遊戯王5D’s 治安維持局特別対策室   作:ピクサ

3 / 24
第3話

 

 

 

「なんだって……!?」

 

「キミに治安維持局の隊員になってほしいの、キミにしかできないこと、キミにしか解決できない問題が──」

 

「ちょ……ちょっと待て!」

 

 あまりの突拍子のない発言に星宮が雛宮の手を弾いた。

 藪から棒もいいところ、脈絡のない話に彼は困惑の色を隠せない。

 

「なにを言ってるんだ……!? 治安維持局? 隊員? 確か治安維持局は過去に解体されたんだろ?」

 

「それをもう一度復活させようとしてるの」

 

「復活? どうして?」

 

「キミもよく知ってるでしょ……今、ネオ童実野シティはサイコデュエリストの脅威に晒されてる。赤堀くんが殺されたこと……行政側としても無視できることじゃないの」

 

「リクの殺害はやはりオレと同じ能力の人間が?」

 

「そう睨んでる」

 

 “ただ、だからといってキミを疑っているわけじゃない”。雛宮は次にそう告げた。

 

「過去、サイコ能力集団“アルカディアムーブメント”はその力を利用して悪事を働いたわ。今では糾弾され、解体に至ったものの……その歴史はサイコデュエリストの脅威を示し、人々に偏見をもたらしてしまった」

 

「なにが言いたい」

 

「力の使い方でそれは“悪”にも、“正義”にもなるということよ。サイコ能力は誰かを傷つけるだけじゃなく、人々を助ける力にもなるとわたしは考えてる……“正しい力”になることを証明したいの」

 

 雛宮はその声に力を込め、胸の奥から懇願の想いを吐き出す。

 

「キミのようにサイコ能力で偏見を向けられてる人を助けるために、そのために“治安維持局”を復活させたいの! サイコ能力を悪用する犯罪者への対抗手段としてサイコデュエリストを集めることで、ネオ童実野シティを守る為の“特別対策室”を設立したい、その正義を証明すればきっとサイコデュエリストへの差別も取り除ける!」

 

 もう一度──雛宮は星宮へと手を差し伸べた。

 

「だから……協力してほしい。上手くいけば真犯人を探り出してキミの濡れ衣も晴らせる。きっとキミも“懐疑の眼差し”を向けられずに済むようになる……」

 

 ゆっくりと瞼を閉じ、奥ゆかしくそれを開いては訴えるような瞳を向ける。

 

「だからおねがい……サイコデュエリストにはサイコデュエリストの力を用いて対抗するのがもっとも適切なの。“治安維持局特別対策室”……その初めの戦闘隊員として入隊してわたしたちを助けてほしい……」

 

 ──しかし、一方の返事は快いものではなかった。

 

「……わるいな」

 

 彼は踵を返し、どこか後ろめたそうに暗い声を告げて雛宮に背を向けた。

 

「オレはもう……デュエルはやめたんだ」

 

 琴線打たれたように、雛宮の表情が震えた。

 意気消沈し始める雛宮を後ろ目に、星宮も表情をすくませて階段を降りて行った。

 雛宮の沈んだ視線が星宮の背中を追う。憂いを漂わせる星宮の心は既に凍り切っていた。

 

 容易く“絶氷”は溶けない。対“サイコ能力犯罪者”の為の雛宮のスカウトは、悲哀の桜の下に失敗してしまうのであった。

 

 

 

 

 翌日。

 市役所の喫煙室を訪れたイェーガーは静かにタバコを嗜む牛尾の隣に腰を下ろした。

 他には誰もいない、時間帯が丁度そうだったのか狭い室内には二人だけだ。排気口を兼ねた部屋上部の小窓からは夕焼け空が見えていた。

 時刻は既に午後の6時過ぎ、カラスも鳴く夕方の時間帯に差し掛かっていた。

 

「で、牛尾殿。聖華の様子はどうですか?」

 

 牛尾は溜息をついた。

 

「何考えてるかわかりませんよ、あまり自分のことを語りたがらないみたいですし」

 

 どこか皮肉を込めたような物言いだった。昨日の独断専行ぶりを見れば当然か、牛尾としてはとても掴みどころの把握できない少女といった印象だった。

 

「フフフッ……でしょうねぇ、あの子に慣れるのは少しばかり時間が必要かと思いますよ」

 

「ちょいと待ってください、雛宮との捜査っていつまで続くんです?」

 

「当然サイコデュエリストの脅威を取り除くまで」

 

(……うへぇ)

 

 正直、今の状況は気に入らないものがあった。

 ただでさえハイウェイパトロールをほっぽいてやっていることはお転婆少女の御守り……。

 なかなか憂慮な心境であった。そんな牛尾にイェーガーは聞く。

 

「ところで、聖華は今どうしています?」

 

「昨日に引き続き、星宮を目的にデュエルアカデミアを訪ねにいきましたよ。……どうせ失敗しそうですけど」

 

「スカウトにですか」

 

「スカウトにですよ。……って」

 

 牛尾は呆れた。

 

「かぁー……そこまで知ってるんならなんで説明してくれないんすか市長。そもそもあいつ、雛宮の目的は一体なんなんですか」

 

「目的? はて?」

 

「とぼけないでくださいよ、聞いたんすからね。治安維持局の“再建”、雛宮が言い出したことなんでしょう?」

 

