遊戯王5D’s 治安維持局特別対策室   作:ピクサ

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第4話

 

 

 

 今日も遠くから彼らの姿を見つめていた。

 陽が落ち駆けの、紫の空に橙色の交じり合った黄昏の背景に映る多くの同級生の影。

 それぞれが夕焼け空の下で朗らかに笑い合い、それぞれに自分の時間にふけっていた。

 

 そんな彼らの下から自分の居場所がなくなって、もうどれだけの時間がたっただろうか。

 星宮綾人も屋上でひとり、ただ自分だけの時間に浸っていた。

 

「……」

 

 “リク”と疎遠になり、そして彼が亡くなるまでの時間。はたから見ればそれほど長い月日は経っていない。

 だが星宮にとってそれは億劫になるほど長く、虚無感と喪失感に包まれた日々であった。

 

 全てはサイコデュエリストに目覚めた為。それが彼の日常を変えた。

 

「デュエルはやめたのではないですか?」

 

 ふと左から、虚空の空をかける声が聞こえてきた。

 声の方角に顔を傾ければ、日々見慣れたあの姿があった。

 

「校長先生……」

 

「聞きましたよ。今日も“彼女”、来たそうですね」

 

 それは他ならぬこの学園の校長、ルドルフ・ハイトマン校長だった。

 無断で屋上に立ち入り呆けにふけっている星宮を本来ならハイトマンは叱責するべきなのだが、深く事情を知る彼がそのような行動を取る事はなかった。

 寧ろ積み山からひとつ取り出された机の上に置かれた“あるもの”を見て嬉しくなったぐらいだ。

 

「まだ完全にカードから熱意を失ったわけではないようでありますね」

 

「……」

 

 星宮は嘆息した。

 

「べつに……」

 

 机の上に広げられていたのは、今でも数多くのプレイヤーを記録するデュエルモンスターズのカードであった。

 その一枚一枚が、星宮のデッキを成すパーツの一片。彼のデッキを構築する上で一枚たりとも欠かせないものであった。

 ばつの悪くなった星宮が机の上のカードを片付けていく。

 ひとつひとつ、己の思いとカードへの思いを確認するように眺めながらまとめてゆく。

 

「もう終わったことですから」

 

 そして最後のカードをデッキの上に納めてしばらく、そこにひとつの山札が完成した。

 決闘者が自分の思いを託し、手繰る絵札のプール。引き当てたカードをもとに手段を探る。

 その感触、感覚は今でも忘れたことはない。星宮は“あの時”までデュエルに心血を注いできた。

 

「“彼女”はなんと?」

 

「雛宮聖華、っていう人のことですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「昨日と同じ、治安維持局の勧誘に来ただけですよ」

 

 呆れたように答えながら星宮は自身のデッキを拾いあげてそれを懐へと収めた。

 脇に置いていた鞄を持ち上げ、星宮も他の生徒と同じく帰り支度を始める。

 それを肩に抱えて数歩、横を過ぎ去ろうとする彼にハイトマンは静かに投げかけた。

 

「よいのですか、きみは」

 

「なにがですか」

 

「詳しく知るわけではありませんが、彼女らは恐らくきみの味方になってくれるお方。そんな彼らがきみのことを誘ってくれている……またとない機会だと思いませんか」

 

「……」

 

 くだらない、しばらくの沈黙を経て星宮がそう切り出した。

 

「だとして俺に人助けをしろと? あの一件以来世間から虐げられてきた俺が?」

 

 星宮としては多少、その点で釈然としないものがあった。

 サイコ能力者として非難されてきた自分がなぜ……そういった想いが渦巻いていた。

 

「遠くから怪訝で冷酷な視線で邪険に扱いながら、いざそういったやつらに襲われたら手の平返して助けを求めて……それで俺がわざわざそういう日和見なやつらを助けなきゃいけないのか……?」

 

