闘熱が、夜空にほどけてゆく。
幾重にも重なる星々の銀河を見据えて、倒れる牛尾哲は静かに目を閉じた。
敗北を、その身に噛み締めて。
思いの外、満足だった。
勝負に負け、雛宮との約束を守れず、夜空に仰向けになり息を切らせて……そんな本来なら自責に駆られるはずの状況で牛尾に到来していた感情は、なぜかそこはかとない"充実感"だった。
息継ぎに膨らんでは萎む大きな胸がようやく落ち着いて、その呼吸を整えていく。
久しぶりに楽しかった。
責任を果たせなかった一方で、子供の頃に戻ったような"童心"の思いが牛尾の心を包み込んでいた。
全力を尽くして終えることのできた戦いは、やはり気持ちがいい。
夜天を仰ぐ牛尾は、光る星々に向かって唄う。
とても楽しそうに、満足そうに、言葉を弾ませて、牛尾は夜空にその唄を奏でた。
"負けた負けた、負けちまった"と。
仰向けの体を起こし、闘いに汚れた衣服を払い腰を立てる。
その満足気な眼差しを浮かべながら、向こう側に立つ少年の勝利を牛尾は嘘偽りのない気持ちで讃えた。
少年もデュエルディスクを消灯させて配慮の眼差しを送る。
構えを解いた星宮が、静かな足取りで地に腰下ろす牛尾の方へと歩き始めた。
気遣いと、同情と、配慮。そんな面持ちと眼差しをたたえて牛尾の下へと歩み寄っていく。
しかし牛尾はそんな星宮の同情心を後腐れのない、すっきりとした面持ちで振り払った。
星宮が手を差し出す。
差し出された手を掴んだ牛尾が、星宮の力を借りてその場に立ち上がった。
まさしくふたりの間に和解の感情が結ばれた瞬間であった。
優しく手を握る牛尾が、真っ直ぐ星宮を見据えて勝利の讃歌を贈る。
満足気に相手を称え、握手を解いた牛尾が地面に落としていた上着を掴み上げ肩にかけて、顔を伏せる少年の隣を通り過ぎた。
静かな風に揺れる桜が男の後ろ姿を祝福していた。
等間隔に置かれた桜達が花びらの雨を降らせる。舞い散る花びらは通り過ぎる男の姿を桜色に彩った。
終幕の舞台を降りて去りゆく男に木々たちが拍手を贈る。
風のざわめきをもって、桜の木々達は拍手喝采のコールを送っていた。
少年の明確な勝利の一方で、男の確かな戦い様がそこにあった。
──たったひとりのカーテンコールを終えた男が、とうとう少年の前を去り、アカデミアを去ってしまった。
後引く感情を瞳に湛えた少年が、ひとり何かをつぶやく──。
──迷いが生まれていた。少年には確かな迷いが生まれていた。
桜の海に背を預けて少年は夜天の空を仰ぐ。銀鼠色の星々がそれぞれに点滅し光輝いていた。
少年は勝利した。
だからもう雛宮聖華や牛尾哲の下についてゆくことはできない。
その現実が──苦しい。
「"
そんな折、少年の背後からちいさな拍手を贈り語りかけてくる者がいた。
デュエルの始まりからずっと裏手で密かに観戦していたハイトマンだ。
ハイトマンは教え子の顔を覗き込むように問う。
ハイトマンにはわかっていた。
今更教え子の想いを理解できないハイトマンではない。
心情を問われた少年が、抱えた想いを吐露した。
ここにきて生まれてしまった感情を最も信頼できる恩師に吐いた。
自分は、"この力"をどうするべきなのかと。
雛宮聖華の言葉を改めて思い返して、迷う。
そんな少年をハイトマンは笑った。
少年にとってそれは意外な反応だった。目を見開きささやかな驚きを表した彼が、目を細めて小さく笑うハイトマンを視線で見返す。
微かな微笑みを漏らしたハイトマンは両手を後ろに組み、輝く夜空を見上げて憂愁に耽りはじめた。
そしてハイトマンは、少年にこう語った。
「心の思うままに生きなさい」
ハイトマンは真摯な瞳を向ける。
「想いのままに駆け抜けなさい」
ハイトマンが屈託なく笑い、星宮の心の琴線を打つ。
「それが、きっと君の"道"になり、誰かの"道標"となって、大きな"絆"になってゆくのですよ」
迷っていた少年の心に、彩色が戻る。
「…………」
──閉じていた瞼が開かれ、少年は葛藤の揺りかごから解き放たれた。
「先生、ありがとう」
過去のしがらみを弾き飛ばした少年の瞳が、強く覚醒する。
「"
覚醒した瞳を向けて、"星宮綾人"は決意を告げた。
「俺、あの人たちに──」
──アカデミアを出た牛尾の前に一台の車が止まった。
黒塗りのクーペ。イェーガーの持つ愛用の高級車だ。
必死の剣幕を浮かべて運転席からイェーガーが降りてくる。
「市長……?」
「う、牛尾殿!」
焦燥の面持ちをたずさえて現れたイェーガーが、必死の形相で牛尾を見上げて彼にたずねた。
「聖華を、聖華を見かけませんでしたか!?」
「雛宮? いえ。……というか病院では?」
「そ、それが──」
息を切らせたイェーガーが、言葉を詰まらせながら、その急な内容を告げる。
「どうやら、"襲撃犯"の報告を聞いて飛び出してしまったようなのです──!!」
"雛宮聖華"が病み上がりのまま病院を飛び出した。
それを聞いた牛尾の表情が緊張に歪み、焦りに崩れる。
「な、なに──!?」
──時は数十分前。
「市長、少しお話が」
「ん……?」
それは病院での面会室での事。
牛尾が去ってから雛宮の眠る病室で看病にふけっていたイェーガーの下にひとりのセキュリティ隊員、つまり牛尾の部下が尋ねてきた。
敬礼を解かせて報告の内容を伺う。静かに眠る雛宮に配慮し、個室前の廊下に出てその隊員の報告をイェーガーは静かに聞いた。
