遊戯王5D’s 治安維持局特別対策室   作:ピクサ

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第24話

 

 

 

 ネオ童実野シティに降り注ぐ雨は未だ止まらない。

 臨時的に特別対策室入りをした金戸未来を連れて牛尾と星宮は再び屋敷の中へと足を踏み入れていた。現場鑑識の為か未だ居残りをしている検察局の捜査員たちが目につく。

 何かまだ手がかりはないかと、牛尾たちも玄関入口の大広間で周囲に視線を巡らせていた。

 

「まだ何か御用ですか」

 

 その折、二階の方から静かに降りてくる綺堂英里子の姿があった。どこか高圧的な物言いで、両手に黒手袋を嵌めた漆黒のレディーススーツが階段を降りてくる。上県のような嘲笑を浮かべることはないが、こちらはこちらで鉄仮面でも被っているかのような冷淡さだった。

 

「まだ手がかりが残ってないか調べている。綺堂英里子だったか、あの映像以外に他に何か手がかりがあったら教えてくれないか?」

 

 “はあ?”と言わんばかりに英里子が微かに表情を顰めさせた。

 

「あの映像を見てまだ諦めてないんですか? ……(あき)れた」

 

 最後にボソリと呟かれた四文字は、見事特別対策室の面々の心に突き刺さった。

 実際、あの映像を見てまだ引き下がらない人間は普通いない。誰がどうみても雛宮聖華の犯行で決まり。牛尾たちの行動は英里子に限らず周囲から咎められても仕方のないものだった。

 

 半ば非難の目を向ける英里子は訊ねる。

 

「どうして聖華にそこまで肩入れするんです? 牛尾哲さん、そして星宮綾人くんだったかしら。調べた限り、あの子とあなたがたはそう長い付き合いでもないと思うんですが」

 

 まず牛尾に向いて、そして星宮に茶色の瞳を向けた。

 英里子の疑問を受けて考えるように星宮が顔を伏せる。そして星宮は顔を上げて答えた。

 

「雛宮さんはサイコ能力者の正義を示し、ネオ童実野シティを“優しい”街にしたいと言っていた……」

 

 意志を固めた蒼色の瞳が固い表情の英里子を見据える。

 

「オレはその言葉を信じたい……あの時、体を張ってまで“志賀雷銅”から街の人を守ろうとした雛宮さんをオレは最後まで信じたいんです」

 

 かつて心に“氷”が根張りついていたのが嘘のように、星宮は英里子に強い想いを表明した。

 

「オレの心を“氷解”させてくれたのはここにいる牛尾さんと、そして雛宮さんなんだ」

 

 星宮に続き、牛尾も決意を述べた。

 

「俺もおんなじだ」

 

 一歩前に出て、その想いを目の前の英里子に表明し始めた。

 

「俺もあいつが突然イェーガー市長を襲うなんて思えねえ。年齢を重ねるしかなく、なんにもならない“幼稚な誇り”に縋り付いてた俺を身を挺してかばってくれたのは他でもないあいつだったんだ……それが嘘だったんだと、俺は思いたくない」

 

 年月重ね、少し色のくすみ始めた黒色の瞳をしっかりと向けて、ちいさく見上げる英里子に牛尾は述べた。

 

「今度は俺が雛宮を助ける番だ。年齢や立場の差なんて関係ない、対等な“相棒”としてな」

 

「…………」

 

 ──強く溜息をついて、英里子は一本の髪束を振り返り様に揺らした。

 

「──ご勝手に」

 

 端的にそう述べて、英里子は邸宅奥へと去っていってしまった。

 一応承諾を貰えたらしく、牛尾は深く息をついて去りゆく英里子の背中をじっと見守った。英里子の姿が消えたのを見計らい、牛尾が星宮と未来の方を向く。

 

「……さあ、調べてみるかね」

 

 牛尾の囁きに、ふたりは深く頷いた。──まずはもう一度“会食場”に向かった。

 改めて犯行現場に足を踏み入れる。奥でぽっかりと開いた風穴の部分にやってきて、牛尾はその場にしゃがみ込み雨に濡れた赤レンガのひとつを拾い上げ隣の星宮に訊ねた。

 そぞろ雨と共に、曇天の薄明りが風穴から部屋に入り込む。手袋を着けた掌の上に乗っかる赤レンガを見ながら牛尾は隣で立つ星宮に訊ねた。

 

