自らが犯したその罪の重さに耐えきれず、セイバーの自我は崩壊してしまいます。
そうまでして手に入れた聖杯を前にしても、彼女は何一つ望みを語る事もできませんでした。
その一方で、生死の境を彷徨っていた士郎は、最後の最後に強く願いました。
聖杯戦争のやり直しを……もう一度、自分に戦う機会をくれと……
聖杯は、その士郎の望みを聞き入れ、時間を聖杯戦争の開幕時に巻き戻しました。
今ここに、改めて士郎の聖杯戦争が、また始まります。
「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある……ここに、契約は完了した。」
そう言って、セイバーはランサーの待つ庭に飛び出して行く。
せ……聖杯が、俺の望みを叶えたのか?もう一度、聖杯戦争をやり直したいという、俺の願いを……
だが、どうして?聖杯を手に入れたのは、セイバーじゃなかったか?あいつは、何も望まなかったのか?なら、どうして俺を殺してまで……
生死の境を彷徨っていた士郎には、彼を刺した後のセイバーがどうなったを、知る由も無い。彼の心の中では既に、サーヴァントは“聖杯のためには、誓いを立てた主の命すら平気で奪う殺戮者”との偏見が根ずいていた。自分を殺した事で、セイバーの自我が崩壊した等とは、微塵も考えなかった。
士郎は、ゆっくりと土蔵の外に出て行く。
そこには、およそ半月前に見たのと、同じ戦いが展開されていた。
セイバーの見えない剣に翻弄され、劣勢を強いられるランサー。一度停戦を申し入れるが、セイバーにあっさり却下される。そこで、ランサーは宝具の力を解放する。
「その心臓貰い受ける、ゲイ・ボルク!!」
ランサーの必殺技が炸裂するが、セイバーは心臓への直撃を何とか交わす。交わされた事で、ランサーは撤退して行く。それが、彼のマスターの指示だ。ランサーのマスターは言峰綺礼だ。綺礼は、こうやって他のマスターやサーヴァントの力量を測っていた。
ここで、ランサーを追っても仕方が無いと、士郎は追おうとするセイバーを呼び止めた。
俺は、セイバーに近付いて行く。既に俺はセイバーを良く知っているが、今のセイバーはまだ俺を知らない。だから、まずは自己紹介をした。
「俺は……衛宮士郎だ……セイバー。」
つい先程、殺されかけた……いや、殺された相手だ。どうにも、会話がぎこちなくなる。だが、セイバーの方は初見なので、そんな違和感は関係無かった。
「衛宮……」
ふと、俺の姓に反応を示す。おそらく、俺の親父“衛宮切嗣”を思い起こしているのだろう。十年前も、セイバーはこの家を拠点にしていたと思われるから……
以前は、訳が分からずに質問を重ねたが、今は何も聞く事は無い。俺が何も話さないから、セイバーの方から話し掛けて来る。
「マスター、傷の治療を……」
セイバーは、ランサーに貫かれた肩の治療を要求して来る。だが、ここでの俺の答えは前と変わらない。
「悪い……そんな難しい魔術は、俺には使えない。」
「そうですか……ならば、このまま臨みます。あと一度の戦闘ならば、支障はないでしょう。」
そう言って、セイバーは屋根に飛び上がり、そのまま塀の外に飛び出して行く。
そこで、俺の思考が急速に回り始める。
遠坂とアーチャーを、倒しに行ったのか……待て!今、アーチャーを戦闘不能にしてしまったらこの後……
俺は、慌ててセイバー追う。全速力で門の外に出る。その目に、今まさにアーチャーに斬り掛かろうとする、セイバーの姿が飛び込んで来る。
「止めるんだ!セイバー!」
俺は、令呪を翳して叫んだ。俺の左手の甲から、赤い波紋が放たれ、セイバーの体に覆い被さっていく。それにより、寸でのところでセイバーの動きが止まる。
こんな所で、貴重な令呪を消費するのは勿体無いかもしれないが、今のタイミングでは、令呪でも使わなければ止められなかった。この後の事を考えれば、この選択は間違いでは無いだろう。
「正気ですか?マスター。今なら、確実に敵を倒せた……だというのに、令呪を使ってまでその機会を逃すとは……」
セイバーは、不満いっぱいのようだ。さて、何と言ったら良いものか?
