遊戯王5D’s 治安維持局特別対策室   作:ピクサ

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第18話

 

 

 

 朝早く、青塗りの扉に手をかけるひとりの女性の姿があった。

 アパートのワンルーム、事前に聞いていた部屋番号のドアに手をかけた細見の女性が、レバーハンドル型のドアノブを回して中への侵入を試みる。

 不用心にも鍵のかけられていなかったドアを開き室内への侵入に成功した女性は、しめしめといわんばかりに玄関に靴を脱ぎ廊下に乗り出して奥へと足を踏み入れていった。

 そろりそろりと音を立てないようにして一歩一歩とつま先から足を踏み出す。

 ”彼”が普段使っているであろう居間の方から寝息の音色が聞こえてきて、思った通り爆睡してるなと居間に入る前から中の様子を察した女性は、ゆっくりと中を覗き込み居間の様子を確かめた。

 

 居間内を覗き込むと真っ先に木製のリフトテーブルが見えた。

 そばにある革ソファーのアンダーテーブル代わりに使用しているものらしく、卓上には雑多に置かれたカードの山と置きっぱなしの缶ジュースが一本テーブル脇に置かれていた。

 加えて、電源入れっぱなしの液晶テレビに流れる朝のニュースは電灯代わりとなって薄暗いこの部屋をほのかに照らしており、テレビから聞こえるニュースキャスターの声はソファーで惰眠をむさぼる彼の大きな寝息によって見事に上書きされるようにかき消され続けていた。

 

 さぞ夢見心地で眠っているであろう彼の右頬を指先でつつく。

 毛布にくるまり仰向(あおむ)けで爆睡している彼に、悪戯心(いたずらごころ)ながら彼のほっぺにつんつんと女性はちょっかいを出し始めた。

 

「ん? んー!?」

 

 無意識ながら右頬を触る感覚に違和感を覚えた彼が段々と大きく(うな)り始める。

 薄い毛布の中で眠りながら格闘を始めた彼が、ソファーの上で暴れ出す。

 結果、体勢を崩しソファーの上から毛布ごと転げ落ちた寝間着姿の彼、”星宮綾人”は寝ぼけながらも腕立ての要領でその場に体を起こし、違和感の正体を探り気配のする方を向いた。

 緩慢とする意識の中で目をこすり、気配の正体を見上げる星宮。

 

「おはよ、星宮くん」

 

 この場にいるはずのない、こちらの顔を覗き込む”雛宮聖華”の幻覚を一目見て、星宮はふたたび床に就くことを決めた。

 

 ──ここが夢の世界でもなんでもないと気づいた星宮が一瞬にして声を荒げて四隅の角に飛びのいた。

 

「──えぇ!?」

 

 眠気も吹っ飛ぶ勢いの衝撃だった。

 部屋角を背に飛び起き上がった星宮は、改めてそれがやはり私服姿の雛宮聖華であることを確認して、これはどういう状況なんだと起床したてで混乱する頭を強く振り始めた。

 おもむろに指を差した星宮が震え声で聞く。

 

「なんで雛宮さんが!?」

「ご、ごめん! だって昨日から連絡なかったから、何かあったのかもと思って部屋に……」

「やってること空き巣レベルっすよ! ……ん?」

 

 ようやく冴えてきた頭が雛宮の言葉を受け入れ始める。

 

「えっ、昨日?」

「ほら、待ち合わせどこにしようかって携帯のメッセージ送ってたでしょ? ずっと返信ないんだから」

「……待ち合わせ?」

「……今日、なんの日かわかってる?」

 

 雛宮のあきれたような眼差しに、数秒考えた星宮が”あっ”とひとつ声を漏らし、今日が何が行われる日かを気まずそうにする彼は思い出した。

 

「……”ネオ童実野美術館”で行われる絵画展に、一緒に行く日……」

 

 仕方なさげにため息をつく雛宮に、星宮は愛想良く苦笑いするばかりだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 青のモケットの張られた窓辺座席に腰をかけ、頬杖(ほおづえ)を突く星宮がひとつあくびを漏らした。

