティにはとんでもない逸材が多くいるものだ”。ひとり保健室に取り残された冷夏はそうして窓のシャッターを下ろすのであった。
──一方、帰路についた星宮は今日のことを少し後悔していた。
(悪いことしちゃったかな……そもそも俺が口滑らせなければ起きなかった問題だしな)
星宮は自分の行動を反省していた。
”雛宮聖華”のことに強く食いついてきた彼女も彼女だが、そもそもその発端は思わず口を滑らせた星宮であり、多少自分にも軽率なところがあったと今になって後悔する感情が夜の冷たい風の中で彼を取り巻いていた。
保健室通学同士、おそらく”同じ境遇”の間柄。
もしかしたら”仲良く”なれたかもしれない。星宮は銀鼠色の髪の少女と”スターダスト・ドラゴン”の話で盛り上がったことを思い出しながら、どこか後悔の念に足を引きずりながら帰り道を歩いていた。
「──あっ」
星宮は夜空に輝く三日月の姿を見上げて、あることに気づく。
「そういえば名前聞いてなかったな……」
あの絵の上手な、背丈の小さな銀鼠色の髪の少女の名前はいったい──そんな彼女の名前を星宮が知るのは、そう遠くない日の出来事だった。
──来たる約束の土曜日。星宮は雛宮とともに”とある人物”の絵画展へとおもむく。
──もうひとつ。星宮は三日月の景色の向こうに、頬傷の男の姿を思い出していた。
(もし牛尾さんがあの子とデュエルしたら……牛尾さんは勝てるんだろうか……?)
星宮の決闘者としての率直な興味が、次の牛尾の”戦う相手”を予知していた。