「ま……待ってくれ……こ……こっちは、何の事だかさっぱり分からないんだ。戦う前に、まずちゃんと説明してくれ!」
とりあえず、もっともらしい事を言い繕った。本当は、もう全て知っているのだが、ここは知らない振りをした。
「ふうん……つまり、そういう訳ね。素人のマスターさん……」
アーチャーの後ろに立っている、遠坂が口を開く。
「とりあえず、こんばんは、衛宮くん。」
「と……遠坂……」
一応、かなりぎこちなくなったが、驚いたような振りをした。
その後、遠坂を家の中に招き入れる。アーチャーは、霊体化していて姿が見えない。
全部知っているのだが、一応とぼけて、以前のように聖杯戦争の説明を受ける。
だが、その途中……
「……それに貴方だって、心の底では理解してるんじゃない?一度ならず、二度までもサーヴァントに殺されかけて、自分はもう逃げられない立場なんだって……」
この言葉が、頭に引っ掛かった。
二度?……今は、ランサーの話しかしてないよな?何で二度?……まさか、俺がセイバーに殺されて、聖杯の力で蘇ったなんて知ってる訳は無いし……
「あ、違うよね。殺されかけたんじゃなくて殺されたんだっけ。よく生き返ったわよね、衛宮くん。」
違う!その前に、学校で一度ランサーに殺されていたんだった……だけど、何で遠坂がその事を……
いや待て、あの時、ランサーはアーチャーと戦っていたんじゃ……なら、遠坂も当然あの場に……
「遠坂、俺がランサーに殺された事を、知ってるのか?……お前、もしかして……」
すると、遠坂は明らかに“失敗した”という顔をして、直ぐに訂正する。
「今のはただの推測よ。つまんない事だから忘れなさい。」
「い……いや、つまんない事じゃないぞ。」
「いいからっ!そんな事より、もっと自分の置かれた立場を知りなさいっての。」
遠坂は誤魔化して、話を続けていく。俺も、その場ではそれ以上追及しなかった。
そして、ひと通り話が終わり、言峰教会へと向かう。
教会に着くと、そこには当然言峰綺礼が待っていた。
その顔を見た途端、俺の中に溢れんばかりの殺意が沸き起こる。
こ……言峰っ!
拳を握り締め、今にも殴り掛かってしまいそうな自分を抑え込む。しかし、それでも全ての殺意を抑え込む事はできず、その目は、異常な敵意を持って言峰を睨んでいた。
「……どうした少年?まるで、親の仇でも見付けたような顔だが?」
親の仇?お前は、俺自身の仇だ!そして、俺と同じ、あの大火災で孤児となった子供達全員の仇でもある……こいつだけは、絶対に許せない!こいつも、倒すべきマスターの一人だ!なら、今ここで討つか?こちらには、遠坂も居る。奴にランサーが付いていても、こっちにはセイバーとアーチャーが居る。戦力的には圧倒的に優位……
「君の名は何というのかな?七人目のマスターよ。」
その言葉に、ふと我に返る。
待て……こいつは、あの孤児達を、“十年間サーヴァントを現世に繋ぎ止めるための貢物にした”と言った。そのサーヴァントとは……あいつしかいない、あの英雄王しか。
という事は、奴のサーヴァントはランサーだけでは無い。ギルガメッシュも、奴のサーヴァントだ。敵がギルガメッシュとランサーでは、セイバーとアーチャーで共闘しても勝てるかどうか分からない……
それに、言峰の正体を知っているのは、一度この聖杯戦争を経験して来た俺だけだ。今ここで真実を語っても、遠坂は信じてくれるのか?遠坂まで敵に回ったら、こっちはセイバーと二人だけ……いや、セイバーだって、いつ俺を裏切るか分からない。聖杯のためなら、平気で俺を殺すような奴だ。信用できない。
だめだ……今は、我慢するしかない……
「どうした、何故黙っている?君の名は何というのだ?」
「……ああ、お……俺は、衛宮士郎だ。」
「衛宮……士郎……」
言峰が、いやらしい笑みを浮かべる。
こいつ……前回も、俺の名を聞いた時に同じ笑みを浮かべていた……俺が、一歩間違えば地下にいる孤児達と同じ運命を辿っていたかもしれない事を、嘲笑ってるのか?