「どうしました」
「はっ、実はダイダロスブリッジを襲った襲撃犯がどうやら市街地に向かっており……」
「市街地? どのあたりの?」
「それが……」
奇遇にも、それは雛宮たちが最近訪問した、"あの場所"の近くでの話だった。
「デュエルアカデミア、"ネオ童実野校"付近の区域です」
「"ネオ童実野校"……」
仮に、牛尾が星宮の下を尋ねたとするとふたり共その近くにいる可能性がある。
それはまずい、一度接触しただけにまた牛尾が狙われる可能性がある。
報復行為に向かっているとも考えられなくもない。
すぐさまイェーガーは指揮を取り報せに来た隊員に指示を下した。
「早急に付近の市街地へ配備を。迅速に市民の安全に務め避難を誘導しなさい。襲撃犯を住民の近くから離すのです」
「はっ!」
再び敬礼を取って指示を受けた隊員は素早く現場に向かい走り去っていった。
緊張の面持ちで見送りながらイェーガーも仕度をするために雛宮の個室へ戻る。
こんな時に味方となるサイコデュエリストがいれば──そう静かに悔やみながら雛宮の下へ戻ったとき。
「……?」
既に、ベッドの上に雛宮の姿はなかった。
「聖華!?」
開いた窓から風に吹かれるカーテンを見て、雛宮が隊員の報告を盗み聞きしていたことを即座に理解した──。
「──てことはなんですか!? 対処できるサイコ能力者が自分しかいないから雛宮は勝手に飛び出したってんですか!?」
「おそらく。病院に停めていた聖華の車が既になくなっていました」
「──あの大馬鹿野郎がぁ!!」
車を走らせる牛尾が激しい剣幕を表し、恐ろしい形相のままにハンドルを勢いのままに叩きつけた。
助手席に座るイェーガーも緊張の色に支配され、雛宮の安否を気遣って焦燥の思いに駆られる。
猛スピードで高速道路を駆け抜ける車の向かう先は当然雛宮の向かったであろうこの近くの市街区。
ちょうどジャンクションから降りて交差点に差し掛かる場所だ。
つまり、人の往来が多い。そんな場所に"あの"襲撃犯が現れでもしたら──。
「──病み上がりの、ボロボロの、ぐちゃぐちゃになりかけた体で! 何をしようってんだ、何が出来るってんだ!!」
「この付近の市街区は下校したアカデミアの学生たちが夜遊びにたむろしている事も珍しくありません。学生や大人の多い今の時間にあの襲撃犯が現れたら……おそらく聖華はそれを懸念して……!」
「飛び出そうとした俺を止めたくせに、雛宮、お前は──!」
雛宮への想いを噛み締めた牛尾の、その必死な叫びが、過ぎ去りゆく走馬灯の中に木霊する。
「お前は──自分ならどうなってもいいっていうのか! この、大馬鹿娘がぁ──!!」
──アカデミア付近、市街区。
ダイダロスブリッジを襲った襲撃犯、"黒いキャップ帽の男"はあれから雪崩のように追いかけてきたセキュリティ隊員達と怒涛の追跡劇を繰り広げていた。
D・ホイール上のデュエルを通して襲撃犯が次々と襲いかかる隊員達を屠ってゆく。
"大鰐の怪物"の一撃をまともに喰らったセキュリティ隊員は加速するオートバイから道路に投げ出されて気絶を果たしてしまった。
追跡隊員達に大鰐の構える鋭利な鎌が弧を描いて迫る。
振るわれた鎌は一閃にD・ホイールを両断して乗車していた隊員達を虚空へと放り投げた。
「うぐあぁ……!」
爆散したオートバイを見送り、被る黒キャップ帽を整えて襲撃犯の男が前を向く。
(ちっ……次から次へと。流石にこの数は"話"に聞いてないぞ……まあ殺した人間は"多ければ多いほど良い"と言われたが……)
仕事を"請け負った"ことに若干の後悔を今更招き、襲撃犯の男は胸中に嘆く。
"依頼"を承認したは良いものの流石にこの追跡の数は聞いていない。
予定に入っていなかった緊張の逃走劇の中で、襲撃犯の男は高架道路を抜けて市民で活気立つ市街区の前に差し掛かった。
差し掛かった際、信号機の許可が降りた交差点を渡る市民と"アカデミア学生"達の姿が襲撃犯の目に写った。
(──まずい……!)
この勢いのままあの交差点に向かえば間違いなく事故を起こす。確実に何人か轢き殺すことになるだろう。
男も別に無闇な殺人を好むわけではない。
"あの一件"も飽くまで"依頼"されたから執り行ったものだ。
──しかし。
(だが……停まれば捕まる)
ここで速度を緩めれば間違いなく、後を追ってくるセキュリティ隊員達に捕まるだろう。
──仕方がない。
男は覚悟を決め、手に持つアクセルを捻り込んだ。
急激な速度上昇にホイールが青の火花散らしてその回転速度を上げる。
猪突猛進の勢いで迫る、大きな鈍い音を響かせる黒鉄のD・ホイールの姿に交差点を行く学生たちが気づいた。
(悪いが、運が悪かったと思え──!)
阿鼻叫喚に声を上げて、ブレザーの学生たちが慌てふためき蜘蛛の子散らしたように迫り来るD・ホイールを避けようと逃げ惑いだした。
異常な様子に気づいたその他市民たちも交差点往来をやめて迫る危険物を避けようとして一目散に逃げはじめた。
しかしもたついた女学生のひとりが足を引っ掛け、逃げ遅れる。
バッチリと黒鉄のD・ホイールの矛先に捉えられた少女はあまりの絶望に泣き出し、倒れた体を起こせずに痙攣を起こし──。
(──止まってはいられない、死ね──!)
躊躇を無くした黒のキャップ帽の男がアクセルを握り込む。
しかし──。
(──!?)
