桜降る並木道を介し、正門を迂回して裏口へ回る。桃色の陽光が此度春を思わせるようだ。
裏口に回った牛尾達を待っていたのは、赤いスーツに身を包んだ狐顔の男だった。
男の黄色いバイザーサングラスに牛尾と雛宮の姿が映る。
「お待ちしておりました。……でありますよ」
「いえ。こちらこそお忙しい中、捜査へのご協力感謝いたします」
雛宮の姿を見るなり、狐顔の男はサングラスを外して礼に応じて見せた。
ふと不思議そうに男が牛尾へ目をやる。
「おや、そちらの方は……?」
「ああ……紹介が遅れました。こちらは牛尾哲、シティパトロールの部隊長で捜査に協力してもらっています」
「パトロール……? ……ああ、あなたたしか……」
男は得心を得たように面差しを緩め始めた。
「なるほど、どこかでお見掛けしたと思えば以前生徒達の通学路のパトロールを務めてくれた……」
「えっ、ああ、そういえば……」
市役所が設立された当初、市民間との親睦も兼ねて牛尾含めたパトロール部隊で通学路のパトロールを行っていたことがある。
今ではもう牛尾が巡回することはなくなったが現在でも牛尾の部下たちが率先して巡回を務めてくれている。
狐顔の男は名刺を取り出し、丁寧な所作で牛尾へ提示した。
「その節はありがとうございます。わたしの名前は“ルドルフ・ハイトマン”。デュエルアカデミア・ネオ童実野校の校長を務めさせております」
「あ、ああっと、こりゃあどうも」
「アカデミア生徒の保護者一同を代表して、わたしからも礼を言わせてもらいますでありますよ」
丁寧ではあるがどこか語尾に特徴のある男だ。とはいえ見た目ほど嫌味な男ではないらしい。
牛尾は素直に名刺を受け取り握手した。
やり取りを経て早速、ハイトマンは本題を切り出した。
「さて……では、早速捜査の件に入りましょうか。用があるのは私の生徒……“彼”でしたね」
「はい」
「……?」
“彼”とは一体誰の事だろうか。
雛宮とハイトマンの間で意思疎通される謎の会話に牛尾は軽く首を傾げた。
どうやら取次の際にほとんどの用件を雛宮は伝えていたようだ。
ハイトマンは承諾したように頷き、校舎の方へ振り返る。
「“彼”は今おそらく“デュエル実技”の真っ最中でしょう。……講義の行われている場所、“体育館”へご案内いたしますよ」
一転、神妙な表情をしたハイトマンに促されるまま牛尾達は裏口を上がり校舎内へと足を踏み入れた。
玄関口の靴箱から来客者用スリッパを取り出しそれに履き替えて1階廊下を進む。
通り掛けの職員室から漂うコーヒーの匂いがどこか懐かしい。
体育館へと続く廊下を進む最中、牛尾は2年生の教室へ差し掛かった。
「……ん?」
ふと、教室内から注がれる生徒達の視線に気付いた。興味の視線だ。
教室扉口の小窓から勉学に励む生徒の子供たちが見える。恐らく見た目から言って高等部にあたる生徒達だろう。
しかし──。
(なんだ……?)
一瞬、生徒達の表情に翳が差したのを感じた。陰翳というべきか、何か後ろ暗さを感じる気。
一部の生徒に至っては周囲の人間とこぞって密話をして牛尾を見る者もいた。
訝し気な目線。その視線は疑るように牛尾を貫く。
(なんだぁ……学校にセキュリティが来たから騒いでんのか?)