 

「本当に良かったんすか? ペアチケットの相手がオレなんかで」

「行きたくなかった?」

「いや、そういうわけじゃないんすけど……」

 

 雛宮の指に叩き起こされた星宮は現在、ネオ童実野シティの間に敷かれた線路を走る電車に乗って隣区にあるネオ童実野美術館を彼女とともに目指していた。

 対面座席に座る雛宮を前に窓辺に目を向ける星宮が外を過ぎさる街の光景を眺めてつぶやく。

 悲し気な語調で雛宮に返された星宮は思わず視線をずらして彼女の方から目を逸らすしかなかった。

 

「わざわざオレなんか誘うより、もっといい人とかいたんじゃないかなって」

「いないよ、そんなの。よくよく考えれば男の人の友達って星宮くんが初めてじゃないかな」

「そうなんですか?」

 

 これは意外だと星宮は思った。

 目の前の雛宮のことを引く手あまたの美人だと認識していた星宮は、彼女の思わぬ交友事情に舌を巻いた。

 

「だから星宮くんでいいというか、星宮くんがいいの。わたし、一度星宮くんとどこかに出かけてみたかったから」

「……」

 

 悪い気はしないのが星宮の本音だった。

 星宮もこれまでの経歴上、周囲から一気に人間の去った身なので雛宮のような人間は不幸の中の救い水といったところだった。

 

「……なるほど。じゃあ今日はおねがいしますよ、局長」

 

 

 

 


 

 

 

 

 建物を見上げる星宮が、夏の日差しを受ける美術館の姿を見て若者特有の驚きの声を挙げた。

 

「でっか」

 

 ”呼吸をする美術館”。それが今回訪れたネオ童実野美術館の建築コンセプトだった。

 水路を真ん中に挟んだ設計となっている美術館で、ガラスを基調とした外観の複数の展示棟が並び繋がっている建物。

 建物の標高は夏空を覆うほどに大きく、男性として中背を誇る星宮と比べても数十倍の高さを誇っている。

 ガラスを基調としている分、外からでも室内の様子がよく把握できるようになっており、入り口に立つ星宮の位置からでも中に幾つかの展示物が設置されているのが見えた。

 土曜日の休日、かつ本日が著名な”デザイナー”の絵画展ということもあり展示物を眺めに来た見物客も多く、今でも星宮と雛宮の隣を過ぎゆく見物客たちが数多く美術館へと歩を進め、次から次へと後ろから湧いてそれぞれが美術館へと足を運んでいた。

 見物客の他に水路脇で遊ぶ子供たちの姿が散見される。近代的な建築だけでなく木々の生える自然を取り込んだこの美術館では、休日に訪れる子供たちの姿もあった。

 

 夏の日差しに煌めく水路にふと目を向けた星宮が、美術館にやってきた率直な感想を雛宮の隣で述べる。

 

「いや……すごいなホント。ある程度大きいとは思ってたけどこんなに大きいなんて。つか、綺麗な場所っすね」

「そこまで言ってもらえるならわたしも誘った甲斐があったかな。まあ、わたしも”初めて”来たんだけど」

 

 ──正直、”リク”の件を放っておいてこんな場所に来て良いのかという気持ちが星宮にはあった。

 まだ特別対策室に入隊しただけで、星宮は未だサイコ能力絡みの捜査に関して何らかのアクションを起こしたわけではない。

 あの日、”新アルカディアムーヴメント”のことを言い残して去っていった”志賀雷銅”の件もあり、星宮的に気がかりになることは多く存在した。

 

 しかし、たまには羽根を伸ばすことも必要か。星宮はそう考えた。特に、隣で柔らかく微笑み、そしていつもの”お堅い”スーツ姿から18歳相応のプライベートな私服姿に着替えている雛宮を見ると、どうも星宮としては野暮なことを切り出す気にはなれなかった。

 

「じゃ、ぼちぼち行きましょうよ。……えーと、だれの絵画展でしたっけ」

 