「星宮、ひとつ聞きたいんだがこれは本当に“サイコ能力”によるもので間違いないのか?」

 

 普通の人間である牛尾は“サイコ能力”に詳しくなかった。訊ねられた星宮が“サイコ能力者”として見解を述べる。

 

「間違いないと思います」

 

 同じく星宮もしゃがみ込み、風穴の端に確かめるように触れた。

 

「あの映像、そしてこの開けられた穴。サイコ能力により実体化したモンスターのもので間違いないと思います。同じサイコ能力を持つ者だから分かる……あれはソリッドビジョンとは出力のレベルが違う」

 

 ソリッドビジョンもある程度の質量を持っているが、さすがにここまで力のあるものではない。

 特に風穴の端が焦げ付いている時点であれが“熱”を発生させていたとのだと星宮は容易に判断できた。

 

 ソリッドビジョンは壁を焦げ付かせるほどの“熱”は発生しない。

 

「となると──やはり“サイコ能力者”による犯行で間違いないわけか」

 

 雛宮もサイコ能力者に該当するが──それは今は置いておく。

 実際に“火”や“風”を起こし、カードに描かれたモンスターを実体化させる力、“サイコ能力”。

 

 それがこうやって“事件”として物議されている現実は、時代の流れというやつなのか。今までこういった超常的な事件をあまり取り扱ってこなかった牛尾は自分の老いを実感する。そういった事は20年前にちょっと関わりを持ったぐらいだ。

 対してここ最近は、“サイコ能力”に関連する事件に嫌でも関わることが多い。

 

 もしかすると“サイコ能力”が一般化する新しい時代が、すぐそこまでやってきているのかもしれない。この短期間で何人ものサイコ能力者と関わりを持った牛尾はどうにもそう考えざるを得なかった。

 ──ふと、金戸未来の方を向く。

 

 もしかしてこの子も──いや、そんなわけないか。根拠のない推測を牛尾は頭で振り払った。

 

「そうそう何人もサイコ能力者がいてたまるかってんだ……」

「えっ?」

「いや、なんでもない」

 

 ふと漏れたつぶやきを誤魔化して、牛尾は立ち上がった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──その後、会食場以外の部屋を見てまわったが、手がかりになりそうなものは何もなかった。

 手がかりになるものは“あの”映像だけ。雛宮の不利にしかならない証拠映像に牛尾たちは気持ちを落とすばかりだった。

 

「なにか見つかりましたか?」

 

 玄関大広間に戻ってきた牛尾たちの横から綺堂英里子の声が差し込まれる。

 どうやら牛尾たちが戻ってくるのを待ち構えていたらしい。階段脇に背中を預け、腕を組んで佇んでいた英里子の顔がちらりと牛尾たちの方を向く。

 

「……何もねえな。決定的な証拠と言えるのはあの、監視カメラの映像だけだ」

「でしょうね」

 

 即座に英里子は牛尾を言葉で斬ってみせた。

 

「そんな手がかりがあるならさっき提示してますよ、あの会食場で。さすがは“落ちこぼれの緑”。ハイウェイ・パトロールの隊長の名は伊達ではありませんね」

 

「……悪かったな」

 

 検挙率で上を行く“ラッシュハウンド”の統括にそう言われては牛尾も立つ瀬がなかった。

 先ほどの話を聞くに目の前の綺堂英里子はハイウェイ・パトロールと鎬を削ってきた総務執行課“ラッシュハウンド”のリーダー。その若い見た目ながら恐らく辣腕、“エリート”なのだろうと推測できる。

 

 が、しかしここで英里子は意外な物言いをしてきた。

 

「で、諦めるんですか?」

 

 ──思わず意表を突かれた牛尾が返す。

 

「あっ?」

 

 英里子は身を預けていた壁からゆっくりと離れ、意外そうな表情をする牛尾にすごすごと詰め寄ってきた。負けん気を据えた顔で牛尾を見上げる英里子の視線が、見下ろす牛尾と交錯する。

 