突然横から割り込んできた軽自動車に激突され、キャップ帽の男は激しい勢いのままに放物線を描いて交差点に放り投げ出された。
軌道を変えた無人のD・ホイールが間一髪少女を避けて地を滑り、明後日の方向に流れてゆく。
放り出された反転した男はかろうじて足の裏での着地に成功し、アスファルトを滑るその体を着地態勢のままに維持して無事、交差点の中心に立ち上がった。
激突してきた車の中から男の妨害に割り込んできたその運転手がおぼつかない足取りで降りてくる。
男の進行方向を激突間際で修正してきたその"女"の正体に、キャップ帽の男はさも驚いたように細い眉を上げて小さな感嘆の声を漏らした。
「ほう……」
帽子のつばを整えて眺める男の前に、その"少女"は弱々しい"病衣"の格好で"再度"姿を現した。
「さっき……ダイダロスブリッジで会った女か?」
キャップ帽の男に引き続き、騒ぎで大きく開けた交差点の中心に現れたのは──病衣をはだけさせて辛そうにする"雛宮聖華"の姿であった。
「はぁ……はぁ……」
対峙するふたりの周囲は男の襲撃によって、大きく野次馬が円形で取り囲むように開けている。
ふたりの周りには何もない。摩天楼に輝く立体映像板がふたりを照らすだけ。
"より良い未来を"。
映像板に流れるそんな広告のスローガンが、交差点の周囲を淡く照らしていた。
「うっ……!」
痛みに悶えた雛宮が声を漏らし、膝から崩れ落ちて地面に両手をついた。
突然割り込んで体を痛めた無鉄砲で無謀な考えなしの少女に、キャップ帽の男は半ば呆れたような面持ちで同情の言葉を送りつぶやいた。
「そりゃそうだろう。いくらサイコ能力者だろうが病み上がりの体で車両に激突すればそりゃそうなる、当然の結果だ。しかし……やってくれたな。"情報"を奪われないようにあの"D・ホイール"は持ち帰りたいんだが──仕方ない」
対して遠くでふたりを取り囲む野次馬達は、事の重大さに未だ気づけていなかった。
「なんだ……? 事故か……?」
一般市民達がこの状況を即座に"事件"と理解のはとても厳しい。
急遽日常を壊すように舞い込んできた車両激突の現実。
とてもじゃないがそんな状況をまずは"事件"と解釈するのは流石に難しいものがあった。
「おねがい……みなさん……にげて……!!」
雛宮の振り絞った声は市民達に届かない。
せいぜい雛宮の前に立つ男の耳に届くぐらいが関の山。
そんな非力な少女を覗いて男は微かに笑い、この世を憂う。
「女が辛そうにしようがどうしようが、他者は常に"傍観者"か……」
まあいい。
男はそう最後につけ加えて、自身のデュエルディスクを一気に開いた。
開かれたディスクに一枚のカードを叩きつけ一匹の"海王星"を呼び出す。
"二本足で地に立つ大鰐"の形をとったその怪物は、手に携える鎌で魔法陣を描いて陣中に"炎剣"を浮き上がらせた。
牛尾を殺しにかかったあの時の構えと同じだ。
男は告げる。
「まあいいさ、見せしめにおたくを殺せば野次馬も悲鳴をあげて一目散に道を空けてくれるだろう。……ただ、ひとつ聞きたい」
男は攻撃を発射する前に、ひとつの疑問を目の前に倒れる少女にたずねた。
「そんなにボロボロになってまで、どうして
襲撃犯の男の言葉に──少女は消えかかりそうな綺麗な声色で、答えを返した。
「……わたしは世の中に、"サイコ能力"の正義を示すと決めた……」
弱々しい表情から一転。
不安に泣き崩れそうになりながらも、毅然とした眼差しを向けて、少女、雛宮聖華はその固い意思をゆらりとたたずむ襲撃犯の男に告げた。
「わたしは葛藤し、自身の存在に迷うサイコ能力者を集めてこの街を守ると決めた……!」
雛宮は決意の表明を続ける。
「だからわたしは臆さない、逃げない! ここで逃げてしまえば……」
固い決意を秘めた雛宮の瞳が、男の濁った瞳を捉えた。
「"繋げてきた想い"が途切れてしまう! そう確信しているからわたしは逃げたりしない!」
雛宮の最後の言葉が、男の濁った瞳を少しだけ揺り動かした。
「わたしは……治安維持局の"局長"として守ってみせる」
その場に立ち上がり、市民達をかばうように腕を広げた雛宮が、男の前に立ちはだかる。
「ネオ童実野シティの"
男は一笑に伏した。
「フッ……」
呆れたように、仕方なさそうにして、どこか残念そうな表情を浮かべて男は従者に合図を送った。
「素晴らしい決意だ、だが青臭い……。永久に叶わない夢を
魔法陣に灯った幾重もの炎が、剣となって雛宮へと向かって飛ぶ。
「灼熱の鎮魂歌──バーン・レクイエム!!」
迫る炎の星々に、憔悴の雛宮が絶望に伏して孤独の感情に落ちる。
「──ッ……」
ちいさく苦悶して、かすれそうな声で最後の想いを
「牛尾さん……」
諦めに瞼を閉じて、大事にしてきたその想いを、遠くにいる"その人"に言い聞かせるようにして雛宮は静かに胸の中で唄い馳せた。
"ありがとう……牛尾さん。あなたとまた出会えて良かった……"。
──諦めに伏す意識の中に、懐かしい声が聞こえた。
「──雛宮!!」
咄嗟に目を開け、涙を振り払う。
呼びかける声の方を振り向けば、野次馬を払いのけて向かい来るふたりの男性の姿があった。
「聖華!!」
「雛宮ぁ!!」
こちらに手を伸ばして助けに走ってくる憧れの大きな男性と、恩人のちいさなこの街の市長。