「おや、既にご存知でしたか」

 

「どうしてそこまであいつの意見を汲むんです?」

 

「ふーむ……」

 

 牛尾としてはどうしても不思議だった。どう考えても雛宮の待遇はおかしい。一介の事務職員がどうしてネオドミノシティ最高位の市長に取り入ることができるのか。

 長年連れ添ってきた牛尾ですら役所の方針に口を出すのはおこがましい。それを易々とパスして部署再建にまでこぎつける雛宮の手腕とは一体。

 あの見た目とは裏腹に相当の辣腕だったりするのだろうか。とはいえいくらなんでも“経験値(キャリア)”が少なすぎるだろう。

 

 答えあぐねるイェーガー、結局彼が笑顔と共に返した応えはただのはぐらかしであった。

 

「まあ、いずれ時がくればわかりますよ。今回の件諸々、全ては雛宮に一任しておりますゆえ」

 

「はぁ……」

 

「まあまあ、そう溜息つかずに。聖華は私が認めた人間のひとり、絶対に期待を裏切るようなことはしませんよ」

 

 それではごきげんよう。そう告げてイェーガーは部屋を出て行ってしまった、次の仕事が待っているのだろう。牛尾も吸い殻を灰皿に押し付けて椅子を立ち上がった。

 喫煙室を出て廊下を歩く事暫く、ロビーに差し掛かった辺りで市役所入り口の方から見慣れた少女が入ってくるのが見えた。例の雛宮だ。

 

「あっ……牛尾隊長、お疲れ様です」

 

「おつかれさん。……で、どうだった?」

 

「ダメでした」

 

 はぁ……と落ち込むように雛宮は溜息をついた、なんとも溜息の多い職場だ。

 縮めた肩を戻して顔を上げた雛宮は少し疲れたような様子を覗かせて入り口傍の待合席に腰を下ろした。

 

「“デュエルはやめた”、かぁ……そこまで自分を責めなくても……」

 

「……?」

 

 そういえば気になっていたことがある。

 

「どうしてそこまで星宮綾人に固執するんだ?」

 

「えっ?」

 

 ふと不思議そうな表情をする雛宮。

 

「ああ、そっか知らないんですね。星宮くんは──」

 

 ──その時丁度、雛宮の言葉を遮るように牛尾の携帯が鳴った。

 

「っと、わるいな」

 

 着信はハイウェイパトロールの隊員、部下からのものだった。

 

「どうした?」

 

「う……た、隊長!」

 

「?」

 

 いつもの調子で対応する牛尾に対して部下の声は動揺に打ち震えていたものであった。

 訝し気に眉を顰める牛尾の変化を見て、雛宮は空気の様子が変わるのを感じ取った。

 

「い、今! “ダイダロスブリッジ”の方で“謎の力”を持ったD・ホイーラーが出現して、巡回隊員の面々を次々に襲っています!」

 

「はあ!? 突然なにを」

 

「しゅ、襲撃者です! う、うちらだけじゃ無理なんです! すこぶる強力なデッキを操って──」

 

 次の瞬間、牛尾の背筋に緊張が奔った。

 

「──“具現化”したような熱や炎を奮って次々と隊員たちを屠って行ってるんです!!」

 

「──!」

 

 間違いない、牛尾の直感がそう告げ。

 

「サイコデュエリスト……!」

 

 一早く携帯を閉じ、部下を助けに出口へ走った。無我夢中に地を蹴りダイダロスブリッジを目指す。

 

 しかし──後ろから咄嗟に伸びた手が牛尾の片腕を強くつかんだ。

 

「ま、待ってください牛尾さん!」

 

「雛宮!?」

 

 急く牛尾を強く引っ張り止めたのは他でもない雛宮だった。

 目を大きく見開いて瞳を揺らす雛宮と焦燥する牛尾の視線が交錯する。

 

「どうして止める!」

 

「お話全部聞いてました!」

 

「だったら!」

 

「市長に言われたこと忘れたんですか!? 相手はサイコデュエリスト、カードの力を具現化させて力を振るう能力者なんですよ!」

 

「そのサイコデュエリストに部下が襲われてんだろうが!」

 

「赤堀くんの二の舞になる気ですか!?」

 

 刹那──牛尾の形相が烈鬼となって雛宮の手を弾き飛ばした。

 

「放っておいたら──もっと被害者が増えるんだろうがよ!!」

 

 雛宮の手が強く跳ね返り──背後の戸棚が強く揺れた。

 弾き飛ばされた彼女の体が戸棚にぶつかり、態勢を崩してそのままずり落ちた。

 

 棚の上にあった観葉植物が揺らめき、植木鉢が床へ落ちて──金切り声のように甲高い音を鳴らした。

 

「い、たっ……!」

 

 ──空気を割るようなその音は容易く、ロビー内の人間の目を惹いた。

 静寂を得た空間の中で、視線が牛尾に一点集中する。

 

「……っ!」

 

 事務員、来客者──それぞれの視線を一身に受けてようやく牛尾は我に返った。

 ふつふつと取り戻し始める冷静さ──しかしすぐに部下の面々の安否の行方が牛尾の胸を突く。

 

 再び強張る気持ち、退くに退けなくなった牛尾はそのまま激情に駆られてしまった。

 

