聖杯の力で聖杯戦争をやり直し、遂に最後まで勝ち残った士郎。
しかし、皮肉にも、自分がその聖杯の器にされてしまいました。
セイバーは、凛は、士郎を救うことができるのか?
そして、本来の目的を失ったアーチャーは……
いよいよ、最終話です。
固有結界を解除し、礼拝堂に戻って来るアーチャー。そこに、扉を開けセイバーが入って来る。
「アーチャー……倒したのですね?あの英雄王を。」
「ふっ……殆ど、騙し討ちのようなものだがな……」
「……マスターは?」
「判らんが……今のあいつが、言峰綺礼に後れを取る事は無いだろう……」
その時、突然建物が大きく揺れ出した。
「な……何だ?!」
そこに、礼拝堂の奥から、凛が姿を現す。
「アーチャー!……セイバー!」
「凛?!」
「凛、マスターは一緒ではないのですか?」
「後で話すわ!とにかく、急いで建物の外へ出るのよ!」
凛に言われ、アーチャー達は大急ぎで外に飛び出す。
門の辺りまで後退したところで、建物は崩れ落ち、その中から異様な巨大物体が現れた。
「な……何だ?あれは?」
それは巨大な肉塊であり、その表面には無数の剣がハリネズミの針のように生えている。上部は人の上半身のような巨人の形を成しているが、下半身は山の裾のように広がっている。更にその体のあちこちから黒い泥のようなものが流れ出し、この物体の出現で作られた窪みに泥の溜池を作っている。
「あ……あれは?……聖杯の器か?」
アーチャーが言う。
「そうよ。そして……あれは、士郎なの……」
「何だと?!」
「本当なのですか?凛!」
何もできなかった自分を責めるように、凛は言う。
「本当よ……綺礼が……死に際に、イリヤの心臓を……士郎に……」
「そ……そんな……」
信じられないという表情で凛を見た後、セイバーは聖杯の器と化してしまった士郎を見詰める。
「ま……マスター……」
俯いて、何も言えなくなってしまう凛。
ただ、呆然と見詰めているだけのセイバー。
そんな中、アーチャーだけが冷静に状況を分析する。
「あれは……長くは持たん。」
『えっ?!』
凛とセイバーが、同時に反応する。
「イリヤの心臓……いや、聖杯の器の魔力量は、到底普通の人間の魔術回路が許容できるレベルでは無い。その負荷が、あのような肉塊になって体外に溢れ出しているのだ。だが、それすらも限界に近い。いずれ耐えきれずに破裂する。そうなれば、聖杯の中身が一気に流れ出して来る。」
「ま……まさか?それは?」
「そうだ、セイバー。十年前と同じ……いや、それ以上の大参事が起こるだろう。」
「そ……そんな!」
「アーチャー!」
突然、凛が声を上げる。
「どうした?凛。」
「あなた目がいいでしょ?あそこ見て!あのデカ物の顔の辺り!」
アーチャーは、凛に言われた場所を見る。そこには、上半身だけだが、士郎の元の体が肉塊から生えるように飛び出していた。
「あれは……衛宮士郎の本体か?」
「やっぱり……じゃあ、あそこからあいつを助け出せば!」
そう言って、凛は聖杯の怪物に向かって走り出す。
「ば……馬鹿!待て、凛!」
凛の動きに、聖杯の怪物は反応する。肉塊の表面から生えていた無数の剣がその体を離れ、雨のように凛に向かって降り注いで来る。
「え?!」
驚きのあまり、硬直してしまう凛。
「ロー・アイアス!!」
すかさずアーチャーは凛の前に立ち、光の盾で凛を襲う剣の群れを防ぐ。
「はあああああああっ!」
セイバーも駆け付け、飛んで来る剣の雨を薙ぎ払う。
そして、アーチャーは凛を抱えて後退する。セイバーもそれに続く。
再び門の辺りまで後退し、アーチャーは凛を怒鳴り付ける。
「考え無しか?君は!こうなる事は、おのずと予想できるだろう?」
「だ……だって……私のせいで……あいつは……」
凛は、目に涙を溜め、唇を噛みしめる。
「仮にあの肉塊まで辿り着けたとしても、あの剣の山を人間が超えるのは不可能だ!」