 あの時、雛宮聖華は言った。サイコ能力者の正義を示し、そういった善良な人間もいることを示せば次第に誤解も解け垣根もとけてゆくはずだと。

 だが星宮はそう思わない、世間は雛宮ほどすっきりとした心を持っていない。

 人の心はもっと貪欲で、混濁として浅黒い。サイコ能力に目覚めた星宮の考え方はずっとそうだった。

 

「そこまでして最後に命乞いするぐらいなら──」

 

 誰に振るうわけでもない、だが誰を助けるわけでもない。ただただ“無干渉”。

 それが星宮の、自身の能力に対する信念であった。

 

「──潔く死んじまえよ」

 

 誰かに向かって話しているわけではなかった、強いて言えばその言葉の矛先は“世間”。

 ただただどこかへ向かって呟き、吐き捨てる星宮の背を見つめて──ハイトマンは語った。

 

「それは、きみを想ってくれる人に対しても同じ意見なのですか? 例えいくらキミが助けられた相手だとしてもあなたは“無干渉”であり続けるのでありますか?」

 

 眉を(しか)めた星宮がしずかに振り向いた。

 

「なんだって……?」

 

 怒気を含んだ言葉だった。

 橙色の明かりに照らされる中、交差する二人の視線。ゆっくりと落ちていく夕陽は固く見合わせる二人の顔に段々と翳を落としてゆく。

 少し針を突けば破裂しそうな緊張の中、ハイトマンが切り込む。

 

「こう言ってはなんですが、わたしはこの学園の長としてあの一件に悩みふけるきみをずっと気にかけてきました。きみのことを考え生徒達に口外守秘を命じたのもそのため、きみを守りたいがためでした」

 

「生徒たちからはそれが裏目に出て校長先生自体も非難されてるみたいですけど、問題の隠蔽だって」

 

「でしょうね、結局わたしのわがままでしかないのですから。承知の上です」

 

「……」

 

「ですが失望しましたよ」

 

 伏せられた眼差しから放り出された言葉に、星宮が怪訝に反応した。

 

「なにを……」

 

「わかりませんか、きみが“無干渉”の姿勢を貫くことの意味が」

 

 ハイトマンの眼がふと──鋭いものへと変貌した。

 

「キミは──たとえ目の前でどんな人間が襲われていても“無干渉”であり続けると言っているのでありますよ。それが例え、かつての“リク”くんのような優しい人間でも」

 

 少しだけ、星宮の心の旋律が揺れた。

 

「……」

 

 無干渉であること。

 誰がどうであっても干渉しないこと。

 これまで自分に良くしてきてくれた人がそばにいても干渉しないこと。

 

 それはつまり“リク”のような被害者が今後現れても干渉しないということ。

 

「……」

 

 つまり、実のところ──。

 

「……失礼します」

 

 ──星宮綾人もまた、自分を非難する人間と何も変わらない”傍観者”同然だった。

 

 

 

 

 

 逃げるように屋上を去った。

 返せる言葉もなかった、全てはハイトマンに論破された。

 固執していた考え方も、寄り縋っていた信念も。

 気が付けばもうすでに、空は暗く濁っていた。

 二重の色合いに交じっていた空には既に満月が上り、桜並木道を等間隔に置かれた街灯だけが照らしている。

 

 夜桜だ。静寂に包まれた並木道に桜の花びらが降り注いでいた。

 

「……」

 

 屋上を降りて玄関広場前に出た時にはもう、あれだけいた生徒達の姿はどこにもありはしなかった。

 目の前に映るのは、ただ花びらを散らす桜の木々だけ。人工的な光に照らされた桜が静かな夜にほのかな哀愁を漂わせていた。

 

 その並木道の、桜降り注ぐその中で──“あの男”が花びらの雨に重なっていた。

 

「あんた……」

 

 姿を捉えた星宮の言葉を受けて、その頬傷の男は歩を進めだした。

 脱いだジャケットを肩に抱えて、肩で風を切る大きな男。

 

「よう。……まだ帰ってなくて助かったぜ」

 

 雛宮聖華という女の隣にいた、もうひとりの役所の人間。

 どこか年季を感じさせる風貌からその存在感を匂わせていた妙な男。

 