「……治安維持局の再興だがなんだか知らないがな」

 

「……」

 

「こっちは何十年と、セキュリティとして街を守ってきたんだよ」

 

 イェーガーが提案してきたときも、どこかままならない気持ちがあった。

 

「牛尾隊長……」

 

 恐怖か、それとも同情か。相反するはずの感情を織り交ぜた瞳を雛宮が向ける。

 雛宮のその訴えるような視線がたまらず、思わず牛尾は目を背けた。

 

「わるいな……だがサイコデュエリスト相手だろうがよ、今更やり方を変えられるような年齢(トシ)でもねえんだよ……!」

 

 何よりも──牛尾には約束があった。

 

「……突き飛ばしたのは悪かった、だが俺は……」

 

 かつて街を一望できる夜の丘の上で果たした誓いは、今でも忘れてはいない。

 かつて街を守った“彼ら”の為、今度こそセキュリティである自分たちが街を守り抜かなければならない。

 かつて──そうかつて。もう何十年も前の約束を己の存在意義としている。

 

「俺は……シティを守り抜かなきゃならねえんだよ……」

 

 前向きに見えて、だがどこか後ろ暗い言葉。少なくとも雛宮はそう感じた。

 後ろを振り返った牛尾の背が光の中へ、段々と遠くなってゆく。手を伸ばすも既に手遅れだった。

 

「牛尾……さん」

 

 静かになった空間の中でただ一つ、雛宮の声が響いた。

 牛尾と雛宮、捜査二日目にして互いの仲に亀裂が入ってしまうのであった。

 

 

 

 

 かくして牛尾哲は隊員服をその身に羽織り、大急ぎで市役所を飛び出した。

 警邏用オートバイを飛ばして向かう先は当然、シティとサテライトの融和の象徴である大橋“ダイダロスブリッジ”。

 幾多のジャンクションを兼ねるそのハイウェイへと乗り上げ、警邏用オートバイの緑光サイレンを夜陰へとかき鳴らして現場へと急行した。

 

(くそっ……!)

 

 常人がサイコ能力者に立ち向かうのは危険、そんなものは充分に理解している。

 だがそれで退くわけにはいかない。牛尾にはセキュリティ隊員としての責務がある。

 己の行いに反省はしているのだ。だが誰かが駆けつけなければ別の誰かが傷つくことになる。

 

 市民の盾になる。牛尾はかつてそう誓った。だからこそ赴かなければならない。

 

 警邏用大型オートバイ──“D・ホイール”を更に加速させる。

 走馬灯の如く過ぎ去る光景、ネオンの光を超えて夜を駆け抜ける。

 街を離れ、段々と市街の活気は経ち消えてゆき──。

 

 とうとう、オートバイは不気味な静寂を放つダイダロスブリッジの中腹まで辿り着いた。

 

「なっ……」

 

 夜に紛れて見えなかった影が、だんだんとはっきりしてくる。

 

「なんだこりゃぁ……!」

 

 牛尾が見た光景は、まさに“街の闇”そのものであった。

 なんらかの衝撃を受けて損傷を被り、大破してしまった幾多もの警邏車。そしてD・ホイール。

 その傍らで地に伏すのは、“あらざるべき形”に体が曲がってしまった、鮮血を噴いて倒れる幾多もの隊員達。──中には車体破片に貫通して絶命している者もいた。

 

 活気あふれる街のネオンを抜けた先は、血の噴水流れる“死屍累々”の橋。

 思わず市街区と比較してしまうほどに凄絶な絵図がダイダロスブリッジの中腹に広がっていた。

 

「……ほう、どうやら様子の違うのが一匹現れたね」

 

 どこか気取ったような、抑揚を感じさせない低い声がする──その声に気づいた牛尾はD・ホイールをドリフトさせ急停車に入った。

 刹那、こちらに迫る謎の音。

 

「っ!?」

 

 音の正体に気づき、咄嗟にオートバイを乗り捨てた。ハイウェイを擦り付けるようにバイクが回転して転がってゆく。

 牛尾の真横を伸びる熱光線──間一髪避けたレーザー光線が乗り捨てたバイクを焼き払った。

 

 猛炎を上げたバイクが爆散して夜に散る。

 光線の発信源、黒鉄の如く艶めく大型オートバイに跨り横合いを向く黒いキャップ帽の男に牛尾は啖呵を切った。

 

「──てめえかぁ!」

 

 ダイダロスブリッジに倒れていたのは全て、牛尾がせわしく面倒を焼いていた部下の面々。

 ──愛する部下をなぶり殺しにしてくれた礼は必ず返す。牛尾は湧き上がる怒りをその声に込めた。

 

「てめえが、この俺の部下をやってくれたのかァ!!」

 

「フフッ……」

 

 キャップ帽のその男はあざ笑うようにして言葉を漏らし、切れ長の目をおもむろに伏せて己の帽子のつばを手にとりその向きを整えなおした。

 男もバイクを降りて口に咥えていたタバコを指に取る。片手でその白いタバコを遊ばせ始めた男はまっすぐに顔を上げ、牛尾へとその顔を傾けた。

 

「なかなか……聞いた通り。フフッ……」

 

「なにぃ……?」

 

「さて、遊びに来たんだろう?」

 

 ──再度、熱光線が男の背後より伸びる。

 

「ぐっ!」

 