「あれだけ大口を叩いておいてもう諦めて帰るのか、と聞いてるんです。あの決意表明、その程度のものだったんでしょうか?」

 

「それは──」

 

「まあわたしはどちらでもいいんですけど。けど本当に雛宮聖華のことを想うなら、もう少し色々な場所に目を向けてみては? 思わぬ“盲点”がないとも限りませんし」

 

「……?」

 

 彼女の第一印象らしくない、多少どこか回りくどさを感じる言い回しに、牛尾が少し呆けた表情を寄せた。

 

「……なにが言いてえんだ?」

 

「……べつに! なにが言いたいとかじゃありませんよ。……ただ」

 

 一転、どこかごまかすように怒鳴り顔を背けた英里子が背中向けて述べた。

 

「ただ……ここはもうじき現場の保管のために一旦封鎖するんです。一度封鎖したらしばらくは立ち入れないと思ってください。だから調査をするなら今のうちに、徹底的に、悔いのないように調べ上げるべきだと言ってるんです。わかりましたか?」

 

「い、いやそりゃ承知の上だがどうして」

 

「わかりましたか!」

 

「は、はいっ!!」

 

 謎の凄味を効かせて言い聞かせてくる英里子に、牛尾は思わず気をつけの姿勢を取って裏声で返してしまった。

 さすがラッシュハウンドの統括だけある迫力だ……と思う一方で──。

 

「……じゃ、わたしは別件がありますので。くれぐれも現場は荒らさないようにしてください」

 

 ──なんだか妙な面倒見の良さを感じる、と外へ去りゆく英里子の背中を見て牛尾はふとそう思った。

 

「……なんか、妙な感じでしたね」

 

 隣の星宮も同じくそう思ったらしく、

 

「悪態つく割には何か伝えたいことがあったみたいな……そんな感じがする」

 

 と同じく英里子の背中を見送りながら彼もそう述べた。

 顎を片手で摘まんで考え込む牛尾。

 

 もしやまだ自分たちの気づいていない、“重要な手がかり”がこの邸宅に残っているのだろうか。

 

「……ん?」

 

 その時、ノートブックを胸に抱える未来がつんつんと牛尾の腰を指で突いてきた。彼女が玄関口の方を指差す。細く白い指の差す方を目で追うと、その先には通話口とモニターを備えた“インターホン”が見えた。

 

「“インターホン”……?」

 

 賃貸マンションなんかにもよく備え付けられている、玄関口にやってきた人物をカメラで確認するためのものだ。通話口を通して用件も聞けるため防犯性が高い。インターホンまで歩み寄った牛尾がひとつ端末を操作してその電源を起動させた。

 

「このインターホン……これまで録画された映像が確認できるな」

 

「えっ? てことは……」

 

 星宮が気づいたように牛尾へ顔を向ける。

 

「もしかして、昨晩訪れた雛宮さんの姿が映ってるとか」

 

 牛尾が静かに息を呑んだ。

 

「……確かめてみるか」

 

 端末を操作し、録画日時の刻まれたファイルを開く。“6月23日 午後9時34分 日曜日”と記された最新のファイルを開いた。

 暗転していた液晶モニターに映像が流れ始める。映像は庭園入口の鉄格子門前の通り道を映していた。どうやら先ほど潜り抜けてきた鉄格子門入口の横にインターホン外側のカメラと通話口が設置されているらしい。

 牛尾たち一同がじっと流れゆく映像に注目し続ける。

 

 そしてその時はやってきた。映像の中の鉄格子門の前にある少女が姿を表す。入口横に備えらえたインターホン通話口の前に立ち止まって、彼女は近くのドアホンを鳴らした。

 

『──はーい、どちらさまかしら』

 

 屋敷を鳴らすチャイムに気づいたイェーガーの妻、アツコ夫人の上品な声が響く。どうやらアツコ夫人が対応したようだ。

 来訪してきた“少女”姿がモニターに映る。ボタンの閉じられたレディーススーツから今にもふくよかな胸が零れ落ちそうだった。

 モニターに映ったのが知人だったからか、

 

『あら、聖華ちゃん! 今開けるわね』

 