 星宮に質問された雛宮が振り返り、元気な笑みを浮かべてその質問に答えた。

 

「”金戸未来”の作品展示会、だって!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 係員にチケットを渡し美術館に来場した雛宮たちをまず待ち受けていたのは鉄の廃材を繋ぎ合わせて造り上げられた巨大な翼竜の像だった。

 展示品を守るロープパーテーションの内側に飾られている像で、館内に入ってすぐ来場者の目を惹く形で入口付近に祀られていた。

 雄叫びを挙げる姿勢で固定された鉄屑の翼竜が、館内証明にあてられて灰色の体色を鈍く光らせる。

 

「これ、”スターダスト・ドラゴン”?」

「”くず鉄の像”っすね。たしか”スターダスト・ドラゴン”を模して廃材で作られてるんすよ。廃材アートになるんすかね」

 

 展示作品そばに設置されている説明書きの立て札によると、”屑山鉄蔵(くずやまてつぞう)”という人物が過去に造り上げたものらしい。

 元々”マーサハウス”と呼ばれる施設に建てられていたものだが、現在はこの美術館に寄贈され保管しているとのこと。

 雛宮たちの何倍もの高さを誇る精巧な翼竜の像を見上げて星宮が感嘆の声を挙げる。

 元々”不動遊星”マニアだけに、”スターダスト・ドラゴン”をモチーフにした作品を生で見られるのは星宮としては感慨深いものがあった。

 

「写真撮影は……禁止か。くぅ、フォルダに保存したかったなぁ」

 

 館内にごった返す来場者の群れの中でひとり落胆する星宮の姿があった。

 普段どこかクールな様子が目立つ彼が、こういう場面で素の性格が出るところを見ると、思わず雛宮も声を伴わない微笑みを漏らしてしまう。

 本当に不動遊星が好きなんだな、と落胆する星宮の横顔を見て雛宮はよりそう実感する。

 

「次、いこっか」

「あ、はい!」

 

 普段に比べてどこか無邪気な様子を見せる星宮を引き連れて、雛宮は次の展示物へと向かった。

 次にやってきたのは数々の種類の壷が展示されている場所だった。

 クリーム色の絨毯の敷かれた、暖かみのある橙色の照明に照らされた壺の並ぶフロアで、ここにもデュエルモンスターズを嗜んでいるものなら馴染みのある展示物の数々が並べられていた。

 

「これ知ってる、”強欲な壷”だよね」

「あ、さすがに雛宮さんでも知ってるんすね。”デッキから2枚ドロー”できる魔法カードですよ」

 

 緑色を基調に作られた、不気味なにやけ顔の浮かんだ青の取っ手のついた壷を眺めて雛宮が嬉しそうに反応する。

 

「うあぁ、可愛いー!」

「はっ?」

 

 唐突に喉奥から感激を引っ張り出すように悶えだした雛宮に思わず星宮が身を引いた。

 どうやらこの壷、彼女の感性には訴えかけるものがあったらしい。

 

「……いまなんて言いました?」

「尊い、尊くない!? わたし結構”壷”マニアなの!」

「……」

 

 話にならなかった。

 感性のずれた美女がたまにいるものだが、隣で悶え狂い喜ぶそれがまさにそうらしい。

 他にもにやけ顔を趣向にした紫色の”貪欲な壷”、黄金に照らめく鼻息荒そうな”金満な壺”、強欲な壷と貪欲な壷が半分ずつ合わさり可愛さ余って不気味さ二倍の”強欲で貪欲な壷”、有名な魔竜を象った”紅蓮魔竜の壷”など、これまでのデュエルモンスターズの歴史を彩ってきた数々の壷たちがこのフロアに集まっていたが、どうやら壷マニアの雛宮にとってはここは天国らしい。先ほどのフロアよりいっそう目を輝かせる彼女を見て星宮は苦笑いするほかなかった。

 ──ふと”強欲な壷”のそばに同じく展示されていた”謙虚な壷”の方に星宮の目が向く。

 