 咄嗟にそれを避け、牛尾は己の“デュエルディスク”を展開した。

 腕に嵌められた機械端末がプレートを展開し、くの字の形をとってシステムを起動させる。

 

 対する男もディスクを展開する。

 

「さあ」

 

 互いに5枚、ディスクにセットされた“山札”からカードを引き抜いた。

 

「デュエルと行こうか!」

 

「ちぃ──!」

 

 怪しげな口調の男の一方的な申し出により、ハイウェイの上でデュエルが開始された。

 先攻は帽子の男、引き抜いた手札を一瞥した男は不敵に微笑んだ。

 

「フフッ……」

 

「……?」

 

 一方の牛尾も眉を顰める。どうも不敵な微笑みが気になる、妙な悪寒が奔る。

 だが──。

 

(ビビッてらんねぇ……! 負けるわけにはいかねえんだよ……!)

 

 次のターンに備え、牛尾も自らの手札に目をやる。

 よし、初手から展開できそうだ。切り返しに向けて牛尾は思慮する。

 しかし。

 

「さて、あんたは防ぎきれるかな?」

 

 不意に、男がそう言い放った。

 進んでゆく男のターン、瞬く間にフェイズは進んでメインフェイズに移り替わった。

 

 初手に放たれたモンスターが顕現して、ハイウェイに滑り込む。

 

「──フォトン・スラッシャーを“特殊召喚”!」

 

 あれは特殊召喚モンスター、“フォトン・スラッシャー”。持ち主の場にモンスターが存在しない場合召喚権を無視して場に呼び出せる速攻牌。

 レベル4にして攻撃力2100を誇る強靭なモンスターだ。

 だがそれ一本で数々の隊員を葬ってきたとは思えない、案の定男は更なる展開を続けた。

 

「更にマジックカード、“簡易融合”を発動! 1000ライフポイントを支払いレベル5以下の融合モンスターをエクストラデッキより特殊召喚する!」

 

 デュエルモンスターズにおいて互いの初期ライフポイントは“4000”。これで男側のライフは3000ポイントへ降下することとなる。

 

(4分の1のライフを消費して、“攻撃のできない”モンスターを展開。何か裏がある)

 

 牛尾の述べる通り、簡易融合で呼び出したモンスターには攻撃不可の誓約がつく。

 その上召喚したモンスターはそのターンの終わりに破壊される。容易く融合モンスターを召喚できるだけあってそのデメリットも大きい。

 

 だが──そんなデメリットを打ち消す方法などいくらでもある。

 

「いいのかい、ここまで通しちゃって」

 

「なに?」

 

「召喚権を使用せずにモンスターを2体展開……あんたもう──」

 

 帽子のつばに隠れていた男の眼光が、鋭く輝く。

 

「──たたまれちまってるぜ」

 

 一陣の風が巻き起こり、男の場に一体の“鳥”が召喚された。

 鳥──いや“人間”。鳥の羽を纏った人間、所謂“鳥人”が小さな竜巻を巻き起こして尾羽を巻き散らした。

 

 LL──インディぺンデント・ナイチンゲール レベル1、攻撃力1000。

 

「こいつぁ……!?」

 

 何年とセキュリティ活動をし、デュエルに勤しんできた牛尾だったがこんなモンスターを見るのは初めてだった。

 簡易融合によって突如現れた“女鳥人”、一見矮小なステータスだが──“かつて”の経験によって牛尾は知っている。

 

 そういうモンスターに限って、厄介な能力を持ち合わせているのだ、と。

 

「フォトン・スラッシャーと、ナイチンゲールをリリース!」

 

 2体のモンスターが粒子となって、夜空に霧散する。

 

「大海の使者、今、夜空に浮かぶ星の加護を受け、水と共に到来せん」

 

 虚空を断ち切らんばかりに振り回された“鎌”がハイウェイに烈風を起こし、纏う水流と共にそれは到来した。

 

「アドバンス召喚!」

 

 両手に携えられた“大鎌”、大鰐の化け物が夜空を覆いつくして牛尾の目の前に降り立つ。

 

「跳梁跋扈! 嘶きの散水に満ちて蹂躙せよ、The tyrant NEPTUNE(ザ・タイラント・ネプチューン)!!」

 

 ザ・タイラント・ネプチューン レベル10、攻撃力0。

 

「攻撃力、ゼロ!? そんなわけが……!」

 

 馬鹿な──それだけやって貧弱なステータスのモンスターを呼び出すはずがない。レベル10にしてレベル1のナイチンゲール未満ではないか。

 牛尾の読み通りこれでは終わらない、“ネプチューン”には特徴的な“2つ”の効果がある。

 

「その通り、こいつには2つの“コピー能力”がある」

 

「コピー!?」

 

「ひとつはリリースに使用したモンスターの攻撃力の合計を得る効果」

 

 1000、2100──リリース材とされたモンスターの攻撃力の合計は3100。

 ディスクモニターに表示されたネプチューンのステータスもぐんぐんとカウントが上昇してゆく。

 

「……!? 止まらない……!?」

 

 4100──未だ攻撃力上昇が止まる気配がない。

 

「おっと、まだ続きがあってね。ネプチューンがコピーするのは“攻撃力”だけじゃないのさ、“守備力”……果てにはそのモンスター効果さえ得る」

 