 といって、アツコ夫人はそのまま鉄格子門の電子ロックを解除し、少女を屋敷に招き込んでしまった。

 やってきた少女の正体はやはり“雛宮聖華”だった。その後3秒も経たずして、録画映像は終わってしまった。

 

「──ん?」

 

 映像を見終えた牛尾が疑問の声を漏らした。

 たった数秒間だけ流れた映像。その短い時間の中で、牛尾は今のやり取りに違和感を覚えた。

 

「おかしくねえか?」

 

「え?」

 

「普通挨拶ぐらいしねえか? 夜分遅く、午後9時過ぎに訪ねてきて挨拶も無しなんて普通……あるか?」

 

 確かに、と星宮が頷いた。が、しかし異論もあった。

 

「顔見知りだったからじゃないすか? イェーガー市長と雛宮さんって仲良いんですよね?」

 

「だとしてもだろ。普通ちょっとぐらい挨拶するだろ。“夜分遅くすみません、雛宮ですー”とか。なんで一言も喋らねえんだ」

 

「……まあ……」

 

 二人が思案する横で、再び未来が牛尾の横腹を指で突いてきた。

 段々、牛尾も未来への応対に慣れてきた。

 

「どうした?」

「……」

 

 開いたノートにペンをさらさらと走らせて、未来は牛尾にノートを掲げて見せてきた。

 

 “もしかして喋れなかったんじゃないかな?”。そう彼女は筆談してきた。

 

「喋れなかった……」

 

 未来の言葉を受けて閃いた男ふたりが気づいたように顔を見合わせた。

 

「──そうか、喋らなかったんじゃなくて、“喋れなかったんだ”、声の違いがばれるから!」

 

 仮に先ほどの映像に映っていたのが雛宮とは“似て非なる別人”だったとして、声も瓜二つとは考えにくい。

 だとすればインターホンの映像に受けた謎の違和感も説明がつく。

 

 “この映像の人物”は声で判別されるのを怖れ、尚且つインターホンに記録が残るのを避けたのだ。

 

「“声紋解析”もある時代だ。下手に声を記録に残してしまえば正体がバレちまう可能性がある。だから姿を見せるだけして自発的にアツコ夫人に門を開けるように仕向けたのか」

 

「て、ことは牛尾さん」

 

「ああ」

 

 これはもしかすると本当に“希望”が差し込み始めたかもしれない──牛尾はその瞳に光を宿してそばのふたりに呼びかけた。

 

 

「“アツコ夫人”に会いに行こう。もしかするとこれはマジで、“逆転の芽”が芽吹き始めたかもしれねえぜ」

 

 

 牛尾の言葉に星宮と未来も頷いて、その目に一縷の希望を灯し始めた。

 早速アツコ夫人の下へ急ごうと駆け出した一同が雨にも暮れず屋敷の外へと飛び出す。邸宅を飛び出し鉄格子門前まで戻ると、そこには先程出ていった綺堂英里子と一悶着を繰り広げるある女性の姿があった。

 

「──だから、ここはもうじき封鎖するんです。現段階でお答えできることは何もありません!」

 

「えぇー!!」

 

 “牛乳瓶の底みたいなレンズ”の眼鏡をかけた黒髪の女性と綺堂英里子が雨の中で口論を繰り広げている。どうやら“記者”が事件の聞き込みに押しかけてきたらしい。

 

「そんなの絶対、納得できないんだから! “新聞記者”として目の前のスクープを逃すわけには行かないんだから!」

 

 聞きなれた声に思わず足を止めた牛尾が反応する。

 

「ん……!?」

 

 鉄格子門前で綺堂英里子と高い声で口論を繰り広げていたのは、牛尾の古い知り合いだった。

 

「なっ、お前は!?」

 

 何やら驚く声に気づいた女性記者の視線がこちらを向く。

 その声の主が知り合いであることに気づくと、女性は仰々しく人差し指を向けてレンズの向こうに目を見開いた。

 

「あー! 牛尾じゃん! どうしてここにいるのー!?」

 

 続いて女性記者の視線が牛尾のそばの少年と少女、そのふたりに向く。

 一層更に顔を驚かせて、彼女は首から下げていた一眼レフカメラを慌てて構えだした。

 