「では始めよう。衛宮士郎、君はセイバーのマスターで間違いはないか?」
「ああそうだ。俺が、セイバーのマスターだ。」
これには、遠坂が目を丸くして驚いていた。
しまった……俺は、この時点では、聖杯戦争が何であるかも分からない素人だったんだ。いきなり、自分がマスターだと認めてしまうのは、不自然だったか?
だが、もう答えてしまったものは仕方が無い。
多少ぎこちなくはなったが、何とかその後の会話で取り繕った。
話が終わり、教会を出ようとした時に、言峰が例の言葉を言う。
「喜べ少年、君の願いはようやく叶う……明確な悪が居なければ、君の望みは叶わない……」
俺は適当に聞き流しながら、心の中で返答していた。
ああ、お前の言う通りだ。正義の味方になるために、俺はこの聖杯戦争で大いなる悪を討つ……それはお前だ!言峰綺礼!
士郎達が出て行った後、綺礼は、ぽつりと呟く。
「妙だな……あの少年、何故私にあそこまでの敵意を抱く?……もしや、衛宮切嗣から、既に聖杯戦争の事を聞いていたのか?そして、私の事も……」
しばし考え込むが、直ぐに止めて教会の奥へ歩いて行く。
「だが……あんな半人前では、とてもこの聖杯戦争では生き残れまい……」
そう言って、礼拝堂を後にする。
教会を出ると、セイバーが近寄って来た。俺の決断が気になるのだろう。
「マスターとなって、この聖杯戦争を勝ち抜くと決めた。それでいいな、セイバー?」
「はい。この身は、貴方の剣になると誓いました。」
良く言う……それは、あくまで聖杯が手に入るまでの話だろう……
つい反感が顔に出そうになるのを、じっと堪えた。今は、不信感を植え付ける訳にはいかない。この聖杯戦争を勝ち抜くために、セイバーには、言葉の通り俺の剣となって貰わなければならない。
教会を離れ、来た道を戻る。少し歩いた後、遠坂が切り出して来る。
「ここで分かれましょ……ここまで連れて来たのは、あなたがまだ敵にもなっていなかったからよ。でも、これで衛宮くんもマスターのひとり、明日からは敵同士だからね。」
遠坂はそう言うが、まだ、ここで別れる訳にはいかない。
「凛!」
そこに、霊体化していた遠坂のサーヴァント、アーチャーが実体化して現れる。
「倒し易い敵が居るのなら、遠慮無く叩くべきだ。」
「む……そんなこと、言われなくても判ってるけど……」
「判っているのなら行動に移せ。それとも何か、君はまたその男に情けをかけるのか?……ふむ、まさかとは思うが、そういう事情ではあるまいな?」
「そ……そんな訳ないでしょう!……ただその、こいつには借りがあるじゃない。それを返さない限り、気持ち良く戦えないだけよ!」
「ふん、また難儀な……では、私は消えるぞ。借りとやらを返したのなら呼んでくれ。」
文句を言いながら、アーチャーはまた霊体化して消えた。
やはり、遠坂は信頼できる。アーチャーは気に入らないが、この戦争を生き抜くためには、遠坂を敵に回す訳にはいかない。
「できれば俺、遠坂とは敵同士になりたくないな。俺、お前みたいなやつは好きだ。」
「な……何言ってるのよ!」
俺の言葉に、赤面する遠坂。その時、
「ねえ、お話しは終わり?」
幼そうな女の子の声が割って入った。
来たか!