「モンスター効果を……!?」

 

「ナイチンゲールの効果は“3つ”。一つ目は自身のレベルの分だけ攻撃力を500ずつ上げる効果、この場合当然ネプチューンの現在レベルが参照される」

 

 5100、6100──。

 

「二つ目、このカードは他のカードの効果を受けない」

 

 7100──。

 

「3つ目──」

 

 ──8100──。

 

「──1ターンに1度、このカードのレベルの"500倍"のダメージを与えることができる」

 

 ──勝負は、決した。

 

「────なあっ……!」

 

 考えてみよう。

 互いのプレイヤーのライフは4000ポイントから始まる。

 今男が出したモンスターのレベルは“10”。相手はアドバンス召喚に打点上昇&耐性効果持ちのナイチンゲールを利用した。

 それによって出来上がったのはかつての“神”さえ超える攻撃力を誇る完全耐性持ちの怪物(モンスター)。並大抵の手段では突破できない。

 ──それだけならまだチャンスはある。なにせ先攻プレイヤーは攻撃不可なのだから。

 

 だが──ナイチンゲールには“効果(バーン)ダメージ”能力が存在する。

 

「あっけなかったな」

 

 バーンダメージが誇る数値はネプチューンのレベルを参照した結果“5000”。一撃の下に相手のライフを刈り取る脅威の灼撃。

 

 牛尾はカードを振るう機会も与えられないまま、終わる。

 

「クッ──」

 

 牛尾の手札に、対抗策はない。

 

「クソォ……!」

 

 大鰐の両腕によって振るわれた大鎌が円を描き、魔法陣を作り上げる。

 その六芒星からにじみ出るように浮き上がった10本の“灼熱の剣”が牛尾に狙いを定め、その剣先を向けた。

 

 間違いなく、死ぬ──その走馬灯の中で牛尾はかの赤堀陸の遺体写真を思い浮かべた。

 

「死ね」

 

 全ての剣が牛尾めがけて、一斉に放たれる。

 

「灼熱の鎮魂歌──バーン・レクイエム!!」

 

 炎を纏いし剣がそれぞれに一閃を描き、暗闇の虚空に焔の軌跡を残した。

 夜空を炎の星が駆ける、逃れられぬ敗北に自失した牛尾が呆けて手札を落とす。

 

 動かない体が、ただ死を待つ──その時、フィールドに割って入る何かの声が横から聞こえた。

 

「──だめぇ!!」

 

 茫然自失の中で、牛尾は何かに押し出される感覚を感じた。

 聞き覚えのある、清らかな叫び声。無意識の中で誰かに呼びかけられるような感覚を受けた。

 

 ──炎の剣が次々と突き刺さる、倒れた牛尾をかばう彼女の体に次々とぶつかってゆく。

 

「あぐ、くっ」

 

 覆いかぶされるように抱きかかえられた牛尾のそばで彼女が我慢するような呻き声で鳴く。

 

「あぐっ……!」

 

 そして、10本目──最後の一撃が少女の体を貫いた。

 

「ああああうぅぅぅ!! ……あっ あ……」

 

 幸い──少女の腹を穿った剣は下敷きとなっていた牛尾の体にまでは到達しなかった。

 少女の意識が途絶える、牛尾の肩に項垂れ倒れる彼女の匂いが牛尾の意識を覚まし、その正体に気付いた。

 

「ひ……」

 

 それは先程、口論となって突き飛ばしてしまった相手。

 

「雛宮!!」

 

 濡羽色の髪の少女──雛宮聖華その人であった。

 

「おい……おい! 雛宮、雛宮!」

 

 突き刺さっていた剣が役目を終え、炎と共に虚空へ霧散した。

 スーツを燃やし、雪肌をただれさせた剣。彼女の背中には10つの刺し傷が露わとなっていた。

 うち1つは腹を貫通し、内臓を灼熱に焼いたうえ夥しいほどの風穴をその中腹に空けた。“穴”から血液が流れ出す。

 

「ほーう……あれだけの攻撃を喰らって“その程度”で済むあたりその女……」

 

 男は帽子のつばを整え、ククッと笑いをこぼした。

 ──その態度が許せない。

 

「てめぇ……てめぇ……! どうして無関係な雛宮を……!」

 

「お前さんをかばい立てするんだから仕方ないよ、じゃなきゃアンタ“は”死んでただろうぜ」

 

 ──まるで雛宮“は”死なないような言いぶりだ。

 

「なにを……!」

 

「まあいい、なんにせよアンタのライフはゼロになったんだ。これで──」

 

 男がもう一度ネプチューンに合図を送る。どうやらもう一度とどめを差そうと構えを取っているようだ。

 

「どっちにしろアンタは──ん?」

 

 その時、男は牛尾の背後、その更に遠くから何かの音が流れてくることに気付いた。

 音の正体はサイレン、緑光ランプをならして雪崩の如く市街から流れてくる警邏車の大群に気付いて正体を把握した。

 

「ちっ……多勢に無勢かね……」

 

 牛尾達にかまっている場合ではない。男は咄嗟にデュエルディスクを消灯させて黒鉄のD・ホイールに乗り込んだ。

 

「まあ楽しかったよセキュリティ隊員さん、次の機会があればぜひとも」

 

「待ちやがれ!」

 

「じゃあな」

 