「じゃあ、あんた達が何とかしてよ!サーヴァントなら、あんな剣山蹴散らせるでしょ!」
「いや、我々でもアレの突破は容易では無い。それに……気付いたか?セイバー。」
「はい。あの肉塊自体が、巨大なサーヴァントなのでは?」
「え?……どういう事?」
「聖杯の器は、倒されたサーヴァントの魔力を貯蔵するための物だ。その器が不完全なため、あのように外部に溢れ出している。だから、あの肉塊はサーヴァントも同然だ。更にあの黒い泥のような物は、おそらく聖杯の中身だ。サーヴァントである我々があれに触れば、そのまま聖杯に取り込まれてしまう……」
「何?それじゃあ、サーヴァントも今の士郎には近づけないの?」
『……』
アーチャーもセイバーも、この問いには答えられなかった。
「じゃあ……もう、士郎は助けられないの?……あのデカ物から、本体を引っこ抜くだけでいいのに……」
今にも大声で泣き出しそうな凛に、アーチャーは更に残酷な事実を告げる。
「いや……本体だけ切り離しても駄目だ。あいつの心は、もう聖杯の呪いに犯されている。」
『えっ?!』
凛とセイバーが、同時に驚きの声を上げる。
「呪い?……綺礼も言っていたけど、何なのそれ?」
「まさか?わ……私が、マスターを殺したから……」
「え?」
セイバーの言葉に、詳細を知らない凛は戸惑いの表情を浮かべる。
「それだけが原因では無い。あいつは一度聖杯に願い、聖杯戦争をリセットした。その時、聖杯の呪いを受けたのだ。あの聖杯は、過去の参加者のルールを破った召喚のツケで、汚染されてしまっている。全ての望みを“人を殺す”という手段でしか叶えられないようにな。」
「な……何ですって?」
「今のあいつは、悪人ならば人を殺す事を何とも思わない。そればかりか、自分の信じる正義を脅かす者は、全て悪と見なして排除する。また、本来欠如していた自分の“生”に対する執着が、歪な形で備わってしまった。」
「え?それって、どういう事?」
「正義を貫くためには、自分は生きねばならない。だから、自分の命を脅かす者も躊躇すること無く殺すだろう。」
凛の脳裏に、慎二を殺そうとした時の士郎の姿が浮かぶ。
「そ……そんな……」
「ここで本体を助けても、いずれあいつは正義の殻を被った殺人鬼となる。それが、あいつに掛けられた呪いだ……」
凛も、セイバーも言葉を失ってしまう。
加えて、聖杯が呪われている事実は、セイバーを更に打ちのめしていた。
“この冬木の聖杯は、そのような恐ろしい物だったのか?……だからあの時、切嗣は私に破壊を命じたのか?……そんな……そんな物のために、私は主を裏切ったのか?騎士の誓いを反故したのか?”
そんなセイバーに、アーチャーは言う。
「セイバー……聖剣で、あいつ諸共聖杯を破壊しろ。」
「な?!ど……どうして……」
「このままでは、あいつは正義の味方どころか、この世全てを滅ぼす悪となってしまう……あいつの魂を救うには、それしかない……」
アーチャーは、唇を噛みしめる。
その言葉に対して、凛もセイバーも反論ができなかった。もはや、士郎を救う術が無い事は、皆判っていた。
セイバーはゆっくりと前に出る。
剣を構え、風王結界を解く。しかし……
「だ……だめだ……」
「セイバー?」
「だめだ!私にはできない!」
その場に、蹲ってしまうセイバー
「やるんだセイバー!あいつを……この世界を救うにはそれしか……」
「だめ……だって、マスターがああなったのは、私が彼を裏切ったから……」
セイバーの目から、涙が流れ出す。
「いくら、聖杯を欲していたとはいえ……一瞬の気の迷いとはいえ……誓いを交わした主を、この手で……そんな私が、世界を救うなんておこがましい!……何より、二度も、主をこの手に掛けるなど……できない……」
アーチャーも、もうセイバーにはそれ以上何も言えなかった。
そんなセイバーを見て、凛がアーチャーに言う。
「アーチャー、あなた宝具を投影できるんでしょ!何か、いい宝具は無いの?あいつと聖杯の呪いを断つような、凄い宝具を投影しなさいよっ!」