「突然で悪いな、今日は“あいつ”の代わりに来たんだ」

 

 両者の間で──桜を巻き込む一陣の風が吹き注いだ。

 

「お前を──治安維持局に勧誘しにな」

 

 その男の名は牛尾哲。かつて“旧治安維持局”の隊員として、数々の犯罪者を検挙してきたハイウェイパトロールの男であった。

 

 

 

 

 

「あれは……!」

 

 去りゆく星宮を追ったハイトマンは玄関口の陰で、対峙する両者の男達に驚嘆の声を漏らした。

 片方は学園の生徒として常日頃世話を焼く問題の少年、星宮綾人。

 こちらはまあいい。

 本当に驚いたのは──その星宮と対面する牛尾哲。昨日(さくじつ)雛宮と共に訪ねてきた男がどういうわけかここにやってきていた。

 

 夜桜の雨の中で対峙する二人をハイトマンは柱の影から見守る。この状況に足を踏み入れるのは野暮、無意識的にそう考えた。

 

「いったい……?」

 

 両者の会話に耳を澄ます、先に聞こえてきたのは星宮の声であった。

 

「あの人には伝えたはずですけど。治安維持局に入る気は毛頭ないと」

 

 応える星宮に、当の牛尾哲の方は黙り込んでしまった。既にいくつかの言葉の応酬が行われていたようだ。

 迷いなのか、表情硬く口を閉ざす牛尾哲。

 ようやく切り出す気になったのか彼は小さく唇を震わせ、次の言葉を放りだした。

 

「その雛宮は……やられた」

 

(……っ!?)

 

 牛尾の言葉に驚いたのは、星宮ではなくハイトマンの方であった。

 昨日明るく微笑んでいた彼女がまさか……。

 その言葉がどういう意味合いを差しているのかは判断できないが、ただならぬ事態が起きたことは確からしい。

 しかし対する星宮の反応は、

 

「……そうですか」

 

 さほど動揺することもなく、淡泊なものであった。

 彼がさっき語った通りだ、例えなにがあろうとも自分は“無干渉”。

 あれだけ贔屓にしてくれた人物が災難にあろうとも関わることはない。

 

 端的な動きで牛尾の横を通りすぎてゆく、何事もなかったかのように星宮は並木道を進んでゆく。

 牛尾と星宮の距離が背中合わせに段々と開いてゆく。そしてもうすぐ、星宮の歩が校門に差し掛かろうとしているときだった。

 

 じっと構えていた牛尾哲がようやく、背中越しに彼へと大きな声を発した。

 

「聞いてくれ!!」

 

 星宮の歩が、止まった。

 

「……」

 

 強く吹いた風にざわめく木々が、二人の心情を表しているようだった。

 目覚めた能力に葛藤し俯く星宮、何かを後悔したように夜空を見上げる牛尾。

 そんな二人の後ろで、満月に照る夜桜が輝いていた。

 

「俺のせいなんだ……雛宮がやられたのは。俺が突っ走っちまったせいであいつは大きな怪我を負った」

 

「……」

 

「今、俺達が追っているサイコ能力を持つ犯罪者を検挙するのに焦って、俺はひとりで突っ走っちまった。“昔”継いだ想いを守るために……この街を守ろうとするあまりに」

 

 星宮は聞いた。

 

「それで?」

 

 ただ冷たく、その三文字が夜の静寂に響いた。

 突き刺さりそうなほど冷たく放りだされた言葉が、牛尾の胸をつき──彼を振り向かせた。

 

「頼む星宮、……俺の、俺達の力だけじゃこの街を守れない」

 

 真摯で、そしてひたむきな想いを言葉に込めながら、牛尾は星宮の背中に向かって頼みを告げた。

 

「お前の力を……貸してくれないか」

 

 ──唐突に吹き上がった風が、牛尾の体を強く突き飛ばした。

 

「──ッ!」

 

 今身に受けたことを瞬時に理解できるほど、牛尾の頭は冷静ではなかった。

 いったい、なにが。宙を浮く最中に垣間見た星宮の表情を見て、その疑問は紐解けた。

 