「牛尾さん……おじ様……」
死に際の走馬灯の中で再会した彼らの姿を見て──聖華は儚げに目を細めてふたりに笑顔を贈った。
「さようなら…………短い間でも一緒にお仕事ができて良かった…………!」
炎の剣が、まもなく病衣の雛宮に着弾する。
「雛宮、雛宮!!」
必死に、がむしゃらに。今まで健気に接してくれた少女に向かって牛尾は手を伸ばす。
走馬灯の中で手を伸ばして、無我夢中に走って、声を張り上げて──かつて境内で助けた少女の姿を追いかける。
しかし間に合わない。
届かない、自分の腕では。
あまりにも、牛尾と雛宮の距離は遠すぎた。
「クソォ……」
また、何も変えられない。
「クソォ……!!」
あれから20年の時を経ても──自分は何も変えられなかった。
ダイダロスブリッジで部下を襲撃されても雪辱を晴らせず、
命の危機に瀕してもひとりの少女さえ守りきることさえできず、
ひとりの"少年"の心さえも、変えることはできなかった。
雛宮との約束も、弱い自分には守れなかった。
「クッソォ…………!!」
届かない腕で、彼女の笑顔を見つめて牛尾は胸に呟く。
「雛宮ぁ……!!」
"どこまでも不甲斐ない男で、すまなかった"と──。
──空気が、凍える。
襲撃犯の男が真っ先にその変化を察して静かな声で狼狽えた。
「ん……?」
凝固しはじめる辺りの空気にキャップ帽の男が、そして雛宮聖華が気づく。
凝固した空気は渦を巻き、水分を形成して凍りはじめた。
形成された氷の風が炎の星々を渦の中心で捉え喰らいつき、"絶氷"が燃える剣に纏わりついて離さない。
全ての炎が絶対零度の下に鎮火して、役割を無くした突剣たちは無惨にも砕け落ちてその存在を消滅させた。
「──ずっと迷っていた」
聞き覚えのある涼やかな声が、波乱の交差点の中に響き渡る。
「この力を"他者"の為に使うべきなのかどうか、それとも"私欲"の為に使うべきなのか」
野次たちの中を疾走し、渦中の舞台へ向かうその"少年"の声が、絶望の状況の中で伏す雛宮聖華と、そして牛尾哲の瞳に希望の光を灯し始めた。
「──この声!」
「この声は!!」
牛尾は忘れもしない。
あの激しい戦いの中でひしめき合い、つば競り合い、そして最後にはすべてをかけてぶつかり合ったあの少年の声を。
雛宮は忘れもしない。
足蹴く通って、入隊への勧誘に努めたあの"寂しそうな少年"の声を。
「けど牛尾さん、雛宮さん、あんた達のおかげでわかった」
氷龍を従えた少年は奔る。
「もうウダウダ迷わない」
アカデミアの"青のブレザー"を着た少年は少女の下に走る。
「もう"遠く"から見つめたりなんかしない」
そしてその風に服をはためかせた"少年"は崩れ落ちる雛宮聖華の下にたどり着き──。
「俺は──心の思うままに今の現実を生きてみるよ」
少年──"星宮綾人"は彼女の救世主として、戦いの舞台に降りたった。
「"治安維持局特別対策室"の人間の──ひとりとして!」
──助けに入った少年を見上げる雛宮が驚き、遠くで崩れていた牛尾がその颯爽と駆けつけた少年の姿を見て驚きの声をあげた。
「星宮……!?」
「星宮くん!?」
なぜ、どうして──?
牛尾はただただ、錯綜する状況の中で戸惑いの眼差しを窮地に駆けつけた少年に投げつけることしか出来なかった。
そんな牛尾の肩を、手の平で叩く男性がひとり。
「気が変わったそうですよ」
バイザーサングラスをかけた男性が、倒れる牛尾の肩を叩いて言葉を続けた。
「やっぱり、自分も"あの人"たちについていきたいとね」
見上げるように後ろを振り返れば──そこにはあの妙な語尾の男がいた。
「ハイトマン校長……!」
「星宮くんと一緒に車で追いかけてきたのでありますよ……思い立ちすぐ追いかけて正解でしたね」
ハイトマンの口を通して少年の想いを聞いた牛尾の顔に、複雑で、それでいて朗らかな暖かい感情が宿る。
「星宮……おまえ……」
──一方で、襲撃犯の男はすましたように嗤った。
「フフッ……これは!!」
歪みに満ちる狂喜の笑顔を浮かべて、男はキャップ帽に隠れる喜びの表情を星宮の方へ向けた。
「これはこれは、"強そうな奴"が現れた……!!」
男の純粋な闘争本能が冷涼な眼差しを浮かべる少年の方へと向けられる。
場数を踏んできた男の"審美眼"が、目の前に立つ星宮を"上玉"と判断してその特有の闘争心に激しい炎を灯させた。
久しぶりの"強敵"──ただならぬ興奮を肌で感じる
「アンタ……恐らく相当な手練れだね……遠くにいてもビンビン感じる……!!」
対して星宮は冷静に返した。
「あんたか?」
"トリシューラの氷槍"を呼び出し、問いの最中で男にたずね投げつけた。
「ここ最近街で暴れまわってる"サイコデュエリスト"っていうのは」
次々と襲い来る氷槍の数々を華麗にかわしながら、男は答える。
「その通りだ!」
余裕の面持ちでかわしながら、男は静かに、そして嬉々として続ける。
「そういうおたくも"サイコデュエリスト"なんだろう!!」
「ああ」
「あんたの名前は!?」
一瞬の躊躇が少年に生まれる。
「──俺は……」
しかしすぐに気持ちを固めて、その"決意"と"名前"を正式に"宣言"した。
「俺は……"治安維持局特別対策室"所属のサイコデュエリスト──星宮綾人だ!!」
──野次馬のひとりが反応した。