「待てぇぇぇ!!」

 

 牛尾の決死の叫びもむなしく、男は踵を返して去って行ってしまった。

 悲痛な叫びだけが風に乗って木霊する、木霊した声が男に届くことはない。意味もない。

 

 ただ、何もできなかった。ハイウェイパトロール隊員のプライド、そんなものは塵程の役にも立たなかった。

 

 ただ、雛宮聖華という少女を犠牲にしただけだ。

 

「クッ……!」

 

 (ほぞ)を噛み──ただただ後悔を嘆く。

 

「クッソォォぉぉ……!!」

 

 ──やがて、イェーガー率いるパトロール隊員達が牛尾の下にかけつけた──何もできず茫然とする牛尾に代わり、イェーガーは咄嗟の判断をもって雛宮聖華を急遽病院へと搬送した──。

 

 

 

 

 面会室から出てきたイェーガーに、牛尾が駆け寄った。

 

 

「雛宮は……!? 雛宮の様子は!?」

 

「だいじょうぶ、致命傷には至らなかったようです」

 

 ──現在、牛尾達は搬送された雛宮を案じて病院にやってきていた。

 個室前の廊下に用意された待合席で彼女の安否を案じていた牛尾の下にようやく、上司のイェーガーが容態を伝えに来たのである。

 

 牛尾の胸に安堵の思いが去来する。だがそれと共に疑問に思うこともあった。

 

「あの傷で、よく……」

 

 正直、あの傷ではもう助からないと思っていた。

 当然雛宮が助かったことは喜んでいる、だが手術を施したとはいえあの死の淵からの生還に驚いているのも確かなのだ。

 

「ふむ……やはり、まだ聞いておりませんか」

 

「聞く……?」

 

「聖華“自身”の事ですよ」

 

 “まあ、語りたがらないでしょうからね”。そう述べてイェーガーは牛尾の隣に腰を下ろした。

 

「雛宮、自身……?」

 

「あなたが出て行ってすぐ、聖華も車で追いかけていったみたいですからねぇ。よほど心配だったのでしょう」

 

 確かに、何かと雛宮の様子がおかしかったのは知っている。

 アカデミア前の並木道で出身を聞いてもはぐらかしたり、星宮に対する謎の理解の深さや、彼への配慮の念。端々で何かを思わせるような態度はとっていた。

 

 聞くしかない、そろそろ彼女の詳細を知ってもよい頃だろう。

 

「そろそろ、聞かせてください」

 

 沈鬱な色合いを見せながら、牛尾は静かにイェーガーに聞いた。

 

「あいつは……一体何者なんです」

 

 個室の向こうに居る雛宮を思いながら牛尾は聞いた。そちらの方へ目を向ける。

 どうして彼女がそこまで自分に尽くしてくれるのか、牛尾にはただただ不思議だった。

 

 そしてイェーガーは語る。

 

「ふむ……仕方ありませんね。事態が事態ですしね」

 

 それはかつて、10年前のこと。まだ治安維持局の名が風化せず世に残っている頃のことだった。

 

 

 

 

 

 ──聖華はね、元々トップス人の間に生まれた子なのですよ。

 当時、街の行政改革で身分体系が大きく変化したことでそのバランスに歪みが生じ、中には富裕層から転落するものもおりました。

 かつて治安維持局の恩恵を受けていた人間は、治安維持局から解体されたことによってその煽りを受けた。

 いわばかつてのレクス・ゴドウィン長官の配下として生き餌を貰っていた一部のトップスの人間は“没落貴族”としてその地位を失ったのです。

 

 聖華もそのひとり、その家族の下に生まれた少女でした。それも“サイコ能力”を持ち合わせてね。

 

 元“トップス”人であり、危険性を孕んだ“サイコ”能力の保持者。幼少の頃から周囲の家庭に忌避され、父親からも忌み子とされた彼女は次第に引っ込み思案となり、クラスメイトから孤立するようになりました。

 当時はまだ差別社会の色合い、その風潮が抜けきっていない時期だったので序列に対するコンプレックスを持つ人間も多くおり、トップスから転落してきた聖華、及びその家族を虐げる態度も度々見受けられたようです。そこにサイコ能力の件が加われば嫌でもその壮絶さが分かるでしょう。

 当時8歳だった聖華はその煽りを受けていわゆる“イジメ”に遭っていました。

 

「か、返して……!」

 

 ある日、出産の際に死んだ母の形見──確か神社などでもらえる妊婦向けの“お守り”でしたか。イジメの一環でそれを奪われ、遠くに放りなげられた聖華は一心不乱に辺りを探し回っていました。

 放り投げられた方向からいって、神社境内に続く階段脇の森の中。小さな子供にはとても大きく広い森で、小さなお守りが紛れ込もうものならほぼ見つからない場所でした。

 気付けばもう夜、それでも聖華はお守りを探して暗い中茂みを探し回っていたそうです。

 

「どこに……あるの……」

 

 その時、聖華に光が差しました。──ああ、比喩表現とかではなく本当に光が差したのですよ。

 

「な……なにやってんだキミ!」

 

 その人はライトを片手に持った緑の隊員服を着たセキュリティ隊員の男の人でした。

 お分かりですね、治安維持局解体後の後続となったハイウェイパトロールの隊員です。当時各地域の巡回キャンペーンを行っていた隊員はたまたま聖華を見つけたそうです。

 