「うるさいんだよ……いつも一方的にさ」

 

 その表情はまさに、眼光を煌かせる牙狼そのもの。

 

「ぐおっ……!」

 

 今受けた怒りの風が、星宮のサイコ能力だと理解したのは浮き上がった体が地についた時だった。

 無残にこすりつけるように大地を滑る己の体、牛尾は咄嗟に腰を立てて向こうの星宮を見上げた。

 

 その少年の左腕にはすでに、怒りに任せるように抜かれたデュエルディスクがセットされていた。

 

「そんなに勧誘したければ白黒決めましょうよ。議論していたってしょうがない、討論していたってしょうがないんだ」

 

 すでに少年は、勝負の構えを牛尾へと向けていた。

 

「カードで語りましょうよ、デュエルでさ! あんたが勝てば従ってやるさ、治安維持局に!」

 

 少年の意外な申し出に、牛尾の心と表情はただ揺れるばかりだった。

 まさかこんな展開に──だがこれはまたとないチャンスかもしれない。

 

「……」

 

 たしかに言葉で説得しようとしても取りつく島はない。だがあちらの述べる通りデュエルに勝てさえすれば無条件で協力を取り付けることができる。

 だが勝てるか、さっき大敗を喫して情けなく伏していた自分が。

 

 しかし──ここで逃げては“漢”ではない。雛宮の想いを反故にしてなにが“相棒”だろうか。

 

「いいぜ……やってやる!」

 

 牛尾もまた意気揚々と立ち上がり、取り出したデュエルディスクを腕に嵌めてその拳を星宮へと向け──“いつもの”啖呵を切って見せた。

 

「この俺とデュエルだぁ!? 青二才の小僧が生意気に!」

 

 懐かしい告げ句を牛尾が述べる。

 言葉こそ荒んだものだったが、その顔は挑戦的に微笑んでいた。

 

「さあ、やろうじゃねえか星宮! 桜吹雪の剣呑舞台で!」

 

 月下の桜の下で、両者譲れぬ戦いの舞台が幕を上げた。

 

「すべてを決着させる──デュエルを!!」

 

 二人の掛け声が地に舞い散った桜を鼓舞して、あいよあいよと吹き上がらせた。

 先手は牛尾、初牌の手札5枚を揃えて扇状に開いたところですかさず第一手を繰り出す。

 

「俺は手札からマジックカード、“カップ・オブ・エース”を発動!」

 

 差し込まれた呪文札を覗き星宮と──そしてハイトマンが眉を動かした。

 

(カップ・オブ・エース……?)

 

 表情を動かした星宮もそうだが、陰で見守るハイトマンも牛尾の第一手に疑問を呈した。

 カップ・オブ・エース。それはコイントスの是非により効果を決める“ギャンブルカード”。

 弾いたコインの出目によって効果を決めるのだが、それが表ならば発動プレイヤーが2枚のドローカードを得られるもの。

 しかし──裏なら相手プレイヤーに2枚のカードをドローさせるという、決してリスクの低くない効果を内包するカードである。

 

(牛尾殿、否定はしませんが……あなたにしては意外なカードを……)

 

 本来、そういう運任せのカードをセキュリティ隊員は好まない傾向にある。

 牛尾哲は確か現在ハイウェイパトロールに務めるセキュリティ隊員、ああいった確実性に劣るカードを使うのはハイトマンとしては正直意外だ。

 

 そんなハイトマンを置いてソリッドビジョンで作られたコインが両者の間で宙に弾かれる。弾かれたコインはふらりと空を浮いて──裏を出して地に落ちた。

 

「むっ……」

 

 結果を見た牛尾が思わず苦い顔を見せた。

 結果を受けた星宮が山札から淡々と2枚のカードを手札に補充する。

 これで初手にあわせて星宮の手札は“7枚”。すでにそのアドバンテージは歴然だ。

 

「一枚手札を失ってやったことが、相手への塩送り」

 

 星宮は冷徹な顔つきのまま、牛尾を罵った。

 

「……なにも考えがないなら愚策かな」

 