「綾人……?」
その声に連鎖するように、群衆に混じっていた"アカデミアの学生"たちが思い思いに反応を示した。
「綾人って……」
「あの……」
「見間違いじゃない……」
学生たちは確信をもって、渦中に立つその少年の名前を述べた。
「間違いない……星宮だ。"変な力に目覚めてリクさんを殺した星宮綾人"だ……」
──星宮を知る者たちの視線が舞台の中心に立つ少年の姿を貫いた。
戸惑いの感情を示したその視線を星宮綾人は振り払う。
そしてキャップ帽の男は威嚇するように構えた。
「そうか、"星宮綾人"か、覚えたぞ!!」
ギラついた眼差しを星宮に見据えて、興奮に突き動かされるようにデュエルディスクを突き出し、未知数の実力を秘める星宮の闘争本能を男が誘い出した。
「力のないセキュリティ隊員どもにえらく退屈していたところだ! 来い、その秘めたる力をもってこの俺をしかと満足させてくれ!」
男の鳴らした合図をもって──摩天楼のふもとでの決闘は開始された。
「さあ──デュエル!!」
先行を告げるランプが、キャップ帽の男のディスクの方に灯る。
「まずい!!」
その第一幕に声を張り上げたのは他でもない野次馬の傍らで見守る牛尾本人だった。
隣で様子を伺うイェーガーが声を荒げた理由をたずねる。
「どうしました?」
「あの男に先手を渡すとまずい! あいつは"先行ワンターンキル"を決めてくるんです!」
牛尾は固唾を飲む。
「おそらく、毎回のデュエルでほぼ確実に!!」
「その通り」
遠くの牛尾に便乗するようにして、不敵な声でキャップ帽の男は星宮に己のデッキの性質を告げた。
「俺のデッキは特殊なモンスターを使った"ワンキル"デッキ」
初牌、男の呼び出した"フォトン・スラッシャー"が剣を振り携えて星宮を威嚇する。
続けて発動されたマジックカード"簡易融合"により虹羽の鳥人"インディペンデント・ナイチンゲール"が融合召喚される。
記憶に焼き付いたその布陣に、牛尾は焦りの態度をあらわにして己の身を乗り出す。
「だめだ星宮、あの構えは!」
そして案の定、そのモンスターたちは次なる"怪物"の降臨のための生け贄となって墓地に"リリース"された。
「跳梁跋扈! さあ星宮綾人、お前はこの攻撃に耐えられるか!!」
包まれた水球にそのシルエットを浮かばせる"大鰐の怪物"が、纏いつく水を鎌で打ち払って、その畏怖なる姿を顕現させて星宮の前に立ちはだかった。
鎌を片手で肩に抱えた"海王星"が、もう片方の手で星宮を挑発する。
「まずい、星宮くんあれは!!」
「──"The Tyrant Neptune"をアドバンス召喚! いくぜ──"ナイチンゲール"から受け継いだ"特殊効果"」
再び現れた"海王星"が炎の魔法陣を描き、その詠唱陣の中に"10本の炎剣"を浮かび上がらせる。
「融合モンスター"ナイチンゲール"から受け継いだ効果は"
雛宮が"あの時"の灼熱の痛みを思い出し、そばの星宮に逃げるよう促した。
「星宮くん、逃げて! まともに受けて立ってられるダメージじゃない、あれが放たれる前に急いで逃げて!」
「…………」
しかし彼が動じる素振りはない。
応じる素振りもなければ──焦る様子もなかった。
「星宮くん……!?」
「喰らえ、星宮綾人」
一斉に放たれた10本の炎剣が、星宮綾人を穿ちにかかる。
「灼熱の鎮魂歌──バーン・レクイエム!!」
焦熱を纏った炎剣たちが踊り光り奔り飛び凄まじい勢いで迫ってゆく──ひとつひとつが確実に穿ちにかかる炎の星々たちを前にして、星宮は未だ焦る様子を見せることはなかった。
心配の眼差しを寄せる雛宮が、傍らで静かに臨む星宮綾人の身を案じて、胸の内より献身的な想いを吐き叫ぶ。
「おねがい、逃げて! ──星宮くん!」
歪んだ瞳の光を狂い咲かせた襲撃犯の叫びが、走馬灯の中に木霊し、炎が迫る──。
「"
──しかし素早く張られた"光子の膜"により、炎が星宮の下に届くことはなかった。
綾人と雛宮聖華を光の粒子が包み込む。
張られた光子の膜にぶつかった炎剣がひとつ残らず砕け散り、光子の輝きに霧散した。
猛襲を断ち切ったそれの正体を星宮が告げてカードをディスクから取り出す。
「クリフォトンの効果!」
その"手札誘発"の効果を告げて星宮は固い眼差しで男を見合わせた。
「2000ライフポイントを払いこのモンスターを手札から捨てることで、このターン俺が受けるダメージをすべて"
キャップ帽の男がすかさず笑う。
「流石……」
読んでいたといわんばかりに、襲撃犯の男は妖しく嗤った。
「やはり"本物"だね……そこいらのつまらないデュエリストとは違う、まるで"オーラ"が違う!」
男がターンを渡す。
そして難題を示すといわんばかりに男は使役する"海王星"の脅威を誇示して星宮を挑発した。
「だがどうするね! 現在の"タイラント・ネプチューン"の攻撃力はリリースモンスターのステータスと効果を吸収した影響でその打点は"8100"、そして更には
「……」
「さあ、どうする」
沈黙を貫く星宮に、男は興奮を包み隠さず彼を煽り威嚇した。
「"完全無敵の威力要塞"──星宮綾人、お前ならどう乗り越える……!!」
──事実、あの"海王星"を討ち滅ぼそうとするのは容易いことではない。
牛尾は思う。
(星宮……どうする、どう立ち向かう?)