振り向くと、紫のコートと帽子に身を包んだ、イリヤがそこに立っていた。その背後に、巨大な怪物“バーサーカー”を従えて。
「ば……バーサーカー?」
遠坂が、驚きながら言う。
「こんばんは、お兄ちゃん。こうして逢うのは二度目だね。」
そう言って、イリヤは微笑む。
そういえば、イリヤは、最初から俺を知っいてた。遠坂には常に敵対心を向けているが、俺にはそうして来ない……何故だ?待てよ……以前に捕まった時、“十年も待ったんだから”と言って無かったか?
イリヤは、貴族のようにスカートの端を上げ、遠坂に向かって挨拶をする。
「始めましてリン、私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……アインツベルンって言えば、分かるでしょ?」
そう言われた、遠坂の顔色が変わる。そして、何故かセイバーも。
さて、この場をどう凌ぐ?
バーサーカーを倒すには、奴を十二回殺さなくてはいけない。役者は全て揃っているが、今、あの時と同じ戦いは再現できない。
アーチャーに“消滅覚悟で何回か奴を殺せ”などと命令できる筈も無いし、この場で遠坂に“全宝石を投げ打って攻撃しろ”などと言える筈も無い。俺自身も、満足に魔術回路を使いこなせない今の状態で“カリバーン(勝利すべき黄金の剣)”を投影する事もできない。
セイバーが、全力でエクスカリバーを放てば倒せるかもしれないが、こんな所でエクスカリバーを使ったら大参事になる。おまけに、その直後にセイバーは消滅するかもしれない。それでは、本末転倒だ……
前回同様に、“俺がセイバーを庇ってイリヤのやる気を削ぐ”なんてのは論外だ。あの時は運良く助かったが、下手をすれば即死してもおかしくない状況だった。それに、あの時はとっさに体が動いてセイバーを庇ったが、今は、絶対にそんな事は出来ない。俺は、セイバーに一度殺されているんだ。自分を殺した相手を、どうして庇える?
「アーチャー、あれは力押しで何とかなる相手じゃ無い。ここは、貴方本来の戦い方に徹するべきよ。」
遠坂が、霊体化しているアーチャーに言う。
『了解した。だが、護りはどうする?凛では、あれの突進を防げまい。』
「こっちは三人よ。凌ぐだけなら何とでもなるわ。」
その言葉を受け、遠坂の背後の気配が消える。
「……衛宮くん。逃げるか戦うかは、貴方の自由よ……けど、出来るなら何とか逃げなさい。」
遠坂は、今度は俺に言って来る。
「相談は済んだ?……じゃあ、殺すね。やっちゃえ、バーサーカー!」
「GUAAAAAAAAAAAAA!」
バーサーカーが飛ぶ。その巨体に似合わぬ俊敏な動きで、俺達に飛び掛かって来る。
「マスター、下って!」
セイバーが、飛び掛かって来るバーサーカーに立ち向かって行く。
その時、空から流星じみた光の矢が、バーサーカーに降り注ぐ。アーチャーによる攻撃だ。その矢は正確に、全弾バーサーカーに命中するが……
「うそ、効いてない?!」
バーサーカーには、何の効果も無かった。
バーサーカーは、そのまま巨大な石斧剣でセイバーに襲い掛かる。その腕力の前に、明らかに圧されぎみのセイバーだが、前回の時とは違っていた。確かに劣勢だが、セイバーにはまだ余裕があるように感じられた。
そうか、セイバーは“あと一度の戦闘ならば、支障はないでしょう”と言っていた。アーチャーとの戦いを強引に止めさせたから、まだ余力が残っているという事か……
しかし、このままでは絶対にバーサーカーは倒せない。時折アーチャーの援護も入るが、それは全くバーサーカーに通じていない。