「えっ!? しかもそばにいるのは引退会見したばかりの“金戸未来”!? 隣の男の子もあの会見の時に居た子じゃない!?」

 

 誰の許可もなくパシャリパシャリと節操なくフラッシュを焚き始めた女性記者に牛尾たちが、そして綺堂英里子が顔を隠すように腕を構える。

 思わず牛尾が“やめろやめろ!”と叫んだおかげで彼女のカメラのフラッシュは鳴りやんだ。

 そばの綺堂英里子が強い口調で女性記者を注意する。

 

「勝手に現場を撮影しないでください! ……まったく! 牛尾哲さん、この方もあなたがたの知り合いなんですか!?」

 

 英里子から非難の眼差しを向けられた牛尾が苦い表情を浮かべる。

 ほとほと困ったようにため息をついた牛尾は、状況の掴めない英里子に彼女が“何”であるかの説明を述べた。

 

 

「“カーリー渚”。……古い知り合いの、スクープがありゃなんでも飛びつく“新聞記者”だよ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 牛尾とカーリー渚の関係はかつてあった“ダークシグナー戦役”の頃にまで遡る。

 友人、というわけではないがそれでも何故か切っても切れない腐れ縁のような関係で、仕事柄嫌でもちょくちょく顔を合わせる間柄だった。

 まあカーリー渚自体は“ダークシグナー戦役”の記憶についてはおぼろげとのことだが──ともかく牛尾とカーリーは知り合いであった。

 

「ねえねえ、どうして牛尾とあの金戸未来が一緒にいるの? イェーガーの邸宅で何してたの? このイケメンな男の子との関係は? ねえねえ、ねえったら牛尾!」

 

「あーもう、矢継ぎ早に質問すんじゃねえ! てめえこそ一緒についてきやがって、なんのつもりだ!」

 

 ハンドルを握る牛尾の隣で、カーリーが興味津々な様子で質問を投げかける。

 現在牛尾たちは乗ってきた自動車でアツコ夫人の居るとされる“童実野病院”へと向かっている最中だった。アツコ夫人の居所の詳細は綺堂英里子から聞いた話だ。相変わらずムスッとした表情だったがそれでありながら彼女は“童実野病院に向かった”と教えてくれた。どうやら夫の搬送された先の病院へ見舞いにいったらしい。

 

「アツコ夫人に事件の話を聞きに行くんでしょ? “イェーガー市長襲撃事件”の取材、わたしとしても見逃せないチャンスなんだから!」

 

「俺たちがやってんのは取材じゃねえ、調査だ! 俺たちは雛宮を救うために──あーもう、クソッ!」

 

 カーリー渚に変に深入りされるのを怖れて、牛尾は事件の詳細を語るのを咄嗟に濁してしまった。

 しかし聞き逃さなかった彼女が牛尾の発言を追及する。

 

「“雛宮を救う為に”……ってどういうこと? 雛宮ってあの“雛宮聖華”だよね。確か事件の容疑者でしょ?」

 

 しまった、とばかりに牛尾が唇を噛んだ。

 これは面倒事に巻き込まれたぞ、と後悔の眼差しをカーリーに向けた。まずこの女を車に乗せるべきではなかった。

 

 諦めた牛尾が、ハンドルを操作しながら経緯を説明する。

 

 

 

「……ってことは、その“雛宮聖華”さんは“冤罪”の可能性があるってこと?」

 

「状況から言えばほぼ“黒”だけどな」

 

 牛尾の説明を聞いたカーリーが、上を見つめながら話を整理していく。

 

「つまり市長を襲ったのは牛尾たちの良く知る“雛宮聖華”じゃなくて、顔が似てるだけの“別人”で、要は“本物”に罪をかぶせるために“偽物”が演技してたってこと? えー、それは流石にありえなくない?」

 

「実際ありえねえと思うさ。けど……雛宮のことを良く知る俺たちからすれば、どうも今回の一件は腑に落ちねえんだよ」

 

 “なあ星宮?”と同意を求め、牛尾が僅かばかりに視線を後ろに向けた。

 後部座席でじっと未来の隣で黙り込んでいた星宮が同意するようにひとつ頷く。

 