目下攻撃力"8100"まで跳ね上がった完全耐性持ちの最上級モンスターの除去は困難を極め、不可能に等しい。
その手の及ばない程の脅威性はまさしく漆黒の
雄々しき存在感で敵に多大な圧力をのしかける様は、"重力球体"と呼んでも差し支えない威圧感があった。
(あの打点、耐性を乗り越えるのはほぼ不可能に近い──)
黒キャップ帽の男が跳躍して"海王星"の背に着地する。
摩天楼の空を覆うほどに大きく逞しく構える怪物の姿を見上げて星宮は渡されたターンを受け取った。
「俺のターン」
ただ冷静な面持ちで星宮はカードを引く。
その場に集まる一同全員が固唾を呑んで星宮の繰り出すであろう、"打開策の一手"に注目していた。
牛尾が──。
イェーガーが──。
雛宮が──。
そして野次馬の中のアカデミア生徒の皆が──星宮の一手を見守った。
その視線の中に、懐疑や、嫌悪の視線など今は存在しない。
あるのは星宮への興味だけ。
この時だけ、アカデミア生徒達は星宮への偏見を忘れ、無意識的に彼に"純粋な興味"の眼差しを送ってその戦い様を静かに見守っていた。
視線の中心点に立つ星宮が、とうとう動き出す。
難題を前にした星宮が、皆の前で困難を突破するための"模範解答"を披露しはじめた。
──まず星宮が最初に繰り出した一手はチューナーモンスターの特殊召喚だった。
手札のモンスターを投げ出して場に現れたクイック・シンクロンが携えた銃を発砲させて銃声を掻き鳴らす。
次に通常召喚されたジャンク・シンクロンがクイック・シンクロンによって投げ捨てられた"とあるモンスター"を場に復活させた。
それはレベル2モンスター、"ザ・カリキュレーター"。電卓の意匠を次いだ演算器のロボットがジャンク・シンクロンの手によって蘇生をさせられた。
しかし見るところそのロボットには電気が
"攻撃力、ゼロ?"。
緊張の眼差しで見守るイェーガーが呼び出されたモンスターの攻撃力を覗いてそうつぶやく。
次に星宮はここである"魔法カード"を打ち込んだ。
ザ・カリキュレーターの体に電磁波が
静寂の空間の中、"分裂"のスパーク音だけが鳴り響いた。
その正体は速攻魔法"地獄の暴走召喚"。
場の攻撃力1500以下の特殊召喚されたモンスター一体を指定して発動できる特殊なマジックスペルで、それらと同種同型のモンスターをデッキから任意の数だけ呼び出す"複製魔法"。
それにより二体の"ザ・カリキュレーター"が場に更に特殊召喚された。
"ジャンク品"だった先程の演算器とは違い、デッキから呼び出されたザ・カリキュレーターの頭部モニターは淡く"点灯"して通電している。
点灯したロボットの頭部モニターにはどちらも同じく"600"という数値が表示されていた。
"600"──? "海王星"の背から見下ろす男は呼び出されたロボットの"ちいさな違い"に着目する。
次にジャンク・シンクロンと消灯したカリキュレーターが同調を始めた。
光の星々が翠緑の輪の中に列を成す。
重なりあった二体は"天色の機械戦士"となって場に降臨を果たした。
広がる閃光の中に再びそのシルエットを垣間見た牛尾はままならない胸中をつぶやく。
牛尾の胸中に広がっていたのは素朴な疑問だった。
"ジャンク・ウォリアー……ここで?"
"天色の機械戦士"──"ジャンク・ウォリアー"が体を反転させたのち一挙に拳を突き出し眼前にそびえ立つ"海王星"を威嚇する。
星を討ち滅ぼさんとして現れた機械戦士はその赤き燐光の瞳を強く明るく煌々と輝かせだして星宮の場に顕現した。
場に降り立った機械戦士が矮小なモンスター達の力を受け取りその右腕の威力を強く研磨させてゆく。
"レベル2以下"のモンスターである二体の"ザ・カリキュレーター"の攻撃力を得て機械戦士が徐々に攻撃力を伸ばす。
演算器のモニターに表示される"数値カウンター"の上昇に応じてグングンと機械戦士の攻撃力が"飛躍的"に伸びていく。
「──なっ!?」
牛尾が、イェーガーが、対峙する男が、そして野次馬に混ざるアカデミア生達が沈黙を破り驚愕の声を上げた。
ジャンク・ウォリアーの攻撃力がどんどん上がっていく。
攻撃力"ゼロ"だったはずのザ・カリキュレーターの打点数値を通して機械戦士の攻撃力が"尋常ならざる"数値にガンガン上昇してゆく。
「"ザ・カリキュレーター"の攻撃力がどんどん上がっていく!?」
驚愕し声を上げた襲撃犯の男に、星宮が解説を施す。
「演算器"ザ・カリキュレーター"には特殊な能力がある」
ザ・カリキュレーターのモニターに映る数値が上がってゆく。
カウンター上昇を捗らせる演算ロボットの指先に、青白い電流が奔る。
「"ザ・カリキュレーター"は自分の場のモンスターの"合計レベル"を参照して自身の攻撃力を決定するモンスターだ。今、俺の場に存在するモンスターのそれぞれのレベルの数は"5"、"5"、"2"、"2"……つまり合計"14"、そこに300の数値をかけて攻撃力を確定させる」
──最終的に演算器達の頭部モニターにはデジタル表記で"4200"の数値が表示された。
普通に考えて脅威的な打点。
だが真の問題はそこではない。
問題は、その数値を記録したモンスターのレベルが機械戦士の恩恵に携われる"2"であるということだ。
「──これは、 "ジャンク・ウォリアー"の攻撃力が!?」
星宮の狙いに気づいた男が戦慄の表情を過らせる。
デュエルに疎い雛宮もようやくして彼の戦略の意図を理解しはじめた。
「……本来低レベルモンスターの微々たる打点を貰い受けたところで"ジャンク・ウォリアー"の上昇攻撃力はせいぜい多く並べても4、5000が関の山……けど取得先であるモンスターの一体一体の攻撃力がそれぞれ"とんでもない数値"に跳ね上がったら……!!」
"一万越え"の火力を手にした機械戦士に、皆が驚愕し戦慄する。
「こ、合計攻撃力──"10700"!?」
機械戦士の炉心部が胎動し、スロットルが鳴動する。
スラスター筒が爆熱を噴き、鉄火を噴き上げた。
煙硝火を噴き伸ばした機械戦士が空に螺旋を描いて迫る──。
「バトル!!」
──空に螺旋を描いた天色の機械戦士が"海王星"の下に迫る。