「あ、ほら、この”謙虚な壷”とかどうですか。こっちの方が綺麗じゃないですか?」

 

 ”強欲な壷”にくぎ付けになっていた雛宮の目が星宮の指で示された”謙虚な壷”の方に向く。

 それまでの壷とは違い淑やかな女性の顔が浮かぶそれを見た雛宮の反応は──。

 

「……」

 

 ──ノーコメントであった。

 すぐさまゲテモノ路線の方に視線を戻した雛宮は再びはしゃぎ始めた。

 

「持って帰って飾りたいー! ……これ買い取れないかな?」

「……」

 

 ──ひとしきり個性的な”壷”の面々を前に充実した様子の雛宮を連れて、星宮は次のフロアに進むことにした。

 次に向かうは絵画が飾られているフロア。別館への渡り廊下を通る。

 その道中で、なにやらガラスケースの中に不思議な展示物が飾られているのを星宮は見つけた。

 

「……なんだあれ!?」

 

 まさしく未知との遭遇だった。

 様々な著名な美術品がケースの中に並ぶ中、一際目を惹く不思議な物体があることに星宮と、そしてあとに続く雛宮が気づいた。

 エビフライが4本。串刺しのミートボールが一本。

 レタスを下敷きにポテトフライが敷き詰められ、それを土台にタコさんウィンナーが3本。

 土台の中央にどしりと構えたハンバーグの周りにはフランクフルトとイカリングと焼き鮭とイチゴにレモン、プチトマトとポテトサラダとパセリが添えられた、まさに異色の弁当箱がガラスケースの内側で著名な作品群を押し退けるようにしてその存在感を強く主張していた。

 

「弁当箱!? なんで美術館に!?」

「本物じゃないみたいだけど……」

 

 そばの説明書きによるとあの有名な決闘者”ジャック・アトラス”が以前作り上げた”シンクロ弁当”なるものの食品サンプルらしい。

 ジャック・アトラスが不調の時期に弁当屋のバイトで従事していた際に勝手に作り上げたものらしく、”美味しいものと美味しいもの合わせればもっと美味しい”という小学生にありがちな足し算料理の発想から作られたこの弁当を見た店長が即座に彼のことをクビにしたと説明書きには記されている。

 なぜそんな飾り付けの才能もない不器用の集大成みたいなものが美術館に飾られているのかは謎だが、それはともかくとして有名人のかつての”黒歴史”と対面を果たしたふたりの少年少女が口々に率直な感想を述べた。

 

「……美術品か?」

「芸術品ではあるかもね……」

 

 ──そんな衆目にさらされた有名人の黒歴史を尻目に通り過ぎ、ふたりはようやく”絵画フロア”へとやってきた。

 本来ここがふたりの目的、本丸である。

 フロアに足を踏み入れた星宮は、まず初めに驚きの声を挙げた。

 

「おぉ……これが……」

 

 ──少年の驚きは広く、大きなフロアへ吸い込まれていった。油彩の香り立ち込める絵画展に来訪したのは、夏の日の今日が初めてのことだった。

 高校生の星宮がまず連想したのはアカデミアの”体育館”だった。学校の体育館を連想させるほどに広い間取りの、いや、それ以上に更に広い間取りのフロアに並べられた数々の絵画の光景を見て、絵に疎い星宮でも心を鷲掴みにされんばかりの感情が彼を襲った。

 先ほどまでの上手に採光を取り入れた建築様式の明るい場所とは違い、絵画の日焼けを防ぐために上階の換気窓に黒の遮光カーテンを下ろした場所に絵画たちが展示されており、作品に強く配慮した様子が伺えるフロアとなっていた。

 壁は褐色塗装のビニルクロスとなっており、床には北欧系の幾何学的なデザインの柔らかい印象を与えるシートが敷かれ、暖かい照明とともに作品を見物にやってくる来場者たちを出迎えていた。

 