「馬鹿を言え!そんな都合のいい宝具があるものか!ルールブレイカーだってそんな事は……」
言い掛けて、アーチャーは気付く。
「……待てよ……ひとつだけあった……」
「本当?」
この言葉に、セイバーも顔を上げてアーチャーを見詰める。
「聖剣の鞘だ!あらゆる魔を祓い、五つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極の守り……それならば、聖杯の呪いですら跳ね除けられるのではないか?」
「そ……それを、投影できるの?」
「いや……私では無理だ。だが、それはセイバーの宝具だ。」
「し……しかし、聖剣の鞘を私は持っていません。英霊になる前に失われて……」
「いや、ある!」
「本当なの?アーチャー!」
「そ……それは何処に?」
「衛宮士郎の体の中だ!」
『ええっ?!』
凛とセイバーが、また同時に驚きの声を上げる。
「あいつには、異常な治癒能力があっただろう。それは、セイバーの治癒能力の恩恵を受けていたんじゃない。あいつの体の中の、聖剣の鞘の力だったのだ。」
「で……でも、どうして士郎の体の中に?」
「十年前、衛宮切嗣が入れたのだ。あの大火災で、瀕死の重傷を負っていた衛宮士郎を救うために……」
セイバーは、黙ってアーチャーの言葉を聞いていた。
「でも、士郎はあんな状態でしょ?どうやってその宝具を取り出すの?」
「取り出す必要は無い……逆に、取り出しては駄目だ。中から発動させて、全ての呪いを内側から排除するんだ。それには……」
アーチャーは、セイバーの目を見詰めて言う。
「君が行くんだ、セイバー。あいつの本体のところに行って、聖剣の鞘の真の力を解放するんだ!」
その言葉を受け、セイバーの目の色が変わる。決意を固め、セイバーは立ち上がる。
「待って、アーチャー。本体のところって、どうやってあそこまで近づくのよ?そもそもあの泥に触れたら、サーヴァントは聖杯に取り込まれちゃうんでしょ?」
「それでも行きます!」
「せ……セイバー?」
「それが、唯一マスターを救う方法なら……もう、私は躊躇わない!」
そう言って、セイバーは聖杯の化け物と化した士郎に向かって歩き出す。
「だめよ、セイバー!泥に触れたらあなたは……」
「いいえ!今度こそ私は、そんな物には負けません!絶対に、彼を助ける!」
セイバーは止まらない。
「少しだけ待て、セイバー。」
「え?」
アーチャーの一言で、セイバーは足を止める。
「凛、君の魔術でセイバーとあの泥をできるだけ隔離するんだ。セイバーの耐魔力と合わせれば、少しの間は泥の浸食を抑えられるだろう。」
「解ったけど、あの剣はどうするのよ?」
「それは、私に任せろ。遠隔攻撃は私が防ぐ。ただ、肉塊の上の剣山は、砕いても次から次へと湧いて来る。聖杯と繋がってるあいつの魔力は無尽蔵だ。一応道は開けるが、湧き出て来る分はセイバーが砕いて進むしかない。」
「解っています。」
「セイバー、これを持って行って。」
凛は、とっておきの宝石をセイバーに手渡す。
「では、行きます!」
再び、セイバーは歩き始める。
セイバーが近付いたのに反応して、聖杯の器と化した士郎から無数の剣がセイバーに放たれる。
「トレース・オン!」
アーチャーは、すかさず剣を投影し、セイバーを襲う剣の雨を相殺する。
セイバーが、泥の沼に差し掛かる。
そこで凛が、呪文を唱える。凛が渡した宝石が反応し、セイバーの体を魔術結界が包み込む。セイバーは泥の中に入っていくが、結界が泥の浸食を抑え込む。
「よし!」
続けて、アーチャーが無数の剣を投影して放つ。セイバーの目の前の、肉塊の上の剣の山をそれで薙ぎ払う。セイバーの前に道が開け、セイバーは沼地から肉塊の上に登って行く。
すると、一度開けた道の上に、再び無数の剣山が湧き出して来る。
「はあああああああっ!」
セイバーは、それを剣で薙ぎ払って進んで行く。