拳を突き出したジャンク・ウォリアーの一撃が鎌を構える大鰐の怪物の体を捉えにかかった。
その体躯差に"海王星"が暴君の鎌を振るい、迫る機械戦士の体を捉える。
その身に秘めた胆力を一気に放出して、天色の機械戦士は"竜胆色の拳圧"を纏いひとつの"巨拳"そのものとなって鎌の挟撃を弾き返した。
競り合いに跳ねかえった"海王星"の鳩尾に、機械戦士の巨拳が差し込まれる。
鳩尾にめり込んだ巨拳の一撃が、"海王星"を陥没させる。
多大な衝撃を受けた男が海王星の背から吹き飛ばされかける。
「ぐおっ!?」
巨拳の勢いに後退し吹き飛ぶ"タイラント・ネプチューン"の体に男が弾き飛ばされまいと暴君の背中に踏ん張りを効かせる。
しかし未だ勢いを落とさず推し進むジャンク・ウォリアーの攻撃に男はせいぜい辛く耐えるのが精一杯だった。
建物間の道路で踏ん張りを効かせながらも
ここを耐えれば男のライフは残る。
この怒撃をなんとしても耐え次のターンで海王星の再召喚を狙えば勝てる──。
──しかしそんな算段が通るほど、
「──手札から!!」
"特別対策室"の面々が認めた決闘者は、甘くはなかった。
「なに!?」
星宮の手から差し込まれた"手札誘発"のカードが、圧倒的な拳圧に焦燥する男に決定的な追撃を放つ。
「モンスターカード"ラッシュ・ウォリアー"の効果を発動! "ウォリアー"と名のついたシンクロモンスターが相手モンスターと戦闘を行うとき!!」
"ネプチューン"を撃ち抜く機械戦士の拳の威力が、"倍増"する。
「その"ウォリアー"の攻撃力を"2倍"にする!!」
敗北を告げられた男は、動揺に目を見開いた。
「叩き込め、"ジャンク・ウォリアー"!」
これが星宮綾人が出した、立ちはだかる"怪物"と、迫る"現実"への"
「くあ──!?」
「スクラップッ──!!」
"どんな現実や壁が立ちはだかろうとも、何も迷わず、ただありったけの力でブチ抜く"。
「──フィストォォ!!!!」
それが彼なりに出した、ごく単純で明快な"
「──ぐおおおおぉぉ!!!?」
ラッシュ・ウォリアーにより倍増した威力"21400"の攻撃を喰らってネプチューンの体が宙に吹き飛び、ビル間を突き進む。
あまりの拳圧に耐えられなくなった男はとうとう踏ん張りが効かなくなり、そのまま激しく空へと投げ出されてしまった。
投げ出された男がビル側面の方向に吹き飛び、その体を光り放つネオンの街灯盤に打ち付ける。
ライフを一気に全て削り取られ、ビルに激突した男は──。
「がはぁ……!!」
そのまま意識を失い、ビル側面を滑り落ちた。
絶句の表情で見守っていた雛宮が閉じきっていた喉を開く。
「す……」
間近で星宮綾人の実力を垣間見て、見上げる雛宮は感嘆の言葉をうった。
「すごい……これが星宮くんの……実力……」
同じく牛尾とイェーガーも口を揃えて驚きの声を上げる。
「せ、"先行ワンターンキル"デッキを……」
「"後攻ワンターンキル"で返しちまいやがった……!」
固唾を呑み眺めていた学生達も、その圧倒的なめくるめく逆転劇を見て、思い思いの素直な感想を述べた。
「すげぇ……」
「"8000"越えの高火力を……」
「更なる火力で叩き潰した……!」
星宮のデュエルに魅せられた観客のひとりが賛辞の拍手を叩きはじめた。
素直な感動を表すように、皆が吊られるようにしてその拍手を連鎖させていった。
ひとりの少女の窮地に現れた勇敢な青年に皆が優しい笑顔で拍手を贈る。
そこにサイコ能力者である星宮に"忌避"の眼差しを送るものは誰ひとりとして存在しなかった。
(……星宮くん……)
観衆の中に混ざり、同じく祝福の拍手を贈るハイトマンが、教え子の成長に喜びの眼差しを寄せる。
屋上で語った"無干渉"の意思を破った彼の心変わりを、教師のハイトマンは誰よりも喜んだ。
(良かった。キミが新たな活路を開けて──良かったであります)
割れんばかりの盛大な拍手が更に一段と音を上げて星宮の栄誉を讃えた。
しかし。
「…………」
星宮の臨戦態勢は未だ解かれることなく、その眼差しは"倒れる男"に向けられていた。
「……フフフッ……」
"襲撃犯の男"が息を吹き返す音が聞こえた。
意識を取り戻す声がはっきり聞こえた。
「流石……流石すぎる……!」
敗北から目覚めた男がゆらりと立ち上がる。
倒れたと思った男の復活に牛尾を始めとする群衆の一同が緊張に包まれた。
「ッ!? あの野郎まだ意識が……!」
「流石、俺の完敗だ星宮綾人。こんなに気持ちいい一撃を貰ったのはいつぶりかな」
ずれたキャップ帽を整える男が本人なりに星宮の事を讃える。
星宮の実力を認めた男は満身創痍ながらも有翼モンスター"インディペンデント・ナイチンゲール"を呼び出してその脚に手をかけた。
羽ばたき浮き上がっていく男を星宮は静かに見上げ牛尾は咄嗟に追いかける。
「待てこの野郎、逃げる気か!」
「牛尾さん、無駄です」
冷静な星宮は気持ち逸る牛尾を制して彼を諫めた。
羽ばたいて逃げる男を追跡不可と考慮して、星宮はせめてもの問いを投げ掛ける。
「あんた……名前は? あんた一体何者なんだ?」
モンスターに捕まり、空に逃げはじめた襲撃犯の男はここでようやく自身の"名前"と"身分"を皆の前に告げはじめた。
「俺の名前は"
男の明かした"身分"を聞いたイェーガーが驚きの声をあげる。
「"アルカディアムーヴメント"!? まだあの組織が残っていると言うのですか!?」
「残ってるのは"名前"だけさ。実際は"社会のはぐれもの"となった人間やサイコ能力者が集まって傷の舐めあいしてるだけの組織さ。……まあ」
志賀雷銅はイェーガーの問いにこう答える。
「確かに、"新生"アルカディアムーヴメントと呼んでも差し支えないかも知れないがな」
雷銅の言葉を聞いた牛尾と雛宮が、口々にその名前を胸に刻んでいく。
「"新生"……」
「"アルカディアムーヴメント"……」
最後に、"ナイチンゲール"の背に乗った志賀雷銅が静かに見上げる星宮に告げる。
「また会おう、星宮綾人。今度は俺も"自前"のデッキを持ってくる」
志賀雷銅の再戦の言葉を、星宮綾人も胸に刻む。