「ええ、オレも牛尾さんと同じ考えです。オレも雛宮さんがいきなりそんな事するとは思えないんです。──あと、それとなんですけど」

 

 ここで星宮が話を急転換させ、牛尾の方を向いていたカーリーの顔を後ろの方へと向かせた。

 カーリーの瓶底眼鏡に少年の綺麗な顔が映る。星宮は先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。

 

「あの、カーリーさんでしたっけ。確かこの前の土曜日の絵画展に来てましたよね?」

 

「あ、うんうんそうそう」

 

 興味あり気にカーリーがうんうんと頷いた。あの絵画展の日、星宮は絵画フロアでカーリーの姿を見かけていたことをいま思い出していた。

 

「あの時“綺麗な女の子”と隣に居た子だよね。まさかもう一度会えると思わなかったからびっくりしちゃった。──ほらこれ」

 

 何も言ってないのにカーリーが自発的に何かの“写真”を腰に巻いたポシェットから取り出した。取り出された一枚の写真が星宮の手に渡される。

 そこには先日の絵画展の日、引退会見の途中で呆然とする雛宮に未来が飛び込んだ際のワンシーンが映されていた。恐らく当時そこに居たカーリーがシャッターを切ったものと思われる。

 

 胸に飛び込んできた未来を見下ろす雛宮と、その隣で驚きに見舞われて目を見開いている星宮の姿が写真の枠の中に収められている。

 

「ほんとあの時はびっくりしちゃったー、突然金戸未来が誰かの胸に飛び込みだすもんだから。あれって結局なんだったの?」

 

「……」

 

 カーリーの質問を一言で説明するには難しい。説明に戸惑った星宮は思わず黙り込んでしまった。そんな星宮に牛尾がフォローを入れる。

 

「たぶん、その星宮の隣に映ってるのが話題の雛宮だぞ」

「え、うそー!? わたし容疑者の写真既に持ってたわけ!?」

 

 長髪逆立つ勢いで驚いたカーリーが小さく飛び跳ねる。嘆息した牛尾がカーリーに念の為注意を言い聞かせた。

 

「いいかカーリー、変に記事にすんじゃねえぞ」

 

「えー! せっかく写真持ってるのに!?」

 

「わかったな!」

 

「はい……」

 

 牛尾に怒鳴られシュン……とするカーリーの姿が助手席にあった。

 とはいえカーリーがはしゃぐのも無理はなかった。開示規制で顔写真の報道されていない今、偶然とはいえ現存する雛宮聖華の写真を持っているのは新聞記者として大きなものだった。

 ──隣に目を向けた星宮が手に持つ写真を未来に向ける。写真を差し出した星宮は、未来にひとつ訊ねた。

 

「“この人”……覚えてないか?」

「……」

 

 そこに写る雛宮の姿を見せて、星宮は訊ねた。未来は指で示されたそれを暫く眺めて、しかし否定するように緩やかに顔を横に振った。

 落胆交じりの星宮のため息がこぼれる。

 

「そうか……」

 

 “あれだけ、慕っていたのに”。なぜか妙な寂しさを心に感じた星宮は、惜しむように顔を伏せた。

 

 

 


 

 

 

 ──そうして童実野病院に辿り着いた牛尾たちは、車を降りて各々傘を差して降り落ちる雨を遮った。

 大きく聳え立つ病院を見上げて表情を引き締める。アツコ夫人の待つであろう建物内を目指して、牛尾は雨のなか歩を進める。

 

「行こう」

 

 入口に辿り着いた時点で病院独特の、消毒液の匂いが鼻を突いた。すぐそばの受付に向かって、そこの事務員に牛尾は訊ねた。

 ぞろぞろとやってきた年齢差のある4人の姿を女性事務員が見回す。

 

「すまねえ。イェーガー市長が搬送された病院はここで間違いないのか聞きたいんだが。市長に面会はできるか」

 

「申し訳ありませんが、イェーガー市長は現在面会謝絶中です」

 

 地山に聞いた通りだ、と牛尾は内心納得する。嫌な顔されるのを承知の上で、牛尾は次のことを訊ねた。

 

「ではその妻の“アツコ・イェーガー”は来ているか。来ていれば会わせてほしいんだが」

 