しかし雛宮共々スーツ姿の牛尾を一目見ただけでその肩書きを理解できるものだろうか。
顔見知りでもない限り見抜けるものではない。
確かに、通いなれた学校に突然見知らぬ人間が現れれば奇異の目を向けるものだろうが──。
(……キナくせぇな……)
子供たちが見知らぬ大人に興味の目を示した。というだけではない気がする。
もっと何か別の“意図”。
“やはりか”といったような視線。──牛尾はそう感じた。
「……考えすぎかね」
「どうしました?」
「いや……」
そんなやり取りを雛宮と繰り返していると、ほどなくして牛尾達は体育館前へと辿り着いた。
連絡通路を渡って中庭を横切り、体育館の鉄扉をハイトマンが開く。
扉の先のシューズ置き場、その向こうから生徒達の喧騒が流れてくる。
「どうぞ、こちらが体育館になります」
「こりゃどうも。って、あれっ?」
牛尾が呆けた言葉を漏らしたのも無理はない。
てっきり体育館コートに案内されると思いきや先行くハイトマンが2階ギャラリーに続く階段を上り始めたからだ。
「“彼”って、下で講義を受けてるんじゃないんですかい?」
「ああ、いえ、それはでありますね……」
ふと、ハイトマンが視線を逸らした。どうも口にしづらいといった様子だ。
慣れた手つきでかけたサングラスを正すハイトマンに代わり、雛宮がフォローを入れた。
「ええっと……牛尾隊長。それについては実際に“彼”に会えばわかると思います」
「?」
まあ、取り沙汰するほどのことでもないか。牛尾はハイトマンのあとを着いていった。
狭い階段通路を登る。登りきると館内を照らす照明が眩しく目を突いてきた。
そこは観客席、1階コートを上から一望できる2階フロアだ。授業に励む生徒一団の喜々とした声が聞こえてくる。
ギャラリーからコートを見下ろすと授業の一幕がよく見えた。
「進化の繭の効果発動! 究極完全態グレートモスを特殊召喚!」
「トラップカード、破壊輪を発動! グレートモスを破壊してお互いにその攻撃力分のダメージを受ける!」
「アァァァ……何ターンもかけて呼び出したオレのグレートモスが……!」
片方の生徒が召喚した巨大な昆虫型のモンスターにもう片方の生徒が呼び出した爆弾のついた鉄輪が装着され、ともに爆発した。
究極の存在がいとも簡単に葬られた。
「へぇ……楽しそうじゃねえか」
楽しそうにデュエルをする生徒たちを見下ろして牛尾はふと頬を緩めた。
コートでデュエルを行う生徒たちを眺めるように館内を見回した際──。
「ん……?」
──ふと2階フロア奥の方へ目をひかれた。
一人だけ講義に混ざってない紺色髪の男子生徒がいる。
柵によりかかり、2階観客席からつまらなさそうにコートを見下ろす不思議な生徒に気が付いた。
「あれは……」
「“彼”です」
「えっ?」
雛宮がもう一度牛尾に告げ、その“彼”の下へ歩き始めた。
「“彼”が──今回の事件の“参考人”です」
「参考人……?」
雛宮のどこか重たい語調が、牛尾に疑問を抱かせた。
牛尾が彼女の背を目で追う一方、雛宮はその紺色髪の男子生徒へと近づいてゆき相手を刺激しないように優しく呼びかける。
「……"
「ん……?」
雛宮の綺麗な声音に振り向き、“星宮”と呼ばれる生徒が静かにこちら共々に視線をまわし始めた。
アカデミア指定の青色の男子制服に身を包む、落ち着いた印象を受ける少年だ。
その目に浮かぶ蒼天色の瞳が牛尾一団を捉え──。
「あんたは──」
──冷涼な印象を漂わせる面貌が何かを察し、呆れたような溜息をまじえて少年がこちらから視線を逸らしはじめた。
「……なんだ、セキュリティの人達か……」
「……初めまして、わたしは──」
「──わざわざ学校に乗り込んできてなんですか? とうとう逮捕ですか?」
「そ……そうじゃないの! ただキミのお話が聞きたくて……」
「前来たセキュリティの人にも散々そう言われましたよ」
牛尾は話が見えない。
(なんだ……? この子は……)
少年の他者を遠ざけるような態度を見て、牛尾は不思議に思った。
──慣れている。普通、自分たちのような人間に詰め寄られれば多少なり動揺を見せるものだがこの少年は違う。
怯えるどころか最早うんざりといったような態度だ。なにやら第一印象よりトゲのある性格に見える。
参考人を物静かに観察する牛尾の隣をハイトマンが横切り、少年のそばへ赴いた。
「安心しなさい、星宮くん。この人達の仰っている事は全て本当。星宮くんに喰ってかかろうとしているわけではありませんよ」
「……」
ハイトマンの言葉を受け、星宮はどこか仕方なさそうにため息を吐いた。
緊張の色を解いた雛宮がほっと息をつき、嫌がる星宮に実直な瞳を向けて話を戻す。
「大丈夫……落ち着いて。わたしたちはキミの味方」
(たち?)