「それまでくすぶるんじゃないぞ──
──志賀雷銅の姿が夜に消えてゆく。
その姿を静かに見送った特別対策室の面々は、彼の言葉を深く胸に刻み込み、言葉の中に登場した"あの組織"の名前を強く記憶に刻み込んだ。
──その後。
志賀雷銅の一件の事後処理に追われた交差点はハイウェイパトロールの隊員によって封鎖され、事件の一部始終を見ていた野次馬達は解散を余儀なくされた。
"keep out"と文字の記された黄色テープに囲まれた交差点のその内側で、"対策室"の面々は寄り添い集まり、総括をしていた。
すべてを一段落させた一同は過ぎ去った事件の跡模様を眺めながら、それぞれの想いに耽っていた。
その中の一人、雛宮聖華が深く頭を下げて牛尾に反省を示す。
「すみませんでした……」
「もういいって。……お互い様だしな」
夜の街のネオンと、警邏者ランプの緑光に照らされる中で、未だ病衣の雛宮と衣服ボロボロの牛尾は流れゆく街の光景を静かに眺めていた。
その更に隣で静かにイェーガーの車に背を預ける星宮に雛宮は続けて礼を告げる。
星宮もまた中々にボロボロな姿であった。
「星宮くんも……駆けつけてくれてありがとう。もしあなたが来なかったら、わたし……」
「別に……礼なら牛尾さんに言ってください」
「……?」
星宮は目を閉じて静かに思う。
「たぶん、俺がここに来れたのは牛尾さんのおかげですから」
かつての牛尾が幼い雛宮を変え、
成長した雛宮が今の牛尾を変え、
そして気持ちを切り替えた牛尾が更に星宮の心を変え、
心を変えた星宮が街を襲う志賀雷銅を撃退した。
まさしく、"人の繋がり"が雛宮と街の窮地を救った結果だった。
「……なるほど」
「どうしたの?」
"これが絆か"──牛尾の述べていた言葉を、星宮は改めて実感した。
そんな時、
「あ、あの!」
警邏者に背を預ける三人に声をかける姿があった。
星宮と同じ学校の赤い女子制服。"アカデミア"の学生服だ。
「あなたは……?」
反応する雛宮に対し、突然その女子高生が頭を下げだした。一礼の形だ。
「あの、助けていただいてありがとうございました!」
「……えっ?」
「D・ホイールで轢かれそうになった時……」
横入りで激突した瞬間を、雛宮は思い出す。
「ああ、あの時の」
雛宮が思い出し、次にその女子高生が星宮へと頭を下げはじめた。
突然のことに星宮が思わずその瞳を揺らす。
「え」
なんせ、"リク"の一件から星宮はアカデミア生に忌避の眼差しを向けられていたからだ。
「星宮くんもありがとうございました! 星宮くん、すっごくカッコ良かったです、本当に!」
「あ、ああ」
「今度、改めて皆さんにお礼をしますから!」
ひとしきりお礼を告げ終えた女子高生は踵を返し、
「星宮くん──今度、デュエルのこと教えてくださいね!」
──そう言って、彼女は屈託のない笑顔を浮かべて去っていってしまった。
牛尾の頬から笑顔が零れる。
牛尾は星宮の肩を優しく叩きながら胸の奥からほんのり湧く暖かい想いを告げた。
「あの娘をきっかけに、お前への偏見もとれるといいな」
星宮は優しく答える。
「ええ……そうなると良いですね」
同じく笑顔を零していた雛宮も、改めて気を引き締め直して、星宮の方へと向きなおった。
「星宮くん」
雛宮の表情に応えるように星宮も緩んだ顔を引き締めなおす。
「わたしたちがやりたいことって……つまりこういうことなんだ。あの女の子があなたへの考えを改めたように、わたしはサイコ能力者への偏見が払拭された、そんな"未来"を作りたい」
真摯な想いで告げられてゆく雛宮の言葉を、星宮は静かに聞き入れていく。
「"優しい"……街になってほしいんだ。この"ネオ童実野シティ"に」
雛宮は、改めて、背を向ける星宮にその手を差し出す。
「入ってくれる……? "治安維持局特別対策室"に?」
──振り返る星宮の表情を見る限り、彼の心は既に決まっていた。
「当然じゃないですか」
一度は突っぱねた彼女の手を取り、
「その為に、ここまで来たんすよ」
今まで一度も見せなかった"優しい笑顔"を向けて、彼は雛宮の願いに応えた。
「星宮くん……!」
安堵の想いを去来させた雛宮に吊られて、その模様を見下ろす牛尾も静かな笑顔をこぼした。
正真正銘──治安維持局が"再興"を迎えた瞬間であった──。
「──以上が、先日あった事件の報告になります」
某所。
金色の、オールバックの長髪を垂らした格式高い黒のコートの身なりの男が、読み上げた報告書を閉じてそのファイルを脇に仕舞った。
暗闇の一室をほのかに照らす、燭台に灯った暖橙色の光が目深にフードを被った少年の綺麗な肌を照らす。
茶のフードで顔を隠したその"高校生ほど"の出で立ちの少年が男に告げられた報告書の感想を漏らした。
「なるほど……結局"あいつ"は治安維持局の側に」
「わざわざ自宅まで訪ねたんですがねぇ、これが同行拒否されてしまいまして」
「だろうな。あいつの性格ならそうなる」
報告を告げた金髪の男、"
「それで? "志賀雷銅"の一件はどうだったんだ?」
「それはもう上々の運びですよぉ? 雷銅が大暴れしてくれたおかげで"検察局"に多額の"対策資金"が降りそうですからねぇ。感謝していますよ、ねぇ──」
男はひとしきり嫌らしく満足気な微笑みを向けた後、最後に少年の"名前"を呼んで、踵を返して部屋を去っていった。
「──"リク"さん」
男の去った静寂の部屋で、"フードの少年"は暫くひとり物思いに耽った。
そして天井を見上げた後、憂鬱そうに暗闇に向かって少年は"彼"との思い出の残照を口につぶやいた。
「"アヤト"……お前はあっち側に行ってしまったか」
椅子から立ち上がった背の高い少年が、窓辺に立ちつくし月夜の光景に想いを馳せる。
そして──。
「……しかし……」
"上県"の報告の中に出てきたひとりの少女──それが少年は気になった。
「……なぜだ? どうして"死んだ"はずの"雛宮聖華"が生きている……?」
──窓の向こうに漂う"黒い空"を見下ろしながら、少年"赤掘陸"は不可解に湧いた疑問のひとつを暗黒の空につぶやいた──。
──第一話、"再興"の治安維持局。終わり。