「……申し訳ありませんが、どちらさまで?」

 

 事務的な様子で訊ねる受付に牛尾は無言で“警察手帳”を渡した。

 受け取った手帳を開いて身分を確認する。確認を終えた女性事務員は受け取った手帳を牛尾の手に返して、近くのパソコン端末でリストを検索して“アツコ・イェーガー”の来訪を確認した。

 

「ありがとうございます。……はい、来てますね。搬送されたイェーガー市長を訪ねてきたみたいです。受付時刻によるとまだそれほど経ってないのでまだ“病室棟”に居ると思いますが」

 

「ありがとう」

 

 事務員とのやり取りを終え、牛尾はイェーガーの搬送された病棟へと向かった。星宮たちも牛尾の後を追う。

 

「病棟って?」

 

「エレベーターで上がった先の奥だ。そこのナースステーションで聞けばわかると思う」

 

 “3F”と表示されたボタンを押して、一同がエレベーターに入り込む。暫くして動き出し、エレベーター特有の浮遊感に襲われた一同は程なくして入院患者の集まる3階病棟に辿り着いた。

 

 そして展開は辿り着いてすぐにやってきた。

 

「──ですから、わたしは夫に会いたいだけなんです! どうして会わせてくれないんですか!」

 

 ナースステーションの方から聞こえてくるアツコ夫人の声。どうやらそこの看護師と揉めているようだった。

 

「申し訳ありませんが、“検察局”の方から誰も会わせてはいけないと言われていまして……」

 

「どうして! 妻であるわたしでさえ会ってはいけないなんて!」

 

 桃色のレディーススーツを着た小柄な女性、“アツコ・イェーガー”夫人が看護師の前で泣き崩れる。

 泣き喚くアツコ夫人に看護師も困り果てた様子で申し訳なさそうに彼女へと応対していた。

 両手両膝を地について泣き崩れるアツコ夫人に後ろから声をかける。

 

「アツコ夫人!」

 

 牛尾の声に気づいたアツコ夫人が嗚咽を止めた。

 咄嗟に振り向くと、アツコ夫人は驚いたように牛尾を見上げた。

 

「……牛尾ちゃん! あらま、どうしてここに!?」

 

 倒れるアツコ夫人の手を取り、牛尾が彼女を優しく立ち上がらせる。

 真剣な瞳を真っ直ぐに向けた牛尾が訪ねてきた理由を述べた。

 

「突然すみませんアツコ夫人。俺たちは今回、イェーガー市長が襲われた件について事情を聴きに参りました」

 

 ──まずは様子を落ち着かせて、アツコ夫人に事情を聴くことにした。

 ナースステーションの離れにある休憩所のソファーに座らせて、牛尾たち一同も各々に聞き取りやすい位置の場所に座る。

 牛尾はアツコ夫人の隣に座り、彼女を慰めることに努めた。

 ようやく落ち着きを取り戻してきたアツコ夫人が、牛尾に向かって口を開く。

 

「牛尾ちゃん……」

 

「アツコ夫人……突然のイェーガー市長の悲報、心中お察しします。俺も最初聞いたときは信じらせませんでした」

 

「ええ……まさか聖華ちゃんがあの人を襲うなんて……」

 

 目頭にハンカチをあてたアツコ夫人が、涙声を漏らす。

 

「本当の親子のようだったのに……」

 

 アツコ夫人自身も今の現実を受け入れられないといった様子だった。どうして雛宮が……といった様子が牛尾側からも容易に感じ取れる。

 余裕のない時に図々しく土足で踏み込むような真似で心中苦しいが、牛尾はそれでも聞かねばならないとアツコ夫人に証言を迫った。

 

「アツコ夫人……聞かせてくれませんか。あの晩、何があったんです?」

 

「……」

 

 アツコ夫人がゆっくりとハンカチを下ろす。

 ようやく涙を治めることができた彼女は、未だ震える声で昨晩の出来事を語り始めた。

 

「あの晩、“イベント”から帰ってきた夫を聖華ちゃんが訪ねてきたの。聖華ちゃんとは“2年前”からの付き合いで、とても懇意にさせてもらっていたの」

 