「……」

 

 罵りを受けながらも、牛尾は静かに手札から3枚のカードを場にセットした。

 更に召喚権を使って裏守備モンスターをセット。これで牛尾はこのターンの権利をほとんど使いきった。

 

「……ターン、エンド」

 

 1ターン目にして牛尾は全ての手札を使い切り、星宮へとターンを渡した。

 つづく星宮のターン。“8枚目”のカードが手札に補充される。

 

「──ここだァ!!」

 

 ドローフェイズ、すかさず牛尾がさきほどセットしたカードの内1枚を勢いよく開いた。

 

「トラップカード、“大暴落”を発動!」

 

「──ッ!」

 

 場に開かれた絵札から一瞬にして、星宮の手札に向かって極光の一閃が奔った。

 次々と光に吹き飛ばされる星宮の手札、光は手札を2枚だけ残してあとのカードを全てデッキに戻させた。

 星宮は理解して静かに、そしてどこか挑戦的に笑う。

 

「なるほど……!」

 

 牛尾の発動したトラップカード、“大暴落”は相手の手札が“8枚”以上ある時に発動できるカード。

 

「カップ・オブ・エースはこのためか……!」

 

 相手の手札が8枚以上あるとき、手札が2枚になるまで残りの手札をデッキに戻させる効果。

 

「なるほど……牛尾殿はこの布石に……」

 

 遠くのハイトマンも感嘆の意を示した。

 本来、後攻プレイヤーの手札枚数はドローフェイズを含んでも6枚が関の山。普通第2ターン目で大暴落を発動させることなどできない。

 ならば敢えてこちらから相手の手札を増やし、そして減らしてやればいい──コイントスがどう転んでも牛尾には良い結果が得られたのだ。

 

「さあ星宮綾人さんよ、開幕早々大ピンチだなぁ」

 

 先程の星宮の罵りを返すように牛尾も煽ってみせた。

 これで両者の持ち札は牛尾が場に3枚に対し、星宮は手札2枚。

 たった一枚の差に見えるが、星宮は未だ何らカードも展開しておらず、次のターンを考慮すれば牛尾との札の差は2枚となる。

 

 2枚。これはデュエルのセオリー的に無視できない差。牛尾の述べる通り余裕だった星宮は一気に窮地に落とされたのだ。

 

「……」

 

 顰めた顔を見せる星宮に対し、牛尾の表情は余裕そのものだった。

 先に戦局を手籠めにしてみせたのだ、手札2枚からこれを覆すの難しい。

 

 ハイトマンも牛尾と同じくそういう風に──は考えなかった。

 

(……牛尾殿)

 

 柱の影から二人を覗くハイトマンはサングラスを輝かせ、心の中に苦言を呈した。

 

(少々、うちの生徒を侮りすぎではありませんかな?)

 

 星宮が表情に翳を落とす。

 

(彼はあの、“プロデュエリストの卵”と呼ばれていた赤堀陸と渡り合っていた男ですよ)

 

 表情に翳を落としながらも、星宮の指は手札に傾き──。

 

「なるほど、牛尾さん。これがあんたのやり方か」

 

「気に入らないか、星宮綾人?」

 

「いや、べつに……ただこれがもし、あんたの本気なんだとしたら──」

 

 少年の口元はその内面の“血潮”を表すが如く、微笑んだ。

 

「──生温(なまぬる)いかなって」

 

 少年の手がすかさず手札を掴んだ、瞬速的に差し込まれる一枚の手札。

 あまりの速さに牛尾の目が追い付けなかった、その速さにただただ牛尾の意識は呑み込まれた。

 発動するマジックカード、“墓地”に注ぎ込まれる大量の“カード”。

 

「なっ──!」

 

「俺はマジックカード」

 

 その対処ロジックが今、牛尾の前に呈された。

 

「“隣の芝刈り”を、発動!」

 

 ──牛尾が呆けて眺めるそばで、星宮のデッキのカードがどんどん墓地へと呑み込まれていく。

 

「なにぃ!?」

 

 何が起きているか分からない、あの魔法カードの影響か? 