「キミ、名前は?」

 

「……聖華、雛宮聖華」

 

「どうしてこんな時間に、こんなところに?」

 

「……」

 

「……?」

 

「……うっ」

 

 まだ幼かった彼女は大人が駆けつけてくれた安堵からか様々な思いで胸いっぱいになり、全てを吐き出すように泣きだしました。

 

「うわぁぁん……」

 

 ──それから、事情を聞いたセキュリティ隊員の人は仲間を呼んで手分けして茂みの中を探してくれたそうです。

 大人数人、暗い中は大変でしたがそれでもほどなくしてなんとかお守りを見つけ、少女に手渡してあげたそうで。

 防寒毛布にくるまれた雛宮はお守りを持って一言、

 

「ありがとう……おじちゃん」

 

「お、おじちゃんかぁ……」

 

 お礼を言ったそうです。今でもおじちゃん扱いは失礼だったかもと彼女は言っていましたよ。

 それからもうひとつ。他の隊員が去り二人きりになったあと、ある事を聞いたそうです。

 

「あの……どうして?」

 

「ん?」

 

「どうして探してくれたの?」

 

 他者に虐げられ、頼れる人間もいない聖華からすれば他人の為に尽くす人間が不思議でたまりませんでした。

 しかし、隊員の人はそんな聖華に対してさも当然のように答えました。

 

「ん……そりゃ“治安維持局”は市民の味方だからな」

 

「“治安維持局”?」

 

「いけね……まーた間違えちまった。もう今はハイウェイパトロールなんだもんな……」

 

 その語り口はどこか、寂しそうな印象を受けたそうです。

 隊員の人はため息ひとつ、暫く何かを思ったあと次にこう語ったそうです。

 

「そうだな……俺個人の思いで言えば……昔“ある男”に影響されたから、かな……」

 

 ──この後の言葉、ずっと聖華は覚えているそうですよ。

 

「──もう、何年かな。昔な、“不動遊星”って男がいたんだよ──」

 

 

 

 

 

「それって……!」

 

「“彼”の“その話”を聞いた聖華はその隊員の生き方に憧れ、その後は他人に尽くす人間になったそうです。当然、そんな彼女を疎ましく思う人間はいれども彼女は決して折れることはありませんでした。逆境に立ち向かい、人の為に尽くせばきっといつか光明は差してくれる……やがてそれは“ある夢”を抱くきっかけになったわけです」

 

 彼女が“治安維持局”にこだわるわけ──牛尾はようやくそれを理解した。

 

「──そう、あなたがきっかけなのですよ。不意に出た“治安維持局”の名前をずっと覚え、あなたの生き方に憧れた聖華がここの職員を目指し、“自分と同じ境遇”の人間を救おうと夢を抱いてきた。偶然私と知り合ったこともきっかけのひとつですがね」

 

「それが……」

 

「“治安維持局、特別対策室”。偏見により拠り所を無くしたサイコデュエリストを救うため、また、そのサイコ能力を悪用する人間を取り締まる為。そのために設立を目指したのが今の結果なのです」

 

 拠り所を無くした──雛宮だけでなく“ある人物”にも当てはまる。

 

「だから星宮綾人の擁護するような態度ばかりを……」

 

「聖華のことだから、自身の境遇と合わせて星宮綾人の本質を見抜いていたのでしょう。彼女は事前のリサーチを欠かしません。訪ねる前に粗方の事情を調べて把握する癖があります」

 

 思えば、ハイトマンと出会った当初に思い出すべきだったのかもしれない。

 確かにハイトマンは言っていた、“かつて巡回パトロールをしてくれたことがありましたね”と。

 雛宮と出会ったのもその一環の最中が初だ。アカデミアの地区とは違えども雛宮と出会ったことは確かにある。

 

 そう──確かにあれはかつてのトップス地区の近くでのことだったと思う。

 

 星降る夜、神社の境内近くで“あの話”をした。かつての“英雄”に関する話。

 雛宮に語った想いと信念は、元は“彼”──いや“あいつ”のものだ。

 

 “あいつ”──“不動遊星”の信念は脈々と受け継がれている。雛宮の到来は、まさしくそれが顕現した結果なのだ。

 

「俺は……なんで忘れてたんだ」

 

 謝らなければならない、沈鬱な表情を振り切り決意の瞳を宿した。

 

「雛宮は……起きてるんですか?」

 

「ええ、おそらく」

 

「……」

 

 後ろ暗い気持ちを振りとばし、その席を立った。

 不思議そうな顔をするイェーガーが牛尾に優しく尋ねた。

 

「おや。……フフッ、会いにいくのですか?」

 

「ええ。……今度は俺が教えられちまった」

 

 イェーガーは微笑みと共にただその背中を眺め、彼を見送った。

 

「雛宮の思いは……その相棒が果たさなきゃな」

 

 

 

 

 個室の扉にノックをして、中の彼女に確認を取った。

 

「雛宮。……入ってもいいか」

 

「……牛尾、さん? ……はい、大丈夫ですよ」

 

 彼女の返事は、どこかぎこちのないものであった。ロビーの件が後を引いているのだろう。

 牛尾も表情を固め、そのスライドドアを左に開けた。

 大きな白いシーツのベッドのその上で腰を立てる彼女がそこにいた。

 