そうしている内に、バーサーカーの一撃で、セイバーは坂の上の荒地に弾き飛ばされてしまう。そして、バーサーカーはセイバーに止めを刺すべく、それを追って行く。
「アーチャー、援護続けて!」
そう叫んで、遠坂はバーサーカーを追って坂を上がって行く。少し遅れて、俺もそれに続く。
荒地に駆け込むと、そこは荒地では無く、墓地だった。
更に、そこでは状況が一変していた。先程までは圧倒的にバーサーカーが優勢だったが、今度は逆にセイバーの方が圧していた。バーサーカーの巨体では墓石が邪魔になり、どうしても動きが鈍る。それに対し、セイバーの小柄な体は、何の制約も受けずに俊敏に動き回れていた。
「こっち!前に出るととばっちり喰らうわよ!」
呆けて戦闘に見とれていた俺を、遠坂が木の陰に引き込む。
「何考えてんのよあんた!逃げろって言ったでしょ?!」
いきなり、遠坂は文句を言って来る。
「そ……そっちこそ何を考えてるんだ!俺だってマスターだぞ、自分のサーヴァントを放って逃げられるか!」
「何を偉そうに言ってるのよ!衛宮くんは戦う手段が無いんだから、居るだけ邪魔って判らない?何もせずに殺られちゃったら、無駄死にってもんじゃないっ!」
確かに、今の俺ではバーサーカーに対して、何ひとつ戦う術は無い。だが……
「……それ、遠坂が怒ることか?別に、俺が無駄死にしようと、遠坂には関係無いだろ?」
「か…関係あるわよ!今日いっぱいは、見逃してあげるって決めたんだから……勝手に死なれたら、困るのよ!」
何だかんだ言って、やっぱりいい奴だ。遠坂は。
「だからと言って、俺だけ戦場を離れる訳にはいかない。俺は、聖杯戦争を勝ち抜くと決めた。なら、戦いを見届ける義務がある。」
「……何、半人前が一端の口利いてんのよ……まあ、確かに逃げる必要ないかもね。あの調子じゃ、セイバーは負けないだろうし。」
遠坂は納得してくれたようだが、彼女の言葉は正しくない。
確かに、今はセイバーが圧している。しかし、それでもバーサーカーは倒せない。この戦いで、何とかバーサーカーの命をひとつ削っても、奴にはまだ十一個の命が残っているのだ……
この戦いでは、イリヤはまだ本気じゃ無い。だから、何とかやる気を削いで、引き上げさせるように仕向けるしかない。だが、どうやって……
そして、遂にセイバーが仕掛けた。よろけたバーサーカーの隙をつき、一時だけ風王結界を解く。その瞬間だけ姿を見せた聖剣が、バーサーカーの胸を貫いた。
「やった!」
遠坂は歓喜の声を上げる。バーサーカーが、蹲って動きを止める。
いや……やってはいない……
一瞬の静寂の後、再びバーサーカーは動き出す。
「な……何?!」
驚くセイバー。先程貫かれたバーサーカーの傷が、見る見る内に塞がっていく。
「……え、アーチャー?……“離れろ”って、どういう事?」
急に、遠坂が呟く。と同時に、俺は、遙か遠くから向けられた殺気に気が付いた。
背後、何百メートルと離れた屋根の上に、弓を構える赤い騎士の姿があった。
突然、言い知れぬ悪寒が襲い掛かる。
赤い騎士は、弓を構えている。だが、弓に添えているものは“矢”とは思われなかった。
また、その殺気の標的は、バーサーカーだけではなかった。
「だめだ、戻れセイバーっ!」
俺は、大声でセイバーを呼んだ。
「……っ、マスター?」
再び、バーサーカーに向かおうとしたセイバーの足が止まる。だが、こちらを振り向いただけで後退してはいない。それでは間に合わない。
「危険です、もっと後ろに下って……」
「バカ!危ないのはそっちだ!とにかくこっちに……」
身を乗り出して、セイバーに手を伸ばす。