 あの夜、雛宮の姿をインターホン越しに見てすぐに鉄格子門を開錠した自分の姿をアツコ夫人は思い出す。

 あの時不用意に開錠しなければ……とアツコ夫人は後悔していた。

 

「他ならぬ聖華ちゃんの訪問だったからわたしすぐに鍵を開けちゃって。聖華を会食場に通して、そして夫を連れてきてすぐ、あの事件が起きてしまったの」

 

 そこまでは上県に見せられた映像で牛尾たちも把握していた。

 ──牛尾が気になるのはその“間”だった。

 

「その時なんですが、玄関に通してから会食場に案内するまで、雛宮は口を開かなかったんですか?」

 

 アツコ夫人が不思議そうに牛尾を見つめた。

 

「えっ? ……いや、ちょっと挨拶したと思うわ」

 

「その時なんて?」

 

 思い出すように唇に指をあてる。曖昧な記憶を探るアツコ夫人はなんとか当時の光景を思い返す。

 

「“夜分遅くにすみません、ありがとうございます”。……みたいなこと言ってた思うけど」

 

 アツコ夫人のその言葉を聞いた牛尾が、単刀直入に切り込む。

 

「それ、本当に雛宮の声でしたか?」

 

「えっ? なにを言ってるの?」

 

 下手に誘導尋問にならないよう、“真実”だけを見極める為に牛尾はアツコ夫人の証言を聞き出す。

 

 

「顔は同じでも、本当に“声”も良く知る雛宮のものだったか、お聞きしたいんです」

 

 

 もう一度深く考えて、アツコ夫人が当時の記憶を思い返す。

 

「……あれ……?」

 

 そしてアツコ夫人は、その記憶の中に受けた妙な“違和感”に気づき、そういえばと伏せた顔をあげた。

 

「あれ……そういえば確かに、聖華ちゃんの声にしては少し変わってたような……」

 

 アツコ夫人の言葉に4人一同が咄嗟に目の色を変えて注目する。

 

「それ、確かですか?」

 

「曖昧よ。曖昧だけど、でも……考えてみたら確かにいつもと違ってたような……」

 

 ──正直言えば今のアツコ夫人の証言は、証拠能力として争うには激しく弱い。証拠能力として根拠が曖昧すぎるためだ。

 しかし──。

 

「ではその時、アツコ夫人はどうしてその声を“雛宮の声”だと思ったんですか?」

 

「え、だって──」

 

 アツコ夫人が、当たり前のように率直に述べる。

 

 

「“見た目”が同じだったんですもの」

 

 

 しかし──雛宮に瓜二つの“別人”がいるという可能性がより強まるのを、特別対策室の面々はひしひしと感じ始めていた。

 

 

「あの……ちょっと聞きたいんですけど」

 

 ずっと場を静観していた星宮が、ここで空気を変えるように手を挙げた。

 アツコ夫人含む一同が彼に注目を寄せると、星宮は顔を向けるアツコ夫人に向けてその冷涼な眼差しを据えた。

 蒼天色の瞳が小柄な夫人を強く捉える。

 

「“イベント”、ってなんですか?」

 

「えっ?」

 

「ほら最初、“イベントから帰ってきた夫”って言ってたじゃないですか。イェーガー市長のことですよね」

 

「ええ、そうだけど」

 

「その“イベント”って?」

 

 星宮の疑問がアツコ夫人に突き刺さる。

 日頃からデュエルを通じて洞察力を磨いてきた彼は、アツコ夫人がぽつりと最初に述べたその言葉を聞き逃していなかった。

 アツコ夫人が答える。

 

 

「えっ──“早河カレンのデュエルライブ”の事だけど──」

 

 

 ──意外な名前が出てきたことに、一同が眉を跳ねさせる。

 

 ここでイェーガーを通じて“雛宮聖華”と“早河カレン”に妙な繋がりができたことを、特別対策室の面々は内心驚かざるを得なかった。

 

 

 






平仮名と合わせると分かりにくいので、今後は早河“カレン”表記でいこうと思います。
まだ全然デュエル構成が出来上がってないので正直次も遅れそうです。すみません。

カードから長く離れてるとその分カードプール取り戻すのが辛いなぁ……(言い訳)
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