 そしてフロアの最奥には石灰でできたような大きな長方形の”壁”があった。──確か”フレスコ画”に使用するものだろうか。授業で習った付焼き刃的知識を探って星宮は遠くに存在感を示す石灰壁を見据えてそう答えを出した。

 

 数多くの見物客がフロアをがやがやとたむろする中で、星宮は興味の笑みをこぼす。

 すぐに雛宮の方を向いて、星宮は今にも走り出してしまいそうな調子で彼女に話しかけた。

 

「さ、行きましょうよ」

 

 対して、雛宮が素朴に答える。

 

「あ、うん」

 

 ──歩き出した星宮たちはまず、近くの壁に飾られている絵に向かった。

 褐色塗装のビニルクロスの壁に飾られた、銀の額縁の中に飾られた精巧な筆致の油彩画。

 

 題名(タイトル)を”光の援軍”といった。

 

「これ、”ライトロード”じゃないですか」

 

 荒く削られた岩壁(がんぺき)の上に構え立つ犬狼の頭の白龍とその傍らに並び立つ白の騎士達。

 薄雲から漏れる黄昏の後光に照らされる龍と騎士団の描かれた油彩画を間近にみて、17歳の少年である星宮は、極上の料理に舌鼓を打つようにしてその油彩画の完成度に度肝を抜かれていた。

 

「すごいな、もしかして”ライトロード”ってこれ描いた人がデザイン元なのか? ”ライトロード”は何年か前にデュエルモンスターズのカードで出てるんすよ」

 

 決闘者特有の講釈を述べる星宮が、雛宮の方を向いた。

 絵に疎い自分でも感動するほどだ。さぞ雛宮も油彩画に感銘を受けているだろうと期待する星宮。

 

 しかし彼女の表情はさほど驚きを感じない、普通のものだった。

 

「……あれ?」

 

 意外に質素な反応をみせる雛宮の顔を覗いて、星宮は意外そうな声を漏らした。

 星宮の声に気づいた雛宮が彼に目を向ける。

 途端、取り繕ったようにわずかな愛想を浮かべる雛宮が星宮に反応を返した。

 

「えっ? あ、うん、綺麗なんじゃないかな」

 

 ──とってつけたような感想、というのが正直な印象だった。

 雛宮らしくない、面倒くさがり屋の小学生が書いた作文のような、淡泊な反応。

 確かに牛尾からの貰い物のチケットとはいえ、そもそも絵画展が目的だったのだから、もう少しきらびやかな反応をみせてもいいのでは。というのが星宮の感想だった。

 さほど感動の様子も垣間見られない雛宮がなんとなし、少しの興味の視線も寄こさないまま次の作品の展示場所へと向かう。

 

「次いこっか。星宮くん」

「え、ええ」

 

 ──”絵にあんまり興味ないのかな”? 深く考えずに星宮はそう納得することにした。

 

「……あ、これ」

 

 通りがかりのロープパーテーションの内側に展示されていた絵画を見て星宮が反応する。

 

「”妖精伝記シラユキ”っすね。これ俺も使ってるカード──」

 

 

 ──”あれ……わたしがデザインしたカードだって言ったら信じます”? 。

 

 

「──あれ?」

 

 ふと、保健室で出会った”銀鼠色髪の少女”との会話の一節を思い出した星宮が、思わずその歩調を止めた。

 自身も使っている意外なカードの絵と出会いを果たした星宮が、湧き上がる動揺を隠せないようにしてその”シラユキ”の絵と対峙していた。

 

(えっ……いやまさか。ここに並べられてる絵が全部デザイン元とは限らないし……)

 

 まさか、たまたま訪れた絵画展が”あの少女”の絵のものとは限らないだろう。

 公募で採用されたデザインが実際のカードになることもある。少女は”絵描き”とはいったが”画家”とは言っていない。

 

 確かこの絵画展は”金戸未来”展だったか──まさかあの中等部の少女が年齢14歳にしてプロなわけがない。冷静に立ち返った星宮は内心そう考えわずかに漏れ出た冷や汗をせき止めて納得した。