「キミの容疑を晴らすために、どうかわたしたちに協力してほしいの」
さらっと雛宮が牛尾を仲間扱いしたが、牛尾はまだ詳しい事情を知らない。牛尾自身はちょっと釈然としない。
──それはともかくとして、その後の雛宮の言葉が気になった。
(容疑を晴らす……?)
事件の容疑者ということだろうか。
それにしては状況が安易すぎないだろうか。雛宮もハイトマンもそういった危険人物に対する接し方ではない。
しかも雛宮は星宮という少年の肩を持ちたいらしい。互いの様子から見て二人は初対面だと勘ぐったのだが。
結局のところどういうわけなのか。話の見えない牛尾はほとほと困惑の色を浮かべた。
困惑気味に頭をちょいと掻きながら一汗。と、その時。
「──?」
先程教室で受けたような、胸を穿つような視線。牛尾はまたそれを感じた。
咄嗟に視線の方へ振り向く。どうやら発信源は一階コートの方からのようだ。
不安を推し込むように静かに振り向いた先──牛尾は訝し気な視線を送る生徒達に気付いた。
(……っ!?)
一人だけではない。二人、そして三人。一階で講義に励む生徒達全てが手を止めて懐疑の視線を一点に集中させている。
重く不気味なその視線が集束する先は例の“星宮綾人”。冷徹かつ険しい表情を構える少年に向けられたものだった。
「……ちっ……」
雰囲気に耐えかねた星宮が思わず舌打ちする。どうやら階下の生徒達は牛尾達と話す星宮を不振がっているようだ。
傍からみてもはっきりとわかるほどに見受けられる生徒達と星宮を
ここの雰囲気は重すぎる。軽く咳払いをしたあと雛宮が星宮に提案した。
「こほん。……星宮くん、ここじゃなんだよね」
「……」
「場所を移して話そうか。……どこか場所をお借りしてもよろしいですか、ハイトマン先生」
「もちろん。生徒の為なら」
どうやら、星宮という少年は周囲の生徒から嫌われているらしい──それは牛尾にも理解できた。
より状況の把握を進める為。その為に牛尾達は星宮を連れて体育館を出た。
去り際の折、生徒達の視線は牛尾と雛宮の背中にも刺さった。
「校長室……はちょっと空いておりませんでしたので」
先程まで晴れていた空は曇天を作って、ほのかな憂いを漂わせていた。
「いやはや申し訳ない、屋上で構いませんかな? ここなら話し声が漏れることもありませんでしょうから」
「充分です。お心遣い感謝いたしますハイトマン先生」
牛尾達4人はハイトマンに案内を受け、普段立ち入り禁止とされている屋上へやってきた。
緑のフェンスに囲まれた広場の隅には使用されていない机や椅子が雑多に積み上げられ、小さな山となって影を作っている。
どうやらここは物置代わりに使われているようだ。
「いや申し訳ありませんね、こんな有様で」
「いえ、そんな……ここなら人目にもつきにくいでしょうし……」
申し訳なさそうに構えるハイトマンに雛宮は感謝の意を込めて“いえいえ”と首を振った。
例の少年、星宮綾人が先だって屋上に足を踏み入れる。星宮は積み山から椅子を取り出してそれを自分のものとして腰をかけた。
どこか横柄に構えて机にひじ掛ける星宮。見兼ねたハイトマンが苦言を呈した。
「星宮くん。人前でありますよ」
「別に……ただ座っただけじゃないですか」
「……はぁ……」
ほとほとハイトマンは肩をすくめた。どうも彼には苦労を重ねているようだ。
ハイトマンに代わり雛宮が身を乗り出す。不機嫌そうな星宮の下に赴いて彼女は腰の前で両手を重ねて深く一礼してみせる。
雛宮は頭を上げて、改めて自己紹介を始めた。
「改めまして……こんにちは、星宮綾人くん」
「……」
「わたしは雛宮聖華。今はこの街の市役所に務めさせてもらっています」
「……市役所? セキュリティなんじゃ……」
「セキュリティにもいろいろ部署があってね。わたしはセキュリティじゃないし、後ろの“牛尾哲”さんもキミのところにたずねてきたセキュリティは違う部署の人だよ。今日わたしたちがたずねてきた理由は──」
続く言葉を察した星宮は雛宮の言葉に割って入った。
「……“リク”の件じゃないですか?」
「……その通り」
──牛尾には聞き覚えがあった。