遠隔攻撃は、アーチャーが悉く打ち落とす。セイバーの力ならば、湧き出てくる剣山を物ともしない。作戦は、うまくいっているように思えた。
だが、今度は聖杯の泥が、触手のようにセイバーに襲い掛かって来た。
「くっ……」
絡み付く触手を、懸命に振り払うセイバー。しかし、泥に触れる度に、結界が侵食されていく。
「だ……駄目……これ以上は……」
凛の魔力も限界に来ていた。
そしてとうとう結界は破られ、泥の触手がセイバーを絡め取る。
「う……うわあああああああっ!」
泥に包まれたセイバーの体が、黒化していく。
「セイバーっ!」
見る見る内に、全身は黒い鎧に包まれていく。それは、彼女の顎の部分まで覆ってしまう。その目は金色の瞳に変わり、頭部のくせ毛も無くなってしまう。
「ちっ……聖杯の闇に呑まれてしまったか……」
アーチャーと凛は、完全に作戦は失敗したと感じていた。
「はああああああああっ!」
だが、セイバーは歩みを止めなかった。目の前の剣山を薙ぎ払い、再び士郎の本体を目指し進んで行く。
「え?」
「何っ?」
驚く、凛とアーチャー。
黒化して、聖杯の闇に呑まれても、セイバーの決意は変わらない。
「私は……マスターを……助ける……」
肉塊と泥の山を、剣山を砕きながらセイバーは進み続ける。
聖杯の器と化した士郎の泥に呑まれた事で、セイバーの中にもこの世全ての悪“アンリマユ”の呪いの声が響き渡る。
だが、セイバーはそれをものともしなかった。
それと共に、別なものもセイバーの中に流れ込んで来た。
それは、失われた聖杯戦争で培われた、士郎のセイバーへの想いだった。
今のセイバーが経験していない、士郎の一度目の聖杯戦争でのセイバーとの日々。
その時々の、士郎のセイバーへの感情。
その全てが、実際に自分が体験した事のように感じられた。
“ああ……あなたは、こんなにも私を想ってくれていたのですね……サーヴァントとしてでは無く、ひとりの人間……ひとりの少女として、私に接し、私を愛してくれていた……”
セイバーの体が、再び変わり始める。黒い鎧が消えていき、元の青い礼装に戻っていく。瞳の色も碧くなり、頭部にはくせ毛が現れる。
「あ……あれは?」
「黒化が……元に戻ったのか?」
セイバーは、更に進み続ける。
“そんなあなたを、私は裏切った……私は、取り返しのつかない事をしてしまった……でも、今はそれを悔いている時では無い。懺悔なら、後でいくらでもしよう。今は、あなたを助ける……もう、絶対に裏切りはしない!”
遂に、セイバーは士郎の本体の前に辿り着く。
そこで初めて、セイバーはその名を口にする。
「シロオオオオオオオオッ!」
その叫びに反応するように、肉塊の上の剣の突出が止まる。
更に、上半身しか出ていなかった士郎本体部が、徐々にせり上がって来て足首の部分まで現れる。
ゆっくりと近づいたセイバーは、そのまま士郎の本体に抱き付いていき、その胸に頬を当てて目を閉じる。
「……感じる……あなたの中に、その存在を……」
セイバーは顔を上げ、生気の無い士郎の目を見詰め、呟く。
「……ああシロウ、あなたは……私の、鞘だったのですね。」
失われた聖杯戦争の時と、同じ言葉をセイバーは言う。
その言葉を聞いた士郎の目に、一時だけ生気が戻る。セイバーの瞳を見詰め、士郎も呟く。
「あ……アルトリア……」
“セイバー”では無い、彼女の真名を。
そして、二人同時にその名を告げる。
『アヴァロン!!』
その時、士郎の本体の左手の甲の令呪が、強い輝きと共に解き放たれる。
更に、激しい光が二人を包み込む。
光はどんどん広がっていき、遂には聖杯の器全体を包み込む。
『……っ!』
激しい輝きは、辺りを日中のように照らす。
その光は、一時アーチャーと凛の視界も奪ってしまう。
ようやく視界が戻った時、二人の目には士郎とセイバーの姿が映った。
士郎の右腕を自分の首に掛け、左手で士郎の体を支え、セイバーがアーチャーと凛に向かって歩いて来る。