 そもそもあんな、自分から“デッキ破壊”を促す行為など本来は“自殺行為”。

 星宮の表情は心を射抜くような狂気を表しながら、彼の手は誰もが驚愕するような“奇行”をみせていた。

 

「気づかなかったか? 俺のデッキはあんたのデッキ枚数40枚を凌ぐ“60”枚」

 

 言葉を受けて咄嗟に牛尾はディスクのモニターを確認した。確かにそこには互いのデッキ枚数が表示されていた。

 

 ドローカード分を引いて現在の牛尾のデッキ枚数は35枚、対して星宮のデッキは大暴落で戻した分58枚。

 

「隣の芝刈りは相手と自分のデッキ枚数の差分だけ、自分のデッキを上から削るカード」

 

 総じて墓地へ送られたカードは23枚、所謂大量の“墓地肥やし”がたった一枚のカードによって行われた。

 

「だが墓地を肥やしたところでどうやって!」

 

「俺は墓地に落とされた、“ラッシュ・ウォリアー”の効果を発動!」

 

「……っ!?」

 

 聞き慣れた名前に、牛尾は思わず目を見開いた。

 

「“ウォリアー”!?」

 

 ウォリアーといえば──牛尾には“あの男”しか思いつかない。

 かつてこの街を救い、大きく街の発展に貢献した“流れ星の英雄”。

 

「ラッシュ・ウォリアーを墓地から除外することで、墓地にある"とある名前"のついたモンスターを手札に回収することができる! 俺が回収するのは──」

 

 不動遊星。捨てられたカードを拾い集めて世界の為に戦った、誇りある決闘者。

 

「クイック・“シンクロン”!!」

 

 ──やはり、目の前の少年の手に握られていたのは牛尾が良く知るあの英雄の使ったモンスター群であった。

 別にあのカテゴリ群は不動遊星だけのものではない。本来二束三文で売られていたようなカードなのだから誰が持っていてもおかしくない。

 

 しかし──やはり考えてしまうものがある。牛尾には、星宮の姿にかつての英雄の姿が重なってしまう。

 

「俺は手札の“ダンディライオン”を墓地に送ることで、クイック・シンクロンを特殊召喚!」

 

 クイック・シンクロンには手札のモンスターを捨てることで自身を特殊召喚できる“ルール効果”がある。

 本来レベル5のあのモンスターをリリースなしで特殊召喚できたのはそのため、シンクロンご用達の“チューナーモンスター”が星宮の場に顕現した。

 

「さらにダンディライオンの効果、このカードは墓地に送られた時場に2体のレベル1モンスター、綿毛トークンを特殊召喚できる!」

 

「……」

 

「更に場にチューナーモンスターが存在する時、墓地のボルトヘッジホッグの効果を発動! 自身を場に特殊召喚する!」

 

「……!」

 

 ボルト部品を体に生やしたハリネズミのレベル2モンスター──ボルトヘッジホッグ。

 これもまた牛尾が良く知るモンスターであった。

 

 これで星宮の場に並んだモンスターのそれぞれのレベルは5、1、1、2。

 

「俺は綿毛トークンとボルト・ヘッジホッグに、クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 テンガロンハットをかぶった小型のロボットが、光輝く緑の輪となって二体のモンスターを包み込んだ。

 

「ま……まさか」

 

 たしか──クイック・シンクロンは“シンクロン”と名のついたチューナーを素材とするシンクロモンスターの素材にしかなれない。

 それが今、目の前で質量変換を起こしてチューニングリングを形成した。

 

「ほんとうに……!?」

 

 牛尾は戦慄していた、次々と襲い掛かってくる“既視感”に。

 今、自分は誰を相手にしているのか。それさえ見失いそうなほどに。

 

「集いし希望が、新たな地平へ誘う。導きをかけて──光差す道となれ!」

 

 使い手の詠唱と共にチューニングリングが中のモンスターたちをエネルギーに変換させて煌く星々へと変貌させた。

 エネルギーの結晶体である星々が新たな生命を形作ってゆく、光に描かれたシルエットが新たな“戦士”の姿を映し出した。

 