 

「そんなわけない、か」

「星宮くん」

「はい?」

 

 半ば虚を突かれる形で雛宮に声をかけられた星宮が振り向く。

 声をかけた雛宮が視線の先に指を差す。それに引っ張られる形で星宮もそちらの方に目を向けた。

 

「あれ、なんだろ」

「……?」

 

 美術館スタッフと──”記者団”だろうか。装いの違うふたつの集まりが、この会場の隅で何かの設営を始めていた。

 スーツに身を包んだ美術館スタッフはテーブルと椅子を、比較的ラフな格好をした記者たちはカメラと撮影用スタンドを。

 各々に何かの準備を進める集団。特に記者の集団の方はよくフロアに通る高い声で指示を出す”牛乳瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡”をかけた女性の姿が目立った。

 

「──1時までに早く準備を済ませて! 今日はあの”金戸未来”の重大発表がある日なんだから!」

 

 黄色のチュニックに縞模様の長袖シャツ、橙色のポーチにすね丈のデニムにスニーカーとちょっと女っ気を感じない格好の、生え際から毛先にかけて扇状に広がった黒髪の長髪を持つ女性が自分の取材班にむかってそれぞれ設営の指示を下していた。

 どうやらあの女性がリーダーらしい。

 

「1時から”金戸未来”の取材……?」

 

 率直な疑問を寄せる星宮が素朴にそうつぶやく。

 初めて聞く”重大発表”とやらが気にかかった星宮に続き、雛宮が反応をみせた。

 

「いまの時刻が12時だから……ちょうど1時間後。”重大発表”ってなんだろ……」

「雛宮さんも気になりますか?」

「星宮くんも? そうね……」

 

 とはいえ、流石にあと1時間ここで暇を潰せというのは酷な話だった。

 広い絵画展とはいえ、このフロアの絵をすべて見てまわるのに1時間もかかりはしない。

 さてその”重大発表”とやらまでどう時間を潰そうか。

 ──手のひらに拳をポンと叩いた雛宮は隣の星宮にある提案をした。

 

 

「ここたぶん、休憩所の喫茶店あるよね。どうせならそこで時間を潰そうか。ちょっと疲れてきちゃったし」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ふたりが訪れたのは館内隅に位置するちいさな喫茶店だった。

 暖色の灯り降り注ぐ暖かみのある色調の、風情のある喫茶店で、初めてこの場所に訪れたふたりは天井で緩やかに回るシーリングファンの清涼な風を受けてその感想を口々に述べた。

 

「へぇ……雰囲気の良い喫茶店だね」

「ちゃんと館内に喫茶店が備え付けられてんすね」

 

 歩き疲れた人がひとやすみがてらに訪れる休憩所的な場所がこの喫茶店だった。

 今日はイベントがある日だからか喫茶店にも人が多い。ふたりは入店の順番待ちに整列する人々の最後尾に並んだ。

 ようやくふたりの順番が来た。

 

「お先、どうぞ」

「いいの? ありがとう」

 

 少年が先に雛宮を行かせる。

 悪気を感じながらも前を行った雛宮がカウンター前で振り返る。

 

「じゃ、お礼におごってあげる。星宮くん何がいい?」

「あ、じゃ”バブルマン・サイダー”で」

「意外と子供っぽいのたのむね……じゃあわたしは”ブルーアイズ・マウンテン”で」

 

 そっちはそっちでとんでもなくリッチな飲み物を頼むなと思う星宮。いま雛宮が頼んだコーヒーは値段”3000円”を誇る超高級コーヒーである。

 星宮の注文を聞いた雛宮がカウンター越しに女性店員へとそれぞれの注文を述べる。

 ふと、雛宮の顔に気づいた若い女性店員が、なぜかまじまじと彼女の顔を覗き込みだした。

 

「あれ? あなた、たしか……」

 

 なにやら”あちらは”面識がある、といった様子だった。

 雛宮が細眉を動かす。

 

「……? どこかでお会いしましたか……?」

「えっ、あ、いや……」

 