「士郎!……セイバー!」
思わず声を上げる凛。
だが、士郎は完全に分離できたが、聖杯の器自体は無くなってはいなかった。
核を失ったそれは、再び核である士郎を取り込もうと、二人に迫って来ていた。
「あ……危ない!早く逃げて!」
叫ぶ凛。しかし、セイバーも魔力が殆ど残っていなかった。おまけに士郎を抱えているので、早くは動けない。
「アレを一掃するには……だが、残された私の魔力では……?!」
はっとして、アーチャーは凛に叫ぶ。
「凛!残った全ての令呪を使って、私にアレの破壊を命じろ!」
「え?何か手があるの?」
「いいから急げ!」
「判ったわ!」
凛は、令呪のある右手をアーチャーに翳す。
「全ての令呪をもって命じる。アーチャー、あの化け物を破壊してっ!」
凛の右手から赤い波紋が放たれ、アーチャーを包み込む。それにより、アーチャーの魔力が一時的に限界値を突破する。
「トレース・オン!」
アーチャーは再び、その手にセイバーの聖剣を投影する。
「え?そ……それって……」
驚く凛には目もくれず、擬似聖剣を上段に構える。
「うおおおおおおおおっ!」
擬似聖剣から本家に迫る凄まじい光が発せられ、天に向かって光の柱が伸びていく。
「エクス……カリバアアアアアアアアッ!!」
アーチャーは、その光の柱を残った聖杯の器に向けて放つ。
激しい閃光と、轟音が辺り一帯を包み込む。
残った聖杯の器は、この光と共に完全に消滅した。
「やった!」
嬉々とする凛。しかし、アーチャーは……
「あ……アーチャー?!」
アーチャーの体が、次第に透けて行く。
「どうやら、今ので全ての魔力を使い切ったようだ……凛、悪いが、今回の聖杯は諦めろ……」
「待って、アーチャー!私と、もう一度契約してっ!」
凛は、何度も夢でアーチャーの過去を見て、彼の正体に気付いていた。
彼が、何度も何度も裏切られ、最後には信じた理想にまで裏切られた事も。
この先、未来永劫彼が救われることは無い事も知っていた。
「いや……待て、凛。」
だが、アーチャーは凛の行動を止め、何事かを彼女に告げる。
それを聞いて驚く凛だが、直ぐに優しい笑みを浮かべ頷く。
「ではな、凛。あとの事は……頼む。」
「……あんたね……散々士郎の事を馬鹿にしてたけど、あんたも相当なお人よしよ。」
涙ぐみながら、凛は言う。
「ふっ……仕方あるまい。原型は同じなのだからな……」
「アーチャー……」
凛の頬を涙がつたっていくが、その顔には笑みが浮かんでいる。
それを見て、アーチャーも笑みを浮かべながら消えていった。
凛から少し離れた所に、セイバーは士郎の体をゆっくりと横たわらせる。
聖剣の鞘の力で体も心もほぼ元通りになったが、士郎は酷く衰弱していた。
そんな状態で、自我を取り戻した士郎は、力無くセイバーに語り掛ける。
「……すまなかった……セイバー……」
士郎の横に跪き、心配そうにその姿を見詰めながら、申し訳無さそうにセイバーは答える。
「謝らなければいけないのは私です……私は、あなたの剣になると誓いながら、あなたを裏切った……いえ、謝って済む話ではない……私には、英霊の資格すらなかった……」
「そんなことは……ない……たった今、セイバーは誓いを果たしてくれたじゃないか……」
「……シロウ……」
「聖杯よりも……俺を選んでくれた……なのに……俺の、方こそ……」
言いかけて、士郎は気を失ってしまう。
それを見詰め続けるセイバーの体が、次第に透けていく。
「こんな私でも、あなたは許して下さるのですね……本当なら、ずっと仕えて犯した罪を償いたい。これからも、あなたを護っていきたい……でも、もうそれも叶わないようです……」
そうして、セイバーは……
目を覚ますと、夜が明けていた。
俺は、衛宮家の自分の部屋で眠っていたようだ。
ゆっくりと体を起こす。まだ、体のあちこちに痛みが残っているが、完全に元の自分の体に戻っていた。
遠坂が、俺を家まで運んでくれたのか?