「シンクロ召喚!」

 

 今──リングを光の焔が駆け抜けた。

 

「駆け抜けろ、ロード・ウォリアー!!」

 

 ロード・ウォリアー レベル8 攻撃力3000

 

「……こ……」

 

 その背にY字型の大剣を背負ったそのロボットの身なりは、黄金色の鎧を纏う先鋭的な騎士のような出で立ちであった。

 フルフェイスヘルムから覗かせた赤き瞳を牛尾に覗かせ、その身に纏いつくマントを一手に打ち払って両者の下に顕現する。

 浮き上がっていた騎士の体が地に着地する──騎士は大剣を一挙に振り払い、周囲に舞い踊る桜吹雪を風に振り払った。

 

「こいつは……!」

 

 黄金騎士に対する牛尾の瞳が、かつての記憶を物語る。

 

「そう、俺の使うデッキはあの“不動遊星”も使っていたデッキ」

 

 吹き上がった風に髪を揺らす星宮が、どこか遠くを思わせるように呟いた。

 満月に重なる一枚の桜、その桜はやがてネオンの光を受けて人工的に輝いた。

 

「かつてこの街を救い、俺に憧れを持たせてくれた栄えある英雄のデッキだ!!」

 

 不動遊星の意志は、様々な形を持って人々に受け継がれていた。

 街を守りぬく"牛尾の意思"、手を差し伸べ絆を育む"雛宮の意志"、そしてそのデッキは"星宮の手"へ。

 

「──まあ……」

 

 だが星宮はあの“一件”以来考えを変えた。

 結局、“英雄”の述べる“絆”や“人々の思いやり”など所詮は──。

 

「今となってはただの詭弁だったがな……!」

 

 かつての英雄が皆に示した言葉はすでに、新たな時代の“影”に呑み込まれようとしていた。

 いくら偉大な人間の言葉を受けても、人はそう簡単に変えられない。変わっていたのなら今、サイコ能力者が差別されるような時代は訪れていない。

 人は愚かなのだ、“目覚めた”星宮は身をもってそれを実感した。

 だからもう、かつての英雄に憧れることも、そのデッキを模倣してデュエルに勤しむこともない。

 しかし──。

 

「……」

 

 相対していた牛尾哲にとって、星宮綾人の言葉は聞き捨てならないものであった。

 

「星宮」

 

 “ウォリアー”や“シンクロン”のカードを見た時は、あの男の再来かと思っていた。

 実際あの劣勢から立ち直る姿はそれに通ずるものがあったし、本来“クズの集まり”と呼ばれていたあのデッキを扱うプレイングセンスは目を見張るものもある。

 だが、

 

「分かった風な口をきいてんじゃねえよ」

 

 目の前の少年はあの男とは違う、今の言葉を聞いて牛尾はそう確信した。

 

「あいつだって言葉ひとつで街が変われると思ってねえ……あいつこそ、独りではどうしようもなかったからこそ絆を説き、“行動”に映してみせたんだ」

 

「……?」

 

「ぼやっと“遠く”から眺めることしかできねえやつが、ヤツを語るんじゃねえよ!」

 

 牛尾は知っている、あの男がなにを街に伝えたかったのかを。

 だからこそ牛尾はそれ以来、自分にできることを考えてきた。

 それを軽々しく否定されるのは許せるものではない。

 

 いや、“軽々しくない”からこそ目の前の少年に伝えなければならないことがあるのだ。

 

「示してやるよ……ヤツが本当に伝えたかったことを……」

 

 決意を瞳に宿し、牛尾は再び勇猛に構えた。

 

「この、デュエルでな!!」

 

 自分は何をできるのか。

 自分に何ができるのか。

 牛尾は今までそれが見えていなかった。いや、今でもはっきりと見えているわけではなかった。

 

 だが──今、確かにこいつに伝えられることが少なくともあるはず。牛尾はそう思い、心を固くして星宮と“英雄”の影に立ち向かうのであった。

 

 

 

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