 要領を得ない雛宮の様子に気まずさを感じたのか、店員は先ほどの反応を無かったようにして頼まれたコーヒーと炭酸飲料をトレイに乗せて雛宮に差し出した。

 不思議そうにしながらも代金をカードで支払い、雛宮はトレイを受け取る。

 とりあえずテーブルに着席した星宮は、同じく対面に座る雛宮に向かって先ほどの女性店員とのやりとりの一件を聞いた。

 

「知り合い、すか?」

 

 雛宮は未だ不思議そうな目を店員に向ける。

 

「いや……?」

 

 特に面識はない、といった様子だった。少なくとも雛宮側は。

 だとすると先ほどの店員の反応はなんだったのか。星宮は、そして雛宮もその疑問は解消されないままに沈黙を通すばかりだった。

 ──考えてもしょうがない。星宮はそういえばと先日の出来事を雛宮に振った。

 

「そういえば雛宮さん、先日オレに電話してきたときあったじゃないですか」

「ああ、絵画展の約束の取り付けの?」

「そうっす。そのときオレ、ある”女の子”とデュエルしてたんですよね」

 

 雛宮が面白そうに反応を寄せる。

 

「”女の子”?」

「アカデミアに通う中等部の女子なんですけど、オレと同じ保健室通学なんすよね。そこで知り合って、ある理由でデュエルしてて」

「”ある理由”って?」

 

 星宮はその時、そのままあったことを向かい側の彼女に述べる。

 

「”雛宮さんに会いたい”って理由だったんですけど」

 

 一転、動揺にまなじりを開く雛宮の様子が伺えた。

 

「えっ……わたしに?」

「でもほら、”対策室”のことは守秘義務っていってたじゃないすか。どうして雛宮さんと知り合いなのかって問い詰められちゃって……そうなると、”対策室”のことがばれる可能性があるんじゃないかって……不用心に会わせるわけにはいかないと思ったんすよね。でもあまりに切実な様子だったから、それでデュエルでの勝利を条件に会わせることにしたんですけど……」

「……その様子だと、星宮くん勝ったんだ」

「まあ。でも良かったのかなって」

 

 雛宮は優しく励ますように微笑む。

 

「たしかあの後着信入ってたね。わたし、すぐに仕事に戻ったから出られなかったの。そういう用件だったんだ……。うん、だいじょうぶ星宮くん。わたし星宮くんを咎めるようなことはしないから」

「……ありがとうございます」

「……ところでさ」

 

 その例の人物について、確認のために雛宮は申し訳なさそうにする彼に聞く。

 

「”その子”の名前、って?」

「ああえっと……それが名前聞きそびれたんすよね」

 

 星宮は、思い出すように遠くの窓辺に目を向けながら。

 

「でも、”銀鼠色の長髪”に”赤い瞳”の、ちいさな背丈の女の子ってのが特徴でしたね」

 

 ──紙コップに淹れられたコーヒーをスプーンで混ぜる雛宮がつぶやくように返す。

 

 

「──知らない……誰だろう、それ……」

 

 

 雛宮の反応は少女から詰め寄られた星宮からすれば意外だった。

 あれだけ”あの少女”側が切実な態度で雛宮聖華に会いたい様子で臨んでいたのに、当の雛宮側はまるで彼女のことを知らないといった様子で顔を伏せてコーヒーをかき混ぜている。

 

 あれほど目を惹く容姿の人物を、面識があったら忘れるだろうか。

 

 ──熱さましにコーヒーを混ぜる雛宮の手を見て、星宮がふと疑問に思う。

 

「あ、雛宮さんって”砂糖”使わないんすね」

「ん……?」

 

 近くに立てられていたスティックシュガーの束を見て星宮がそう述べる。

 つられるようにして星宮の視線の先に目を向けた雛宮は、”ああ”と気づいた様子で儚く微笑みかえした。

 

 

「ああ、うん。わたし甘いの”苦手”だから……」

 

 

 

 

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