「“リク”……殺された赤堀陸の名前か……」
牛尾がそう静かに呟くと、星宮の目の色が少し変わるのが見えた。
瞳に現れた多少の動揺。
「……ええ、そうです牛尾隊長。把握を深める為、一旦話を整理しましょうか。……いいかな、星宮くん?」
雛宮の呼びかけにすぐに応じず遠くを見つめる星宮だったが、どうやら事件について話すことに問題はないらしい。
一応の承諾を得た雛宮が表情を固め、星宮に配慮するように経緯を話し始めた。
「わたしが今回の一件を知ったのは数日前、市内での殺人事件ということで事件の資料がセキュリティ側から市役所側にも提出されたことがきっかけでした」
その時雛宮が見たのは、近隣区域の住民の供述をもとに作成された捜査資料だった。
被害者名である赤堀陸の名前及びその詳細事項、つまり被害者の普段の生活詳細が手がかりとして書き込まれていた。
「被害者、赤堀陸はここ“デュエルアカデミア”に通う勤勉な学生だったそうです。成績優秀で性格も良好……人当たりもよく、同級生から後輩までよく慕われていたそうです。……ですね、ハイトマン先生」
「ええ、
「ここまでは牛尾隊長も市長から伺いましたよね?」
「ああ……貰った資料に少し目を通したが、確かにそんなこと書いてたな」
「……ということは、全部のページに目を通してはいないわけですね?」
「……? あ、ああ……悪いな」
あの時は警邏車の運転も務めていたし、何より唐突な捜査への乗り出しで暇がなかった。
「では……ここからが本題ですね。どうして星宮くんが参考人として扱われているのか」
雛宮が星宮へと視線を向ける。相変わらずそっぽを向く少年がそこにいた。
「彼、星宮くんと被害者の赤堀くんは以前とても仲が良かったそうです。デュエルアカデミアに入学して以降気が合った二人はお互い切磋琢磨するように学業、そしてデュエルに励み、時に争い、時に支え合い友情を深めていたそうです」
──と、そこで雛宮の口が閉じた。
「どうした?」
突然、雛宮が後ろめたそうに口を閉ざした。
何事だろうか。神妙な面差しを浮かべた雛宮が星宮にもう一度振り向き、承諾を促した。
「……本当に話していいんだね」
「別にどうとでも、その口ぶりだと、どうせあんたも知ってるんだろ?」
“うん”──雛宮はそう頷いた。雛宮の瞳が決意の色を露わにする。
「先程の話のつづき……星宮くんと、赤堀くんの関係。その友情関係は長く続きませんでした」
「なに?」
広がる不穏。話が妙な方向に傾き始めている気がする。
曇り空がのしかかるような重さを湛えはじめた気がする。
空だけではない、星宮とハイトマンの表情も曇り始めているように感じる。
「一年生の時期も終盤に差し掛かる冬のある日、ふたりはいつものように体育館のコートを借りてデュエルに励んでいました。プロの卵である赤堀くんのデュエルとなると集まるギャラリーの数も多く、その日も館内はいつものように盛況を極めていました」
なるほど──分かりかけてきた気がする。牛尾も何かを察したように眉尻を動かせた。
「試合の状況は赤堀くんの優勢でした。……それで引き下がる星宮くんでもない、彼も状況打破の一手として切り札を切りました」
モノトーンの中で弾丸の如く打ち出される、“巨拳”の光景──。
「まさか……」
牛尾の中でこれまでの要素が符号する。
市長室で突然聞かされた話。
知っていたかのように雛宮、そしてハイトマンが星宮の下へ案内したわけ。
「打開の一手は見事決まりました。鮮やかに逆転さえ決めて──赤堀くんの体さえ砕いて」
符号が一致する。切なる驚きに見開いた牛尾の眼が、沈鬱なる表情の綾人を捉えた。
「そう、彼──星宮綾人は、得体の知れない力に目覚めてしまった“サイコデュエリスト”なんです」
あの時“サイコ能力”に目覚めてしまった星宮のモンスターの一撃は、相手のモンスターさえ押し切ってプレイヤーである赤堀にまで大きな負傷を与えてしまった。
モンスターが生物のように実体化して出力を高める力“サイコ能力”。
それはソリッドビジョンの比にならないほどのパワーをもつ。
今でも覚えている、あの時の光景。