 病衣に身を包んだ雛宮が、弱々しい面持ちながらも牛尾に優しく微笑みかける。

 

「牛尾隊長……よかった、ご無事で」

 

「それはこっちの台詞だ。……お前が無事でよかった」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「気遣いなんかじゃねえ、本心だ」

 

「……?」

 

 改まった牛尾の態度に、雛宮が不思議そうな顔をして少し顔を覗き込んできた。

 雛宮がクスりと笑う。

 

「フフッ……どうしたんですか牛尾隊長」

 

「牛尾さん、でいいさ。いちいち堅苦しい」

 

「えっ……?」

 

「……雛宮」

 

 ロビーの件、そして過去の件。全てを忘れていたこと。それらのことを全て言葉に込め、誠心誠意彼女に謝った。

 

「悪かった。ロビーの件、勝手に飛び出した件、そして……お前のことを忘れていたこと」

 

「……あっ……」

 

 雛宮の表情もまた、どこか過去を想うように緩んだ。

 

「……お聞きになられたんですね」

 

「ああ」

 

「よかった。ずっと思い出してくれないのかなって……わたし心配しちゃった」

 

「……」

 

「……」

 

 お互い、言葉に詰まってしまった。牛尾としてもどう切り出していいかわからない。

 ぎこちない雰囲気、こういうのは苦手だ。ともかく牛尾は頭に浮かんだ矢先のことを喋ることにした。

 

「……そ、その、傷の方はどうだ? ひどい傷だったろう」

 

「えっ? ああ、あれは……」

 

 と、雛宮が背中を向けてきた。

 

「ん?」

 

「見ますか?」

 

「えっ」

 

「ご遠慮なく」

 

 戸惑う牛尾なんてなんのそのと雛宮は羽織っていた病衣を少しはだけさせて背中を見せてきた。

 先程の凄絶な光景が牛尾の目にちらつく、しかし──。

 

「あ、あれ……!?」

 

 なんと──先程の夥しいほどの数の傷や、腹部に空いていたはずの風穴も綺麗に消えていた。

 残るのは透き通るほどに真っ白な皮膚、雪肌だけだ。

 

「どうしてだ!?」

 

「緊急手術を施してくれたおかげもありますが……元々サイコ能力の持ち主はすこぶる治癒力が高いんです。それに常人に比べてサイコ能力への耐性も高く、サイコデュエリストの攻撃を受けても致命傷を受けるってことはほぼないです。お腹を剣が貫通してきたのはびっくりしましたけど……」

 

 なるほど──先程の襲撃者の男が言っていた意味が分かった。恐らくサイコ能力同士で“中和”のような働きが生まれて雛宮の体はあの剣の数々を受け止めきれたのだ。

 

「そうか……だからお前さん、対サイコ能力者のためにサイコデュエリストをスカウトしたがってたのか」

 

「理由は様々ですが……そうです、大まかな理由がそれです。一応わたしもサイコ能力持ちですが、デュエルの腕はからっきし。強力なサイコデュエリストに対抗する為には“それ相応の実力を持つサイコデュエリスト”が必要です」

 

「それが……」

 

「星宮綾人くん、彼がそうだとわたしは思っています」

 

 元々、プロの卵であった赤堀陸の相手を務めていた少年──なるほど確かに。牛尾は喉元流れるようにそれを理解した。

 

「しかし……本当にそれだけの力が……」

 

 星宮の力を疑おうとするわけではないが──あの襲撃者の力を見ると疑問に思ってしまう。

 

 攻撃力8000越え。

 他のカードを寄せ付けぬ完全耐性。

 そして先攻ワンターンキルを可能とするバーン効果──本当にあれを超えることができるのだろうか。

 

 他の隊員たちが成すすべなくやられていたあたり、恐らくほぼ毎回あの戦法を決めて勝利しているのだろう。

 先攻を与えれば一撃必殺を決められ、後攻を与えても8000越えの完全耐性を突破するのは難しい。

 

「……」

 

 だがここまできたら彼にかけるしかない。

 対抗できるのはもう、サイコデュエリストである星宮綾人しかあてがないのだ。

 

「やるしか、ねえな」

 

「……牛尾さん?」

 

 去ろうとする牛尾を目で追いかけて、彼の背中に向けて呼びかけた。

 立ち止まる牛尾にもう一度呼びかけ、

 

「牛尾さん、まさか……」

 

「お前は休んでろ。……散々助けられちまったんだ、借りは返さなくちゃな」

 

 そして牛尾は雛宮に振り返り、決意を露わにした。

 

「今度は“俺の番”だ。元々イェーガーが俺をあてがったのもお前の世話をする為だろうしな」

 

「大丈夫……ですか?」

 

「ああ」

 

 かつて、不動遊星が“黒薔薇の魔女”を説得したように──。

 

「俺も──あいつの心に根張る“絶氷”に立ち向かってみるさ」

 

 ──自分も、星宮綾人を説得してみせる。

 

 今度は綾人にも“あの話”を聞かせよう。──牛尾哲はそう誓い、病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 







タイラント・ネプチューンはこれ、読者の皆様に許容して戴けるのかなぁと実は心配だったり(現在禁止カード)。

あ、今更ですが誤字脱字とか、おかしな部分がございましたらお申し付けください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。