ようやく、頭が回転を始める。
今度こそ、聖杯戦争は終わったんだな……
セイバーも、もう居ない……
俺は、大きな思い違いをしていた。
あの時、セイバーが俺を殺してしまったのは、一瞬の気の迷いだ。
それが、セイバーがサーヴァントだからだと思っていたが、そうじゃなかった。
人間だからだ。心の弱い人間だから、時に迷い、時に間違う。
サーヴァントの肉体を持っていても、セイバーの心は紛れも無く人間だったんだ。
結局、望みを叶えたのは俺で、セイバーは望みを叶えなかった……
いや、叶えなかったんじゃない。叶えられなかったんだ。
そんな事、少し考えれば判る事だった。
俺を殺してしまったセイバーが、平然と望みを叶えられる筈がない。
そんな自分を許せなくなり、心が壊れてしまったに違いない。
それを、俺は……
痛む体に耐えて、何とか立ち上がる。
隣の、昨日までセイバーが眠っていた部屋の襖の前に立つ。
セイバーは、他の英霊とは違い、召還された時の記憶を持ち続ける。
今回の件で、彼女は心に深い傷を負った。
もう、それが癒される事は永遠に無い。
せめて、その傷だけでも癒してあげたかった。
もっと話をして、見守ってやりたかった。
でも、セイバーはもう……
俺は、ゆっくりとその襖を開ける。
「え?」
襖を開けたそこには、一人の少女が正座していた。
白いブラウスに紺のスカート。ブロンドの髪をした、碧い瞳の少女が……
「せ……せいばあ?」
「お……おはようございます……シロウ……」
セイバーは、体裁が悪そうに俯いて、頬を赤らめている。
俺は、慌てて自分の左手の甲を見る。
令呪は……無い……
セイバーとの、魔力の繋がりも感じない。
また時間が巻き戻ったのでもない……じゃあ、何で?
俺は、固まって何も言えなかった。それは、セイバーも同様だった。
お互い見詰め合い、動けず固まったまま、時間だけが過ぎて行く。実際はものの数分程度だったが、俺達には異様に長い時間に感じられた。
「何やってんのよ?あんた達。」
その声が、ようやく俺の硬直を解く。振り向くと、遠坂がそこに立っていた。
「い……居たのか?遠坂……」
「当然居るわよ。誰が、あんたをここまで運んで、看病してやったと思ってんの?まあ、セイバーにも手伝ってもらったけど……」
「そ……そうだ、な……何でセイバーがここに居るんだ?」
「私が再契約したのよ。」
「再契約?……遠坂が?」
「アーチャーの提案なんだけどね。貴方とセイバーは、もっとちゃんとじっくり話をして誤解を解いた方がいいって。そうじゃないと、色々しこりを残すだろうって。」
アーチャーがそんな事を……あいつ、恰好つけやがって……
「あ……だけど、それでいいのか?セイバー。もうここに残っても、聖杯は手に入らないんだぞ。」
俺は、セイバーに向き直って言う。
「は……はい。今の私に、聖杯を求める資格などありません。これからもあなたにお仕えして、少しでも罪の償いを……いえ、そんな事で許される罪ではないんですが……」
「何を言うんだ。俺の方こそ、お前のことを誤解して、辛く当たって……謝るのは俺の方だ!」
「いいえ、私です!」
「いいや、俺だ!」
罪の擦り付け合いならぬ、被り合いをする俺達に、呆れて遠坂が言う。
「まったく……似た者同士というか、本当に頑固よねあなた達。謝る時くらい、少しは譲り合ったらどうなの?」
『……』
そう言われて、俺達はまた言葉に詰まってしまう。
照れくさそうに、頬を赤らめて見詰め合う……そして、お互い笑みを浮かべる。
俺とセイバーには、共に心に大きな欠陥がある。
普通の人なら最も優先すべき、自分自身の幸せに対する欲求が欠如している。
それは、もしかしたら永遠に直らないのかもしれない。
だけど、一人ずつでは幸せになれなくても、二人一緒なら幸せになれるのではないか?
大切な誰かの幸せを願う想いは、俺達は絶対誰にも負けない筈だから。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
何とか、無事完結する事ができました。
最初は、ゲームのDEAD ENDのあまりの酷さに“その後のセイバーがどうなったか?”を妄想してしまって、セイバーが壊れていくさまを書きたくて始めました。
でも、そのまま廃人になって終わりじゃああまりにも荒んだ話になって、後味も悪い。
何より、BAD ENDを強引にGOOD ENDに変えてやりたいという野望があったので、こんな展開になりました。
そのため、UBWルートですが、“凛ルート”では無く“セイバールート”になってしまいました。
いや、セイバールートのDEAD ENDから続いているから、擬似UBWルートかな?
あくまで士郎、セイバー、アーチャー、凛の4人に重点を置きたかったので、イリアや桜、大河の出番が殆ど無かったですが、その辺はご容赦願います。
書き終ってから気付きましたが、セイバーが一度もエクスカリバーを使いませんでした。
代わりに、アーチャーが劣化版を二回も使いましたが……