親友であった彼を“エースモンスター”の巨拳で押しつぶしてしまった時の血の退くような感覚。
締めあげられた胸から張り上げられた叫びが悲痛に静まりかえった館内を打ち鳴らした。
「──“リク”っ!!」
咄嗟に駆け寄り、デュエルディスクのシステムを消灯させて床に伏す彼の体を抱え上げた。
何度も呼びかけ彼の生還を願った。
「……“アヤト”……」
親友の掠れた声が微かに聞こえた。
「リクっ!」
「……大丈夫……ちょっと体を打ち付けただけで……」
「リク……!」
息を吹き返した彼を見て、星宮は胸に安堵の思いを去来させた。
“よかった、生きていた”──その時のリクの必死の訴えが、声となって蘇る。
「いいんだ……お前のせいじゃない……だから、気にするな……」
教師の駆けつけによって病院に搬送された彼はその後なんとか一命を取り留めた。
幸運というべきなのか最悪の事態に至る事はなかった。
日常生活への復帰に関しても一月もあれば無事退院できる。星宮はそう告げられた。
しかし──残された星宮の方はそれで済む問題ではなかった。
“プロの卵”に大怪我を負わせ、得体の知れない力を振るった彼に批判の目が刺さる。
「っ……」
突き刺さるような同級生の眼差しが、沈鬱の色を浮かべる星宮の心を穿った。
親友を打ちのめした彼に待っていたのは、周囲からの壮絶なる“拒絶”。ほとんどの人間が星宮を危険人物扱いし、彼を避けていった。
もう誰も彼に取り合う者はいない──そして星宮自身も。
「……」
星宮もまた、己の力に恐怖を抱き、かつての友人を巻き込まない為に──。
「なるほどな……それであの“視線”だったわけか。殺人の疑いがあるお前に俺達が来たからセキュリティの聴取がやってきたと思われたわけだ」
過去の記憶に耽るその最中、牛尾哲の声が星宮の意識を推し込んで回想を打ち破った。
どこか昔気質の雰囲気を漂わせるその男の左頬に刻まれた深い傷跡がふと……星宮の目を惹いた。
「つまりこういうことか。突然サイコデュエリストに目覚めたお前さん……星宮綾人は不可抗力さながらに赤堀陸を傷つけてしまい、周囲から忌避の目で見られるようになった。赤堀陸自体は一命を取り留めたもののその後の殺人事件で謎の焼死体で発見、当然もう一度騒ぎは大きくなる」
牛尾は続ける。
「──そこへもう一度、星宮綾人に嫌疑の目が向いたわけだ。常識的では考えられない殺され方……サイコ能力に目覚めた星宮綾人ならば実行できると判断されて疑われたわけか」
「……オレはやってない」
あれから、星宮は赤堀と距離を取る事を選んだ。
顔向けできないということもあったが、何より周囲の空気が赤堀と関わることを非難していた。
「オレは……あれ以来“リク”と疎遠になったんだ」
それでいいと思っていた。関わらなければ迷惑をかけることもない。
接触しなければ触発することもない。他者を傷つけずに済むのだ。
今の自分は鋭利なる“凶器”。星宮はそう考え"デュエル"と自分を遠ざけるようにした。
──それから時暫くして、リクの訃報を聞いた時は自分を失いそうになった。
茫然自失の中。揺らぐ視界の中で過去の記憶に軛を打つ。
“どうして”──自宅を訪れた刑事の報告はそれだけでは終わらなかった。
“参考人”として話を聞かせてほしいという。刑事の目は明らかに自分を疑っていた。
“容疑者”としての取り扱いに、星宮は並々ならぬ不信感を抱いてしまった。
明らかに疑われている、この力のせいで。
望んで得たわけじゃないこの“能力”のせいで。
忌むべき力はついてまわる。
「一応、星宮くんの立場を守る為、生徒には他所への口外は禁止と釘を打っておいたのですが……どこから嗅ぎつけたのか、その“捜査員”は星宮くんの素性を探り終えていたようであります」
星宮の機微を察したハイトマンが合いの手を入れた。
「動機は“嫉妬”、プロの卵として賞賛される赤堀陸への嫉妬。それが動機であり犯行に及んだ理由だと捜査員たちは睨んでいるようです。……生徒達も同じように星宮くんが赤堀くんに嫉妬して殺害に及んだとみているようです」
「根拠もない決めつけです」
雛宮は星宮を擁護する。
しかし一方の星宮はあらゆることに排他的だった。