それで察したのか、セイバーは反転し、全速で離脱して来る。
その直後、赤い騎士の“矢”が放たれた。
それは、離脱するセイバーを、追撃しようとするバーサーカーに真っ直ぐに向かって来た。その矢に只ならぬ魔力を感じたのか、それまで矢に何の反応もしなかったバーサーカーが、セイバーに背を向け矢に正対した。全力で、迫り来る“矢”を迎撃する。その瞬間……
凄まじい轟音と閃光が、辺り一帯を包み込む。
俺は、とっさにセイバーを地面に組み伏せて倒れ込んだ。
激しい振動と衝撃も伝わって来る。それに吹き飛ばされた破片が俺の背中にも突き刺さるが、それは大した傷では無かった。
閃光が去った後、墓地は火の海になっていた。爆心地となった地面は抉れ、クレーター状になっている。それ程の破壊の中、燃え盛る炎の中で、バーサーカーは全く無傷で佇んでいる。
俺とセイバーは、地面に突っ伏したままで、その光景を見詰めていた。
「バーサーカー……ランクAに該当する宝具を受けて、なお無傷なんて……」
いや、無傷なんじゃない……今の一撃は、確かにバーサーカーの命をひとつは削っただろう。でも、それでもまだ二つ……バーサーカーには、まだ十個もの命が残っている……
その時、金属音と共に何かが転がって来た。
え?……剣?
それは、剣の柄の残骸だった。だが、それは剣では無く……
「マスター、今のは?」
「……アーチャーの矢だ。それ以外は、判らない。」
それが、何故そんなに気になったのか……それは判らない。ただ、理由もなく、吐き気を呼び起こした。
?!
その時、見える筈が無いものが見えた。アーチャーが、口元を歪めていた。
奴は、狙ったのはバーサーカーだけではないと、俺に見せ付けているように笑ったのだ。
「……ふうん、見直したわリン。やるじゃない、アナタのアーチャー……いいわ、戻りなさいバーサーカー。今日は、ここまでで見逃してあげる。セイバーはいらないけど、アーチャーには興味が湧いたわ。だから、もうしばらくは生かしておいてあげる。」
イリヤの声と共に、バーサーカーの姿が消える。
「それじゃあバイバイ。また遊ぼうね、お兄ちゃん。」
そう言い残して、イリヤも炎の向こう側に消えて行った。
何とか、この場を凌ぐ事はできた。
だが、結局俺は何もできなかった。
聖杯戦争をやり直す。絶対に生き抜くと息巻いていながら、また偶然に助けられただけだった。
俺は、心の中で自分を叱咤していた。
だめだ……だめだ……だめだ、だめだ、だめだっ!
俺はいったい何をしている?これじゃ、また同じ事の繰り返しだ!
「助かりました、マスター。」
セイバーの声に、ふと我に返る。
「貴方が声をかけてくれなければ、私もアーチャーの宝具に巻き込まれていた。」
「あ……ああ……」
そういえば、またこいつを庇っていたな……大した傷は負わなかったが……
まだ、俺は未練があるのか?
忘れるな、こいつは人間じゃ無いんだ!情に流されたら、何処でしっぺ返しを喰らうか判らない。
不信感を植え付けるのはもっとまずいが、必要以上に親密になるべきじゃない。
割り切るんだ!そうしなければ……
そこで、急に気分が悪くなり、意識が遠退いていった。
俺は、そのまま気を失ってしまった。
という訳で、fateルートでDEAD ENDを迎えた士郎が、リプレイしたらUBWルートに入ってしまった……という展開です。(ゲームでは有り得ない展開ですけど)
但し、既に物語の終盤までの知識を持って臨んでいるので、普通のUBWルートとも少しずつ展開が変わって来ます。HFルートに入る訳では無いですが……