「──もう、いいだろ」
場の空気を断じるように星宮は席を立つ。
「あんたたちがそこまで知ってるなら……俺から話せることなんて何もない。今語られたことが全てなんだ……別にもう、どうなったっていい」
「星宮くん」
「……失礼します」
「星宮くん!」
何かを諦め、背を向けて立ち去る星宮を追って雛宮は走り出した。彼と、彼を追って走る雛宮の姿が扉の向こうに消える。
牛尾とハイトマン、大人ふたりが屋上に取り残された。
漂う神妙な空気、入り口そばの壁に背を預けて牛尾はやりきれない思いを吐き捨てた。
「“叩ける理由があればなんだっていい”、ってところか……」
取り出したタバコを咥え、牛尾はライターの着火ギアを勢いよくはじいた。
しかし火花が散るだけで点火しない、油が切れてしまっているようだ。
──おもむろにハイトマンが近くに赴き、己のライターを点火させてタバコの筒先に火を掲げた。
「わたしも、以前はそうでありましたからね」
着火した筒先がジワリと燃え、おぼろげな紫煙をくゆらせだした。
「……?」
意味深だった。タバコの煙を静かに吐き出してハイトマンの言葉の意味を考える。
役目を終えたハイトマンが牛尾の隣に赴き遠くの空を見上げ、サングラス越しの瞳に何かを想う。誰かを、何かを思い出しているような素振りだ。
牛尾とハイトマンの間に閉まった出入り扉が挟まれる。そんな構図の中、ハイトマンが言葉を続けた。
「何年も前、ある青年に言われましてね。“不必要なものなどない”、と。当時成績の悪い生徒を邪険に扱っていた私を彼は叱咤しました」
「へぇ、あんたがそんな」
「はは……意外ですかな。まあ、それから紆余曲折の果てデュエルに持ち込まれた私は見事彼に敗北、“小さな力から生み出される大きな可能性”を見せつけられたわたしは考えを改めさせられました」
「……」
その青年の“信念”。牛尾は身に覚えがある。
「……そいつって……」
「それからというもの、わたしも彼を見習うことにしました。今までのやり方、教鞭の振るい方を考え直し、どんな生徒も見放さないように心がける……そうするといつの間にか生徒達は健やかに育ち、笑顔で学校生活に励むようになりました。……どんな可能性も見放さない、芽を摘み取るような真似は絶対しない。……それは正しかった」
ハイトマンは言う。
「──星宮くんも例外ではありません。彼はうちの……私の生徒です。絶対に見放し権力に媚びるようなことはしません」
覚悟の言葉。決意を宿したハイトマンは牛尾へ向き直った。
深々と頼み込むように頭を下げる。
「どうかお願いします、彼の無実を証明してください。彼が絶対に友人を傷つける人間ではないこと……私がよくわかっています。そんな優しい彼を、濡れ衣を着せたまま終わらせたくないのであります……」
「待って!」
屋上を出て行った星宮に雛宮が追い付いたのはすぐだった。
階段下、丁度窓から明かりの差し込む踊り場でふたりが顔を向かい合わせる。
星宮を見上げ、同情に瞳を潤わせる雛宮の目は献身的な思いを湛えていた。
対して星宮は冷静に徹した。
「これ以上、何を聞き出したいんだ。……ほとんどの事情はあんた達の方が把握してるじゃないか」
「ちがうの……よく聞いて。そもそも、キミを訪ねてきたのは別の理由があったからなの」
「……?」
意表を突くような雛宮の言葉に星宮は眉を懐疑的に動かした。
彼には彼女の意図が全く読めない。
──そして顔を見合わせる雛宮は表情を固め、真摯な姿勢を見せて語り始めた。
「星宮くん……落ち着いて聞いてね。わたしはそもそもキミをあんなことで問いただしたくてここに来たわけじゃないの。これまで辛い思いをしてきたキミにそんな野暮なことをしにきたわけじゃない」
「なに……?」
「承諾してほしいの。事件解決のためにはキミの力が必要不可欠」
そして雛宮は──星宮の手を両手でねだるように握り、誰も予想打にしていなかった次の言葉を彼に言い放った。
「星宮綾人くん、キミ──“治安維持局”の仕事に興味ない?」
開いた窓から春先の風が舞い込み、二人の髪を揺らす。
手を握られた星宮がその見開いた目に表したのは、ただただ驚愕の意だった。